ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
69  嵐が来る前に 3


 7月11日。
 戦隊の再招集日なのだが、今日程、この時を待ち望んだ時はないと、断言できるだろう。


 なんとなれば、我が家を支配する、我が妹分と新しい居候のお陰だ。


 ラウと馬鹿な賭けをした二日後、約束通りにフレイ・アルスターを引き取ったのだが、一週間程で我が家は以前の三倍……いや、五倍は騒々しくなってしまった。

 何故ならば、お年頃の少女二人が二人して細かな事で睨み合い、小さな事でも対立し、最終的には大いに騒いでくれたからだ。

 もう、二人して、何故にそこまでぶつかり合うのかと、こちらが問いたくなる位に、事ある毎に、ぶつかる事ぶつかる事……。

 なので一度だけ、居間で睨み合う二人に、一体、相手の何が気に食わないのかと聞いたのだが、その答えはこうだった。


 フレイ・アルスター曰く、あんたの声と上から目線が気に食わない。

 ミーア・キャンベル曰く、あんたの悲劇ぶった態度が気に食わない。


 第三者である俺から見れば、どちらの言い分も……、まぁ、アルスターの言い分の一部を除いて、正当だとは思う。

 思うのだが……、二人して、仲が悪そうに、ああだこうだと言い合いながらも、妙に連携というか息が合っていると思うのは、俺の気の所為だろうか?


 ……いや、気の所為ではないはずだ。


 なぜならば、俺が実体験を持って、二人の息が合っていると証明できるからだ!


 俺が日頃の疲れを癒す為にのんびりと居間で寛いでいたら、掃除をしていた二人に素晴らしい言葉の連携でもってして家から放り出され、体力維持トレーニングで疲れた身体を洗い流す為に我が家の自慢である日本式の風呂に入ろうと思えば、湯船は女の子専用でかつ水代を節約するために兄さんだけ三分間シャワーしか駄目と、これまた見事としか言いようがない連携技でもって取り決められたり、たまに自分で料理をしようと思ったら、可愛い女の子が手料理を作ってあげるから、或いは、兄さんが料理をすると食材を無駄にしたらいけないから、なんて具合に二人して言葉巧みに誘導されて、それならと調理してもらった結果、アルスターの"食えたもんじゃない"失敗作やミーアの"どこを食べるのかわからない"実験作を食わされたり、と……、まぁ、とにかく、酷い目にあわされたのだ。

 おかげで、自分の家だというのに、貴重な休暇だというのにっ、……俺の肩身は非常に狭い上、胃がおかしくなってしまったよ!


 本当に……、今回程……、ザフトというか、戦隊に戻ることを待ち望んだ日はないだろうなぁ。


 前日までの一連の出来事を、悲しく辛いことが多い休暇だったなぁ、と一つ一つしみじみと思い返していたら、聞き知った声によって、現実に引き戻された。

「あの、隊長?」
「っと! な、なんだ、マクスウェル?」
「いえ、MS全機の受領と返却の手続きが済んだみたいなので、それを伝えに来たんですが……」

 実は、今月の頭に、あのクライン派の領袖であるっ! ラクス・クラインがっ! ……クライン派の連中を引き連れて、新型戦艦を奪取してL3方面へ逃走して以来、兵器の受領関連手続きが非常に厳しくなったのだ。
 その為、手続きの際の本人確認で、流石に穴の孔とまでとは言わないが、身体検査が加わり、受領に至るまでに書かなければならない書類の数が倍に増え、確認のためにサインしなければならない書類が三倍になった。


 ……おのれぇぃ、奴はプラント、否、俺にとっては、絶対に、疫病神に違いないっ!


 なんてことを考えたものだが、よくよく考えたら、今までの警備がザルだったと……、いや、元上司殿の話だと、クライン派のシンパはあちらこちらに潜んでいるらしいから、警備が厳しくても、先の強奪に関してはどうしようもなかったのかもしれない。

「隊長?」
「む、すまん、手続きの件は了解した」

 再び声をかけてきた、MS隊の副隊長として正式に任命したマクスウェルに、今更のような気もするが、一応、隊長として取り繕いながら返事をして、新しく受領した俺達の乗機となるMS【ZGMF-600】ゲイツの先行量産型を見上げる。

