第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
54 暗礁宙域の魔物 4
2月24日。
デブリ帯外縁部までそろそろと動いていた連合軍艦隊が、覚悟を決めたように、これまでの動きとは一線を画する動きで暗礁宙域に侵入し始めた。
おそらくは、こちらに援軍が接近していることに気が付いて、進むか引くかの決断を……尻に火をつけられたか、或いは、L5外縁部で月を狙うような動きを見せているザフト艦隊が煩わしくなった月の司令部あたりから、政治サイドに言い訳が立つくらいに一当たりして、何らかの成果を出すように、また、こちらの戦力を測る生贄もとい威力偵察を実行しろとでも、命令が出たのだろう。
まぁ、その決断に至る時間が、僅か一日未満とはいえあったから、こちらの準備もそれなりにすることができた。
後、付け加えれば、連合軍艦隊が通常の侵入方法を取ったとわかった時、一つ、憂慮していた事がなくなって、ホッとしたものだ。
とはいえ、侵入してくるのは、300m級一、250m級十、150m級五十二からなる六十隻以上の艦艇を、一級の打撃力を有する艦隊であり、機動戦力であるMAも、先の逆撃の際に四十近くを落としたとはいえ、補充が為されている以上は、定数まで揃っていると考えた方が無難だろう。
侮ることができない戦力なのは確かだ。
対するこちらには、援軍の三個独立戦隊が到着しており、それぞれが、暗礁帯内に存在している大型デブリの陰に隠れて出番を待ち受けている。また、当然ながら、俺達の戦隊もまたデブリに紛れ込んで、作戦開始の時を待っている。
そして、肝心の作戦だが、連合軍艦隊の暗礁帯への侵入が確認されたため、防衛隊司令部が用意していた四つの作戦パターンの中からC案が採用された。
C案とは、敵艦隊がトラップゾーンの中程まで到達したら、対艦ミサイルや爆雷からなる罠を大々的に作動させて連合軍艦隊を混乱状態に陥れ、そこを正面から防衛隊のMS隊が、側面から駐留艦隊が艦砲とMS隊でもって攻撃を仕掛けるというものだった。
しかしながら、今回は駐留艦隊が消耗しているため、側面からの攻撃は、援軍の独立戦隊が一個戦隊ずつ、射線が重ならないようにしつつ、連合軍艦隊の仰俯角及び左右舷方向を担当することになっている。
というわけで、戦隊MS隊も出撃しており、連合軍艦隊がトラップゾーンに入るのを、今か今かと気忙しく待ちながら、デブリの陰に隠れて待機している。
無論、俺もいつものようにMS隊の隊長として乗機であるシグーで出張っているのだが……、色が色だけに目立つと不味いだろうということで、シゲさん達整備班が工夫して、着脱可能なカモフラージュ、デブリによる偽装を全身に貼り付けられている。
そんなカモフラージュ後の機体を見た戦隊員達からは、まるでデブリの塊が生き物のように蠢いて見えると非常に好評(?)だったのが、少し悲しかった。しかも、あまりの物珍しさからか、記念撮影をしていた主計班員に、隊長も一緒に写りませんか、後でお渡ししますよ、だなんてことを言われたくらいである。
蠢く謎の物体(笑)と化したシグーの中、その時の事を思い出し、所詮、俺はイロモノさだなんて、少々やさぐれた気分で、サブモニターに映った複座型の二人から連合軍艦隊の動向を聞いている。
「隊長、敵艦隊の先頭、150m級とMA部隊がトラップゾーンに入りました」
「他の戦隊や防衛隊への連絡は?」
「今、ロベルタが入れました」
「了解。……スタンフォード、フェスタ、今後もお前達が送る位置情報が頼りになるからな、しっかりと頼むぞ」
「わかりました」
「隊長、任せてください!」
相変わらず、スタンフォードはクールだし、フェスタは元気がいいねぇ。
そんなことを考えていたら、不意にフェスタが真剣な表情になって、世界樹の種で作戦を統括しているリューベック司令から俺宛に緊急で通信が入っていることを告げてきた。
「リューベック司令が緊急通信?」
「はい、至急とのことなので、すぐにリンクさせたいのですが、いいですか?」
「ああ、うん、いいよ」
フェスタの顔が消えて、リューベック司令の苦渋に満ちた、眉間の縦皺がこれでもかというくらいに深く刻まれた顔がサブモニターに現れた。その顔を見た瞬間、マズイ事態が起きていることを瞬時に悟らせてくれる。
「……すまない、ラインブルグ隊長」
「ちょ、……内容もなしに、いきなり謝罪ですか?」
「スンの中隊が勝手に持ち場を離れて、敵艦隊に向かっておる」
……はぁ?
