第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
52 暗礁宙域の魔物 2
世界樹の種に連合軍艦隊発見の信号を送ったら、折り返しで援軍要請と共に通信を求める信号が届いた。信号に応えて俺が通信に出ると、相手は顔馴染でもある世界樹の種の防衛隊長兼務司令だった。
その小柄だが巌の如き身体をしている司令の話では、暗礁宙域外縁で訓練を行っていた駐留艦隊が、L1外縁部で敵を迎え撃つために既に進出しているとのことだった。付け加えれば、敵に関する情報収集と援軍の到着を待つべきだと主張する司令の帰還要請を振り切っての迎撃行動らしい。
……とりあえず、一言、言わせてもらいたい。
「連中は、なんで、そんなにヤル気満々なんだよっ!」
何をとち狂ってやがるっ、駐留艦隊の連中はっ!
大量のトラップが構築してあって、かつ、地の利もある暗礁宙域に引き摺り込まずに、しかも、援軍も期待できる状況なのに単独で攻撃を仕掛けるだなんて、馬鹿げている!
分艦隊規模で連合軍の一個艦隊とぶつかれば、勝っても負けても、こちらが受ける被害が大きくなるに決まっているだろう!
こっちの戦力は連合と違って、早々に回復できるもんじゃないんだぞっ!
味方の向こう見ずな行動に低く唸ってしまうが、黙って俺と司令のやり取りを見ていたゴートン艦長に、視線と咳払いで窘められてしまった。
……ああ、しまったな。
ここは皆の目がある艦橋である上、まだ通信中だった。
「……申し訳ない、リューベック司令。少し、取り乱しました」
「いや、ラインブルグ隊長が怒るのも無理はない。彼らは自らの有利を放棄しているんだからな」
通信相手である、世界樹の種司令、ロベルト・リューベックが実年齢以上に皺が刻まれた顔に柔和な表情を浮かべて、俺の謝罪を受け止めてくれた。
リューベック司令はザラ委員長と同じ世代の人物で、何気にザフトの前身である、黄道同盟時代から参加している古株だそうだ。若くて血気盛んだった頃は、ザラ委員長とコーディネイターの権利獲得までの方法論で対立し、よくNOHANA式の話し合いをした仲らしい。
先の任務期間の合間にも世界樹の種で休んだ時には、現在に至るまでの様々な話……闘争初期の内部での軋轢や武器や物資の密輸話に表立たない裏で行われていた闘争での苦労話、現状における海賊と殆ど変わらない傍若無人なジャンク屋への対応での苦慮、思わず吐気を催すような洒落にならないプラントの現実、"一族"や"ターミナル"だなんてフィクションに出てきそうな謎めいた組織のこと、ジョージ・グレンが目指した理想からコーディネイター選民思想を生み出してしまった自分達の功罪、といった具合に実に色々な話を聞かせてもらったものだ。
それでも現在に至るまで、正面から世界の悲しい現実と自分達の罪業を見据えても、尚、瞳の輝きを失わない本当に精神が強い人であり、俺もこんな風に歳を取りたい、なんて思わせてくれる人物の一人だ。
……その人物の前で、流石に、これ以上の醜態は晒せないよなぁ。
「司令、駐留艦隊と連合軍艦隊の衝突は、すぐにでも始まりそうですか?」
「連合軍はマスドライバーを使用して月軌道に上がったようだから、直に始まる可能性が高いだろう」
どう対応する?
そんな俺の迷いを見透かしたように、リューベック司令が言葉を続けた。
「今からでは恐らく戦闘に間に合わないだろう。よって、ラインブルグ戦隊には駐留艦隊の後詰に入って欲しい」
「……構いませんが、地の利を考えると暗礁から出たくないですね」
「それでも構わない。ただ、最悪の事態に備えるべきだと、私は考えている」
「確かに……」
司令が言う最悪の事態に備えるとは、分艦隊が大いに敗れて壊走した時に被害を最小限に抑えたい、ということだろう。
「了解です。戦隊は暗礁帯外縁部に移動し、戦闘の推移を見て、相応に行動します」
「よろしく頼む。防衛隊は、何時でも罠を起動させられるようにしておく」
「わかりました。もしもの時は、合図します」
「ああ、了解した。後、君等が罠に引っ掛からないように、最新の分布図も送っておく」
「助かります」
俺と司令は互いに敬礼を施し、通信を切った。
「艦長、命令変更です。戦隊を暗礁帯の月寄り外縁部に移動させてください」
「了解です」
ゴートン艦長が戦隊を件の場所に移動させるようにアーサーに指示を出すと、再び艦橋内が慌ただしくなった。
……俺もパイロットスーツに着替えるか。
なんてことを考えていたら、艦長が苦笑しながら囁いてきた。
「いやはや、今回の駐留艦隊の行動は、まさにザフト精神を溢れんばかりに体現しているよね」
「無駄に溢れすぎですよ、本当に。……無駄な犠牲が出るだけです」
「……士官学校で、何を教えてるんだろうね?」
「詳しくは知りませんが、ザフト万歳の精神主義でも横行しているんじゃないですか?」
あっ、でも、白服は俺と同じ第一期生か、それ以前からザフトに所属している奴がなってるはずだよな?
