第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
65 潮流が生む瀬戸際 3
「先程は、醜態を晒してしまい、申し訳ないです。……なんとか、頭も冷えました」
サルでもできる反省ポーズはしませんが、反省してます。
「かまわん。……人前で自身を抑えられなくなる事は、誰もが一度位は通る道だ」
本当に、ああ、あるある、なんて言ってもらえて、幸いです。
そんなこんなで気を取りなおし、話し合いを続けるために、ザフトの文官が着る青い制服を纏った女性がいる応接ソファに全員移動する。
そこで改めて議長から、美人さんの素性を教えられた。
「彼女は最高評議会議員で外交委員長を務める、アイリーン・カナーバだ」
「初めまして、アイリーン・カナーバです。金獅子と黄狼、お二方の活躍は聞いています」
はて?
金獅子ってのは、ラウのパーソナルマークだから間違いなくラウのことだろうけど、黄狼って、何?
何となく、嫌な予感しかしないが、一応、聞いてみる。
「あのー、金獅子はわかるんですが、黄狼って、もしかして、俺のことですか?」
「……ああ、失礼。その異名はプラントでは知られていませんでしたね」
異名って……、また、なにか香ばしそうな臭いが……。
「ラインブルグ隊長が地球連合軍内で畏怖と敬意から、気高き黄狼、と呼ばれていることは、外交筋では有名な話です」
予感的中ーーーーーっ!
な、なんだよ、その過大評価と厨二ネームはっ!?
恥ずかしさで、悶絶しそうになるが、こ、ここは……、が、我慢だ。
……。
っていうか、俺がそんな大層な扱いされるのって、俺の周りにあまりにも考えなしな連中しかいないから、ただ単に目立っただけなんじゃないかな?
……。
うん、落ち着いて考えたら、絶対、そうだと思う。
「えと、俺の話は置いておいて……、外交委員長を務めているカナーバさんが、何故、ここに?」
「最高評議会が戦争を終結させる為にどのような方策を採るのか、また、地球連合……、プラント理事国と交渉するにあたり、落し所をどこにするべきか、交渉材料は何にするべきかといったことを、ザラ議長と話し合っていたのです」
ああ、なるほど。
ザラ議長の今の職務は国防委員長だけではなく、最高評議会の議長もあるんだよなぁって、議長議長って自分で呼んでおいて、当たり前のことを忘れるとは……、プラントに帰還して気が抜けていたり、感情を爆発させて我を忘れたりしているとはいえ、ちょっと呆けすぎだな、俺。
「……加えて、先程の話、……クライン派とクライン親子の処遇に関わる話もあります」
むむ、クライン派の処遇とな?
「この戦争の形勢が地球連合に傾きつつある中、指導部の一員である最高評議会議員が不祥事を起こしていたとなると、プラント社会全体が動揺してしまいますから……」
「なかったことに……、つまりは、隠蔽するということですか?」
「有り体に言えば、そうなります」
……自然、眉間に皺が寄るのが、自覚できた。
「ふん、勘違いするな、若造。何も、罰則なしというわけではない。シーゲルには健康に不安があるとして、最高評議会議員を辞職させるし、今後は……、最低でも戦争終結までは、保安局の監視付きで軟禁状態に置く」
確かに、遺伝子操作され、身体を強化されているコーディネイターにとって、健康に不安があるとされることは、政治生命はもちろん社会的にも致命傷になるが……。
「では、ラクス・クラインも?」
「ラインブルグ、ラクス・クラインに関しても、発見次第、拘束し、同様の措置を取ることになっている」
「他のクライン派は?」
「……全てのクライン派、……いや、穏健派が、先の事件に関わっていたわけではない」
議長に代わって、ユウキが俺の疑問に答えた後、目線でカナーバ議員を示す。
……なるほど、カナーバ議員はクライン派だったのか。
でも、今現在、普通に職務を遂行しているところを見ると、シーゲル・クラインとは距離を置いていたのか?
