第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
68 嵐が来る前に 2
「……それが、彼女を家に預ける事が、今日の用件か?」
「ああ」
ラウに確認の意味を込めて尋ねるが、帰ってきたのは首肯付きの肯定だった。
このラウの言葉は、隣のアルスターも初耳だったらしく、驚いた様子で俯けていた顔を起こし、涙に濡れた目って、おぅい、泣いてたのかよ!
だ、だが、このシリアスな状況では、そちらへは突っ込めない!
できるだけ、アルスターの、涙のせいでブサイク……別に本当の意味で不細工と言う意味ではなく……になってしまっている顔を、紳士的に見ないよう意識しながら、ラウに理由を尋ねる。
「何故、と聞いてもいいか?」
「……君も承知していると思うが、私は足つき追討の任を受けている」
「まだ解かれてなかったのか?」
「ああ。……それに加えて、クライン派が強奪した新造艦の追討も任務に含められることになったよ」
実は、地下に潜んでいたラクス・クラインがザフト内に存在するクライン派の手引きで、新型艦を強奪して逃走したのだ。
それを聞いた瞬間、もう二度と帰ってくんなっ、って思ったのは、きっと、俺だけじゃないと思う。
「なんとまぁ。……クライン派はとにかく、とりあえず、足つきに関しては、伝え聞いた状況的に考えて、連合軍から脱走したみたいだし、もう放っておけばいいじゃないの?」
「確かにその考えもわかるにはわかるが、多くの隊を撃破してきた足つきを放っておくと、ザフト全体の士気に関わるのも事実なだけに、何らかの手を打たぬ訳にもいかぬ。……とはいえ、これも私から見れば、表向きだ」
……表向き、か。
「……裏は?」
「態のいい左遷だよ。何しろ、半年近くかけても、新造艦とはいえ一隻すら、まともに落とせぬ無能だからな、私は」
「それは気にし過ぎだろう。そもそも、ラウが無能なら、ザフトのほぼ全員が無能だろうさ」
これは偽りない俺の本音だ。
「ふふ、慰めなど要らぬよ」
「ラウ、俺に男を慰める趣味はないよ」
「くくっ、本当に君も言うものだな、アイン。……だが、私自身、幾度もあの艦を落とすべく、部隊を動かして攻撃を仕掛けてきたが、全てを退けられてしまったのが現実なのだよ」
幾人もの部下を失った上にな、という呟きは聞こえなかったことにした。
「そして、厄介なことに、足つきは戦闘を重ねる事に成長している。そこに加えて、強奪された核動力機、フリーダムが加わっている可能性も高い。……故に思うのだ、次に足つきと戦闘が発生すれば、下手をすれば、母艦すら、やられるやもしれぬとな」
「……それは、ラウの勘か?」
「ああ」
……ラウの勘か、それは信じるに値するもんだな。
けれど、それだけでは、アルスターを家に預けるには、理由として弱い気がする。
……。
一度、押してみるか。
「本当に、それだけなのか?」
「……む?」
「その他に、理由はないのか?」
「どういう意味かね?」
「ラウ、それだけでは、彼女を家に預ける理由としては弱い気がするんだが? 別に、ラウの家に置いておいてもかまわないだろ?」
俺の追求を受けると、ラウは再び口元に笑みを形作るが、その笑みは俺を悪戯な罠に嵌めた時に浮かべるモノに近い。
「この心荒むプラント社会に、世慣れぬ彼女を、独り残すのは不安なのでな」
「む、それは、確かに、……不安では、あるな」
理由としては上手く補強されてしまった気がするが……、むぅ、なんだ、この違和感は?
……。
じっと、ラウの表情を見るが……、うん?
なんとなく、顔色が優れないようだが?