でも、一期生で白服になった奴は、まだ少ないって聞いているし……となると、きっと、あれだな。
以前からザフトに所属している奴で、広報局の親玉と同じような輩が、駐留艦隊の司令をしているんだろう。
「……艦長、俺、パイロットスーツに着替えてきますから、戻ってくるまで任せます」
「了解」
ザフトって、能力主義を標榜している割には、政治結社時代のザフトから所属している奴が優遇されているみたいなんだよなぁ。
いや、リューベック司令みたいな人なら白服を纏っていても当然だと思えるんだけど、今日の駐留艦隊の司令や広報局のフク何とか局長みたいなのが白服だとは、普通、考えられないと思うんだ。
所詮、ザフトは国軍ではなく民兵組織であり、評議会を牛耳る独裁党の私兵に過ぎない、ということかなぁ。
そして、自身がその一員であるという事実に口元を歪めながら、俺はパイロットスーツに着替えるために隊長室へ向かうべく、艦橋を後に抜け出ていった。
◇ ◇ ◇
俺達が暗礁帯外縁部に到着した時には、世界樹の種駐留艦隊と連合艦隊との戦闘は終了していた。しかも、予想していた中でも最悪の方向、駐留艦隊の大敗という結果でだ。
その敗因となったのは、不幸中の幸いと言うべきか、量産されたMSではなく、現状の主力MAであるメビウスが新しく機体下部に装備した小型ミサイルパック……パック一つに四発で左右の二パックずつで計十六発……の所為だった。
例え、精密誘導がほとんど効かなくても、一撃でMSを破壊できる火力を持つミサイルは恐ろしい兵器である。これとメビウスの数が合わされば、より手強い相手になるのも当然だと言えよう。
なんとなれば、昔からある通り、下手な鉄砲も数撃てば当たるもんだからな……。
現実に駐留艦隊は散々に叩かれたようで、所属していたFFM八隻の中、五隻が沈められており、MS隊も数を大きく減らしている。
とはいえ、外縁部に先行して進出し、偵察活動を行っていた複座型によると、連合軍艦隊も駐留艦隊との交戦でそれなりの打撃を受けており、追撃はMAに任せて、再編作業を行っているとのことだった。
よって、必死の抵抗を続けながら暗礁帯へと撤退してくる残存三艦と、それにハゲワシの如く群がっているメビウスを何とかすれば、仕切り直せると言えるだろう。
「MS隊は、味方艦の撤退を掩護する! あくまでも撤退掩護だからな、敵は追い散らすだけでいい! 深追いは厳禁っ! 後、敵MAは小型ミサイルを搭載しているらしいからな、今までと同じと考えるなよ!」
「マクスウェル小隊、了解しました!」
「デファン小隊、了解っす!」
「リー小隊、了解!」
「よしっ、全小隊、交戦を許可する! 行動に移れ!」
「「「了解!」」」
勝利して調子に乗っているであろう連合軍MA隊に不意打ちを仕掛けるべく、三つの小隊がそれぞれ編隊を組んで、デブリ帯から飛び出して行く。俺も、それを見届けた後、コンビを組んでいるレナに声をかけて、機を進ませる。
「レナ、複座型の様子はどうだ?」
「敵艦隊の座標位置の特定が終わって、今、戦隊に送ったそうです」
「そうか。なら、直に攻撃を仕掛けるな」
暗礁を構成するデブリに紛れたエルステッドとハンゼンはレールガンとミサイルでもって、敵艦隊の再編成を妨害するために、ハラスメント攻撃を仕掛けるのだ。多少遠くても、宇宙だと物を投げれば、基本、どこまでも初速のまま飛んで行くからな。
……まぁ、実際は色んな重力圏が影響して、一概には、そうだとは言えないんだけどね。
「うちの連中と撤退中の艦に進路に入らないように連絡は?」
「それは複座型とエルステッドが入れます」
「そうか。できれば、はや……」
急かそうと思ったら、砲弾とミサイルの予定進路が複座型から届いたよ。
あの二人も日々成長しているってことかぁ。
「よし、確認した。レナ、俺達は最後方で他の二隻を掩護しているFFMを掩護するぞ」
「了解です」
背部のメインスラスターの推力を上げて一気に加速し、戦闘宙域に飛び込む。