「え、と、冗談、ですよね?」
「冗談ではないのだ、これが……、直情馬鹿だとはわかっていたが、ここまで考えなしだとは思ってもいなかった」
「も、もしかして、あれですか? 先陣を任せたって言われたから、勝手に先陣の意味を解釈して動いているってことですか?」
「……おそらくな」
えーと、こんなとき、どうすればいいか、わからないよ。
……とりあえず、笑えばいいのか?
……。
いやいや、笑えない冗談を考えている余裕はないって、俺っ!
「えー、あー、リューベック司令、……どうしましょう?」
「それを相談したいのだ」
「こちらの呼びかけには応答しないのですか?」
「返ってくるのは、奴の自信に満ちた勝手な言い分による自己正当化と高笑いだけだ」
なん……だと……?
自分が勝手に動くことで、作戦全体を破綻させ、味方を危険に晒す事を認識しないどころか、自己正当化をして、高笑いをしている、だと?
……。
いや、まぁ、俺の熱くなった感情は一時棚上げしてだな、この暴走は下手をすれば、今回の作戦で重要になる連携とタイミングに影響して、他の部隊にいらない被害が出てしまうぞ?
……。
でも、待てよ?
逆に考えると、味方との連携もなく単独で、何の考えもなく突撃して行くとなると、こちらが我慢さえすれば、当然、罠やこちらの動きを警戒しているであろう連合軍の油断を誘えるんではないだろうか?
つまりは、周辺への警戒を薄める良い餌に、囮になるかもしれない。
……。
馬鹿の中隊に所属している連中には悪いが、ここは冷徹に切り捨てて、捨て駒にした方がいいかもしれないな。
「リューベック司令、その連中を囮に使って、連合軍の油断を誘い、可能なら誘引させましょう。連合軍が件の中隊を包囲殲滅に、仕留めに掛かった所で予定位置よりもずれていても構わないから、罠を発動させる。そこを、……連合軍が混乱した所を、一気に叩きませんか?」
「……最早、それしかないのか?」
「作戦開始までの後僅かな時間では他に考えつきませんし、もしも、ここで作戦を中止すれば、世界樹の種自体が危険にさらされます」
「そうか。……まさか、このような独断専行を許すことになるとは、やはり、これも階級制度がないことが原因なのだろうか?」
「殆どは、独断で動いた馬鹿が原因ですが、司令が言われたとおり、階級制度がないことが、それを助長させている面もあると思います」
前々から思っていたんだけど、ザフトの制服制度というか、階級制度がないのって、デメリットの方が多いと思うんだよね。
訓練所、……士官学校では、ザフトに階級制度がないことの理由として、コーディネイターである個々人が、それぞれ高度な判断力を持っているから大丈夫なんだ、なんて偉そうに説明していたけど、それは全員が全員、共通した認識を持っていて、かつ、それが徹底的に浸透していればの話だ。
そんなことを、気位の高くて自分こそが最高だなんてことを思っているのが多いコーディネイターが、できると思うか?
