第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
63 潮流が生む瀬戸際 1
6月1日。
地球連合は、地球上の国家全体が地球連合の下で一つにまとまるべきだとする主張を、ワンアースという標語を使って大々的にアピールし始めた。
地球連合に参加していない国やプラント支援国である大洋州連合へ圧力をかけるためだろうが、ザフトがアラスカ基地を新型大量破壊兵器で吹き飛ばした、なんて虚偽報道や、去年のエイプリルフール同様、こんな恐ろしいことを平然と為すコーディネイター国家プラントは叩き潰すべきだ、とするプラント脅威論による世論誘導と抱き合わせで行うあたり、これを考えた奴は上手くやりやがったというか、悪辣だと言えるだろう。
もしも、この一連のワンアース運動を考えた奴がザフト広報局にいれば、プラントは宣伝戦や情報戦で勝っていたはずだろうから、もう、戦争は終わっていたかもしれない。
……まぁ、詮無きことか。
6月5日。
スエズを突破した連合軍部隊との間に新たに構築された北アフリカ戦線において、五月下旬から断続的に続いた連合軍の攻勢によって、遂にジブラルタル基地とビクトリア基地の連絡を絶たれてしまった。
カーペンタリアから増援部隊が到着したり、宇宙軍の軌道爆撃艦隊からの支援爆撃もあったのだが、本格的に投入され始めた連合軍量産型MS部隊によって、元より少数の戦力で維持されていた戦線はズタズタに寸断されてしまったためだ。
やはり、先月のアラスカ強襲降下作戦の失敗でアフリカ駐留軍主力部隊を失った影響は大きい。
イベリア半島においても、ピレネー防衛ラインへの圧力も日に日に増しているし、大西洋や地中海においても、連合軍海洋部隊が制海権を握りつつある。
北アフリカが連合軍に制圧され始めている以上は、ジブラルタルの放棄も視野に入れて、動いた方がいいと思わざるを得ない。
6月10日。
以前から懸念していた通り、連合軍はビクトリア奪回を目指して、ビクトリア基地への本格的な攻勢を開始した。しかも、御丁寧に数の有利を利用して、ジブラルタルへの抑えに一個軍規模の陸上戦力を、カーペンタリアからの援軍阻止のために二個洋上艦隊を用意するという贅沢振りだ。
まったく、その余剰戦力、こっちに分けてもらいたいくらいだ。
……。
いや、無理なのはわかってるけど、こうも戦力に差が出てくると、そう思いたくもなる。
はぁ、国力の差が切ない。
……で、北アフリカ戦線から敗走してきた部隊を吸収した基地防衛隊が必死の防衛戦を繰り広げ、軌道爆撃艦隊も支援爆撃を行っているが、軌道上からの観測で連合軍に大規模な予備戦力の存在が確認されている以上は、陥落は必至だろう。
後は、如何に陥落を先延ばしにするか……、或いは、MSを失ったパイロットを宇宙に上げるか、だな。
6月15日。
太平洋で動きがあった。
大西洋連邦の太平洋艦隊を主力とした地球連合軍が、中立国であるオーブ連合首長国に侵攻したのだ。
地球連合が中立国であるオーブに攻め込む理由は、先月のブリッツ・ブレイクでパナマのマスドライバーを破壊された為、オーブのマスドライバーを確保することで、一つもマスドライバーがない状況を打開したいからだろう。
無論、他に、先だって地球連合が突きつけた、マスドライバーを貸せという要求を、自勢力とは比べものにならない小国に蹴り飛ばされたなんて面子の問題もあるだろうが、やはり現実的に考えると、月との補給連絡線を絶たれている状態は頭が痛いだろうし、プラントの体制が立ち直る前に地球の戦力を速やかに宇宙に上げて、宇宙でも形勢を有利に持って行きたいなんて思惑も働いているはずだ。
でも、確か、ジャンク屋組合が所有権を主張するギガフロートなんて代物にもマスドライバーがあるらしいが、これはどうなってるんだろうか?