「ラウ、体調が悪いのか?」
「いや、普段と変わらぬよ」
「そうか、なら、いいんだが……」
むぅ、本人から得られる情報が少ない以上は、他から探すしかないか。
そんなわけで、ラウの隣に座るアルスターを視界に収めてみるが……、ラウを見る彼女の表情に浮かぶのは……、不安や心配といった感じだな。
その表情の意味するところは……。
「アイン、無理ならいいのだが?」
更に思考を進めようとしたら、えらく上手いタイミングで、ラウから横槍が入った。
……仕方がないな、何か、ラウが隠しているとだけ、考えておけばいいか。
「いや、別に構わないよ、家も部屋が余ってるしね。それに、独りで留守番してくれているミーアの相手になってもらえると助かるからな」
「そうか、ミーア嬢には迷惑をかけるが……」
「そんなことはないさ」
ラウが微かに首を傾げて見せたので、後を続ける。
「実はな、ミーアの奴、学校とかにあんまり馴染めなかったから、友達が少ないっていうか、ほぼ、いない状態なんだよ。今現在も、自宅学習の日々さ」
「そうなのか? 意外だな、ミーア嬢の人となりを考えると、友は多そうに感じるが?」
「いや、それがな、ミーア曰く、何でも他人と比較して、優位に立ちたがるガキの相手なんてしたくもない、だそうだ」
「ふっ、ミーア嬢も言うものだ。……しかし、彼女がそうなったのは、恐らく、アイン、君の影響だろうな」
「そうかねぇ」
まぁ、確かに、ミーアに最も近く、長く一緒にいたのは、俺だとは思うが……。
って、話を進めないと。
「だから、これも良い機会だと思う。同年代の友っていうのも、色んな意味で大切だからな」
俺達の、ラウやユウキ、俺の関係を暗喩してみた。
「……そうだな。……本当に、大切なものだ」
うん、ラウの同意を得られた所で、今度はアルスターの意思を……、聞かなくてもいいか。
例え、彼女が嫌だと言っても、ラウのことだ、強引に押し通すだろうからな。
「よし、決まりだ。彼女は、家で預かるよ」
「……頼む」
「とは言っても、俺も任務があるし、ずっと家にいるわけじゃないから、実質、ミーアとの共同生活になるだろうけどな」
「わかっている。後で、ミーア嬢が帰ってきたら、私からも頼んでおく」
ついで、ラウは自身を不安そうに見上げているアルスターを認めて、更に続ける。
「無論、彼女にもしっかりと言い聞かせておく」
「うん、その方がいいよ。それで、何時からにする?」
おとがいに手をやったラウは、少し考えた後、軽く頷いて語をつむぐ。
「ふ、む……、明後日ぐらいで、どうだろうか?」
「わかった、それまでに部屋の用意はしておくよ。あっ、けど、流石に、生活用品というかは本人の趣味もあるだろうから、最初だけは自前で頼む」
「了解した」
軽く請け負っているが、プラントの物価は全体的に高くなっているからなぁ、ラウもきっと、散財するだろう。なにせ、お年頃の女の子はオサレのために、惜しみない努力をしますから、比例して、金も出て行くみたいだしな。
「あっ、そういえば、身分証はどうなってるんだ?」
「抜かりはない。カーペンタリアで正式なモノを、……大西洋連邦から命からがら大洋州連合まで逃げ出してきたという設定で発行させている」
「ほぅ、やるねぇ。で、検査はどうやってパスしたんだ?」
「ふっ、蛇の道は蛇、ということだよ」
それはそれは……。
「元保安局員として、興味のある話だな」
「必要悪だよ、アイン」
「わかってる。奇麗事だけで世の中が回るなんて、思っちゃいないさ」
だからこそ、清濁併せ呑むなんて言葉があるんだ。
「だが、必要悪もある程度は管理しておく方が、前のテロみたいなことも起きないんだよ」
「……わかった。だが、私からはルートだけだ」
「十分さ。保安局はテロリストの侵入さえ、防げればいいんだからな」
「では、不法移民には目を瞑ると?」
「ああ、実の所、それは以前からさ。……まぁ、四月馬鹿があったから、もう、テロリストか諜報員位しか、来ないだろうけどな」
プラントはコーディネイターにとっての理想の国、コーディネイターは同胞意識が強い、なんて言われていたのは過去の話で、今現在、地球に住んでいるコーディネイターから見れば、プラントやそこに住んでいるコーディネイターは侮蔑と憎悪の対象にしかならないだろうさ。
「しかし、四月馬鹿、エイプリル・フール・クライシスか……、連合も、上手く名付けたもんだよな。本当に、正気を疑うような、今からでも嘘にしたくなる位に、馬鹿げたことだよ。憎悪を全世界規模にまで、撒き散らしたんだからな」
「そして、憎悪は憎悪を生む。……我々が人である限りな」
「人である限り、か」
……人が人である限り、否、人であるからこそ、情、感情は切り捨てることはできない。
「この負の因果が断ち切れぬ限り、人は滅びへと進んで行くだろう」
「それもまた、道理か。……もっとも、俺は、そうはならないと信じているけどな」
「……ほう、何故かね?」
「人にはもう一つ、理性という特徴があるからさ。だいたい、過去にも幾度となく、いつ世界が滅亡してもおかしくないような危険な時期があった。それを乗り越えて、今までやってきた人類の理性を、俺は信じたい」
でも、感情は簡単に理性を振り切る事があるから、分が悪い賭けにもなりかねないんだよなぁ。
「……君は理想家だな」
「まさか、所詮、戦争で身内に犠牲が出ていないからこそ言える言葉であり、奇麗事だとも思うよ。それに、俺は、儘にならない現実の中で必死に足掻く一人の人間に過ぎないからな。そう信じていないと心が折れて砕かれてしまいそうになるから、そう信じ込んでいるだけさ」
「……」
「ん、どうしかしたか?」
「アイン、一つ、君と賭けをしたい」
珍しいな、ラウがこんなことを言い出すなんて。
「……とりあえず、聞こうか」
「ああ、何、簡単なものだ。この戦争の行方……、人が滅びの道を歩むか否か、だよ」
「それは、また、何とも、大きな賭けだな」
俺のスケールには、合わない賭けとしか言いようがない。
「やめるかね、アイン?」
「いや、受けるよ。賭けの対象は?」
「私はC.E46年のビンテージワイン」
「ちょ、その年って、近年最高の出来って謳われてる年だったよなっ! どこにそんな極上の酒がっ!」
「ふふ、あるところにはあるのだよ」
な、なんということでしょう、欲しても手に入れられなかった親父殿、あるところにはあるらしいです。
「な、なら、俺は……」
「君が大切にしているC.E47年のスコッチがいいな」
「……」
む、むぅ、何故、ラウがそのことを知っているんだろうか?