 ザフトの新しい汎用量産機であるゲイツを見るにつけ、ジンやシグーに比べると遥かに"野暮ったさ"が抜けて、より洗練されたフォルムになったのがよくわかるし、一般的な機体色が緑なのも宇宙での保護色としていいだろう。



 でも何故か、残念なことに、今回も俺の機体の色はイエローだったりする。



 もう、いい加減に勘弁して欲しいんだが、黄狼だなんて派手な異名が連合軍に知れ渡っている以上、変更は絶対に不可らしい。


 ……はぁ、本当に、世の中は、ままにならないもんだよなぁ。


 まぁ、気を取りなおして……、このゲイツの機体性能なのだが、スラスター関係はジン開発以来の度重なる改良で以前よりも燃料効率が良くなり、姿勢制御のバーニアも今までの蓄積データから配置換えが適度に為されたため、機動性、運動性共に底上げされている。また、機体のパワーというか、使用されているバッテリーも新規開発されたものに変更されていて、蓄電量がアップした為、継戦能力も以前よりも延びているらしい。
 それに武装面でも、大出力レーザー通信用のアンテナがトサカに増設された頭部に近接防御用の機関砲が二門備えられており、ミサイルへの対処や近接戦闘等での対応能力が以前の二機に比べて、向上していると言えるだろう。
 また、ビーム兵器へ対応するために、耐ビームコートが施されたシールドには二対のビームクローが装備されており、いちいち、重斬刀等に換装しなくて良くなったのは朗報だ。何しろ、連合軍が量産型MSを出してきた以上、格闘戦が起こる可能性が高まったからな。

 ……でも、正直、盾との一体型なのは、格闘戦時の防御が弱くなるだろうから、あまり嬉しくないんだがなぁ。

 それはそれとして、他にも隠し武器というか、何だったかな、……えーと、確か、え、エクステンショナル・アレスターだったかな、それが両腰部に取り付けられている。まぁ、単純に、アンカー型の刺突用ビームパイクというば、わかりやすいだろうか? これもきっと、近接戦闘や格闘戦で使えるだろうが……、範囲に制限があるから、かなり訓練しないと実戦で使用するのは難しいだろう。というか、実戦で使用するには射程距離が短過ぎるから、シゲさんに魔改造してもらって、射程距離を伸ばして貰うつもりだ。
 後、本格的なビーム兵装であるビームライフルが装備されたのも良かったのだが……、その銃身が長いのがちょっと気になるところだ。何分、銃身が長いと取りまわしで苦労することはシグーのシールドバルカンで体験済みだからな。……けど、まぁ、これに関しては、流石のシゲさんも改造できないだろうから、改良型が出るまでは何とかやって行くしかないだろう。

 ゲイツや装備している兵装、国防委員会から全所属MSをゲイツへと更新させる条件として付けるように言われて、俺のパーソナルマークを描いた実績があるレナにデザインしてもらった部隊章【疾走する狼(ランニング・ウルヴズ)】に目をやりつつ、今後の機種転換訓練や模擬戦の内容を考えていたら、隣に立ったマクスウェルが尋ねてきた。

「でも、隊長、よく新型を部隊全機分も確保できましたね」

 実はマクスウェルの言う通り、本来ならば、戦隊MS隊全体(複座型を除く)の新型への機種更新は行われる予定ではなかったのだ。
 だが、そこはごね……げふんげふん、ザラ議長という強力な伝手を使い、また、国防事務局にも、機体としての実戦運用はしているだろうが、部隊単位として実戦運用はしていないだろう、それに部隊として整備に関するデータは必要じゃないか、とか、予め、新型に熟練した部隊があれば、今後、仮想敵代わりにこき使えるぞ、だなんて色々と理由をつけて、先に挙げたような、ちょっとした軽い条件こそ出されたが、戦隊MS隊の全機を新しく更新させることができたのだ。

 いやはや、権力を持つ伝手があると、本当に便利なものだね。 

「それはな、以前、派手にやったバラマキで、国防事務局がうちの戦隊に好印象を抱いているという下地がある上に、良い伝手を使い、周囲が納得するだけの相応の理由を挙げたからだよ」
「つまりは、今回の新機種への更新は周到な根回しの結果?」
「いや、結局は権力を傘に来た濫用であることには違いないさ。だから、相応の成果も出さないといけない。頼りにしてるぞ、マクスウェル?」
「……その期待に応えて見せましょう」