……噂にものぼらないから、とりあえずは放っておいてもいいか。
話を戻して、このオーブへの侵攻で、MS部隊を中心とする連合軍と国土防衛を図るオーブ軍とが、海上や水際、そして内陸で衝突したのだ。
ここで意外だったのは、小国であるオーブがMSを独自に開発して配備していたことだろう。
いやはや、MSなんて開発に時間が掛かる代物をいつの間に開発していたのだろうか?
……けど、よくよく考えてみれば、中立条件を破って、地球連合と共同で秘密裏にMSを開発していたなんて前科があるんだから、こういう荒業もやろうと思えば、できるのかもしれない。
まぁ、とにかく、独自MSなんて代物で抵抗したオーブ軍だったが、元より圧倒的な物量を誇る連合軍に比べれば戦力的には遥かに劣勢であったため、一日の戦闘で大勢は決まり、オーブは降伏することになる。
なんとも、今後のプラントを想起させてくれる戦いだ。
しかしながら、この降伏に至る前、オーブ首脳陣は本当に最後の抵抗として、自分達もろとも、マスドライバーや軍事施設、ラインブルグ・グループとも縁が深いモルゲンレーテの本社やその工場を自爆させたらしいのだ。
……いや、プラントの住民として、また、ザフトに籍を置く身としては、マスドライバーを破壊してもらえるのは、とってもありがたい間接支援みたいなものだけどさ、その、もう少し、先のことをっていうか、残される国民の未来のことを考慮して、後始末をした方がいいと、俺は思う。
きっと、うちの実家も影響受けるはずだろうし、大丈夫かぁ。
……。
まぁ、そんな俺の個人的な感慨は置いておくとして、この一連の戦闘で、アラスカ戦で乱入してきたMSや、同じく所属不明のMSがオーブ側に存在していたらしいとのことだが、連合側に量産型とは別に、新型が存在していたらしいから、それらと誤認した可能性もある為、未確認状態だ。
以上、これらが6月中旬までの地球情勢だ。
◇ ◇ ◇
6月20日。
戦隊は約三ヶ月に渡る地球-月間の通商破壊任務を終えて、無事にプラントへと帰ってきた。
帰還前に任務報告書を機動艦隊司令部に送ったら、とりあえずは三週間の休暇が出るとのことなので、一安心といった所だ。なんとなれば、その間だけでも戦隊員の命を預かるという重い肩の荷を降ろせるから、俺の心身にとって非常に有難いことなのだ。
いやぁ、休暇って、ほんっとうに、いいもんですねぇ。
なんて具合に、俺が任務から解放されたことに酔っている間にも、いつもの如く、黒服さん達に乗せられた連絡艇がアプリリウス・ワン宇宙港に入港して、連絡艇用の搭乗口に近づいて行く。
「え、えっと先輩、この人達はいったい? と言いますか、私達はどこに連れて行かれるんですか?」
「この人達は、ザラ委員長、じゃなかった、ザラ議長のお出迎えで、俺達は最高評議会議長の執務室に向かってる」
「え"?」
ついでに言えば、先に約束した飯を俺に食べさせてもらおうとしたレナも巻き添えを食らった。
「わ、私、できれば、遠慮したいといいますか……」
「レナ、人生においてはな、自分では、どうしようもないことも多々あるんだ」
「えっと、それはつまり?」
「今更遅い。……まぁ、あきらめろ」
「そ、そんなっ!」
別にレナにザラ議長と会えと言っているわけではないのだが、悲壮感溢れるレナの様子が面白く、そのことを黙っている。ついでに言えば、どうやら、黒服さん達もレナの反応が面白いらしく、だんまりを決め込み、無表情で笑みを堪えている様子だ。
いや、俺も保安局時代に身辺警護やったこともあるから、頬の筋肉の強張りとかで、何となくわかるんだよ。
俺も、警護対象の偉いさんのズラがずれているのを見て、これは……、これは突っ込み待ちなのかっ! なんてことを思いながら、頬の筋肉を抑えつけて、噴出すのを堪えるなんて経験を何度かしたことあるからな。
そんな周囲の反応に気がつかないレナは、項垂れつつも俺の横について、連絡艇から降りるべく通路を進んで行く。
