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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
53  暗礁宙域の魔物 3


 俺達が損傷艦を伴なって暗礁宙域内の世界樹の種に引きあげた後、案の定というか、連合軍艦隊がそろそろと前進し始めた。その宇宙艦艇として非常に遅い前進は、先の戦闘での終盤に逆撃を受けて被害を受けたことから、こちらからの襲撃を過度に警戒してのことだろう。

 その連合軍艦隊の内実だが、定点観測衛星や偵察衛星から送られてくる情報から、増援が到着して増強艦隊規模……旗艦級である300m級一を中心に、250m級が十、150m級が五十二に、再編された事が判明している。

 おそらくは、月の連合軍司令部が勢いに乗っている今こそが攻め時とでも判断しての増強だろうが、この結果、L1における戦力比は、比較的、連合軍が有利な方向へと傾いている。

 ……けれども、そんなことは元から、戦争が本格的になる前から予想していたことであり、今更なことだ。

 今の俺としては、艦艇増加によって開いた戦力差よりも、連合軍艦隊が暗礁帯内部まで侵入してくるか否か、侵入の際にどのような方法で入ってくるかに、注視している。

 もしも、連合軍艦隊が暗礁帯に侵入せず、外縁部で包囲するような形で展開するならば、味方の援軍を待ってから攻撃を仕掛けようと考えている。
 援軍到着までの待ち時間、俺達は連合軍艦隊を丸裸にするつもりで、艦艇の位置座標や数、その行動に関する情報を収集しておく。また、仮に連合軍が援軍を察知したりして、撤退をしようとしたり、援軍への迎撃を行おうとするならば、援軍が到着するまで様々な嫌がらせを行って、行動を妨害し、引き止めるつもりだ。
 そして、援軍が到着したら、連合艦隊を暗礁帯に押し付ける形で逆包囲を仕掛けてもらう。この動きに対して、連合軍艦隊が反転してこちらの援軍に攻撃を仕掛けるようとするなら内側から大々的に攻撃を仕掛ければいいし、逆もまた然りだ。
 後この時に、援軍側の包囲線にわざと隙間を作っておけば、連合軍の行動を誘導できる可能性もあるだろう。その脱出回廊に火線収束点を儲けることで、確実な撃破が望めるだろうから、上手く嵌れば、一方的な殲滅戦が展開できるはずだ。

 逆に、暗礁帯内部に侵入しようとするならば、デブリに満ちた地の利を、MSの優位性を生かして襲撃を仕掛けたり、世界樹の種防衛隊が真心を込めて構築した"お持て成しの精神"でもって、大いにお持て成ししたりして、自分達の勇敢な……もとい軽率な行動の対価として、後悔と恐怖をタップリと味わってもらい、最終的にはお命を代価に頂こうと考えている。

 もっとも、先の二案はあくまでも連合軍が何も考えず、普通に侵入してきた場合だ。

 別の可能性、……デブリを排除しながら侵入してきた場合、こちらは最大の危機を迎えるだろう。

 何故なら、ビーム砲等でデブリが排除されるということは、こちらの罠も排除されるということにつながり、同時に、MSの優位性である融通の利く運動性を活かせる環境が破壊されるということでもあるからだ。

 ……少しでもこちらが苦労しなくていいように、できれば、連合軍艦隊の提督様には常識に囚われてもらって、極々普通に侵入してきて欲しいものだ。


 ◇ ◇ ◇


 世界樹の種宇宙港のすぐ近くに設けられている防衛隊司令部で、うちの戦隊から、俺と半分以上は数合わせの意味合いでゴートン、フォルシウスの両艦長が、防衛隊から、リューベック司令とMS隊の中隊長三人が顔をあわせ、今後の方策について話し合っている。

「では、ラインブルグ隊長は敵の行動に応じて、こちらも相応に動くべきだと考えるのだね?」
「はい、リューベック司令。現状、攻めるにしてもこちらの機動戦力が足りませんし、最新の情報では連合軍艦隊には増援が行われているようですから、先程、述べたように、ここは相手の出方を見て動くべきかと思います。作戦の細部は動きを見て、臨機応変に決めて行くしかないでしょう」
「ふむ、それならば、予想される敵の動きに合わせて、我々防衛隊が研究している迎撃パターンをベースに、幾つかの作戦を組み立てておくか。それらが出来上がり次第、そちらにも伝えよう」
「ええ、それはいいですね。是非、お願いします」

 俺の賛同に一つ頷いたリューベック司令が、眉間に刻まれた皺を更に深く寄せて、司令部備え付けのモニターの一つを睨む。

 そこに映し出されているのは、世界樹の種宇宙港と併設された簡易ドックの様子だった。

 宇宙港内を修理資材や補給物資を運ぶランチが頻繁に行き来し、簡易ドックでは、ドック員らしきノーマルスーツやドックの備品であるプロトジンが損傷艦の周りを飛び回っていることから、先の戦闘で損傷した三艦が急ピッチで修理されていることが伺える。

 こんな具合に、うちがちまちまと損傷艦を修理しているのに比べて、連合軍は凄いの一言だ。何しろ、月軌道上に先の戦闘で損失した分以上の補充艦艇を次々に打ち上げたんだからな。

