第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
60 加速する時、変化する潮 5
C.E.71年5月1日。
前もってユウキから届いていた連絡の通り、ビクトリア基地のマスドライバーによって、オペレーション・スピリットブレイクに参加するザフト地上軍の地球軌道への打ち上げが開始された。
これらの打ち上げを援護するために、ザフト宇宙軍は地球軌道にボアズ駐留艦隊を派遣し、静止軌道上にあるユーラシア連邦が保有するアルテミス要塞や中立とはいえ確固たる戦力を持つオーブ連合首長国のアメノミハシラへの牽制と、新たに打ち上げられていた連合軍の偵察衛星や観測衛星の撃破に取りかかっている。
また、月で戦力を蓄えている連合軍宇宙艦隊に対する牽制としては、ヤキン・ドゥーエの艦隊が出張っているのだが、もしも連合軍艦隊が出動する等して月に隙が生じれば、プトレマイオス基地への直接侵攻することも視野に入れているそうだ。
そして、L1の世界樹の種駐留艦隊は、月から地球軌道への連合軍艦隊の侵攻に対して、プラントに残る総予備の艦隊が到着するまでの間、防波堤の役目を担うため、暗礁宙域外縁部で厳戒態勢に入っている。
俺達のような独立戦隊も主たる任務である通商破壊を中断し、任務に当たっていた八個戦隊中、五個戦隊が連合して地球-L4間にまで進出してL4に駐留している連合軍艦隊に動きに備え、残りの三個戦隊については世界樹の種に残り、世界樹の種駐留艦隊と独立戦隊群の予備戦力として機能することになっている。
これで宇宙においては、ザフトと地球連合軍との睨み合いが構築されたことになり、連合軍も、地球軌道から再突入を図る強襲降下部隊や支援爆撃を実施する軌道爆撃艦隊に対しては、容易には手出しができないだろう。
5月2日。
アラスカ及びパナマに対して、本格的な軌道爆撃が開始された。
独立戦隊群も軌道上の護衛艦隊や爆撃艦隊と通信リンクを確立させることに成功したので、爆撃実施状況や連合軍の反応について聞いたりしたのだが、アラスカ、パナマ共にかなりの対空迎撃が行われているそうだ。
アラスカへは定期的に軌道爆撃を実施しており、それなりの打撃を与えていたはずなのだが、一体、どこにこんな戦力を蓄えていたのだろうか? もしも、何もしないままで強襲降下を行っていたら、相応の被害を被ったのは間違いないだろう。
でもって今は、これらの対空迎撃ベースを潰すために、地上での降下支援を行う海洋部隊から地形データ及び目的座標入力式の巡航ミサイルを順次発射して、攻撃を仕掛けているそうだ。
後、現状について聞いた時に、世間話の一つとして聞いたのだが、海洋部隊で運用されている主力潜水艦ボズゴロフ級はMS運用を第一に考えて設計されたため、巡航ミサイルが装備されていなかったそうだ。
けれども、この作戦において、急遽、使用されることが決定されたため、ザフト上層部からの命令で、ボズゴロフ級のVLS(Vertical Launching System:垂直発射装置)の一部を巡航ミサイルを発射できるように、カーペンタリア基地で改造したという話だ。更に加えれば、当初、使用が予定されていた巡航ミサイルの実際性能が想定性能に満たない……、話にもならない代物であったため、M66キャニスの大型ミサイルをベースに新たに開発されたらしい。
短期間での開発を強いられた技術開発陣が濃い隈で縁取られた目を血走らせながら、こんなことを考えた奴はどいつだっ、なんて吼えていたのは、その筋では有名な話とのことだが……、確かに、限られた時間で難題をこなさないといけないんだから、大変だよねぇ。
5月3日。
黄金週間の始まり……ではなく、L4に駐留している連合軍艦隊からの嫌がらせ、ハラスメント攻撃だと思われる、ミサイルや航宙魚雷が、小大を問わず、大量に飛んできた。
これらの攻撃に、独立戦隊群から出撃したMS部隊による第一次迎撃、戦隊群艦艇の火砲による第二次迎撃、降下部隊の直接掩護に当たっているボアズ駐留艦隊のMS隊が第三次迎撃、ボアズ駐留艦隊の艦艇群が第四次迎撃というか最終防衛線を担って、対応した。
本当に半日以上、途切れることなくミサイル等の危険物が飛んできたため、少しも休む間もなく、それこそ猫の手を借りたい位に迎撃に忙殺された。
だが、その頑張りの甲斐もあって、降下部隊のカプセルに被弾は無く、護衛部隊は任務を全うしたといえるだろう。
