第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
62 加速する時、変化する潮 7
5月8日。
戦争の潮目が変わったこの日、ザフト地上軍は勝利と敗北の両方を手にした。
まずは、勝利、……オペレーション・ブリッツブレイクの顛末。
この作戦の目標であるパナマ宇宙港のマスドライバーの破壊は、作戦の柱であるグングニールが見事なまでに正常に起動した結果、EMPによってマスドライバーの制御機構が暴走し、リニアレールが過負荷に耐え切れなくなって爆発し始め、最終的には施設全体を吹き飛ばしたことで成功に終わった。
降下した部隊も、命令を無視した一部の暴れ者を除き、カーペンタリアの海洋部隊に回収されて、無事に帰還している。なんでも、命令を無視して降伏を望む連合軍を相手に、散々に暴れ放題に暴れた狂け……げふげふ、自称、プラントの勇者達が殿になったお陰で撤収も楽だったという話だ。
……ちなみに、自らとザフトの野蛮さを世に誇示して見せた勇者達は、こちらが想定していた以上の速さで到来した、初登場となる連合製量産型MSを含む強力な連合軍部隊の増援によって、当然のことながら、強制的に、冥府の門を潜らされている。
勇者が迎える最後としては、相応しいといえば相応しいのだが、できれば、その存在を誇示する前に、大人しく散っておいて欲しかったと思うのは、人として悪い事なんだろうか?
……。
はぁ、何にしても、人の死を望むなんてさ、最近、人として順調に壊れていっているのが、自覚できるよ。
次に、敗北、……オペレーション・スピリットブレイクの顛末。
アラスカ基地制圧のために宇宙から降下した部隊と海からの上陸に成功した部隊が、アラスカ基地と防衛隊を囮にしたサイクロプスによる自爆攻撃に巻き込まれ、全体参加戦力の七割を失った。
……これは概算だが、全地上軍の半数以上の戦力が一度に失われたことになる。
参加部隊の七割……、地上軍のMS戦力を構成する半分の人命が永遠に失われたのは、人的資源が少ないプラントにとっては、地球連合軍の本拠地が破壊できたことを差し引いたとしても、大きく、痛すぎる損害だ。
更に付け加えれば、サイクロプスの影響外への撤退に成功した部隊も、回収に当たったボズゴロフ級の積載許容量の関係上、MSの大半を海へ投棄しなければならなくなった。
これらMSの損失も、地上軍にとって、大きな痛手……、いや、これは考えようかな。
命は、人は一朝一夕にできるものではないが、物は、MSは作ろうと思えば作れるのだから、それを考えたら、容認できる損失だろう。
現に、アラスカに従軍した部隊は、侵攻を受けているジブラルタルではなく、ザフト地上軍の最大根拠地であるカーペンタリアに引き揚げる事になり、そこで再戦力化が為される予定だそうだ。
これら二つの作戦によって、ザフトは連合軍の本拠地とマスドライバーという二大重要施設を破壊したことになるが、そのためのペイとして、地上軍戦力の半数以上が失われている。この時点だけの話ならば、収支的に釣り合いが取れなくもないが、今後の事を……、地球連合とプラントの国力差から生じる回復力の差を考えると、戦略的に敗北したと言うべきだろう。
また、例の如く、役立たずなザフト広報局は、いつものように宣伝戦で地球連合に負けており、アラスカ基地の壊滅はザフトの新兵器だという情報が全世界に流された結果、地球連合の継戦意志を砕くどころか、逆に強硬路線へと世論が傾き盛り上がり始めている。
まったくもって、こちらがこの作戦で望んだ事象と逆さの結果になってしまい、こちらのモラールが砕かれてしまいそうになるから、洒落にもならない。
5月9日。
ザフトが実行した二つの強襲降下作戦の裏で発生していた、連合軍によるピレネー防衛ラインへの攻勢に対応するため、地上軍大西洋・アフリカ方面ジブラルタル司令部は北アフリカ各地に点在していた警備部隊をイベリア半島に移動させて、連合軍海洋部隊の対応とピレネー防衛ラインの予備戦力とした。
結果、後方に新たな第二線が構築されたことで、翌日の10日にピレネー防衛隊は逆撃を行い、連合軍部隊に打撃を与え、攻勢を退けることに成功した。
……したのだが、事態は、より一層、拙いことになってしまった。
5月10日。
ピレネー防衛ラインへの攻撃を退け、それに伴なって海洋部隊も引き揚げたと思ったら、連合軍の二の矢が、北アフリカのスエズ……、地中海と紅海とを結ぶスエズ運河を挟むように両岸に展開している、中東方面の防衛ライン、スエズ防衛線に向けて放たれていたのだ。
しかも、御丁寧にも、パナマで初登場したばかりの量産型MSが、まだ少数ではあるが戦術単位として運用されてである。