 確かな自信を持って答えた顔を見るにつけ、マクスウェルも慢心をなくし、成長しているなぁ、と実感させられる。

 とはいえ、新型を体よく手に入れたことや後進の成長を喜んでばかりもいられない。

 相応の成果というか、部隊運用での成果と改善点を出さないといけないし、実戦部隊ならではの視点から機体に関する意見を出さないと意味がないからな。
 とはいえ、このゲイツは実戦証明が為されつつあるとはいえ、まだまだ、ジンとその派生機、発展機に比べれば信頼性は初期段階でしかないから、様々なトラブルに見舞われる危険も依然として存在しているし、操縦系にしても、ジンからシグーへと乗り換えた時と同じように色んな変化があるだろうから、機種転換で苦労するのは目に見えているとも言える。

 要するに、大言を現実にする為には、まずもって、機体を乗りこなせるように猛特訓をして、短所の把握をしないといけないってことだな。

「よし、マクスウェル、運び込みの指揮は任せるぞ。……後は頼む」
「了解です」

 敬礼するマクスウェルに答礼し、俺は一足先にエルステッドに戻ることにした。


 ◇ ◇ ◇


「いいなぁいいなぁ」
「ほら、ロベルタ、みっともないことを言わないの」
「でも、ビアンカ、私達以外、みーんな、新型になったんだよ? 羨ましいと思わないの?」
「そ、それは……、じゃ、若干、思うわね」
「でしょでしょ?」

 隊長室で簡単な仕事、戦隊に補給された物品リストや新たにリー小隊に配属された新任ディーノ・ベルディーニの士官学校での評価書、ゴートン、フォルシウス両艦長や各MS小隊長から提出された訓練計画書に目を通すといったことを終えて、自機の調整をしようとMS格納庫に降りてきたら、出入り口近くに陣取った複座型担当の二人組がじーっと、ゲイツを見上げている後姿が目に入った。

 見つかれば、間違いなくフェスタに絡まれると予想して、視界に入らないように迂回しようとしたのだが……。

「あれ、先輩、仕事は終わったんですか?」

 二人組が見上げていたゲイツのコックピットハッチから、たまたま顔を覗かせたレナにより、妨害されてしまった。 

「あっ! 隊長! 何で、私達にはレーダードームの更新だけでっ! 新型がないんですか!」

 そして、危惧していた通り、フェスタに絡まれた。

「こ、こら、ロベルタ!」
「あ~、いい、いい。……あのな、フェスタ」
「う~」

 あ、なんか、噛み付く寸前の小型犬のようなイメージが……。

「隊長達ばかり、ずるいですっ!」
「む、確かにずるをしたなぁ」
「先輩、何を言ってるんですか……」

 どうやら見るに見かねたらしい、レナがこちらに跳んできてくれた。

「いや、実際、新型をこれだけ揃えたのは、今の所、うちやラ……クルーゼ隊の他は数隊位だろうからな」
「え、そうなのですか、隊長?」
「ああ、そうなんだよ、スタンフォード。今のところ、こいつはエース級や隊長格にしか、配備されてないんだ」

 いつも冷静な顔しか見せないスタンフォードが、珍しく驚きを露わにしている。

「ど、どうやって、これだけの数を?」
「……んー…………な・い・しょ」
「……先輩、キモイからやめてください」

 ひどっ!

 こんな具合に話を有耶無耶にしようとしたのだが、残念なことにフェスタには通用しなかったらしい。唸りながら、じっと、見上げてくる。

「うー! うー!」
「ちょ、やめ! 涙目で見上げるのはやめて! 整備班の俺を見る目が! 目がっ!」

 俺は精神破綻者じゃないので、そんな蔑みや嫉妬に満ちた目で見られても、興奮や優越感なんて感じないって!

