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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
67  嵐が来る前に 1


 6月20日のテロ事件、マスコミが揃って名付けた【ブラディ・ジューン】は、ビクトリア基地陥落の情報が噂として広まるのと相まって、プラント社会に大きな動揺をもたらした。

 その動揺に応えるように、プラント内のマスメディアは、連日、その時の様子や政府の事後対応、テロ実行犯の犯人像、動機の憶測、犠牲者遺族の嘆き、街の声といったことを繰り返し、センセーショナルに報道しており、正直言うと民衆を煽っているのか、事態の沈静化を図っているのか、よくわからない状況になっている。
 また、一部のコロニーでは、地下に潜ったクライン派が、先のテロは現体制による和平推進派であった前議長の謀殺だ、なんて宣伝放送を流してくれるお陰で不穏な空気すら流れ始めている。

 この状況に対し、最高評議会は市民の動揺を少しでも早く収めるために保安局に先のテロ事件の徹底究明を指示し、また、クライン派の宣伝に対しては、根拠のない悪質な噂だと断じる声明を出した後は、いちいち相手にしない方針で行くようだった。
 もちろん、最高評議会からテロの実態解明するようにと指示を受けた保安局は必死になって頑張っているのだが、如何せん、地下に潜ったクライン派への対応や連続テロへの警戒、防諜体制の立て直しも必要とあって、元上司殿の話によると、冗談抜きで受付に猫の手を借りる位に深刻な人手不足に陥っており、上手く捜査は進んでいないらしい。

 ……元同僚として、保安局の連中が過労死しないことを祈ろう。


 ◇ ◇ ◇


「やれやれ、ようやくプラントに帰ってきたと思ったら、あの騒ぎ……、まったく、ゆっくり気も休ませられないよなぁ」
「ふふ、アイン、君は普段から気を休めているのではなかったか?」
「いや、白服に……、隊長職になってからは、休暇中位しか気を休めることができたことはないよ」

 あのテロから三日後、我が家にて、先のテロに関する憶測が垂れ流されるテレビを眺めながら、俺はラウと話をしている。

「そういえば、ラウ、例の作戦に参加していたみたいだけど、足つきを追っていたんじゃなかったのか?」
「何、ユウキから先の作戦に向けて、地上軍全体の調整役を押し付けられてな。追撃は部下に委ねていたのだよ」

 ラウはそう言って肩を竦めながら応えると、眉間に皺を寄せてみせた。

「お陰で奴との貴重な戦闘を逃すことになってしまった」
「まぁ、その機会はまた、巡ってくるさ」
「君の勘かね?」
「ああ、そういう巡り合わせは、意外と、最高の舞台を用意してくれるもんだよ」
「ならば、その時を楽しみにしておくことにするよ」

 ちなみに、話し相手は"ラウ達"と、が正解になるのだが、実質的に話をしているのは、俺とラウだけだったりする。

「あ、あ~、それで、お嬢さん? こうやって俺と面と向って話すのが初めてな君が、俺を警戒するかのはわからんでもないが、もう少し、リラックスしたら?」
「……」

 一応、リラックスするようにと、以前、ラウから副官として紹介された、フレイ・アルスターという赤毛の少女に声をかけるのだが、ミーアにも劣らない豊ま、げふんげふん、歳の割に大きな胸を両腕で隠しながら、恐れを多分に含んだ目でこちらを見るだけで、緊張を解く気配がない。

 う、うーん、そんなに俺って、怖いというか、変質者にでも見えるんだろうか?

 ……。

 実は、ザラ議長達がシェルターに避難して、その安全が確保された後でレナ達と合流したのだが、その際にラウから、ラウの副官とされているフレイ・アルスターについて相談したい事があるから、後日、訪ねてもいいかと聞かれたのだ。

 俺の中に、友の相談に乗らないという選択肢は始めから存在しないから、すぐに了解を出した。

 で、今日になって、二人が揃ってやって来たんだが、あいにく、会話の潤滑油的な存在になるミーアが席を外してしまい、話がつながりにくい状況が続いている。

「……」
「……」
「……」

 うぅ、ミーア、早く帰ってきてくれ。

 食料品の買出し……食料品の値段が高騰しているから、タイムサービスは逃せないのっ! とは、奮起して出て行ったミーアの談……に出かけたミーアの帰りを待ちわびながら、お茶をすする。

「……」
「……」
「……」

 き、気まずいなぁ。

 ……仕方がない、こちらから切り出すか。

「あ、あ~、ところでラウよ」
「何かね?」
「どうして、ナチュラルの子を、副官だなんて偽って、連れて歩いているんだ?」

 ビクリッと大きく身体を震わせ、長い赤髪を揺らせた少女を見て、自身の推測が間違いがないと確信する。そのことに気がついたのかはわからないが、ラウが軽い笑いを洩らして、少女から発生した緊迫した空気を少し和らげてくれた。

