第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
66 潮流が生む瀬戸際 4
ザラ議長がユウキに一つ頷くと、ユウキは議長の執務机から資料らしき紙束を持ってきて、カナーバ議員、ラウ、俺と、それぞれに配布していく。
「……ユウキ、これは?」
「ラインブルグ、まずは読んでくれ」
ユウキに促されたので、これ以上の問答はせず、極秘と読了後焼却処分と判された資料に目を通すことにする。
……つか、極秘はともかく、読了後焼却処分とは穏やかではない。
まぁ、とにかく、目を……。
……。
表題に【Gamma Emission by Nuclear Explosion Stimulate Inducing System】って、書いてあるけど、うーん、核爆発刺激を誘発するシステムによる、ガンマ放射(注:適当)ってところなのかねぇ。
で、長いから略して、【ジェネシス(Genesis)】か。
ふーん、『創世』だなんて、ご大層な名前だとは思ったけど、単純な話、核爆発を利用して発生させたガンマ線を使った高出力のレーザー砲、その砲台のことみたいだな。
ん、核爆発?
コロニー国家であるプラントに核の元になる原料は……って、よくよく考えたら、大洋州連合当たりから仕入れることはできるか。たぶん、カーペンタリアの戦力で大洋州連合を地球連合からの攻撃から守るとか言って、取引でもしたんだろう。
でも、素直に核ミサイルを作らないのは何でだろう?
……。
ユニウス・セブンの件があるから核ミサイルを使用するのを嫌ったか、ミサイルだと迎撃される可能性が高いと踏んだからかな?
……まぁ、そんなことはどうでもいいか。
これの構造は、と……、なになに、核爆発を起こすチェンバー部と大きな皿形をした二次反射ミラーからなる本体部と、錐形上の尖った一次反射ミラー部で構成されている、か。
んで、ガンマ線レーザーを発射するに至るまでの段階は、まず、本体後部のチェンバー部で核爆発を起こして、発生したガンマ線をレーザーに変換し、一次反射ミラーに照射する。その照射されたレーザーを一次反射ミラー内部で拡散、増幅させて、本体の大皿もとい二次反射ミラーに送り返す。最後に、二次反射ミラーで増幅されたレーザーの焦点というか照準を目標に合わせて照射する、というものらしい。
むぅ、本当に可能なのか、これで効果を発揮するのかはわからないが、プラント脅威の技術力で何とかするんだろう。
それよりも、レーザーにガンマ線を使用するって、何気に凶悪じゃないか?
確か、ガンマ線って、放射線の中でも透過性が高いし、電離作用でDNAを損傷させたりするはずだ。それに、地球に大量に降り注いだ場合、オゾン層が破壊されたりして、生態系に大ダメージを与えるって、何かの本で読んだ気がする。
まったく、何とも、物騒な代物だな、おい。
だいたい、こんな大きなものをいつから、造……ああ、なるほど、元々は、外宇宙を探索する為の宇宙船加速装置になるはずだったものを、プラントを守る為の兵器として、転用することにした、って、御丁寧にも書いてあるわ。しかも、連合軍の観測から秘匿するために、核動力を使用して、ミラージュコロイド発生装置を取り付けて、外から隠すなんてことまで……。
それにしても、この資料を一読するだけでも、これの持つ破壊力と影響力の大きさが、核に匹敵する、あるいはそれ以上に強力な戦略兵器だとわかるな。
……。
こんな危険な……、下手すりゃ、人類どころか、地球圏全体が破滅の道を歩き出しそうな戦略兵器を造る狙いは何だ?
ナチュラルの殲滅、か?
……。
いや、……今の議長なら、そんなことをしないと考えたい。
そもそも、これで人類発祥の地である地球が破壊されるようなことにならないと信じたい。
では……、なんだ?
……人類というか、地球上の生命すら、根絶やしにしかねないこれを造る……、理由は、……抑止力?
「議長、これを、使う、おつもりですか?」
「……」
「議長!」
って、おおう、温厚そうに見えたカナーバ議員が立ち上がると、眉を大いに聳やかして、議長に詰め寄っている。
対するザラ議長は、動揺もせず、黙然と座っているっていうか、些か憮然としているようにも見えるな。
「……か、カナーバ議員、少し落ち着いて下さい」
「お、落ち着いてなど、いられません!」
ユウキの奴が、慌てた様子でカナーバ議員を抑えに入ってるが、ああ、なんか、カナーバ議員を見ていると、さっきの俺を見ているような気がするよって、……むむ?
