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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
56  加速する時、変化する潮 1


 まずは、先のL1での戦闘の顛末だが……、司令系統に打撃を受けた連合軍艦隊は、指揮権の引継ぎを受けたらしい250m級を中心に撤退を開始。当然、こちらも追撃を仕掛けたが、殿軍として残った300m級を中心とした前衛部隊と損傷艦が奮迅の働きともいえる組織的な抵抗を行い、結果、本隊の一部と後衛部隊の撤退を許すことになってしまった。
 殿軍としてその場に留まった部隊は、俺達が出した二度の降伏勧告を拒否して全滅。残りの一艦になっても抗戦をやめないという、本当に、壮絶な最後だった。

 この一連の戦闘で連合軍に与えた損害は、旗艦の300m級を始め、250m級を六、150m級を三十二を撃沈というかなりの戦果になった。からくも虎口から逃れることに成功した残存戦力は月のプトレマイオスへと撤退したことが確認されている。

 一方、こちら側の被害であるが、最初に突っ掛かったMS中隊が中隊長を含めて十機が撃墜されて壊滅した他は、防衛隊のMSが7機、独立戦隊のMSが5機程、落とされている。また、追撃に出た独立戦隊の艦艇がMAの逆撃を受けて、二隻のFFMが中破ないし小破した位である。
 うちの戦隊は追撃に参加しなかったので艦艇に被害は出なかったものの、リー小隊のリベラが胴体正面部に被弾し、本当に幸いなことに戦死こそ免れたが左腕を切断せざるを得ないという重傷を、同じ小隊のルッツもリベラを守るために機体に損傷を受けて、軽傷を負っている。

 いつか、こういうことが起きると覚悟していたとはいえ、戦死していてもおかしくない大怪我だ、精神的に来るものがある。

 ……。

 とにかく、連合軍艦隊の侵攻を退け、拠点である世界樹の種を守りきったザフトがL1宙域を維持することに成功した。

 しばらくは、……駐留艦隊や防衛隊の戦力が回復するまでは、連合軍が手出ししてこないことを祈りたい。


 ◇ ◇ ◇


 3月1日。
 暗礁宙域の後始末をリューベック司令に、重傷者であるリベラをプラントに引き揚げる戦隊に委ね、俺達は本来の任務である通商破壊のために、地球-L4航路に出ることになった。
 輸送船団か巡回艦隊が見つかるまで一種警戒態勢を発令しているのだが、どうにも動きを発見することができないので、隊長室で書類の決裁をしている。

 それにしても、ここに至るまでに、なんだか、凄い遠回りをしてきた気がするのは気の所為だろか?

 そんな疑問を同室で、秘書業務に当たってくれているレナに聞いてみたら、

「本来の任務以外に、ちょっかいを出してばかりいるからですよ」

 という答えをもらった。

 その、如何にも俺が悪いように聞こえる言い方に反論すべく、作成していたリベラやルッツの戦傷認定に関する書類や必要になるかもしれない除隊申請書を準備する手を休めて、口を動かす。

「いや、仕方がないだろう? 俺達が独立した権限を有した部隊である以上は、他と違って行動に融通が利くんだから、動かないといけない時に動かないと不味いだろう?」
「……はぁ、まるで私達って、便利屋ですよね」
「その通りだよ。独立戦隊なんてカッコいい名称が付いてるけど、俺達は態のいい便利屋さ」

 苦笑と共に現実を話し、部隊責任者が記載しなければならない箇所に書き損じが無いか書類を見直してみる。

 ……うん、これでいいだろう。

 後の怪我に関する詳細は、エヴァ先生にお願いして書いてもらって、と……、あ、そういえば、リベラが戦傷年金か何かもらえるかも調べておかないとな。

 思い付いた勢いのまま、端末にザフトの福利厚生関連の情報を呼び出して調べようとしたら、レナが口を尖らせて珍しく不満を口にした。

「でも、何だか、ヤキンやボアズ、プラントの駐留艦隊と比べて、私達ばかり働いてませんか?」
「その分、長期休暇や特別休暇をもらってるだろう?」
「……実戦に参加した時の、危険の代償は?」
「実戦手当か特別危険手当がその都度、出ている……はず」

 ……でも、ちゃんと支払われているか、しっかりと給料明細を見ておかないとなぁ。

「レナ、お前、ちゃんと給料明細を見ているか?」
「見てますけど、その、納得がいかないというか……」

 まぁ、確かに命の危険に晒される機会が他よりも多いかもしれない。

「だが、地上軍の連中に比べれば、テロや襲撃の危険がない、ゆっくりと休める安全な場所があるだけ、まだ、マシだろう?」
「……言われてみれば、そうですね。それに比べれば、まだマシですね」

 ふふん、下には下がいることを認識させて、不満を逸らしてみました。

「……何か、先輩から邪まな気配が?」
「それは気の所為」

 ……女の勘って、時々、怖いよね。

「それで、リー小隊ですけど、補充はどうするんですか?」
「一応、補充に関する要望を国防事務局に入れておいたけど、おそらく、補充は次の長期休暇後だろうな」
「ああ、士官学校の卒業後ということですね?」