「ふ、ふふ、君には隠し事ができないな」
「いやいや、それは買いかぶり。だいたい、今のはあくまで、誘導だよ」
「では、間違っていた時はどうしていたのかね?」
「そこはそれ、笑って誤魔化していたさ」

 要するに、言った者勝ちってことだ。

「しかし、アイン、いつから、彼女がナチュラルであることを察していたのだ?」
「いや、初めて顔を合わせた時の目の動きと表情、無重力空間でのザフト隊員にしてはギコチナイ挙動、加えて、副官とはいえ、自軍の本拠地で周囲へ過剰な警戒をするなんて、明らかにおかしかったからだよ」
「……なるほどな」
「まぁ、一応、これでも保安局に勤めていたからさ、その時の職業柄か、何気ない仕草に目がいっちゃうんでね」
「ふっ、だが、それだけのことを一瞬で見分け、察することが出来る者はそういないはずだが?」
「そこは、俺が保安局にいた頃に、努力と精進をした賜物だと思ってくれ」
「では、そういうことにしておこう」

 いや、いやいや、それ以外ないって!

 なんて感じで、苦笑いを浮かべていたら、ついに、件の少女が口を開いた。

「ど、どうして?」
「ん?」
「どうして、あなたは、私がナチュラルだってわかってたのに、何にもしなかったの?」
「……君はどうして、君がナチュラルってだけで、俺が何かすると思うの?」

 質問に対して質問で返したためか、目に見えて困惑する少女を眺めつつ、これが……、今の質問が、今現在における、ナチュラルのコーディネイターに対する一般認識なのかと、暗然たる思いを抱いてしまった。
 確かに、反コーディネイターを訴える地球連合のプロパガンダの影響もあるだろうが、正直、今のような質問をされるとは予想外だった。

 そんなことを考えていたら、フレイ・アルスターの隣に座っているラウに苦言を呈された。

「アイン、その返しは卑怯ではないかね?」
「ん、すまん。ちょっと意地悪だったな」
「……あの様に返した君の気持ちもわからぬでもないが、まだ、彼女は二十歳にもなっていないのだ。周囲の影響を受けるのが普通ではないかね?」
「まぁ、そうだな」

 とはいえ、なぁ。

 いったい、何時から、ナチュラルとコーディネイターは、こんな相互に無理解というか、同じ人であるというのに、お互いがヒトではないかのような考えを持つようになってしまったんだろうか?

 やはり、ナチュラル、コーディネイター共に、マスメディアや一部団体のプロパガンダで、社会的に一般化されてしまった、それぞれの相手方への見解や見識を当たり前のように受け入れてしまっていて、その結果が互いへの差別や偏見に繋がってしまい、こんな風になってしまったんだろうか?

 はぁ、ナチュラル、コーディネイター、それぞれの意識を根底からひっくり返さないと、双方の融和は不可能って当たりが、相当に業が深いというか、根深い問題だよなぁ、本当に……。

 ……。

 ……でも、こんな大きな問題、独りで解決なんて出来るわけないんだから、今は置いておいて、さっきの質問に答えることにしよう。

「えっと、さっきの質問に答えるとな、俺が君に何もしないのは、ラウが連れていたっていうこともあるけど、ナチュラルという総体に対して、特に偏見も憎悪も持っていないからだよ。そもそも、初対面の相手にナチュラルってだけで、マイナスの感情を持つなんて器用なこと、俺にはできないよ」
「……私、コーディネイターはナチュラルのことをナチュラルというだけで、侮蔑するって思っていたわ」
「いや、まぁ、実際、そういう手合いが多いのも事実だから、君がそういう考えを抱くのも無理はないというか、今の社会情勢じゃ、普通なことなんだろうな。けどね、ナチュラルもコーディネイターも同じ人間だよ?」
「……おなじ、にんげん」

 んん?

「本当に、コーディネイターはナチュラルと同じ人間なの? 正常な遺伝子を持っていても、遺伝子を自分の思い通りに弄ったりするのに、同じ人間だというの?」

 おぅ、中々に鋭い突込みだな。

「厳しい意見だね。でも、確かに君の言う通り、正常な遺伝子を弄るのは良くないと俺も思うよ。親と子の遺伝子が直接的に連続しないなんてのも生物として歪だしな。……それに」
「……それに?」
「うん、生まれてくる我が子にコーディネイトを施すってのも、見方を変えれば、親のエゴを子どもに押し付けているだけで、所詮は親馬鹿でしかない。……実際、子を自分の付属品や作品か何かのように考えているような連中もいるのは確かだし、ある人から聞いた話だけど、自分の思い通りに生まれなかったってだけで、平気で子どもを捨てるような連中も、実際にプラントにはいるからな」
「……」
「でも、それは親が負うべき責であって、生まれてくる子に……、コーディネイターとして生まれてくる子には、コーディネイターであることの責はないと思う」
「!」