……ユウキの野郎、何気にカナーバ議員の両胸、触ってないか?
必死にこちらへとヘルプを求めるユウキを役得への羨ましさからスルーしてラウを見ると、僅かに口元を歪めて資料に見入っている。
「よくぞ、この瀬戸際で……、思い切ったものだ。……しかし、世界を滅ぼしかねない、非常に危険な賭けだが、効果は確実にある、か……」
ラウの呟きを聞き、先の考えが確信に至る。
「議長、相互確証破壊による冷戦構造の構築、ですか?」
「……ふん、ようやく気付いたか」
うへぇ。
昔あった、っていうか、この世界にもきっとある、……はずの、世界終末時計を思い出すよ。
……はたして、今は、終末まで、何分前だろうか?
世界終末までの時間を測りつつ、少し、落ち着きを取り戻し始めたカナーバ議員に代わり、議長に質問する。
「つまり、議長は、連合の一方的な核攻撃を阻止する目的で、……見せ札として、これを?」
「……いや、実際に使う可能性は否定せん」
「……それは、連合によって核攻撃が行われた場合に、報復に使用する、ってことですよね?」
「無論だ」
ザラ議長に、こいつを先制使用する意志がないことさえ、確認できれば、話は少し楽になる。
「では、地球を照準に入れることは?」
「ブラフとしては、行うだろうな」
「……と、いうことだそうですよ、カナーバ議員」
俺の言葉を受けたからか、ユウキの奴に胸を触られていたことに気がついたからかはわからないが、ユウキに抑えられていたカナーバ議員の顔色が急速に紅くなり……。
「……議長も、お人が悪い」
「……もう少し、信頼してほしいものだな」
「いや、議長、それは無理でしょうよ」
あ、やべ、突っ込んじまった。
……でも、いいや、言っちゃえ。
「議長が示してきた、これまでの対ナチュラルへの姿勢、言動を鑑みれば、衆目は議長を対ナチュラル強硬派の領袖だと認識しているはずです。無論、カナーバ議員だって、それをよく知っているんですから、今の反応もおかしくはないです」
「む」
議長は俺の物言いに説得力を感じたらしい。けれども、理性では納得したが、面白くない感情が収まらないのだろう、顔を顰めたまま、ムッツリと黙り込んでしまった。
いい年したおっさんが、拗ねんなよ。
若干の呆れを含んだ視線で生暖かく議長を見やってると、それも嫌ったのか、議長は表情を改めると口を開いた。
「……貴様らには言っておくが、私は、これをもって、プラントの独立と安全を確保しようと考えている」
「世界終末を天秤にかけて、ですか?」
「仕方があるまい、元より人とは総じて……、ナチュラルもコーディネイターも区別なく……、愚かな存在であり、そのような愚かな存在である以上、本当の危地……、瀬戸際に立たなければ、理性的には……、賢明さが育まれることはないだろう」
……。
あ、あれ、俺、耳がおかしくなったのかな?
ザラ議長が、今、変なことを言ったような気が……。
「……」
「……」
「……」
見れば、俺以外の三人もそれぞれ、固まっている。
ユウキはしきりに耳をほじってるし、カナーバ議員は何か恐ろしい物を見たって感じで議長を見ているし、ラウも、こちらが驚く位に、口を大きく開けているよ。
「な、何だ、貴様ら、その反応は?」
「い、いえ、……私も議長の見識に、……一部を除いて、賛同いたします」
カナーバ議員の素早い立ち直りを受けて、俺達三人もそれぞれに、再起動を果たす。
「ぎ、議長、素晴らしいお考えです」
「……か、感服しました」
「議長、頭でも打ちました?」
ユウキ、ラウに続き、俺も意見を述べたが……、また、本音が出てしまった。
「……若造、貴様は、もう少し本音を抑えるようにしろ」
ごめん、無理。
そんな思いが顔に出てしまったのか、議長が咎めるように鋭い視線で俺を射るが、自身もこれまで述べてきた意見と異なることを言っていることはわかっているらしく、口元を大きく歪めて見せた。
「若造、それほど、私が意見を変えたのが意外だったか?」
「ええ、そう易々と自論を変えるよう程、議長が軟弱だとは思えませんからね」
「ふん、ただの頑固者とでも言いたいんだろう」
「さて……、どうでしょうねぇ」
議長の追及を明後日の方向に視線を逸らすことで交わすが、実のところ、さっきのは褒め言葉です。
だってさ、世の中、都合が悪くなると、まぁ、俺も含めて、良きにせよ悪きにせよ、意見を翻す人って多いんだよ?