 レナの答えに頷いて見せた後、話を続ける。

「そのあたりまでは、地上軍優先で補充が行われるだろうから、この任務中、リー小隊は二機連携で動かすしかない」
「私が入りましょうか?」
「それも考えたが、それだと、俺が単機になってしまって出撃ができなくなる。ついでに言うとな、俺はラウみたいなエースじゃないから、流石に、僚機もなしで戦場で生き残れるとは思わないよ」

 最初は何とかなるかもしれないけど、乱戦になった途端に背後からズドンで終わりだよ。

「リー小隊の戦力が落ちる分はどうするんです?」
「相応の任務を与えればいいさ。通常なら複座型の護衛、戦闘なら遊撃あたりかな? 一応、リーの奴に二機連携の教本というか、昔、ラウやユウキと戦術の検討で使ったやつがあるから渡しておいた」

 まったく、こんなことで二機連携の戦術研究が生きてくるとはねぇ。

「……先輩、そんなことをしてたんですか?」
「俺、普段はこんなんだけど、真面目にやるべきことはやってるつもりだよ?」
「いえ、普段からおちゃらけている先輩がさり気なく真面目なのは知っていましたが、MSの戦術を検討しているとは思いませんでした」
「そりゃ、MSが部隊運用され始めた黎明期から乗ってることになるからなぁ。教本には納得がいかない所が多かったから、自分達で色々と工夫をしていたんだよ」

 あの頃は、……まだ戦争前で、L5宙域事変(仮)以前のMS隊に所属していた頃は、結構、楽しかった。

 本当に、ラウやユウキと一緒に、(喧嘩)(悪戯)(ナンパ)に塗れながら、青春(馬鹿)をやったもんだよなぁ。

 主に俺が切っ掛けを作って、ラウがそれに突っ込みを入れたり、騒ぎを煽ってみたりして、最後にユウキが俺への説教と事態の収拾及び責任を被る。

 ……あれ、俺やラウって、結構、酷い奴なのか?

 己が為した過去の罪業を省みて、思わず、遠くを見つめてしまう。

「先輩?」
「……ん、あ、すまん。なんだ?」
「いえ、何か、口元が弛んでましたよ?」

 おかしいな、俺、反省していたはずなのに……。

 自身の思いと表情の不一致の原因を考えていたら、卓上端末から電子ブザー音が突然流れ出た。何事かと思って見てみると、執務室前の通路に面しているインターコム端末からの連絡だった。

「誰だ?」
「さぁ?」

 とにかく出てみると、端末からリーの声が聞こえてくる。

「リー、どうした?」
「隊長、少し聞いていただきたいことが……」

 ……ふむ。

「わかった。ドアは開いているから、入れ」
「はい」

 圧搾音と共にドアがスライドして、背中に自身の髪の毛の色に負けないくらいの黒い陰を背負い、顔色も優れないリーが入ってきた。

「先輩、私、飲み物を取ってきますね?」
「ああ、頼む」

 気を利かせたレナが、俺に一言残すと主計班の牙城である食堂に赴くために、初めて会った時から少しだけ長くなったポニーを微かに揺らしながら、部屋を出て行った。

 レナの後姿を見送り、ドアが再度スライドして閉まるのを確認して、俺は目前で直立するリーに問いかける。

「それで、聞いて欲しいことってのはなんだ?」
「俺を小隊長から外してください」
「……理由は?」
「俺は、マクスウェルやデファンと違って、小隊長みたいな役職は向いていません」

 ……向いていない、ね。

「リベラのことを気にしているのか?」
「それもあります。ですが、俺の小隊の被弾率が他の二つに比べて高いことを考えると……」
「まぁ、確かに被弾率が高いな」
「……はい」

 どうしたものかなぁ。

「お前はリベラが重傷を負ったことを悔やんでいるのか?」
「……はい」
「その理由は?」
「それは……」

 ……まぁ、普通は即答できない、意地悪な質問だよ。

「色々とあるだろうな。その時の指揮や判断がどうだったか、通常時の訓練が適正で足りていたか、普段の意思疎通がちゃんとできていたか、一つ一つ挙げたらキリがないし、後から、あれができたかも、これができたかも、こうすれば、ああすれば、なんて考えるのが普通だと思う」
「……はい」
「後悔なんてもんは、万事を尽くしたと胸を張れない限り、……全てのできることをやり尽していない限り、生まれてくる。なら、リー、お前は後悔しないように、常に手を尽くしてきたと胸を張って、言えるか?」
「それは……」

 俺、なんか、偉そうなことを言ってるけど、実際は、そうそう、後悔を持たないでいられるなんてことは、ないんだよなぁ。

 まぁ、一応は、胸を張ってやり尽くしたって言えるように、常々、努力しているつもりだけど、俺以上に努力している人から見れば、まだまだ全然足りてない! だなんて、逆に説教を受けるだろう。

