第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
51 暗礁宙域の魔物 1
2月23日。
特別休暇を終えた戦隊は、今度こそ本来の任務を遂行するために、L1の恒常拠点である世界樹の種を目指して、アプリリウス軍事衛星港を出港した。一週間振りに顔を合わせた皆の顔色は、休暇を大いに満喫して心身のリフレッシュをしたらしく、とても良い色艶をしているが、俺は逆にやつれ疲れ果てて、顔色も土気色をしていると思う。
何しろ休暇の大半を、諜報員摘発に関わる保安局の面子とユウキとの会合設定から始まって、オペレーション・スピリットブレイクの立案に必要な各種資料や最新情報を収集するためにデータベースと睨めっこしたり、投下する爆弾やミサイル、海洋部隊が使う巡航ミサイル等の種類の策定、軌道爆撃における一日の基本投下量の設定及び爆撃投下全体量の計算、定期軌道爆撃の概要やプラント防衛隊の在庫ミサイル輸送計画の原案作成、大気圏突破用断熱材やミサイル及び爆弾の生産量調整及び備蓄計画の立案と散々に、そう散々に、ユウキの野郎に扱き使われたのだ。
ほんとに、俺が休暇だろうと遠慮無しに……。
まったく……ユウキは酷い奴だ、鬼だ、悪魔だ、にげられない暗黒神だっ!
……はぁ、俺も以前、因果応報ってことを、学んだはずなのに、ほんとに、引き際を誤ったもんだよ。
とにかく、ユウキの手伝いの為に臨時休暇のほとんどが潰れてしまい、ミーアのご機嫌取りが大変だったことを言っておきたい。
本当に、地球から入ってくる食料が減って、食品価格が高騰し始めている中、お菓子だなんて贅沢品を大量に献上するために、どれだけ財布が軽くなったことか……。
まぁ、それで、休暇が終わって送り出してくれる時には機嫌を直して、……寂しさと不安からか、無理をしているのがわかる"ぎこちない"ものだったけど、笑顔で送り出してくれたから、いいんだけどね。
◇ ◇ ◇
「それはまた、今の状況だと、財布に大打撃だねぇ」
「いえ、根は素直で良い子ですから、多少の我が侭を叶えるぐらいは、かまわないんですよ」
「はは、そうなのかい?」
「ええ、それに、普段から独りで寂しい思いをしているのに、しっかりと留守番をしてくれてますからね、それのご褒美も兼ねてます。……本人には、言ってませんけどね」
「……ラインブルグ君、ずるい大人、してるじゃないの」
エルステッドの艦橋で艦長シートの脇に立った俺は、ゴートン艦長と先の休暇中の災難について、詳細をぼかしながら、話をしている。
まぁ、こうやって戦隊の責任者が揃ってのんびりと世間話をしていられる程に、L1に向かう行程は順調そのもので、最大の脅威がある月方面にも怪しい動きは見られないということだ。
なので、艦橋も通常態勢で運営されており、アーサーやベルナールといった面々も非直で休んでいる状態だったりする。
……休める時は休んでおかないと、今の俺みたいになっちゃうからねぇ。
そんな愚痴はさておいて、ゴートン艦長が再び口を開いたので、会話を続けることにする。
「今の話でも実感できたけど、近頃の食料関連の物価高は憂慮すべきことだね。低所得層は、かなり生活が苦しくなってるはずだよ」
「ええ、本当に。……ここ最近の急激な悪化は、当初予定よりも地球から食糧を確保できなくて、食糧備蓄量の調整に失敗したのが原因だそうです」
パンが手に入り辛いなら、代わりのお菓子はもっと手に入り辛いのが、今のプラントの現状。
いや、まぁ、実際のところ、ある所にはあるという話らしいが……、どうせ、外からの来訪者にプラントはこんなに素晴らしい所なんデスヨ、なんて具合に見せるだけの表立った場所に集めていたり、四重顎になる位に丸々と肥太った豚……じゃなかった、"働かない"ザフト上層部や高所得層の腹に収まっているんだろうさ。
「でも、食糧プラントは全力で稼動している状況なんだよね?」
「ええ、全力で稼動しているようですが、実際生産量は完全配給制に移行して、ようやくプラント全人口が飢えそうで飢えない、ギリギリのラインだそうです。無論、戦時体制じゃなくて、通常体制での話です。……ユニウス・セブンが破壊された影響は意外と大きいみたいですよ」
ちなみに、昨今のプラント食糧事情は、日頃からミーアがお世話になっているザラ夫人に、通信で御礼の挨拶をした時の世間話の一つとして、教えてもらいました。
「やっぱり、地球での食糧確保失敗は、ニュートロンジャマーの影響で地球の農業生産量が大きく落ちたのと、全世界規模で運輸と流通が麻痺したのが響いてるってことかねぇ」
「ええ、そうでしょうね。それに、連合側メディアが流している情報からプロパガンダ分を割り引いても、地球では億単位の餓死者や凍死者が出ている計算になります」
今、俺が言ったのは希望的観測で、恐らく報道されている数字、今現在で七億という数字は、本当の数字である可能性が高い。
そして、まだ増えて行く可能性も……。
人類史に間違いなく残るであろう、重大な戦争犯罪に加担した事実が、俺の両肩に重く圧し掛かってくるが、これは背負うべき業なのだと考え直して、表情には出さないように注意する。
「……この原因を為したプラントへの怨みは、地球市民の空腹や悲哀と一緒に、一生記憶されますよ」
「その上、自分達が引き起こした災禍の影響で自分の所の市民も空腹になるんだから、まったく、様がないよね」
「ほんとですよ」
肩を竦めて見せた艦長に同意を示すべく頷いた後、更に思考を進める。
コーディネイターって、一般には頭が良いって言われているけど、どう考えても、プラントのコーディネイターは、無謀なフリーフォールと呼べる第一次ビクトリア攻略作戦や後先考えてないニュートロンジャマー発生装置の無差別散布、未遂に終わったがL4コロニー群への攻撃計画、野蛮としか言いようがないビクトリアでの捕虜虐殺、と、色々と考えなしに、動き過ぎだと思う。
……。
むぅ、改めて、こう、考えてみると、所詮、コーディネイターってのは、ちょっと潜在能力が引き出し易いだけの、ただの人間に過ぎないということが、嫌でも、よくわかるな。
コーディネイターとはナチュラルの……人類の新種ではなく、突然変異的な亜種に過ぎない、なんてプラントのコーディネイター優越主義者が憤慨しそうなことを考えていたら、艦長が話を振ってきた。
「……話は変わるけど、地球に降りた新型戦艦……例の足つきの話は聞いたかい?」
「"砂漠の虎"なんて不可思議な生物の渾名を持つエースが、足つき相手に奮闘しているって話ですか?」
「ぷっ、……ラインブルグ君、そんな失礼なこと、他所で言っちゃ駄目だよ?」
「……噴出した艦長も結構、失礼だと思いますが?」
でも、砂漠に虎はいなかったはず、だよなぁ?
