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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
55  暗礁宙域の魔物 5


「先輩、敵艦隊に突入した防衛隊が包囲されつつあります」
「ああ、それなりの規模のMSを一方的に叩ける滅多にないチャンスだからな、連中も気張るってもんだろうさ」

 複座型が観測して、各々に配信してくれる戦場の映像には、十二機のMSが、MAや150m級から次々と放たれる小型ミサイルや250m級のビーム砲、各艦の近接火砲に追い詰められていく姿が映し出されていた。

「レナ、辛いなら見なくてもいいぞ?」
「……いえ、確かに辛い光景ですが、敵の攻撃パターンや武装の確認ができますから見ますよ。それに、ここで目を逸らしたら、この映像を直視している複座型の二人に笑われます」
「そうか」

 一機、また一機とMSが火線やミサイルに絡め取られて落とされるにつれて、通信系から援軍を求める悲鳴が増えてきている。

 おそらく、この悲痛な声を聞いているのに手が出せない待機組は、さぞかし、気が滅入る、辛い思いをしていることだろう。

 ……。


 だが、俺の心は、特に波立つ事もなく、平静そのものだ。


 ……どうやら俺は、人として、どこかが狂ってきているらしい。


 以前からは考えられない程、人の死に無感動になりつつある自身に、一抹の不安と若干の恐怖を懐きながらも、一種の諦観を持って、所詮は見知らぬ他人の死だと嘯く理性の囁きに耳を傾けつつ、戦闘の推移と連合軍艦隊の動向を観察する。

「そろそろ、敵艦隊の位置がトラップゾーンの真ん中に入ります」
「ああ、頃合、だろうな」

 ……。

 始まったか。

 デブリに擬装されて、場に溶け込んでいた対艦ミサイルや爆雷が次々と起動され、暴走の果て、生餌と化していたMS隊を追い詰めることに夢中になっていた連合軍艦隊に襲い掛かった。

 罠で使用されている対艦ミサイルはFFMに積まれているものと同じものだけに一撃の破壊力が大きく、150m級に突き刺さると木っ端微塵に吹き飛ばした。また、爆雷も艦艇が接近すると起爆し、周辺に衝撃や破壊力のあるデブリを撒き散らして、大小、様々な被害を与えている。

 見る間に連合軍艦隊の陣形が乱れ、混乱状態に陥っていくのが傍目にも良くわかった。

「よし、そろそろ罠もネタ切れだ。攻撃を開始するぞ」
「はい、複座型に伝えて、交戦開始を戦隊と各小隊に伝えます」
「頼む」

 シグーが唯一装備できる対艦兵装であるM68キャットゥス無反動砲を担ぎ、敵艦隊の中央に存在しているであろう、敵旗艦の位置を探る。

 ……捉えた。

 艦隊を統括する立場上、陣形の内側にいただけあって、罠による直接的な被弾を免れているようだ。そのためか、敵の動きも旗艦周辺だけは、統制が取れているように見受けられる。

「先輩、戦隊と各小隊が交戦を開始しました。また、うち以外の全戦隊も攻撃に移るそうです」
「わかった、……俺達も仕掛けるぞ。目標は敵旗艦、狙う場所は以前にも話した通りだ」
「了解」

 デブリの陰から飛び出させ、一路、敵艦隊へと向かって加速する。

 メインモニター越しに戦域を見れば、敵艦隊外郭の艦艇は暗礁帯から、わらわらと沸いて出てきたMSや飛来する艦砲弾に対応できていない。
 MAも、暗礁帯というデブリが満ちている限定空間だけに機動を制限されており、MSの突入を阻止できず、艦艇へ取り付かせることを許してしまっているようだ。

「敵が立ち直る前に、指揮系統に致命傷を与えたいもんだ」
「できますよ、先輩と私なら」
「おうおう、凄い自信だこと……。なら、そのレナの言葉を現実にしてみせないとな」