それと、北米の大西洋連邦軍もとい地球連合軍だが、アラスカとパナマ、共に大規模な爆撃が実施されている影響で、どちらへの攻撃が本命なのか迷っているらしく、アラスカに近い部隊がパナマへ、パナマに近い部隊がアラスカへという具合に、部隊行動が乱れている事が観測されている。
5月4日。
L4の動きを警戒しつつ、地球の昼夜面を眺めながら、昨日の疲れを癒す。
夜面には、去年の四月に見た恐ろしいまでの闇は存在せず、プラントやザフト上層部にとっては、あまり嬉しいことではないだろうが、地球上のエネルギー問題が解決しつつある事がわかった。
俺に、その資格が無いとわかっていても、少しでも凍死者や餓死者の数が減ることを願わずにはいられなかった。
ちなみに、北米の連合軍陸上部隊だが、更なる混乱が発生している様子が見受けられ、統一された部隊移動が見られない状態が続いているようだった。
5月5日。
降下部隊に、当初より予定されていた、本当のオペレーション・スピリットブレイクの発動が告知される。
この、以前より説明されていた作戦の開始直前での変更で一部の部隊で混乱が生じたらしいが、事前から作戦変更の意義を教えられていた司令部のお陰で、最小限に食い止められたようだ。
作戦目的地の変更で広がっていた動揺が、変更された目的地が敵本拠地だとわかって、興奮に転じた後、アラスカへと降下する強襲降下部隊の八割が意気揚々と軌道を修正し、アラスカへの突入ポイントへと移動し始めている。
この動きに対する連合軍の反応だが、軌道上からの観測では、パナマを目指していた連合軍部隊の動きに大きな混乱が生じていることが判明している。
……ならば、この降下地の直前変更にも意味があったといえるかもしれない。
5月6日。
パナマ基地への軌道爆撃を実施していた艦隊が、太平洋と大西洋を結ぶパナマ運河の関門を多数破壊するという成果を出した。海洋部隊からの巡航ミサイル攻撃で、急激に対空迎撃能力を落しつつあった所に、キャニスでのピンポイント爆撃が成功したらしい。
パナマ運河は、俺が案を出した時点では含まれていなかった目標だから、おそらくはユウキが付け加えたのだろう。海洋交通の要衝であるパナマ運河も攻撃に含めるとは、中々に味のある手だと思う。
もっとも、肝心のマスドライバーへの攻撃に関しては、対空迎撃ベースがマスドライバー周辺に、想定していた以上に配置されていたため、また、迎撃ベースを破壊しても即座に補充されるため、命中弾は二発程度に留まっている。
この手際の良さは、事前に作戦情報が漏れていたのか、との疑念を抱きそうになったが、連合軍にとっては宇宙の生命線とも言える重要施設である事を考えれば、これも普通なのだろうと思い直した。
一方のアラスカ基地への攻撃だが、軌道爆撃艦隊による絨毯爆撃と精密爆撃、海洋部隊による巡航ミサイルを織り交ぜた攻撃によって、隠蔽されていた航空機射出口や対空迎撃ベースを露呈させて、かなりの数の破壊に成功している。
他にも、地上交通網や点在する滑走路をズタズタにして使い物にできなくしたり、始めから地上部に露出していた基地施設を更地に戻したりと、成果を十分にあげているといえよう。
両基地共に、対空迎撃能力が確実に低下しつつあるらしいから、この調子で降下予定日まで、攻撃を頑張ってもらいたいものだ。
後、北米大陸を北に南に動いている連合軍だが、大半が北を……、アラスカを目指し始めているが、どこか今までと違って、移動が遅いというか、鈍いように感じられた。
5月7日。
ハワイを根拠地とする地球連合軍太平洋艦隊に、アラスカ及びパナマへと向かう動きが見られた。おそらくは、アラスカ、パナマ両基地に攻撃を仕掛けているザフト海洋部隊へ圧力をかけるためだろう。
これは俺の想像なのだが、アラスカの総司令部当たりから、幾らなんでも自分達の庭で好き放題にされ過ぎだとでも、檄が飛んだのかもしれない。
まぁ、実際、北米大陸で右往左往していた陸上部隊に比べれば、幾らカーペンタリアへの抑えを担当しているとはいえ、海洋部隊の動きは鈍すぎるとしか言いようがないからなぁ。
……。
でも、昨日からの地上部隊といい今日の海洋部隊といい、地球連合軍というか大西洋連邦軍にしては、今までと違って、不思議に思う位に動きが鈍く感じられるんだが……、何か、あったんだろうか?