 動揺著しい俺を呆れた顔で見ていたレナが、仕方がないといった風情でロベルタの肩に手を置いた。

「ほら、ロベルタ、私の機に座らせてあげるから、先輩を困らせないの」
「……う~、でも、レナ先輩、操縦させてくれないでしょう?」
「ええ、それはさせてあげられない」

 ……む、レナの目が急に真剣になった。

「この機体に私は命を預けるから、そうそう、好きにはさせてあげられない」
「……ごめんなさい」
「うん、わかってくれたらいいの」

 妹をあやす様に、レナはロベルタの頭を撫でる。

 慈愛に満ちていると言うか、普段、お目にかかれない柔らかな表情に、無妻整備班の連中の目も釘付けになっているようだ。

 だが、それもレナが俺を半目で睨み始めたことで消えてしまい、自然と周囲から溜息が聞こえてくるのがわかった。

「……それで、先輩、何かロベルタに言うことは?」
「何を言うんだ?」
「先輩のことだから、抜かりなく、MSシミュレーターも新型のものに交換させたんでしょう?」

 はい、その通りです。

 明後日の方向を眺めながら、とりあえず、頷いておく。

「もう、別に機密でもないのに、何で教えてあげないんですか?」
「い、いやぁ、……なんとなく?」
「酷いです、隊長!」

 ああ、しまった! またフェスタの怒りがこちらに!

 どうしようかと考えていたら、リーの奴が新任のベルディーニを連れて、待機休憩室に向うのが見えた。

「り、リー!」
「? 何ですか、隊長」

 リーは上手く近くにあったゲイツの装甲を足場にして、こちらに針路変更してやってきた。残念ながら、新任君は咄嗟に反応できなかったようで、あたふたとしながら、こちらに進行方向を変えようとしているようだ。

「これから暇か?」
「ええ、まぁ、初期調整も終わりましたから、ベルディーニの奴に艦内を案内しようかと考えていたところです」

 ん~、実に素晴らしいタイミングだっ!

「うん、それは都合がいいな」
「はぁ」
「実はMSシミュレーターをゲイツ用に交換したんだが……」
「え、本当ですか?」

 フィッシュ!

 ……っていうか、こいつも機会に貪欲だよなぁ。

「ああ、今からそいつを使って訓練していいから、ついでに、フェスタとスタンフォードの面倒も見てやってくれ」
「……隊長、何か、俺に、厄介ごとを、押し付けようとしてませんか?」

 リーの奴、中々、場の雰囲気を察する事ができるようになったじゃないか。

「リー、それは穿ち過ぎだぞ。お前の小隊には新任のベルディーニが入るからな、少しでも訓練時間を与えようという俺の隊長心さ」
「……わかりましたよ。フェスタ、スタンフォード、先に行って、MSシミュレーターを立ち上げておいてくれ、俺も他の二人を連れて行く」
「はいっ!」
「わかりました」

 おやまぁ、フェスタの奴、ころっと機嫌良くなってるよ。

 俺達に敬礼をしたフェスタとスタンフォードはすぐに踵を返すと、通路を跳弾のように跳んで行った。

 ……誰かに衝突しないことを祈ろう。

「では、隊長、俺もルッツを呼んで行きますので、これで」
「ああ、あの二人が満足するまで、面倒を見てやってくれ、頼む」
「……了解です」

 リーは、露骨にやっぱりというような顔をして見せた後、苦笑しつつ砕けた敬礼をしてみせた。そして、ようやくこちらに到着しそうな、線が細くて"甘い"風貌の少年……ベルディーニを捕まえると、待機休憩室に向ったようだ。

 その後姿を見送っていると、レナがふと、呟いた。

「……リーも変わりましたね」
「ああ、そうだな」

 家族を失った悲しみは絶対に癒えるわけがないだろうが、少なくとも、自暴自棄な面が表に見えなくなっただけでも良かったと思う。

「さて、俺も自分の調整をしないとなぁ」
「これだけは、絶対に、サボれませんもんね」
「……レナ、いかにも、俺が普段サボっているように受け取れる言い方は勘弁してくれ」
「え、先輩のことなんて、一言も言ってませんよ? もしかして、心当たりでもあるんですか?」
「まったく、何であんなに純真で可愛かったレナが、こんなに性格が意地悪になったんだろうなぁ」
「……誰の所為でしょうねぇ?」

 げぇ、まずい!

 大慌てで、床面を強く蹴って、自分の、……涙が出るほどに眩しい黄色で塗装された自機を目指す。

「じゃ、じゃあな、レナも時間があったらでいいから、シミュレータールームに行って様子を見てやってくれ」
「もう、先輩ったらっ! わかりました!」
「よろしくなぁ」

 レナにひらひらと軽く手を振った後、近づいてくる自機を見つめる。

 【ZGMF-600】ゲイツ、……きっと連合の量産機に負けない、頼りがいのある機体だと思う。


 同時に……。


 ……この色だけは、本当に、勘弁して欲しいとも思った。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。