俺が沈黙したのを受けて、カナーバ議員が自身の思いを再確認するかのように語り始めた。
「……私は、プラント最高評議会議員として、また、外交に携わる者として、コーディネイターとナチュラルとが、共に憎悪によって突き動かされている現状に……、互いの殲滅戦になりつつある、この戦争の在り方や行方を憂慮しています」
それは、…………同意する。
「しかし、シーゲル・クラインには、自身が引き起こした災禍に気を取られる余り、今、置かれている現実から乖離した、理想論的な解決策しか、……提示できなかった」
その時のことを思い返したためなのか、カナーバ議員の表情に苦渋の色が透けて見えた気がした。
うーん、前議長が、どんな解決策を示したのかはわからないけど、シビアな現実の中で戦う外交官を担うカナーバ議員にとっては、納得がいかないものか、実現不可能だと判断せざるを得ないものだったんだろうなぁ。
……。
なんていうか、理想ってさ、現実で目指すべき目標として大切なものだけど、理想である以上は、やはり実現は難しいか、できない可能性が高いという認識がないと駄目なんだろうと思う。
それがわかった上で、あえて、そこを目指す意志や行為は尊ぶべきものなんだろうけど……、それだって、目指す理想によるだろうし、現実に置かれている状況や自身の力量を弁えているか、そこに至る過程や方法を考えているのか、周囲へと与える影響を把握しているか、理想を優先する余り現実を無視していないか、といった客観的な視点がないと、理想倒れ、掛声倒れというか、理想家じゃなくて夢想家に過ぎないじゃないかな、なんて思ったりもしてしまう。
……。
何だか、つらつらと考えてしまったが……、正直、こういうのを考えるのは、俺の柄じゃないよなぁ。
って、今はカナーバ議員の話を聞かないと。
「しかも、地球連合がMSを開発した以上は、これまでのプラントの有利を支えていたMSによる有利は失われ、元より国力で劣る現実を考えると……、劣勢を……、いえ、我々は負けることになるでしょう」
カナーバ議員の言葉に、ラウやユウキが静かに頷き、ザラ議長も反論せずに無言のままでいるところを見ると、そうなると冷静に予測できているってことかね。
「どうやって、この戦争を落着させればいいか、どうやればプラントが存続できるかを考えていた時、ザラ議長から戦争終結に向けて、協力を……、地球連合の切り崩しを要請されたのです」
へぇ、ザラ議長も政戦両方から、色々と考えていたんだな。
「先月の降下作戦……、ザラ議長が提案した、オペレーション・スピリットブレイクも、連合との交渉や構成国の切り崩しを進める上で、少しでも譲歩や進展を引き出すための重要な意味合いを持っていました。それが……、あろうことか、身内の不手際からあのような結果に終わってしまい……」
……。
「ふふ、私に……、クライン派の失態や暴走を許してしまった私には、過去を嘆く資格はありませんね」
「いえ、カナーバ議員、失敗は誰にでもあることです。それよりも、その経験を次に活かせるかが重要でしょう」
あらま、驚いたことに、ラウがフォローしてるよ。
「……ありがとうございます。優しいのですね、クルーゼ隊長は」
「…………いえ、出すぎたことを言いました」
俺にはわかる、奴は照れていると……。
内心でニヤニヤしながら、ラウの様子を横目で伺いつつ、カナーバ議員が話した内容から、話を変える意味合いも込めて、気になった部分を聞いてみることにした。
「それで、地球連合の切り崩しは上手くいきそうなんですか?」
「……感触は掴んでいます」
ふーん、上手くいきそうなのか。
「御存知のように、地球連合とは大元に戻れば、国際連合です。当然、その時代からの軋轢は今も残っています。そして、連合を構成する主たる三大勢力でも、特に大西洋連邦は、表でも裏でも、他国と対立する面が多いですから」
「そこを衝くと?」
「ええ、現在の所、大西洋連邦以外の国家に、個別に交渉を持ちかけ、貿易面で優遇措置を取ることや、原子力に代わるエネルギー開発や対策等の条件で、流石に独立容認とまではいきませんが、それなりの譲歩を引き出せそうな感触を得ています」
でも、それだけじゃ、プラント独立には足りないし、連合の切り崩しにまではなっていないな。
切り崩しに役立ちそうな情報か。
……。
そういえば、サイクロプスで壊滅した、連合軍のアラスカ防衛隊はユーラシアと東アジアがメインだったと、どこかのネットワークで小耳に挟んだような気がするが……、どうだったかな?