いや、ほんとにさ、議長みたいなタイプは、今時、結構、珍しいと思うよ、ほんとに……。
……。
でも、議長の考えが変化するようなことがあったんだろうか、なんてことを考えていたら、ふと、視界の隅に、ユウキがまた、沈鬱な表情を浮かべたのがわかった。
その表情から察するに、何か、あったらしい。
……だが、今、この場では聞くようなことじゃないな。
そう自身の中で結論付けた所で、議長が再び話し始めた。
「カナーバ」
「はい」
「今後の地球連合構成国との交渉で、ジェネシスの存在を仄めかすことを許可する」
「…………よろしいのですか?」
「かまわん。停戦交渉の足掛かりくらいにはなろう」
相手の信頼を得るために、或いは、相手の強硬論を牽制するために、さり気ない警告として使えって奴だろうか?
あ、ついでに言えば、そういう恐ろしい存在をこちらは持っているんだぞ、と外交の場で仄めかしておきさえすれば、向こうがブラフだと判断して、攻撃を、特に核攻撃を仕掛けてきた場合、遠慮なく、反撃に使用する事ができるな。
だいたい、やられっぱなしのまま、報復もせずに放置してしまうと、国際社会じゃ、足元見られて、舐められるのが普通だからなぁ。殴られたら殴り返す、痛みには痛みを、それぐらいの意気込みがないと、厳しい現実は生きていけないはずなんだよ。
……でも、四月馬鹿の一件は、絶対に、やり過ぎだったと今でも思う。
「わかりました。その札、有効に利用させていただきます」
「うむ、……頼むぞ」
どうやら話はまとまった様だ。
……。
うーん、今度こそ、話は終わりかね?
一応、聞いてみるか。
「議長、これで呼び出した用件は終わりですか?」
「……いや、後もう一つだ」
なんだろう?
「今日、この場にシーゲルを呼び出し、奴の軟禁と最高評議会議員職の剥奪を宣告することになっている」
うぐ、また、ややこしい場につき合わされるのか……。
「そんなこと、行政局の執行官や保安局の特捜を前議長の住居に派遣すればいいじゃないですか」
「……ラインブルグ、お前は面倒臭くなると、急に頭が回らなくなるな」
「ひ、ひどい評価ですね、ユウキ隊長」
「あ、いえ、カナーバ議員、普段のラインブルグはこんな物臭な奴です」
ひどっ!
