第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
58 加速する時、変化する潮 3
俺達の戦隊にというか、ザフト宇宙軍に存在する半数以上の独立戦隊に与えられている任務は、通商破壊、ひいては地球と月の航路を遮断することだ。
当初は、ザフトがL4宙域を確保していたから、連合軍は地球-月航路にL1宙域近くを通るものを使用していたため、輸送船団を潰すことも容易だった。
しかし、今年の一月の攻勢でL4宙域を連合軍に奪還されてしまい、地球-L4-月の迂回航路を確立されてしまった上に、L4宙域に船団護衛用の艦隊を貼り付けさせるという念の入れようのため、難しいものになりつつある。
地球侵攻によって占領地が拡大する以前ならば、ザフトの戦力にも余裕があったので、L4に駐留する連合の艦隊を追い払うこともできただろうが、地球に戦力を吸い取られている今の状況では、月と睨み合うことで連合軍の主力艦隊の動きを封じるのが精一杯であり、再制圧は不可能だろう。
よって、連合のスペースレーンに圧力をかけるために、また、今月四月になって開始された定期軌道爆撃への対処をさせないために、この地球-L4-月の航路に最低でも四個独立戦隊が常に進出して、輸送船団や巡回艦隊と鎬を削っているのが、最近の宇宙情勢だ。
もっとも、先にもあったように、地球とプラントを往還する輸送船団を一つ潰して新規編成された軌道爆撃艦隊がアラスカへの軌道爆撃を始めたから、少しは情勢に変化が出てくるかもしれない。
まぁ、それを気にするのは後少し先のことだろう。
そんな状況の中、今、俺達の戦隊は、地球-L4間にあるデブリベルトの一つで連合軍輸送船団を待伏せしている。
◇ ◇ ◇
「先輩、複座型からの報告では、地球から上がってきたコンテナを収容した敵輸送船団が、L4宙域に向けて航行を開始したとのことです」
「了解した。……二人には絶対に無理をするなと伝えておいてくれ」
「はい」
戦隊から出撃したMS隊は、毎度毎度、お世話になっているデブリの陰に隠れて、連合軍の情報を確認しながら、襲撃の時を待っている。
こんなことを可能にしてくれたのは、世界樹の種に展開したジャンク屋ギルドが一山幾らで売り出しているジャンクを相手に、シゲさん達整備班が努力と創意工夫を重ねた成果である、潜行パック(シゲさん命名)なる代物だ。
この潜行パックとは、以前、ロジアッツで使用した外部接続ケーブルを、デブリから作り出された大きなエアータンクとバッテリーをMSが携帯できるようにまとめて接続できるようにした、外付けタイプの生命維持装置だ。
これを小隊毎に一つずつ配布して、MS内部で長時間……、最高で一日間の待機を可能にしたのだ。
もっとも、中の人間は、閉塞空間で長時間過ごす破目になるから、大変だけどな。
それともう一つ、レナのジンM型に大出力レーザー通信装置が取り付けられたことだ。これが取り付けられたことで、複座型やエルステッド等との長距離通信ができるようになり、ニュートロンジャマー影響下でも相互連絡が可能になったのだ。
とはいえ、MSに取り付けられる装置はまだまだ高価らしく品薄で、現場にも中々出回らない代物だから、とりあえず、確保できた一つをMS隊副官であるレナの機体に取り付けることにしたのだ。
……本当は、俺のシグーに取り付ける予定だったのだが、設計に余剰が存在しないために無理だった。
もう少し、ジンみたいに余裕を持った設計をして、拡張性を持たせろと言いたいが、中々、そう上手くはいかないのが悲しいところだ。
現場の意見を取り入れてくれない設計局の秀才君達への不満を溜めつつ、複座型からレナの機体を経由して送られてくる情報に目を通す。
連合軍輸送船団の構成は双胴型輸送艦が二十、護衛部隊らしき250m級が二と150m級が十二となっているらしく、その数から船団護衛を担当しているのは分艦隊規模といった所だろう。
となると、機動戦力になるMAも最低でも二十機は見積もった方が……、いや、待てよ?
もしも、輸送艦が仮装空母だったら?
……。
うん、一応、可能性があるから、調べた方がいいな。
「レナ、全ての輸送艦にコンテナが収容されたのか?」
「えーと、少し待ってくださいね」
「ああ」
もしもの話というか、可能性は低いと思うのだが、……見積もりに入っているか入っていないかでは、大きく数が変わるからな。
「先輩、全ての輸送艦にコンテナが収容されたそうです」
「それは双胴の両方にか?」
「はい、それぞれ片方に四つずつで、一艦につき八つです」
なら、大丈夫かな?