 む、何故だか知らないが、また動揺しているみたいだな。

 ……とにかく、話を続けるか。

「話が逸れたから元に戻すけど、最初の質問、コーディネイターとナチュラルは同じ人間なのか、っていう疑問の答えだが、コーディネイターだろうと、ナチュラルと同じように、喜びや哀しみ、怒りや楽しみを持ち、泣いたり笑ったりする存在である以上は、同じ人間だと、俺は思ってる。コーディネイターとナチュラルの差異は、これも俺の知り合いの言葉を借りて言えば、コーディネイターは、ナチュラルよりも少しだけ生物としての器が大きくなった位に過ぎないらしいし、俺も潜在能力が引き出しやすくなっただけのヒトに過ぎないって思ってる」

 ……でも、この考え方、プラントじゃ、圧倒的に少数派なのが頭の痛いところなんだよね。

 って、あれ、な、なんで、そんなに項垂れる程に落ち込むんだ?

「………………ラ」 

 ん、んんん?

 誰かの名前か?

「……」
「……」
「……」

 ま、また、沈黙が……。

「な、なぁ、ラウ、俺、何か、拙いことでも言ったのか?」
「ふむ、恐らく、彼女自身の内面に関わることだろう。……今は、そっとして置く方がいい」
「……」
「む、なんだ、アイン、その目は?」
「い、いや、なんでもない」

 ……ラウの奴、何か、陰で密やかに、娘の精神的な成長を喜ぶ父親みたいな顔してたぞ。

 そんな、愚にも付かないことを考えるが、とにかく、アルスターをネタに話をつなげていこうか。

「それで、ラウ、彼女はどこから掻っ攫って来たんだ? カーペンタリアか、それとも、ジブラルタルか?」
「……アイン、私は君のように、ヘイアンヒカルゲンジのような趣味はないのだが?」
「ぶっ、げほっ!」

 な、何気に人が気にしていることを……。

 慌てて、テーブルに噴出した茶を布巾でふき取るが、事の原因は澄ました顔して、茶を飲んでやがりますよ。

「……俺に関わる、非常に不本意でかつ根拠のない悪意ある言葉は置いておいて、実際、彼女を連れてきた経緯はどういうもんなんだ?」
「……アラスカだよ、アイン」
「アラスカ? ……スピリットブレイク?」
「そうだ」

 そういえば、ラウの奴、基地内部に侵入したって、話だったな。

 って、おいおい、もしかして、その時か?

「まさか、アラスカ基地内部に侵入した時にか?」
「……ああ」
「はぁ、何とも、常人じゃしないことをするもんだな」

 流石は、ザフトのエース・オブ・エースだねぇ。

「どんな状況で?」
「サイクロプスを発見し、退避する途上、偶然、彼女と鉢合わせした」
「それだけか?」

 それだけで、連れてきた?

 さ、流石に、それはないな。

「いや、その際に……呼びかけられてな」
「なんて?」
「……パパ、だ」

 ちょっ、何それ!

 幾らなんでも、そこまで歳は離れてないだろうし、いくら同年代よりも皺があるからって、なぁ。

「……アイン、笑ってくれるな」
「あれ、俺、笑ってる?」
「傍から見れば、不気味だぞ、その笑みは」

 手を口元に当ててみると、確かに吊り上ってる。

 慌てて、口元に当てた手で揉み解して、元に戻す。

「ん、すまん、失礼した。……でも、何でラウがパパなんだ?」
「……何でも、声が似ていたそうだ」
「へぇ、娘さんが聞き間違えるくらいに似ているのか」

 一度、そのアルスターパパの声を聞いてみたいもんだ。

「それで、鉢合わせして、呼び止められて、ここは危険だとでも、説得したのか?」
「いや、時間が限られていたのでな、多少、乱暴だったが、……気絶させた」
「……何となく行動に犯罪の薫りがするが、まぁ、状況が状況だけに仕方がないか」
「元保安局員にそう言ってもらえると、安心だ」

 ラウは露悪的にニヤリと笑っているが、サイクロプスっていう最悪な兵器の起動まで、カウントダウンが始まっていたことを考えると、好判断だろう。

 ……うん、アルスターを連れて出した場所と状況はわかった。

 後は、ラウが連れ出そうとした動機なんだが……アルスターが横にいる状況じゃ、聞きづらいな。

 うーん、ミーアが帰ってくるまで待つか、別の機会にするか、だな。

 そんなことを考えていたら、ラウが改まった様子で、切り出してきた。

「アイン」
「何だ?」
「今日、ここに来た用件なんだが……」
「あ、そういえば、そうだったな。うん、聞こうか」

 俺も姿勢を改めて、ラウの言葉の続きを待つ。


「……彼女を、フレイ・アルスターをここで預かって欲しい」
11/02/06 サブタイトル表記を変更。


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