 ……本当に、連合の強大な建艦能力と無限に思えてくる回復力って、恐ろしいよ。

 まぁ、とはいえ……。

「……連合軍に増援が行われたとはいえ、実際に接近しつつある戦力が一個艦隊よりも少し多い規模で済んでいるのは幸いでした」
「そうだな。これも、ヤキン・ドゥーエの艦隊が全力出撃して、月方面を扼すように動くことで、月の連合軍に心理的な圧力と牽制を入れてくれているおかげだ」
「本当に、粋な支援ですよ。……これで援軍が到着すれば、言うこと無しです」

 しかしながら、月に睨みを効かせている機動艦隊からの支援というか援軍は、これ以上、期待できないだろう。リューベック司令も俺と同じことを考えていたのか、こちらに来ることになった援軍について、話し始めた。

「機動艦隊が月を牽制している以上、そこからの援軍は期待できないだろうが、独立戦隊が、地球-L4間で通商破壊に動いていた二つとプラントから三つで、計五個が来てくれるから、ほぼ一個艦隊の戦力が増援に来ることになっている」

 独立戦隊の方が、各要塞に駐留している正規艦隊よりも実戦の空気に馴染んでいるから、こちらも連携しやすいから助かる。

 ……にしても、連合軍の戦力再編が終了するのはもう少し先だと思っていたんだけどなぁ。

「しかし、連合軍も先の戦闘で一個艦隊を消耗しているはずなのに、こんなすぐに、よく出てくる気になりましたね」
「いや、だからこその攻勢だろう」
「……政治サイドからの圧力が掛かった?」
「私の推測だがな。……実際、連合の指導部から見れば、先の低軌道での大敗は、ビクトリア失陥と同じ位に気に食わないことだろう。小さなものでも良いから、市民に連合軍が健在だと示す、何らかの成果を上げるように、連合軍に相当の圧力を掛けたはずだ」

 だが、と一旦言葉を切った、リューベック司令は更に言葉を続ける。

「そのような理由があったと仮定しても、私としては、今回の攻勢が通商破壊にあたる戦隊の交代時期と重なったのが気に掛かる」
「ここの情報が漏れていると?」
「その可能性が高い。……ここを利用しているジャンク屋あたりがうちの隊員から上手く聞き出して連合軍に売りつけたか、連合軍自身が観測と予測でもって周期を割り出したか、それとも、その他の要因があるのか……。とにかく、これへの対応も今後、考えていく必要があるな」

 拠点司令って仕事も大変だなぁ、なんてことを考えながらも、これだけのことを即座に考える事ができる人なのに、何故、中央にいないのか、不思議に思う。

 以前、リューベック司令に関する情報をザフト内に広がっている様々な情報網から引き出してみたことがあるのだが、ここの司令に着任する以前は、ザフトでは驚く程に軽視されている後方支援関連……兵站部に回されていたらしく、少ない人員で効率的に兵站が機能するよう、ロジスティックスを構築していたそうだ。

 そのことをそれとなく話題に出した時は、曰く、上に噛み付きすぎて後方で干されていたんだよ、って冗談めかして笑っていたが、……やっぱり、考え方が、プラント万歳! ザフト最強! コーディネイター最高! って、能天気なお題目を信奉している、ザフト内の主流派から外れているってこともあるんだろうなぁ。

 ……だが、前線に立っていた俺達は、リューベック司令が後方に回されていたことを、ザフト上層部ではなく、悪戯な運命の女神と腐ることなく職務を果たしていた司令に感謝するべきだろう。

 なんとなれば、俺よりも何気にザフトの内情に詳しいゴートン艦長がしてくれた補足によると、ザフトが戦争開始直後から、思い通りに、立て続けに、作戦を遂行できたのは、また、作戦中に部隊が飢える事も物資の欠乏にも悩まされることもなかったのは、リューベック司令が必要な所に必要なモノを必要な分だけ、途切らせることなく送り届け続けてくれたからだそうだ。

 その、寝る前に必要なモノを注文しておいたら、起きた頃には届いていた、だなんて、あまりにも水際立ったシステムを構築し、運用していたことから、兵站の大切さを知る有志……黒服連中が敬意を込めて、リューベック司令に渾名を付けたそうだ。

 その名も、プラントの妖せ……げふげふん。

 ……司令は何とも自身のイメージに合わない可愛らしい渾名が嫌いだそうだから、取り合えずは、兵站王(仮)とでも言っておこうか。

 と、とにかく、初期の攻勢を裏方で支え続けてくれた、最大の功労者なのだ。

 ……。

 でも、もしも、この人が……お上にも臆することなく噛み付けるような、この人が、裏方ではなく中央に……上層部にいたら、クライン議長やザラ委員長を牽制して、四月馬鹿は起きなかったんじゃないだろうか?