まさか、コンテナの中にMAを入れてるはずは無いだろうし……。
……んー。
「なぁ、レナ、コンテナの中にMAが入ると思うか?」
「……コンテナの中ですか? 少し待ってください」
「いや、手間をかけさせてすまん。……どうにも気になってな」
別に規格コンテナだからというわけではないが、外から見ても中身がわからないからなぁ。
「…………大きさ的には入らないと思いますけど、部品なら間違いなく入ります」
「となると、可能性は残るか……」
「もしかして、コンテナの中身を警戒しているんですか?」
「ああ、まあな。……完成品がそのまま入っているとは流石に思ってないけど、部品に分けて詰め込んでおいて、輸送艦の内部で組み立てているかもしれない、なんて考えている」
重力がある地上よりも、重力が少ない宇宙の方が組み立ては楽だしね。
「それは……、可能性はあるかもしれませんが、流石に、考えすぎじゃないですか?」
「そうかもしれないけど……、以前というか、俺達が通商破壊を開始した最初期なら、そんな心配なんてしないけど、今は連合軍も、ザフトが組織的に航路に圧力を掛けていることに気付いているだろうからな」
「……つまり、何らかの対策をしてくると?」
「人は木偶の坊じゃないなら、頭を働かせるさ」
あのMAが装備しだした新型小型ミサイルパックなんて、いい例だ。
「……各小隊に伝えておきますか?」
「そうだな。そういう可能性があるってことを伝えておいた方が、いざって時に慌てないで済むか」
「なら、敵艦隊の数と一緒に伝えておきますね」
「頼む」
警戒するのに越したことは無いし、その警戒も杞憂で済めば、それでいい。
最も恐れるべきことは、慢心によって敵を侮ることだ。
自身の慢心を戒めるために、常に肝に銘じていることを再確認していると、レナから連絡が入ってきた。
「先輩、エルステッドから通信が入りました。複座型と連携して、艦砲によって敵進行方向に観測砲撃を加えたいと」
エルステッドとハンゼンは極力廃熱を押さえながら、L1と地球-L4航路の中間で、宇宙に溶け込んでいるはずだ。その二艦から、砲撃を加えるとなると、ミサイルとレールガンを使うということか。
……うーん、勢子代わりになるかもしれないし、やってみてもいいか。
「許可する。周囲及び反撃に注意するようにと伝えてくれ、もちろん、複座型の二人にもな」
「了解です」
さて、これで少しは護衛戦力が削れれば、いいんだが……、さすがに、難しいかなぁ。
「エルステッド、ハンゼンが攻撃を開始します」
「ああ、複座型からも観測映像が届いている」
メインモニターにその映像を映し出して、注意深く、敵艦隊を観察してみる。
地球の青さに浮かび上がる形で、輸送艦を中心に前後に250m級を中心とした護衛部隊が展開しているのがわかる。
「弾着までは?」
「超長距離ですから、かなり時間がかかりますよ?」
……許可しておいてなんだが、前みたいに当たるかな?
「敵が攻撃を察知したりして、速度を変化させた場合や進路を変更した場合はどうするんだ?」
「……普通に考えたら、まずは当たらないでしょうけど、そういったことも計算に含めて、一連の砲撃を加えるはずです。サリアの話だと、流れ弾もできるだけ、地球の大気圏に落とすようにするみたいですし」
「そうなのか。まぁ、専門家に任せるよ」
戦隊の優秀なスタッフにお任せしましょう。
……にしても、相変わらず、地球の青さは、綺麗なもんだ。
この奇跡の星があったからこそ、人類は生まれる事ができたんだから、大切にしないといけないよな。
「綺麗、ですね」
「……ああ」
本当に、戦争をしているのが馬鹿らしくなる一時だよ。
しばらくの間、感慨深く、モニター越しに地球を見続けていると、レナが静かな声で問い掛けてきた。
「先輩……、戦争が終わったら、ザフトを辞めるって、本当ですか?」
「……あれ、俺、レナにそのこと、言ったことあったっけ?」
「いえ、私はミーアちゃんから聞きました」
……ミーアの奴、レナとも連絡を取っていたりするのか?
「そうなのか?」
「はい。……すいません、勝手に聞いた上に、今、こんな時に聞いてしまって」
「いや、どうせ、ミーアがレナに言ったんだろ?」
「……はい」
「なら、別にいいさ」
最近、ちょっと口が軽くなっているように感じるミーアには、何らかのお仕置きをするがな……。
「レナの言う通り、戦争が終わったら、俺はザフトを辞めるつもりだ」
「……そう、ですか」
「殺した相手やこの戦隊のことを考えると無責任かもしれないけど、俺は、オーブにいる親父の所に行って、何か、孝行がしたいな、って思ってる」
命というものが、あまりにも儚く散って逝くことを知ってしまった以上は、肉親を少しでも大切にしたい。
まぁ、この戦争が終わるまで、生き残れたらの話だけどな……。
「私も……」
「ん?」
「……いえ、今度、話します」
私も、か……。
……。
今度話すって言っているし、話すまで待つ方がいいかな?