 軽口でレナに応えた後、更に自機を加速させて、酷い混乱状態にある敵艦隊外郭部を突破し、比較的無傷の内郭部へと迫る。

 途端に旗艦の護衛らしき一隻の250m級と四隻の150m級が、これ以上の侵入は許さないとばかりに突入コースを遮り、近接火砲やビーム砲を断続的に撃ってくる。

 そうやって作られた時間に、敵旗艦は逆噴射を掛けながら、艦体を回転させて推進コースを暗礁帯から抜け出るように変更しつつあるようだった。

「やるな」
「はい、しっかりとした指揮系統ですね」
「ああ、それに中々の防御火線網だよ」

 侵入が難しいからといって、こちらも手を拱いているままではいられない。

「レナ、目の前の250m級の推進部を破壊できるか?」
「何とか、やってみせます」
「よし、なら、ある程度、こちらで敵の注意を……」
「先輩こそ、無茶をしすぎたら駄目ですよ?」

 言い終わらないうちに当たり前のように反撃するんだから、レナもベテランだよねぇ。

「了解。俺はレナが攻撃に成功するまで、近接火砲でもちまちまと潰すさ」

 レナと一端分かれて、敵艦橋を狙う素振りを見せつつ、近接防御砲の一つに無反動砲を撃ち込んで沈黙させる。

 ……。

 えーと?

 何か、おかしいな。

 俺、えらい量の火砲に……、それこそ、別の250m級や150m級からも狙われているような気がするんだけど?

 今回は派手な黄色を隠しているから、目立たってないはずなのに、不思議なこともあるもんだなぁ、と首を傾げながら、火線網に絡め取られないように細かく回避機動を行ったり、敵艦艇を背後にして仲間撃ちをさせようとしたりしていたら、レナから待望の連絡が入った。

「先輩、攻撃に成功しました。ついでに艦橋にも撃ち込んでおきましたよ」
「よくやった。……なぁ、レナ。なんか、俺、集中してっと、危ないなぁ、……俺、狙われてないか?」
「……そう言われてみれば、確かに、先輩を狙うように火線網が動いているような?」

 俺の自意識過剰なら良かったのに……。

「なんで、こう、毎回毎回、狙われるんだ、俺?」
「えーと、たぶん、そのカモフラージュが悪いんじゃ?」

 あれか、あの野郎、フザケタ格好をしやがって、俺達を舐めてるのか、って奴か?

「俺、泣いてもいいかな?」
「冗談を言ってる暇があったら、早く敵旗艦を狙いましょう」

 うあっ、バッサリ切り捨てられた!

「はいはい、レナ様の言う通り、精々、働きますよ」
「何、やさぐれているんですか、もう。少しは真面目にやってください」
「いや、これぐらいの冗談は許してくれよ。……緊張しすぎると動きが直線的になるからさ」

 何か、しっかり女房に言い訳している駄目亭主な気分だ。

「先輩はリラックスしすぎです」

 そ、そんなことないよ?

 一所懸命、文字通り、命が懸かっているんだから、冗談は口だけで、実際には真面目にやってるよ?

 そんな趣旨を口に出そうとしたら、レナを狙うように、その背後へとするすると動いていた150m級がいたので、ランチャー部に無反動砲を撃ち込んで誘爆を起こさせて、沈めておく。

「レナ、喋ってもいいけど、周囲の確認はしっかりしろよ? 油断駄目絶対駄目」
「う~、先輩がへらへら喋ってるから悪いんです」

 はい、その通り。

「まぁ、その辺は、俺の僚機になった時点で諦めてくれ」
「……そうでした」

 いや、そんなにすんなりと受け入れられるのもちょっと……。

 そんな思いを胸に、二機して、MSの背後に先程の攻撃で推進部を破壊した250m級を背負うように動いて、敵からの攻撃を躊躇させつつ、周辺の敵目掛けて無反動砲を撃ち込む。結果、残る三隻の150m級の中、一隻を沈め、二隻の推進部を破壊して航行不能にできたので、当面の脅威は去ったといえよう。

 今度こそ、敵旗艦を狙いに動こうと考えていたら、レナの声が再び聞こえてきた。

「それで先輩、自分が集中的に狙われる可能性が高いのがわかっても……、それでも、まだ、旗艦を狙いに行くんですか?」
「ああ、もちろんだ」

 戦闘が早く終われば、自然、犠牲も減るはずだからな。

「……をしなくても」
「どうした、レナ?」
「先輩、わざわざ危ない橋を渡らないで、他の人に任せませんか?」

 ……それは本当に、魅力的で誘惑に駆られる素敵な言葉だね。

「レナ」
「は、はい」
「そうしたいけどね、俺にも責任ってものがあるんだよ」

 背負いたくなくても、背負わされたものでも、責任は責任。

「皆を危険な場所に引き込んでいる隊長がさ、一番の危険に飛び込まないで、誰が付いて来るんだ?」
「そ、そんな理屈っ! さっき、高笑いしていた人と何ら変わらないじゃないですかっ! それが通用するのは大昔のことでっ、今の時代には合わない、時代錯誤過ぎる考えですよっ!」