◇ ◇ ◇
5月8日。
突入部隊の大部分がアラスカへの突入ポイントに到着して、後はタイミングを待つだけの状況となり、突入部隊の士気は、アラスカの地球連合軍総司令部への直接攻撃とあって、鰻登りに上がっているそうだ。俺も正直に言えば、少し高揚しているかもしれない。
なぜなら、この作戦で、連合軍の一大拠点であるアラスカの制圧ないし破壊に成功すれば、戦争終結への道が開けるかもしれないからだ。
……というか、戦争はもうお腹一杯だから、後生なので、茨の道でも抉じ開けて欲しい。
そんな願いを込めながら、俺は艦橋のサブモニターに映し出された降下カプセル群を見つめていると、ゴートン艦長が帽子を弄りながら、話し掛けてきた。
「本当に、戦争の行く末を決める大作戦だよねぇ」
「ええ、乾坤一擲の降下強襲です。……これに失敗すると、地上軍はガタガタになって、宇宙に叩き出されるか、殲滅されてしまいますから、是非とも、成功して欲しい所ですよ」
前半は普通の声で、後半は艦長に聞こえる位の囁き声で応える。
「それは、何とも恐ろしい未来なことで……。なら、俺も、自分達が忙しくならないように、この作戦が成功することを祈るとするよ」
「そうして下さい」
艦長の苦笑交じりの言葉につられて、俺も苦笑いを浮かべつつ、今度は、メインモニターに目を移す。
……俺達、独立戦隊群の正面に位置するL4方面に動きは見られない。
五日前みたいに、L4からミサイルや航宙魚雷でも撃ちこんで来るかもしれないと思っていたが、どうやら、そのつもりもないようだ。
「これだけ連合の宇宙艦隊に動きがないと、逆に不安に感じますよ」
「まあねぇ。……実際にドンパチなんてしたくはないけど、こうも動きがないと、確かに心配にもなるね」
「今のところは、L4方面に進出している複座型からの偵察情報でも、特に動きは観測していないんですよね?」
「うん、動きはないみたいだ。ついでに言えば、静止軌道上のアルテミス要塞は、例の傘を展開して、しっかりと閉じこもってるよ。もちろん、ボアズ艦隊が見張ってるから手を出したくても出せないだろうけどね」
アルテミス要塞(※注)か……。
実はこの要塞、ラウが率いるクルーゼ隊が、足つきの追撃任務の際に、アルテミスの傘を破って攻略したのだが、本来の任務である足つき追撃を行うために、占領している余裕がなかったのだ。
その後、ラウからの連絡を受けた機動艦隊司令部は、プラントから占領部隊として独立戦隊を送ったそうだが、到着した頃には周辺宙域に武装したジャンク屋や海賊、傭兵といった連中がハイエナの様にうようよしていて、占領は不可能と判断したらしい。
聞いた話だと、横流し品か廃棄品の再生なのかはわからないが、MSのジンやMAのメビウス、魔改造されたミストラルといったものとそれらの母艦が多数存在していたらしく、迂闊に手出しが出来なかったそうだ。
で、仕方がないから、ザフト宇宙軍は様子見をすることにしたのだが、いつの間にか海賊の手からユーラシアの手に戻っていたりする。
月に存在している正規軍が動く事もなければ、地球からの戦力打ち上げもなかったのに、どうやって奪回したのかと、タヌキに化かされた気分で首を捻っていたら、ザフト内部に存在するネットワークから、有名な傭兵を雇って占拠していた海賊連中を駆逐して奪回したとの情報が入ってきた。
傭兵も仕事だから仕方がないんだろうけど、今の俺達にとっては迷惑な話だよなぁ。
「……戦力にならなくても、アルテミスが静止軌道上にある関係上、軌道上での動きが筒抜けになりますからね、本当に頭が痛い話ですよ」
「こちらの情報を送られるだけでも、困りもんだからねぇ」
「ほんとですよ」
どうせなら、まったくと言って良い程に未開発なL3かL2にでも作ってくれていれば、ユーラシア連邦も自分の所のコロニーもない場所に要塞を造るなんて、最高の無駄遣いだよなぁ、って笑い話ができたのになぁ。
「あれがどうして戦略的な価値がないなんてことになっているのか、不思議だよ」
「……偉い人の単なる負け惜しみじゃないですか?」
「くっ、面子を気にする輩が多いザフト上層部だと、ありそうな話だねぇ」
ゴートン艦長と二人して、ニヤニヤと、少々品の無い、厭らしい笑みを浮かべてしまった。
あ、たまたま俺達の方を見たアーサーがギョッとした顔をして、ひいている。
……でもまぁ、アーサーには、今更、取り繕う必要はないよな。
「お、そろそろ突入開始時刻になるね」
「……ええ、そのようです。戦隊も、一応の備えとして、降下部隊の突入が終わるまで、二種戦闘配置を発令します」
「了解、隊長。……トライン班長、二種戦闘配置の発令を頼むよ」
「アイ、サー」
返事をしたアーサーがキビキビと動き始めるのを見た後、再び、サブモニターに映っている降下部隊に目をやる。丁度、カプセルの一群が降下支援として軌道爆撃を行っている通常型輸送艦を改造した軌道爆撃艦の脇を降下していくところだった。
「軌道爆撃はかなり上手くいっているみたいだから、降下部隊も少しはマシなはずだよ」
「……ええ」
艦長の声に頷き返して、大気圏の摩擦で赤く染まりつつある降下カプセルを見送る。
本当に、この作戦が成功してくれると、戦争終結も現実的になるんだけどなぁ。
※注釈
原作ではアルテミス要塞の存在位置はL3らしいですが、本作では静止軌道上にあるとします。
当然のことながら、原作設定と乖離しますが、ここは何卒、御了承ください。
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