両親と言うか、親父が俺の誕生祝に購入したもので、いつか二人で飲む予定なのだが、居間のキャビネットに箱に入れてって、それでか。
「どうする、アイン?」
「……わかった、受けるよ。賭けの内容的にも、それだけの価値はあるからな」
「ふっ、では、どちらに賭けるかね?」
「人は滅びの道を進まず、この戦争も程なく終わる、だな」
「では、私は、その逆を……、この戦争で、人は滅びの道を進み始める方に賭けよう」
……いや、何とも、とんでもない内容の賭けだこと。
でも、まぁ……。
「この賭け、もらったぞ、ラウ」
「アイン、君は人の業というものの深さを忘れているのではないのかね?」
「その業を乗り越えてきたからこそ、今があるんだよ」
「ふふ、先のことはわからぬよ」
お互いにニヤリと口元に笑みを浮かべると、俺達の話を黙って聞いていたアルスターがまた、ビクッ、と大きく身体を震わせたのがわかった。
……。
ま、まぁ、大の男が二人して、向かい合ってゲンドウ笑いしたら、そういう反応するよなぁ。
しみじみと、俺もそういう顔が似合う歳になったのかと何となく悲しく思っていたら、急に玄関から慌ただしい音が聞こえてきた。
どうやらミーアが帰ってきたらしかった。
「兄さん! 荷物が多いから、すぐに取りに来てっ!」
何とも、今まで居間に漂っていた空気を吹き払うかのように、元気で且つ騒がしい声だ。
「まったく、ミーアの奴、きっと買い過ぎたな。……どれ、ちょっと行ってくるよ。悪いが、ラウ達は待っててくれ」
「ああ」
ラウに、そう言い残して、玄関に向ってみると、ミーアは何やら紙袋からごそごそと取り出すところだった。
「……ミーア、何してるんだ?」
「ん、これ、兄さんにと思って」
ニコニコと笑うミーアが取り出したのは、特売品との札が張られた、十枚組のTシャツのようだった。
「ミーア、これは?」
「ん、オーブ製のTシャツ、安かったから兄さんの普段着用に買ってきたの」
「そ、そうか、ありがとう」
とにかく、パッと表の一枚を見てみると……。
「義侠心?」
「え、兄さん、読めるの?」
「ん? あ、ああ、まぁな」
何と、日本語なんて、また、懐かしい。
折角だから、他のもちょっとだけ見てみる。
「へぇ、道義心に不動心、清浄心、忠誠心、好奇心、平常……って、これ、どっかで見た事があるな」
「兄さん、それよりも荷物」
「あ、そうだったな、すまん」
ミーアに言われて、荷物を取りに出かける。
ついでに、さっき、ラウと話し合った内容もミーアに軽く言っておくことにする。
「そうそう、ミーア」
「ん~?」
「今日、ラウが連れてきていた子、なんだけどな」
「うん?」
「家で預かることになったからな」
俺の言葉を受けて、ミーアの動きが目に見えて鈍る。
「……うーん」
「もしかして、嫌なのか?」
「あ、そんなことはないよ? ただ……」
「ただ?」
「ちゃんと、家事をシェアしてくれるかなぁ、って思っただけ」
……どうだろうなぁ。
「良い所の出かもしれないから、あんまり期待するなよ?」
「なら、ビシバシと仕込むだけよ」
「……そ、そうか」
俺は手に一杯の荷物を我が家に運び入れながら思う。
ミーアの、当然の如く、といった感じの男前な発言を聞くと、容易に、今後の我が家の生活が騒々しいものになると予想できるのは何故だろうか?
「まぁ、最初は……」
「駄目駄目、甘やかさないの! 昔から言うでしょ、働かざるもの、食うべからず! って」
「はい、その通りです」
しかし、フレイ・アルスターに関しては、ミーアに任せておけば、問題ないと、何故か、確信が出来た。
そして、今の俺が為すべきことは、家族であるミーアを守ることだとも……。
だから、嵐が来る前に、俺も精一杯、準備をしておかないといけないなと考えて、今後、戦隊に課す訓練を頭に思い描いたのだった。
「あ、兄さん、まだまだあるから、お願いね」
「……へいへい」
妹分にこき使われながら……。
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