「ユウキ、アラスカを防衛していた戦力の主力は、大西洋連邦だったのか?」
「……いや、確か、事前に掴んでいた情報や戦闘記録の分析では、各国混成で……、主力はユーラシア連邦と東アジア共和国だった気がする」
……となると、あのアラスカ自爆作戦の主導は、おそらく、大西洋連邦あたりだろうな。
なんてことはない、今から考えてみると、あのアラスカの自爆で多数の味方を巻き込んだのは、ザフトの部隊を誘引する囮という餌の面もあったのだろうが、地球連合内部の主導権や勢力争い、或いは、戦後世界を睨んで、同盟国と言う名の潜在的敵国の戦力を削ぐ側面もあったのだろう。
俺に問われたユウキもそれに気がついたのだろう、俺に鋭い視線を向けてくる。
「……この件、利用できると思うか?」
「ああ、この件は有効に使えると思う。カナーバ議員に、分析した戦闘記録や通信記録を渡して、外交で上手く使ってもらった方がいい」
「わかった」
カナーバ議員も俺達が話した内容に思い当たることがあったのか、口を挟んだ。
「お二人は、アラスカ戦における地球連合軍の戦力配置に、何らかの意図があったと考えているのですか?」
「ええ、俺は詳しい情報を見ていませんが、あの自爆で味方を多数巻き込んだのは、おそらく、大西洋連邦による、戦後を睨んだ、連合加盟国の戦力削ぎ落しでしょうね」
「ラインブルグの言う通りでしょう。当時、アラスカに駐留していた防衛戦力を、構成国の国力比率で見ても、大西洋連邦が提供していた戦力があまりにも少ないのです。無論、ユーラシアや東アジアも気がついているかもしれませんが、……これを切り崩しに利用できませんか?」
「それは……、大いに利用できると思います」
「では、直にアラスカ戦に関する情報をまとめて用意します」
「……外交委員長として、協力に感謝します」
いや、真面目にこの戦争の落とし所を探してくれている人には、是非にも協力したい。
それにだ、そもそも、笑顔で握手しながら、背中に短剣を隠し持つなんて、外交のお仕事は俺には不可能なことだしね。
おっと、そういえば、ザフトの情報を提供することについて、議長というか、国防委員長の承認を受けていなかったな。
「議長、今更ですが、国防部から外交部へのアラスカ戦に関する情報提供、構いませんよね?」
「ああ、正規の手続きはこちらでやらせておく」
話のわかる上司って、いいよねぇ。
……。
さて、カナーバ議員による地球連合の切り崩しは、今後の望み……、楽しみにしておいて、ザフトとして、今後の国防をどうするかだな。
そう考えて、話を転換させることにした。
「それで、議長、話を変えるというか戻しますが、今後のザフトの方針はどうするつもりなんですか?」
「これ以上の地球への派兵は、戦力を吸い上げられて終わると予測できる以上、見直す方針だ」
「具体的には?」
「宇宙軍の強化が第一となる」
そう俺の質問に答えた議長に代わり、再び説明役となったユウキが強化の内容、連合軍のMSが出て来た事で旧式化した主力MSジンの新型主力機への更新、L1及びボアズの駐留戦力強化、独立戦隊を新設して多用途に使える戦力の増強、アカデミーの今期候補生を繰上げ卒業させて、地球で損失した兵力を補填すること、等々を説明してくれた。
「うーん、MSの更新やL1とボアズの強化、それに独立戦隊の新設はいいと思うんですが、アカデミーの繰上げ卒業は拙くないですか?」
「確かに、一定の技量に達していない以上は、実質的な戦力足りえない気がするのですが?」
俺とラウが、アカデミー候補生の繰上げ卒業に難色を示すと、ユウキが不本意そうな表情を見せながら、説明してくれた。
「わかってはいる。いるのだが……、どうしても、手が足りないのだ」
「……それほどまでに、ビクトリアやオーブが落とされたことが大きいということか?」
「ああ、クルーゼの言う通りだ」
実は、地球のカーペンタリアには、ジブラルタル基地やアラスカ、パナマから引き揚げてきたMSパイロットがそれなりの数、いたりする。
だが、現状において、彼らを宇宙に上げるための手段が限られてしまっているのだ。
……以前なら、ビクトリアや中立国であるオーブのマスドライバーで、簡単に上げる事ができたんだけどなぁ。
いや、終わったことをぐずぐず言ってる暇はないか。
「となると、使い道を限って使うしかないってことだな」
「ああ、私とて、技量不足の彼らを戦場に出したくはないから、彼らの大部分をプラント防衛隊で引き受けて、これまで防衛隊に所属していた者達を各艦隊や拠点防衛隊、独立戦隊へ充当する予定をしているが……」
「わかってる。プラント防衛隊が出張るようなことにならないよう、こっちも色々と努力はするつもりだ。……けどなぁ、正直に言わせてもらえば、精々、L5まで攻め込まれる時間を先延ばしにする位しかできんだろうさ。……だから、防衛隊で、生き残れるだけの技量が身に付くように、しっかりとしごいてやってくれ」
「ああ、当然だ」
やれやれ、本当に末期戦の兆しが見え始めてるよ。
暗くなりかける思考を無理に振り払って、ユウキに一応、尋ねておく。
「それで、MSの更新は俺達、独立戦隊組にもあると考えていいのか?」
「独立戦隊に熟練兵が多いことを考えると、優先して更新する予定だ」
「それは助かるな」
確か、新しいMSは【ZGMF-600】ゲイツだったな。
シゲさんの話だと、プラントで初めてビーム兵装を本格的に装備した量産機だそうだから、期待しておこう。
……。
さて、後は、今後の任務について聞いて……。
そんなことを考えたていたら、ザラ議長が改まった様子で口を開いた。
「若造、クルーゼ、それにカナーバ」
「はい?」
「……何か?」
「何でしょうか?」
「貴様らに、話しておくことがある」
……な、なんか、ザラ議長から、周囲を圧するほどの存在感というか、威厳が出てるんだけど?
ま、まぁ、とりあえず、ザラ議長が話すことを大人しく聞くことにしよう。
11/01/03 誤字修正。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
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