 それでも、己の恥を忍んで追求するしかないあたり、嫌な仕事だよ。

「今の弱っているお前には酷かもしれんが、今までの結果とこれまでのお前の様子から考えると、お前が小隊に施してきた訓練は甘く、足りていなかったんだと思う」
「……はい」
「まぁ、それを放置していたというか、そのことに気が付けなかった俺も、ある意味、お前以上に、悪いんだけどな」

 まったく、責任者の辛いところですよ、本当にね。

「とにかく、俺がお前に言いたいのは、今、懐いている後悔から、目を逸らして放置するようなことをせず、どれだけ苦しくても直視して、今後に活かしてみせろ、ってことだ。……ああ、それと、お前を小隊長から外すなんてことはできないからな」
「ですが……」
「実戦経験が豊富な奴を小隊長から外すなんて悠長なことを言っていられる程、戦力的にも国力的にも、ザフトやプラントに余裕は無いんだよ」

 世の中はいつでも厳しいね。

「逃げるな、リー。リベラが重傷を負ったことから、自身の責任から逃げるな。逆に、今回のことを、今、お前が感じている後悔を糧として成長してみせろ。それが、リベラへの贖罪の一つになると思ってな」
「俺に……、平均よりも能力が下の俺に、成長なんて、できるんですか?」
「当然、できる。……お前は俺以上に、家族を失った悲しみや家族を殺した相手への憎しみを経験して、それを耐える辛さを、独り残った苦しみを、そして、それを耐えなければならない現実の理不尽さを知っているんだからな。多少の苦しみなんて屁でもないだろうし、後悔の重みを知った今なら、どんなことにでも立ち向かっていけるさ」

 逆境はその人の精神が折れない限り、成長を促すからな。

「まぁ、悩んだら、エルステッドには俺以上に大人が、ゴートン艦長やシゲさんがいるんだから、相談すればいいよ」
「……はい」
「後、しっかりとルッツと、……どんなことでもいいから、話をしろよ?」
「はい。……隊長」
「ん?」
「今になって、俺を庇ってくれたアシムさんの気持ちが、……少しだけ、わかった気がします」

 アシムの気持ち、か……。

「そうか。……なら、お前は、アシムのようにならないようにするんだぞ? それが、生かしてもらったアシムへの感謝になると思え」
「……はい」

 その後、リーは俺に一つ頭を下げると、執務室から去っていった。

 ……。

 真面目な話って、特に説教染みたことだと、強烈に肩が凝るわぁ。

 固まった筋肉を解すために立ち上がって背筋を伸ばしたり、肩や首を回していると、レナがドリンクパックを両手に持って帰ってきた。

「先輩、戻りました。これ、いつものです」
「ああ、ありがとう」

 レナから、ITIGOオレのパックをもらい、一口、喉を潤す。

 ああ、チープな甘味が……、いつものように、俺を癒してくれる。

「あれ、そういえば二つだけ?」
「はい?」
「いや、飲み物」
「ああ、途中でリーに会いましたから、リーの分は渡しておきました」

 それはそれは、娘さん、しっかりしていらっしゃるのねぇ。

「リーの顔色、少し良くなってましたよ」
「その分、俺の顔色が悪くなってないか?」
「また……」

 まぁ、冗談はほどほどにしておいて……。

「……あれ、なにか、少し、先輩の顔色、悪くなってるかも?」
「ちょっ、嘘だろ?」
「はい、嘘ですよ」

 何やら、レナの奴、俺の反応を見て、とっても満足そうにしていますね。

 お、おのれぃ、レナめ、やってくれるじゃないのっ!

「うぅ、あの初めて会った時の、何事にも素直で可愛らしかったレナは、いったい何処に……」
「……前も言いましたが、誰がこうしたと思っていやがりますか?」

 えーと、レナさん、不穏な気配を出すのは閉鎖空間をより圧迫しますので、良くないと思うんですが?

「さ、さて、仕事仕事」
「……まったく、もう」

 あれだ、後悔先に立たずだよ。

 ……。

 でも、よくよく考えたら、戦時である以上は、俺達も何時、命を落としてもおかしくないんだよな。

 ……。

「レナ」
「……むぅ、何ですか?」
「プラントに帰ったら、また、飯でも食いに行くか?」
「……その前に、まだ、前の約束を果たしてもらってませんよ」

 あっ、そういえば、そうだったな。

「はは、悪い悪い。次の休暇には連れて行くよ」
「……本当ですよ?」
「もちろん。……だから、お前もドジを踏むなよ?」
「あ、…………せ、先輩こそ、無茶無謀は駄目ですからね」
「了解」

 どうやら、俺の言葉の裏を読んで照れたのか、レナは俺に顔を見せないように180度回転するが、耳まで赤くなっているのがわかる。

 そんな後輩の可愛い姿を堪能しつつ、戦隊で犠牲を出さないように、俺も持てる全てを使って努力していかないといけないな、なんてことを思った。




「じゃあ、先輩、次の食事には、前に食べた御寿司を三人前、お願いしますね」
「なん……だと……」




 同時に、財布の中身も守る努力をしなければならなくなったのには、陰で泣くしかなかった。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/12/23 誤字修正。


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