今みたいに、個々人の勝手な判断や暴走を許すに決まっているさ。
それにだ、そもそも、個々人が判断して為したことへの責任の所在が曖昧になり易いことも非常に問題だ。俺は、機会があれば、地上軍の連中に、ビクトリアでの捕虜虐殺の責任を誰が取るのか、是非とも聞いてみたい。
まぁ、実際に聞いたら、どうせ、碌な答えが返ってこないだろうがな……。
とにかく、俺は、絶対に、制服制度を廃止して、階級制度を導入すべきだと思う。
……。
いや、こんなことを考えている場合ではなかったな。
「リューベック司令、……このような無様な意見しか出せず、申し訳ありません」
「いや、スンの行動を、自制心の無さと自尊心の強さを読み切れなかった、私の責任だ。ラインブルグ隊長は気にする必要はない。……作戦の基本に変更はない。敵艦隊が"囮"を包囲殲滅或いは類する行動に出た際に、罠を発動させてから攻撃を仕掛けると、他の戦隊や中隊からの問い合わせがきた場合、伝えることにするよ」
見殺しにしろって非情な進言をしておいてなんだけどさ、その決断を下した責任を、切り捨てた命が散る責任を背負わなければならない、リューベック司令の苦悩に満ちる顔を見ていられないよ。
……本当に、居た堪れない。
そんな俺の苦境を救ってくれたのは、僚機として常時通信が接続されているレナからの悲鳴に似た報告だった。
「先輩っ! ぼ、防衛隊が罠の作動前に攻撃を仕掛けましたっ!」
「わかった。……では、リューベック司令、罠の発動タイミングはお任せします」
「ああ、その後は君達に任せる」
「了解です」
リューベック司令との通信が切れて、サブモニターには、再びフェスタの顔が浮かび上がった。
「フェスタ」
「はい、隊長」
「他戦隊と、エルステッドとハンゼン、それに各MS小隊長に罠が発動するまでは、絶対に動くなと伝えてくれないか? 何が起きても、何を聞いても、どんなに動きたくなっても、罠が発動するまでは絶対に動くな、一部隊が仕掛けたのは相手の油断を誘う罠の一環、自ら志願しての"囮"だと、ラインブルグが言っている、ってな」
「……はい」
「頼む」
サブモニターの画面からフェスタ達が消えると、残りはレナだけだ。
「レナ」
「はい」
「今回は大物を狙う」
「……旗艦ですか?」
「ああ」
連合軍艦隊の要である旗艦を落して、指揮系統を更なる混乱に追い込む事が、味方の犠牲を減らすのに最も効果的だろう。
「わかりました。お供します」
「すまんな」
「いえ、先輩とコンビを組むんですから、それぐらいのことは簡単にこなしてみせますよ」
「ははっ、言うねぇ」
……さて、過ぎ去った時間は戻らないし、悔やむことは後でも出来る。
ここは為すべきことを為すことに、集中すべきだろう。
どのみち、暴走した輩は己が命で、作戦に参加した部隊を危険に晒した代償を払うんだからな。
「さぁ、同士達よっ! 今こそ、攻撃の時だっ! 私に続けっ!」
……その馬鹿が、通信系で咆えてやがる。
しかも、自己陶酔の極みと言っても良い位の興奮と充実感に満ちた声音だから、余計に、怒りがこみ上げてくる。
何が攻撃の時だ、何が私に続けだ、馬鹿野郎め……。
「さぁ、早くっ! 攻撃をっ!」
もしも、共用回線でなくオープン回線でほざいてやがったら、俺が直接引導を渡しているところだぞ。
「ど、どうしたのだっ! 何故、続かないっ! 同士達よっ! 私と共に敵を倒すのだっ!」
扇動染みた声に、もう一度、念のために、戦隊の通信系に命令を伝達しておく。
「各機、まだ、動くなよ。動くのは、罠が発動した後だ」
「で、ですが、隊長。味方が……、このままだと味方がやられます! なのに、どうして、動かないんですかっ!」
「いいか、リー、あれは"囮"だ。ここで下手をすれば、作戦全体が崩れる。だから、……我慢しろ」
「しかしっ、あの勢いを利用すればっ! 流れはこちらに傾きますっ! ここは臨機応変にっ!」
「そして、本来は無用の、必要以上の犠牲を生むのか?」
「ッ! ど、どうして、隊長は……、そんなに……」
その後に、リーがどう続けようとしたのかはわからないが、おそらくは、俺を非難する内容だろうな。
……。
まぁ、何の因果か、部下の思いを封殺するのも仕事だし、仕方がない。
そんな言い訳を胸に、モニター内で繰り広げられる戦闘を見つめ続けた。
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