「あっ、そろそろ、初弾の到達予定時刻です」
「わかった」
気を引き締め直してモニターに目を凝らすと、唐突に前方に位置していた150m級の一隻と輸送艦二隻が大きな火球へと変じた。それと同時に、敵艦隊全体が回避のためだろう、思い思いの方向へと散り始めるのがわかった。
更に加えれば、護衛部隊は飛来する砲弾を捕捉し始めたようで、次々と迎撃ためのビーム砲やミサイル、近接砲火が放たれ始めた。
「対応が早いな」
「はい。動きに遅滞が見られないことを考えると、かなり訓練されていますね」
「……複座型を引き揚げさせよう。あの調子だと、確実に発見されそうだからな」
こんな所で、秀逸な情報収集や分析、誘導までできる貴重な人材を失いたくない。
……。
いや、ここは複座型の救援に行って、出撃してきたMAを叩き潰すのも有りかもしれん。護衛部隊の機動戦力を削れば、後々、対艦攻撃をするにしても、他の戦隊が攻撃を仕掛けるにしても、やりやすくなるだろうしな。
「あっ、これは……、複座型が発見されたかもしれません」
「確かに、250m級からMAが発進し始めているな。……レナ、複座型の二人に、戦隊と俺達が今いる座標との中間……、E12宙域に逃げるように伝えてくれ」
「了解です」
救援は、俺とレナ、それにリー小隊の四機でいいか。後は、待伏せを続行させて、このまま輸送船団に攻撃を仕掛けさせよう。
「後、小隊長連中に繋いでくれ」
「はい、……繋ぎます」
「ああ」
見知った小隊長の顔が三つとレナが、サブモニターに分割されて並ぶのを見て、挨拶抜きに話し始める。
「皆も情報を受け取っているから知っているだろうが、偵察活動をしていた複座型が敵に発見されたようだ。よって、この座標、E12宙域に逃げてこさせる予定だ」
「となると、先輩、追撃してきたMAへの横撃っすか?」
「ああ、その心算だが……爆装しているマクスウェルとデファンの両小隊は、この場で待伏せを続行して、敵船団に攻撃を仕掛けてもらおうと考えてる」
「ですが、それだと、待ち伏せしていることも悟られているのでは?」
「……そうなんだよなぁ。なぁ、マクスウェル、何か、いいアイデアはないか?」
良かれと思って、艦砲攻撃を許可したけど、ちょっと失敗したかもしれん。
「大きく迂回して、攻撃を仕掛けるのはどうですか?」
「それが一番無難か?」
「隊長」
「リー、何か浮かんだか?」
「ここは敵船団への攻撃を見送って、確実に機動戦力を削る方がいいのでは?」
……いいねぇ、リーの奴、以前の猪突というか攻撃一辺倒な思考から脱皮して、考え方が柔軟になってる。
「確かに無理をせず、俺達はできることをして、次に委ねるのも手だな」
「ですが、先輩、私達の次に攻撃を仕掛ける戦隊は、到着が遅れていますよ?」
「あっ、それは、……頭から抜け落ちてたな」
これはいかんな、少し呆けてるみたいだ。
確かに、近隣宙域を担当する予定だった戦隊が、先のL1での戦闘で損傷した艦艇の修理が悪かったのか、推進機関の調子が悪くて到着が遅れるって、出撃前にベルナールが言ってたな。
……。
だとすると、複数の戦隊を使った波状攻撃を仕掛けることはできないか。
……。
ならば、ここは、割り切って動く方が良さそうだ。
「マクスウェルとリーの案を併せてみるか。……さっき、マクスウェルが言った通り、複座型が置かれた状況次第だが、迂回コースを取って待伏せ場所を隠蔽した後、敵MAに対して、俺、レナ、リー小隊で攻撃を仕掛ける」
「となると、俺達ハンゼン組は敵艦隊への待伏せ攻撃っすね?」
「そうだ。だが、敵が予定ルートを通らなかったり、警戒態勢が厳しい場合は攻撃を仕掛ける必要はない。また、攻撃を行う場合でも、援護がいない状況である以上は、一撃した後は無理をせずに退くようにな」
「ですが隊長、それだと、敵艦隊への打撃が足りないのでは?」
「……構わない。正直に言えば、ここはまだ、そこまで命を賭けるような局面じゃないさ」
連合の機動戦力をこの地球-L4-月航路に貼り付けさせるだけで、プラントへの圧力が減じることにつながっているからな。
「この方針に、何か意見はないか?」
「ないっす」
「ありません」
「俺もないです」
「特にありません」
……うん。
「よし、すぐに動くぞ。レナ、E12宙域までの迂回ルートを選定しろ。待伏せ部隊の指揮は、マクスウェルが取れ」
「すぐに始めます」
「了解」
「デファン、しっかりとマクスウェルを補佐しろよ?」
「うっす」
「リー、二機連携はまた、三機連携とは違うからな、十分に留意しろ」
「了解です」
こんなもんかね。
「先輩、迂回ルートの選定ができました」
「わかった。先導を頼む。……では、マクスウェル、デファン、ここは任せたぞ」
「「了解」」
「よし、リー小隊はレナの先導に続け」
「はい」
俺は自機のケーブルを潜行パックから切り離し、先導するために先頭を飛び始めたレナの後に続いて、デブリから飛び出させた。
俺も人間、失敗することもあるさ、なんて、心中で、誰へとも知れぬ言い訳をしながら……。
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