 はは、さっきの高笑い野郎と変わらないか、これはまた、手厳しい。

 けど、確かに、指揮官陣頭なんて、時代錯誤な上に馬鹿げているとは思う。

「レナ」
「……はい」
「俺はさ、一部隊を率いる隊長になったとはいえ、他のエリートさん達と違ってさ、所詮、元々が緑の、それも一介のMS乗りの、三十にすら届かない若造だからな。自分の力を、自身の背中を、付いて来てくれる皆に見せないと駄目なんだよ」
「……先輩」

 今、俺、格好いい事言ってる、だなんて、自分に酔っている気がしないでもないが……、これが偽りのない本心だ。

 それに、これも感傷、……一種の自慰に過ぎないんだろうが、前線に立つ事で、自らの手が血に塗れていない等と言う幻想を懐く事もなくなるしな。

 そういう意味では、時代錯誤は大いに結構なことだ。

 ……。

 俺は他人を殺してでも自分が生き残りたい、ただの人に過ぎない。

 でも、だからと言って、戦争だから仕方がない、という言葉を免罪符に、他人に死を強いた現実から目を背ける訳にもいかないし、その業罪は背負わないといけないものだろう。
 そして、この背負うという言葉も言葉にするだけでは駄目で、俺が与えた死には……、俺が生き残った事に意味があったと、どんな小さな事でもいいから、何らかの行動を、何らかの足跡を残すように努力していかなければならないとも思う。

 もっとも、その足跡を残す前に俺が死ぬことだってあるだろうし、それもまた、生命が次代へと紡がれていく中で、当然に起きる、一つの現実だとも言えるだろう。

 ……まぁ、所詮は、殺された側やその遺族から見れば、生者の傲慢や自己正当化以外の何物でもない考えだろうけどな。

「さて、レナ、こういう真面目な話はエルステッドに帰ってからでもできる。今は、為すべきことを為すぞ」
「……了解です」
「よし、行くぞ!」
「はいっ!」

 250m級の陰から飛び出して、旗艦直掩に当たる他の250m級や150m級の防御火線網を潜り抜けるべく、回避機動を取りながら転回を終え、加速し始めている300m級に向けて突入する。
 敵の射線を絞らせないように、出来うる限り気紛れに動きを変化させるが、その度にかかるGが身体を痛めつけてくれる。

「俺は、頭を、潰す! レナは、射出口……いや、推進部を、狙えっ!」
「了解!」

 いつの間にか射出口付近に増設されていた近接火砲群に無反動砲を撃ち込んで、少しでも自機の危険を減らしながら、できるかぎり旗艦に接近し、艦橋付近を目掛けて、無反動砲の残弾全てを撃ち尽くすまで砲撃を加える。

 三発の中の一発が艦橋に命中して吹き飛ばし、合わせて周囲の敵の動きも俄かに乱れたっ!

「先輩、攻撃に成功しました!」
「先に離脱しろっ! 後方は俺が掩護する!」
「了解っ!」

 レナの離脱支援のために、弾が無くなって用済みとなった無反動砲を至近の250m級に投げつけて、また、カモフラージュ用のデブリを周辺へと撒き散らしながら脱装して、より目立つ機体色でもって、こちらに注意を引きつつ、腰部後方マウントに装備していた重突撃機銃に換装する。

 瞬間、間があったが、ちゃんと擬装を解いた効果はあったようで、火砲群は離脱するレナを無視して、再び、俺を狙い始めた。

 それらを回避しながら、今現在において、最も脅威である250m級ばかりに意識を向けていると、突然、足元の近接砲が旋回し始めたので、咄嗟に射撃を加えて沈黙させる。

 残念な事に、どうやら、まだ旗艦は生きているようだ。

「あ~、艦橋を潰しただけじゃ、やっぱり、落しきれんか。……ここは、素直に逃げた方がいいな」
「先輩! こっちはもう大丈夫ですっ! 支援しますから、早く離脱をっ!」
「了解、離脱する」