「……爆装しているのが多いな」
「ええ、小型ミサイルを搭載しているのは少ないみたっ! 先輩、仰角三時方向っ! 例の小型ミサイル搭載型が三機接近中!」
「確認した。……これは、俺狙いかなぁ」
「その色、目立ちますもんねぇ」
なんせ、太陽光を受けると、燦然と輝いてしまう黄色ですから……。
「とりあえず、牽制射撃を入れた後、相手の射線に重ならないように突っ込んでみるか。レナ、掩護を頼むぞ」
「わかりました。先輩に当たるミサイルは全て撃ち落します」
「頼む」
実は、レナの射撃の腕は、既に俺を越えているんだよね……。
後輩に技量を抜かれたことを、嬉しく思えばいいのか、それとも悔しく思えばいいのか、そんな贅沢な悩みを懐きつつ、敵の推進方向へと牽制射撃を加えながら、接近を図る。
この俺の行動に対して、メビウスの小隊は編隊を崩さずに、回避行動と機体備え付けの機銃を撃ち返して来る。
「レナ、ミサイルが来るぞ。お前も気をつけろよ?」
「きっと、先輩の方に、全弾、行きますよ」
オナゴならうれしいですが、ミサイルはちょっと……。
内心で馬鹿なことを考えていたら、三機から件の小型ミサイルが計24発、俺を目掛けて発射された。
「まだ、これ位なら、対応できる数だな」
「油断大敵です。以前、先輩は、もう少しでミサイルの直撃を受けて死ぬ所だったんですよ?」
「……違いない。だから、レナ、本当に、頼りにしてるぞ?」
接近してくるミサイルと敵の射線を考えながら、また、周辺状況も確認しつつ、回避機動に入った。その間にも、行動の自由を確保するために、対応できる範囲でミサイルを機銃掃射する。また、後方のレナから的確な掩護射撃が入るから、それ程の脅威には感じない。
もっとも、これが小隊規模以上によるミサイル一斉射撃や、時間差を付けての断続的な射撃なら話は別だろうがな……。
ミサイルへの対応が終了すると動揺したのか、三機の中の一機が不用意な直進をした。そこにレナの射撃が入って落とされると、目に見えて他の二機の動きが逃げ腰に変化したのがわかった。
「……連中の動き、明らかに甘いよな」
「確かに、去年初めと比べれば、全然違います」
更にレナが射撃で二機を上手く追い詰めていくと、耐え切れなくなったのか、俄かに編隊が崩れた。片方の一機が旋回に入るのを見て、見越し射撃を加えると、そのメビウスは俺が張った弾幕に飛び込む形になり、一瞬で瞬く火球と化した。
それを待っていたかのようにレナの声も入ってきた。
「先輩、残りの一機も落しました」
「了解。ちょっと時間を食ったな、すぐに掩護に向かうぞ」
「了解」
戦域からどこかへと流れて行くメビウスの残骸をサブモニターの隅に認めながら、俺は殿を務めているFFMの近くに陣取り、メビウスの動きを制限する。
FFMの側面を取ろうとする奴には牽制射撃を入れ、仰角から突入しようとする奴にはわざと機体を射線に飛び込ませることで気を逸らし、俯角方向から侵入しようとする奴には整備班が手慰みに作ったクラッカーをぶち当てて驚かし、俺に無謀な突進を仕掛けてくる奴には擦れ違い様に攻防盾のクローで推進部を切り裂いてみせる。
それでも中々撤退しないMA隊にウンザリし始めた頃、連合軍艦隊が展開してる宙域付近で、突如として大きな火の玉が発生した。
理由に思い当たり、思わず口から考えが漏れてしまう。
「……もしかして、ハラスメントが命中したのか?」
そんな俺の独り言にも、レナが律儀に答えてくれた。
「先輩、複座型からの情報だと、ハンゼンの艦砲射撃が250m級に命中して撃沈させたようです」
「おー、やるねぇ、ハンゼンの連中」
この一撃が契機になったのか、だいぶ撃ち減らしたMA隊が引き揚げ始めた。こちらは追撃するつもりはないが、偽装撤退を警戒する必要があるので、去り行くスラスターを狙って一応の射撃を加えておく。
……うん、必死の回避を見るに、どうやら本当に撤退するようだな。