「アイン、この場に前議長を呼び出すというのは、真実の隠蔽、世間への体面の問題だ」
「あ、そういうことね、って、そういえば、さっき、議長も言ってたな」
形式上は健康に不安があり、議員を辞職する、ってシナリオだったもんな。
「そういうことだ、若造。……そろそろ、到着するだろう」
やれやれ、何でまた、髭のおっさんのむさい顔を見ないといけないのか。
「「「「「!」」」」」
大きな爆発音が室内に伝わり響き、部屋が大きく揺れた。
即座に、ユウキが議長の傍で警戒に入り、ラウもカナーバ議員の脇に寄り添っている。
俺も咄嗟に議長の机から文鎮やペン立てを手にとって、全身の力を適度に抜いて有事に備えていると、傍らの控え室から黒服達が飛び込んできた。
即座に身体が反応しそうになるが、意志の力で押さえ込みつつ、記憶にある顔と一致するか、パッと見で判断する。
……うん、全て知っている顔だ。
黒服達が素早くザラ議長とカナーバ議員の周囲に展開し、周囲、特に窓と正面扉に意識を向けながら、防弾シールドと自身の身体で壁を作り上げるのを見て、感嘆を禁じえない。
いやはや、黒服さん達、実に有能だね。
これでまずは一安心とほっと息をついていると、ユウキがリーダーらしき黒服の一人に次々と問い掛けを始めていた。
「何があった?」
「はっ、政庁、正面玄関にて、大規模な爆発か爆弾テロが発生した模様です。ですが、現状において、原因及び犯人はわかっておらず、政庁警備隊は非常事態体制に入っております」
「保安局や防衛隊、救助隊等に連絡は?」
「今、行っている所です」
なら、応援は来るって考えていいか。
「では、正面玄関の状況は?」
「混乱しており、正確な状況は把握できておりません。ただ、直前に、正面玄関に車両がこちらの警告を無視して、高速で接近してきているとの報告は受けておりました」
「対応は?」
「警備隊は要人保護を優先して動いており、現場への人員派遣は極限られているため、後手に回っております」
「今後、我々は?」
「今現在、シェルターまでの経路を確保中です。経路の安全が確認され次第、この事態が収拾されるまで、議長にはシェルターに移っていただく予定です」
「了解した」
うーん、現場を見に行くべきか、いかざるべきか。
……。
部外者がしゃしゃり出たら、現場の迷惑に、邪魔になりそうだから、やめた方がいいか。
……。
それにしても、さっきの爆発、他の施設よりもより一層、頑丈に造られている政庁自体が揺らいだことを考えると、かなりの規模の爆発だったはずだ。
それほどの爆発を引き起こす、爆薬というか、爆発物を、どこで手に入れたんだろう?
しかも、白昼に、プラントの政治中枢であるアプリリウス・ワン、しかも、その政庁を標的とするテロが起きるなんて、以前からは考えられないな。
本当に、こんなことを許してしまうまでに、保安局の力は落ちているのか?
それとも、爆薬の件もそうだが、保安局を出し抜けるような、それこそ、何者かの手引きでもあったのだろうか?
……むぅ、流石に情報が不足している段階では、想像の範囲でしかないな。
つらつらと、さっきの爆発について考えていたら、俄かに、ユウキが大声をあげたので、意識をそちらに向ける。
「それは、本当なのだな!?」
「は、はい。先程の爆発に、シーゲル・クライン前議長が乗った車両が巻き込まれた模様です」
……え、えっと、マジですか?
このテロが、今後に与える影響を測りながら、できるだけさり気なく、ザラ議長とカナーバ議員を伺うと、議長はいつになく険しい表情を、カナーバ議員は顔色を無くして、目を見開いていた。
部屋の空気が固まったような時が流れる中、最初に口を開いたのは、ザラ議長だった。
「カナーバ」
「……は、い」
「クライン派に軽挙妄動を謹むように、至急、連絡を入れて欲しい」
「…………わ、わかりました、今すぐにっ!」
軽挙妄動ってことは、つまり……。
「クライン派がこのテロを謀略と、ザラ議長がクライン前議長を謀殺したと見なすってことですか?」
「……私が奴らの力を削いでいるのは事実だからな、そのように考える可能性もあろう」
「では、議長はこの件に関与していないと?」
お、おぅぅ、ラウも、普通なら聞けそうにないことを真正面から聞くなんて、思いっきりがいいな。
「無論だ。……既にプラントの権力を手にしているというのに、わざわざ、危険を犯す必要はあるまい」
「愚問でした」
「構わんよ、クルーゼ。その程度の質問で動揺していては笑い者だ。それに、この一件でプラント社会が動揺し、指導部にも亀裂が入るのは間違いないからな。……しかし、何者かは知らぬが、やってくれる」
ぎりっ、と険しい表情で歯をかみ締める議長に対して、俺達はかける言葉を見つけることはできなかった。
6月20日。
アプリリウス・ワンのプラント政庁前にて発生した大規模な爆弾テロによって、シーゲル・クライン前議長の他、来庁していた民間人や職員、警備隊員を含む、五十名近くが死亡する惨事となった。
そして、この爆弾テロを現体制、つまりはザラ議長によるクライン前議長の謀殺と見なしたクライン派の一部は反体制を掲げ、地下に潜ることになる。
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