この攻勢に対し、スエズ防衛隊は善戦こそしたものの、エーゲ海から進出してきた連合軍海上打撃艦隊や空を覆うほどの航空戦力の支援の中で実行された、連合軍MS部隊による防衛ラインの一点突破を許す事になる。
これの対応にMS部隊が忙殺された結果、物量を誇るリニアガンタンク部隊の渡海を許し、圧倒的な数の力で蹂躙されることになってしまった。
止むを得ずスエズ防衛線を放棄した防衛隊は遅滞行動を行いながら、ビクトリア基地へと撤退を開始したのだが、予備戦力がないことから逆撃もままならず、また、部隊を纏め上げるだけの核になれる指揮官が存在しなかったこともあり、追撃してくる連合軍の勢いは止まる所を知らない状態だったそうだ。
そんな悲惨な撤退戦を繰り広げるスエズ防衛隊からの、このままでは全滅する、という悲鳴のような支援要請が相次いだことで、プラントに引き揚げる予定だったザフト宇宙軍が作戦行動を一日延期して、軌道爆撃艦隊を構成する全艦による大規模な軌道爆撃支援が行われることになった。
この在庫一掃とも呼べそうな軌道爆撃によって、追撃部隊の後方支援部隊が存在していた一帯が悉く耕された事で、ようやく、連合軍の侵攻を停止させることができたのだが、時既に遅く、防衛隊は戦力の四分の三分を喪失するという凄惨な状態だった。
……。
もしも、北アフリカの警備部隊が存在していたのなら、ここまで手痛い敗北を喫するような事にはならなかっただろうが……、いや、ここは戦力配置をどうこう言うよりは、連合軍が一枚上手だったと思うことにしよう。
その方が、うじうじと仮定想定をするよりも健全だろう。
……。
とにかく、北アフリカの表玄関が開いてしまった以上は、北アフリカの占領地やビクトリア基地とジブラルタル基地との連絡、そして、両基地そのものが危ういことになってしまった。
一応は、カーペンタリアから両基地への増援が行われることになっているが、スエズ運河を押さえられたためにジブラルタル基地への増援は難しいし、また、連合軍の無尽蔵にも思えてくる回復力の前にビクトリア基地も、正直、いつまで持つものか……。
暗い話題しか見えてこないのが、これがオペレーション・スピリットブレイク後の地球の情勢だ。
◇ ◇ ◇
5月20日。
作戦を掩護するための特別任務が終わり、通常任務に戻った戦隊は例の如く、L4-月間で待伏せをしている。
とはいうものの、先の作戦から十日は経っているが、連合軍の地上の打ち上げ施設……、マスドライバーを潰したことが効いたみたいで、連合軍の定期運航便じゃなかった、輸送船団も月からの片道のみになり、その回数も、俺達、独立戦隊群による群狼の如き度重なる波状襲撃もあってか、大幅に数が減っている。
よって、空き時間が大幅に増えたため、俺も隊長としての日常業務に精を出す事が出来るというわけだ。
今もレナと共に隊長室で、オペレーション・スピリットブレイク及びブリッツブレイクの影響で滞ってしまっていた隊員からの要望や各班長から提案された案件の決裁、補給物資申請等々の書類を作成したりしている。
いやはや、どれだけ大きな作戦があろうとも、日常において発生する問題はなくなることはない。まぁ、これも隊を預かる責任者の仕事と割り切って、頑張って処理している。
だから、連合軍宇宙艦隊の動きが停滞している現状は、大変ありがたい。
……いや、本当に 熱く白熱している地球とは違い、宇宙に動きは見られないのだ。
「先輩、地球は大騒ぎなのに、宇宙は静かなものですね」
「俺としては、その方がいいさ。お陰でこんな事務仕事もできるし、地球への支援、……軌道爆撃も上手くいっているしな」
「でも、軌道爆撃だけでいいんでしょうか? あれだけじゃ、連合軍の侵攻は止められないと思うのですが?」
うん、レナもよくわかってるね。
「確かに、爆撃だけでは連合軍の侵攻は止めることはできないだろう。けど、これ以上の支援というか、地球に援軍を送ろうにも、月の連合軍宇宙艦隊との睨み合いが仕事になってる宇宙軍からは、これぐらいしかできないのが事実だ」
「……確かにそうかもしれませんが」
……うーむ、レナにはぶっちゃけてみるか。
「レナ」
「はい?」
「お前は現実をしっかりと把握しているようだから言っておくが、…………恐らく、プラントは負けるか、良くて引き分けるのが精一杯だろう」
この俺の意見は、十中八九、ザフトの一般隊員から、カッサンドラー扱いされるだろう。
「……先輩は、そう、予想しているんですか?」
「ああ。……元より地球連合とプラントでは、国力に差がありすぎた。純軍事的に見ても、例えコーディネイターがナチュラルよりも優秀だとしても、個々人の能力で相手を圧倒したとしても、数の力で押し潰されるのが関の山だしな」
「……回復力の差、ですか?」