 って、こりゃ、本格的に、落しにきてるな。

 旗艦を攻撃した俺への復讐を果たすためか、火線が、最低でも十近くの艦艇の武装が俺を狙っている。しかも、確実に仕留められるようにか、わざわざ、御丁寧に逃げるべき穴まで用意してくれている位だ。

 徐々に閉じつつある火線網を前に、取るべき道を考えてみる。

 ……。

 ここは、天邪鬼的な行動で、翻弄するのが吉か?

「先輩っ! 何をっ!」

 よって、気違い染みたように、最寄の250m級の艦橋を掠めるような進路で逃げることにした。

 俺の予想外な行動に戸惑ったのか、敵も後追い射撃になっているようなので、ついでに、こちらもお返しとして、艦橋付近を通過する際に機銃を撃ち込んでおく。

 ……でも、その250m級を越えた先には、また、別の150m級と250m級が存在したりする。

 こうも包囲されていると、結局は危ない状況が続いていることに変わりはないな。

「レナ、すまんが支援を頼む」
「先輩、あんな行動をとるなんて……、こっちは心臓が止るかと思いましたよ」

 レナが無反動砲を、俺の進路近くの250m級と150m級に立て続けに撃って注意を引いてくれたので、こちらに向かう火線の量が大きく減り、その隙を突いて、機体を一気に加速させて内郭部から出ることができた。

 ……。

 周囲にMSの姿が見え始めたことで危険地帯から遠ざかったと判断し、一息を入れながら、支援してくれたレナに感謝の言葉をかける。

「レナ、助かった、ありがとう」
「当然のことをしただけです。……けど、あんな機動はやめて下さい、本当に、心配したんですからね」

 レナと言葉のやり取りをすることで心拍のクールダウンを行いながら、複座型から送られてくる情報……、把握しきれていない現状を確認するが、うちの戦隊から撃墜された奴は出ていないようだ。

「いや、いかにも逃げてくださいなんて、道を開けられると、明らかに何か狙ってるって疑わないか?」
「……普通の人なら、そんなことを考える余裕もなければ、断続的に撃ってくる敵に正面から突っ込むような度胸も、普通なら、そう、普通の人なら、絶対に、ありません」

 がーん。

 レナに、あんた、絶対に普通じゃないわ、変人よ、H・E・N・Z・I・N、って言われた。

「……先輩?」
「うぅ、最初はあんなに愛くるしく、真っ白に素直だったレナが……、こんなにも黒く、人が悪くなるなんて……」
「そ、そんな風に私を染めたのはっ、誰の責任ですかっ!?」

 誰だろう?

「もうっ! いい加減、冗談はそれぐらいにしておいてくださいっ! それよりも、複座型や戦隊からの情報だと、敵艦隊は撤退を開始しています」
「そりゃ、罠に嵌ったんだから、食い破るか逃げるかしかないだろうさ」
「……でも、こんなに一方的に叩ける展開に持っていけたのに、どうして、駐留艦隊は攻撃を仕掛けたんでしょうか? 最初からこうしておけば、かなり被害が少なくて済んだのに」

 確かに、先の駐留艦隊がしたような正面から力と力のぶつかり合いは、一番最後の最終手段であって、そこに至るまでは、自分達が有利になるように知恵を、持てる能力の全てを尽くさないといけないと思う。

 そもそも、俺達は知恵のある人なんだから、獣と同じような行動をしていたら、初めて道具を使用した、遠い御先祖に笑われるぞ。

「レナ、過ぎたことだ、割り切れ」
「ですが……」
「なら、今日の経験を糧にして、成長しよう。いかに犠牲を少なくするか、考え続けるんだ」

 あ~、説教なんて、らしくないなぁ。

「とにかく今は、今後、敵が世界樹の種に手出しする気がなくなるように、叩けるだけ叩く」
「……そうですね、わかりました」
「よし。なら、味方の掩護に向かうぞ?」
「了解です」

 後は、敵が、……連合軍が降伏するか壊滅するまで戦闘を続けるのみだが、勝敗が決まった以上、できれば早く終わって欲しいもんだ。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。


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