「うぅ、欲張ったのが失敗だった」
「今は反省している、ってか?」
「……いえ、それは全然」
……ほんと、レナの奴、逞しくなったよなぁ。
感慨深く、後輩の人間的成長或いは後天性の図太さを寿ぎながら宇宙港に降り立ち、靴の吸着レベルを最大にして背伸びをしていたら、丁度、俺達が接舷した搭乗口の向かい側でも同じく連絡艇が到着したようだった。
で、その連絡艇から先頭で出てきたのは、ラウだったりする。
「……おや、まぁ、ラウじゃないか」
「む、アインか?」
「いつ戻ったんだ?」
「今さっき、カーペンタリアから戻ったところだ」
俺の質問に答えながら、サングラスをかけたラウがこちらに近づいてくる。
「アラスカ戦に参加していたことは知っていたけど、無事だったんだな。いや、ほんと、良かったよ」
「ああ、我ながら、しぶとく生き残った」
「……いや、正直、俺、ラウが落とされるのって、想像つかないんだが?」
「ふっ、そう言われても私も人間だ。……落ちる時は落ちるだろう」
そう答えた時、ラウの背後にいた緑服の赤毛の少女が、そっと、ラウの制服の袖を掴んだ。
……む、むむむ?
これは、あれですか?
ラウにも春が来たってことでしょうか?
なんてことを考えてしまい、つい口元が弛みそうになるのを、保安局時代に鍛えた頬の制御能力で我慢する。
「……君が何を考えているか、おおよそ解るが……、彼女は、私の…………副官だぞ?」
……今の間は、なーに?
「ん、んんっ、それよりも、アイン、君もザラ議長に呼び出されたのだろう?」
「ああ、例の如く、黒服さん達に御足労頂いたよ。まったく、おっさ……もとい、議長も毎回毎回、律儀に迎えをよこさなくてもいいのに」
いや、ほんと、仕事とはいえ、わざわざ、軍事衛星港まで来てもらう黒服さん方に申し訳ないよ。
「それだけ、君が議長に信頼されているということだろう」
「呼び出しを無視して、逃げ出すだろうって方向にな」
ザラ議長の顰め面を思い浮かべて、ニヤリと笑うと、ラウも口元を歪めている。
「……で、ラウ、真面目な話、今回の呼び出しは先の作戦についてか?」
「さて、それは流石に、行ってみぬことにはわからぬよ」
肩を竦めたラウが移動し始めたので、それに倣う。
……。
ふと、後ろを見ると、レナの前に位置して付いてきているラウの副官の子の動きが、ちょっとぎこちないように感じる。
ついでに目もあったんだが、すぐに逸らされてしまった。
……。
あの目の逸らし方や表情の動きは……、照れよりも恐怖や怯えを感じた時の動きに近いような気がする。
それに……、ザフトの隊員にしては、無重力空間での移動の仕方が少々、下手だしなぁ。
……。
これは訳有り、ってことなのかなぁ。
「なぁ、ラウ、副官を連れて、議長に会ってもいいかな?」
「……む、それも面白そうだが……、おそらく我々と同じく呼び出されているはずのユウキが、女連れとは羨ま……けしからん、等と言って、切れるのは間違いないだろうから、辞めておいた方が無難だろう」
「はは、確かに、違いない」
なら、黒服さん達にお願いして、レナ達の待機室でも用意してもらうとするか。
「レナ、黒服さんにお願いして、待機室でも貸してもらって、俺達の用件が済むまで、その子と待っていてくれ」
「あ、はい、わかりました」
「後、その子さ、どうやら疲れているみたいだから、根掘り葉掘り、地球の状況を聞いたりして、面倒をかけるなよ?」
「もう、先輩……、私は、そんな注意を受けるような、子どもじゃありません!」
うへぇ、少々怒らせてしまったが……、釘を刺したから、大丈夫だろう。
「とりあえずは、これでいいだろう、ラウ?」
「……ああ、感謝する、アイン」
……まぁ、ラウに副官の子の細かい話を聞くのは後にして、とりあえずは、ザラ議長のご機嫌伺いのことを考えることにしようかね。
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