「先輩、敵MA部隊の撤退を確認しました。複座型から報告では、第二派は存在しないとのことです」
「了解。マクスウェル、デファン、リー、追撃は不要だ。それぞれの小隊の損害を報告しろ」
「マクスウェル小隊、ジョンソンが左手をやられました」
「こちらデファン小隊、損傷なしっす」
「……リー小隊、ルッツが右腕を、俺も左背部スラスターをやられました」
……むぅ、リー小隊には特別訓練を課す必要があるかもしれないな。
「わかった。リー、ルッツ、ジョンソンは先に艦に戻って修理を受けろ。リー小隊残りのリベラは、一時的にマクスウェル小隊に編入する」
「了解です」
「……了解」
リー小隊の二機とマクスウェル小隊の一機が、後方のデブリ帯へと下がって行く。残りの八機で、撤退する三艦をエスコートすることになるが、艦隊のMSも少数とはいえ存在しているし、何とかなるだろう。
「よし、マクスウェル小隊は周辺の警戒、デファン小隊は殿に付け。二次攻撃の可能性は低いが警戒に越したことはないからな」
「了解」
「絶対、先輩は人使いが荒いっすよ」
「……そうか、デファンは単独斥候が望みか」
「じょ、冗談っす! デファン小隊、了解っす!」
常と変わらぬデファンの愚痴に、自然と口元に笑みが浮かぶ。
ああいうデファンの減らず口もといムードメイクも得がたい能力だと思いながら、状況の把握に努めていると、殿に位置するFFMから連絡が入った。サブモニターに映ったのは、黒服を着た俺よりも少し年長だと思われる短髪の女性だった。
「【FFM-167】ライプニッツの艦長タリア・グラディスです。ラインブルグ隊の撤退掩護、感謝します」
「いや、困った時はお互い様。殿はうちが務めますから、まずは撤退を完了させてください。二次攻撃は今の所ないと判断していますが、必ずしも、とは言い切れませんからね」
「……ラインブルグ隊長は、まだ、戦闘が続くとお考えで?」
「数に頼ったとはいえ、L4での戦闘以来の勝利です。勢いがあるうちに突っ掛かって来る可能性もあります」
俺の考えを瞬間吟味したのか、グラディス艦長は少し沈黙した後、頷いた。
「わかりました。ですが、当艦以外の、損傷が酷い艦を戻したいのですが、よろしいですか?」
「いえ、三艦とも一度、世界樹の種に戻って、すぐに修理と補給を受けてください」
「ですが、それでは現状の戦力に不安が出るのでは?」
「その差を埋めるための暗礁帯と罠ですよ。それに、損傷したまま下手に戦闘に参加すると、不運な一撃を一発でも喰らえば、簡単に沈められてしまいます。今は、損傷艦に頼るほど追い詰められているとは考えていませんから、これ以上、無駄な犠牲を出す必要はありません」
確かにと頷いて見せたグラディス艦長は、酷い撤退戦の後だというのに、依然として冷静な判断力を保っているようだった。
……後は…………一応の儀礼として、聞いておくか。
「……グラディス艦長、駐留艦隊の司令は?」
「……戦闘開始直後、先頭に位置していた旗艦に敵MAの対艦ミサイルが殺到し、艦橋への直撃を受けて、戦死されました」
それはなんとも、無責任かつ派手な散り方だこと……。
「そうですか。なら、以後は、防衛隊のリューベック司令の指示に従ってください」
「了解しました」
グラディス艦長が敬礼と共にサブモニターから消えたのを受け、俺も残った連中に声をかける。
「よし、撤退完了まで後一息だ。もう少し、気を抜くなよ?」
「「「了解」」」
これで連中が満足して撤退してくれたら、楽なんだけどなぁ。
けど、勝利で勢いに乗っているであろう今の状況だと、ありえないか。
……。
まぁ、あちらが調子に乗って暗礁帯にまで突っ込んできたら、それならそれで、誠心誠意でもって、こちらもお持て成しさせてもらうだけだ。
二度とここに手を出したくないと、思う程にな……。
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