「そう。こちらが……、プラントの人的資源が乏しいのに対して、地球連合の人的資源は無尽蔵、ってのは言い過ぎだけど、豊富なのは間違いない。現実に、ザフトは今までの一連の戦闘で消耗した戦力の回復に手間取っている。例えば、世界樹の種の駐留艦隊でいえば、今月になって、ようやく定数の半分を超えたくらいにしか、補充が進んでいない」
逆に、連合軍の宇宙艦隊は順調に再建が進んでいるはずで、そろそろ完了していると考えた方が無難だと思う。
「地球連合に比べれば、哀しくなる程に劣勢な国力で、かつ、微々たる回復力しか持っていないのに、この一年もの間、よくぞ優勢を保ったものだ、とプラントとザフトを褒めてもいいくらいさ」
なんて自画自賛(?)しているが、本当は、後先考えない自暴自棄が生み出した、一種の奇跡だろう。
「だから、あんな賭けみたいな作戦を?」
「ザフトの偉いさんは、連合軍が高性能なMSを開発した以上、いつまでもこの有利な状況は続かないと判断していた。……要するに、この戦争が長期化すれば、プラントは地球連合に追い詰められて、間違いなく、どん尻になるって解っていたのさ。だからこその、アラスカへの強襲降下作戦だった。……オペレーション・スピリットブレイクはプラントが有利な条件で講和するために実施した、乾坤一擲の賭けだったんだよ」
「……」
「そして、その賭けに負けた」
しかも、賭けに負けた要因が、身内の情報漏洩である可能性が大きいだなんて、救えない話だ。
「だから、これからは、如何にして、先の大博打での大負けをフォローして、いかに負けないように持っていくかに考え方をシフトさせないと駄目だろう。……というわけで、レナ、何か思い浮かばないか?」
「うっ、そ、そうですね、……プラントに直接的な圧力をかけてくる月の攻略を目指すのはどうでしょうか?」
「いいアイデアだとは思うが、スピリットブレイクで悪夢を見た以上は、尻込みするというか、計画はあっても、恐らく実施されないな」
流石のザフト上層部もスピリットブレイクの実質的失敗で人的損失が深刻なレベルに達しているから、新たな賭けをしようにも、早々、決断できないだろう。
「……こちらからの仕掛けるのは、やはり厳しいということですか?」
「悲しい事に、そういうことだな」
「ですが、今現在も、地球では連合軍の攻撃が激化していて、このままだとビクトリアが……」
「ああ、連合軍にビクトリアを……、マスドライバーを奪回されてしまったら、地球から大規模な戦力が上がってくるし、月の連合軍艦隊にも行動の自由を与える切っ掛けになりかねない。まさに、万事休すって奴だな」
仮にビクトリアを奪回されたとしても、せめて、マスドライバーを破壊することができれば、時間的な猶予が生まれるから、少しはプラントの防備を整えることができるはずだ。
もっとも、その時間は地球連合の味方だがな……。
「現状を認識すればするほど、鬱になるだろ?」
「ええ、できれば、見据えたくないことばかりです」
「……だが、民兵とはいえ、一応は軍人に類される俺達には、自分達にとって都合のいい現実だけを見るなんて贅沢は許されない。どれだけ悲惨な状況になったとしても、歯を食いしばりながら、しっかりと現実を見据え、どれだけ見っとも無くても、足掻いて足掻いて足掻き尽くさないといけない。そのためにも、今後、悪化していくだろう未来を想定して、対処できるだけの力を練りたい。……だから、レナも、どんなことでも、どんな些細なことでもいいから、何か今後に関わりそうなことが思い浮かんだら、話して欲しい」
「……はい、わかりました」
まっ、小難しい話はここまでにして、仕事を再開しようかね。
「さて、難しい鬱になる話はこれまでにしてだな、レナ、次に世界樹の種に寄港した時にする親睦会の日時や内容が幹事から上がってきたから、戦隊員全員にお知らせを入れておいてくれ」
「あ、上がってきたんですね。わかりました、全員に出しておきます」
レナが端末に向かうのを何となく見ながら、俺は、自身の胸の内で蠢く感覚を把握する。
……この置き場の無く、収まりどころが見つからない上に、掌握するには不確定な感覚は……不安だ。
この感覚が、先のオペレーション・スピリットブレイク後から、常に、俺の胸で揺蕩っている。
まったく、漠然とした不安ほど、扱いにくいものはない。
……はやく、この不安を解消したいものだ。
そんなことを思いつつ、俺もまたレナに倣い、自身の仕事……、これで三枚目となるパイロット補充申請書やMS整備班とデファンの連名で上がってきた戦隊MS隊の新型MSへの更新要望への返答といったことに取り掛かった。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/09/15 誤字修正。
11/12/23 誤字修正。
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