 ……。

 仮定の話は、考えれば考えるだけ、虚しくなってしまうだけなので、話を元に戻すべく口を開く。

「まぁ、リューベック司令、今後の対応については、後程……」
「おっと、そうだったな。……とにかく、今回に関しては援軍の目処は立った」
「ええ、後は、連合軍の動きがどう変化していくか、ですね。……できれば、援軍到着まで動きがない方がこちらとしては助かります」

 そんな俺の考え方が気に食わなかったのか、或いは、防衛隊ではない余所者に会議の主導権を握られたのが嫌だったのか、MS中隊長の一人、大柄な東洋系の人物が語勢を荒げて食って掛ってきた。

「貴様っ! そんな考え方でどうするっ! 例え、数で負けていようが、我々ザフトがナチュラル如きに負けることなどありえないっ! だいたい、攻めずには戦いに勝てるわけがないだろう!」

 ……こいつは今までの話を聞いていたんだろうか?

 そもそも、俺達が話し合っていたのは、どう動くべきかという作戦についてであって、そんな精神論は必要としていない。

 何とかして欲しいと、リューベック司令に軽く目配せしてみる。

「では、スン隊長。君はどのようにするべきだと、考えるのだ?」
「もちろん、拠点戦力の全力でもって出撃し、ナチュラル共の艦隊を蹴散らすのですっ!」

 いや、そんな自信満々に言わなくてもわかってるから、……どうやって?

 まるで俺の意を汲んだかのようなタイミングで、リューベック司令がスンと言う名の中隊長に先を促した。

「……どのように?」
「我ら優良種たるコーディネイターによって構成されているザフトの前に敵はおりませんっ! 真正面からぶつかっても余裕で粉砕することができるでしょう!」

 ……なら、さっきの戦闘はどうなる?

「そんな当然のことさえも為しえない、先の駐留艦隊の、劣等種たるナチュラルに負けた、あの体たらくはっ、ほとほと情けないっ! 私が! このスンが出ていればっ! あのようなことには、決してならなかったでしょう!」

 …………あぁ、何か、頭痛がしてきた。

 そんな、あんた一人が出て行っただけで、簡単に勝てるならさ、今頃、プラントは戦争に勝ってるよ。

 そもそも、少数で多数を破るなんて考え方は、名声や賞賛を得たい夢想家や現実を知らない馬鹿が追い求めるもの、或いは、追い詰められた鼠が猫に噛み付くように、ある種、一か八かのような末期的なもの、……飾らずにいえば邪道であり、本来は、敵よりも多い数を揃えて叩き潰すことが基本なのだ。

 今まで、戦力的に劣っているザフトが優勢だったのは、ニュートロンジャマーによる撹乱とそれの状況下で力を発揮できるMSというアドバンテージがあっただけのことであり、連合にMSの影が見られる以上は、今後、それも失われていくだろう。

 そして、優位を失ったプラントは、地球連合の数の力の前に、確実に敗北する。

 だからこそ、何とか"悲惨な結果"を迎える前に講和して、停戦か終戦に持ち込みたいのだ。

 ……なのに、こんな阿呆な了見を持った奴が白服を、……中隊長を務めている、だと?

 ザフトというか、プラントのコーディネイターは、絶対に戦争を舐めてるよ。

「よろしい。ならば、スン隊長の部隊には、戦闘が発生した際には先陣を切ってもらう。……それでいいか?」
「はっ! ありがとうございますっ! このスンが見事に先陣を切り開いて見せましょう!」

 おーおー、嬉しそうな顔をしちゃって、お前は先陣を切ることを喜ぶなんて、いつの時代の人間なんだ?

 まったく、プラント社会というか行政局や保安局で鍛えられたポーカーフェイスがこれほどまでに役に立つとは思わなかったよ。そうじゃなかったら、今頃、何ともいえない表情に歪んでいたはずだ。
 ちらりと隣に立つ二人の両艦長を見てみると、ゴートン艦長はいつもの茫洋とした表情を浮かべているし、フォルシウス艦長もいつも以上に慇懃な態度で感情を隠している。

 うーん、ここらは流石は年の功といったところか……。

「ホワイト隊長とヴィレール隊長は、何かないかね?」
「俺もそれで良いと思う」
「ええ、私も特にありません」

 ……なんというか、リューベック司令の問いかけに対する残りの中隊長……俺と同年齢位の二人が返した投げやりな答えから、早く話を打ち切りたいって雰囲気が伝わってくるんだけど?

「では、基本的に、我々は援軍が到着するまで敵の動きに応ずる形で動くことにする。また、作戦の原案については、司令部で作成し、追って知らせる」
「ラインブルグ戦隊、了解しました」
「スン中隊、了解しましたっ!」
「ホワイト中隊、了解」
「ヴィレール中隊、了解です」

 後は、ザフトお決まりの決め台詞を唱和して終わりだ。

 一番声が大きかったのは、誰かはわかると思う。

 ……。

 結局、例の大声が目立つ……ソン、だったかな? ……とにかく、あの中隊長はまともな作戦案を出すことはなかったし、どうやら、俺に反論したのは、注目を浴びたい、自己顕示がしたいだけだったようだな。

 ……はぁ、良い意見が出るかもしれない、だなんて、何気に期待していた俺が馬鹿だった。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。


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