「やれやれ、同じ歳だと言うのに、トライン君と違って、ラインブルグ君は手強いねぇ」
「アーサーは素直ですから、あれはあれでいいと思いますけど?」
「違いない。……俺達みたいに捻じ曲がったら、えらいことだよ」
「へそ曲がりのアーサーなんて、想像できませんよ。今でも十分に個性的なんですから、それを潰すなんてもったいないです」
「うん、このまま育ってくれると、面白いんだけどねぇ」
なんか、二人してアーサーを馬鹿にしているみたいに聞こえるかもしれないが、これは親愛表現であって、実際のアーサーは初めて会った時に比べれば、段違いにしっかりしてきている。
「いや、脱線してしまったな。……足つきが運用している連合のMS、地上戦に特化したバクゥからなる部隊を退けたって話を聞いているんだけど、これは、相当に手強くなっているってことかい?」
「おそらくは、パイロットと足つきの指揮官が経験を積んだ結果でしょうね。もちろん、バクゥが装備している武器とPS装甲の相性もあるでしょうが、パイロット自身やそれを支えるベースが凄腕でないと、単機で複数機を破るなんてことは、まずは不可能です」
「やれやれ、やっかいな相手だね」
「ええ、足つきの追撃任務を受けているクルーゼ隊が落としてくれることを祈りますよ、俺は……」
本当に、頼むぞ、ラウ。
「しかし、連合のMSか……直に出てくるんだろうね、戦場に」
「それは間違いなく」
「はぁ、その時に備えて、戦術の再検討をしないと駄目だねぇ」
「特に艦が狙われた場合、どうするかを考えないと……」
MS隊から戦隊の直掩に一小隊は最低でも回さないと、死角をカバーできないだろうなぁ。
「それは、まぁ、おいおい、担当者を集めて、皆で考えて行こうよ」
「ええ、苦労は分かち合うべきですから、そうしましょう」
ふと艦橋のメインモニターを見ると、世界樹の種が隠されている、L1宙域の暗礁ともいえるデブリの吹き溜まり地帯を捉えていた。
「そろそろ、L1も連合に狙われますかね?」
「うーん、流石に連合も、ザフトの艦艇がL1に多数出入りしていることを確認しているだろうし、そろそろ、何らかの形でちょっかいを出してきても、不思議じゃないね」
「……ドンパチは、できるだけ避けたいなぁ」
そんな俺の願いを嘲笑うかのように、当直管制官が、こちらを振り仰いで大声をあげた。
「艦長っ! 月軌道に多数の熱源を探知っ! 数は、徐々に増えて、直に20を超えますっ!」
「……だってさ」
「……俺、呪われてるんかなぁ」
……まぁ、ダース単位以上で人を殺しているから、呪われていても仕方がないな。
「艦長、とりあえず、戦隊に第一種警戒態勢を発令してください」
「了解。……総員、第一種警戒態勢を発令。後、ハンゼンにも発令を伝えて」
「アイ、サー、第一種警戒態勢を発令します!」
「ハンゼンへ一種警戒の発令、伝えました!」
艦内に当直員の返事を上回る音で、第一種警戒態勢を知らせるアラートが鳴り響き、その耳障りな音が、ますます、俺の気分を滅入らせてくれる。艦長シートの背凭れに片手を置いて項垂れながら落ち込んでいると、非直の連中が次々に艦橋に入ってきた。
「艦長、何がっ!」
「はいはい、トライン班長、落ち着いて、ちゃんと説明するから」
「……すいません」
艦長に窘められるアーサーを横目に、ベルナールが自分の席に滑り込んで、機器を次々に弄って状況の確認をしている。
うん、ベルナールの動きは、もう、明らかにベテランだよねぇ。
そんな感慨を持って、俄かに慌ただしくなった艦橋を眺めていると、アーサーと艦長の会話が耳に届いた。
「……月軌道上に、多数の熱源ですか?」
「ああ、おそらく、数から考えて、艦隊規模の出撃だろうね」
「世界樹の種やプラントは、このことに気付いているでしょうか?」
「……君はどう思う?」
「気付いていてもいなくても、連合軍艦隊出撃の報は送るべきだと思います」
「うん。そうだね」
艦長がこちらに目配せしたので頷いておく。俺もアーサーの意見と同意見だ。
「なら、トライン班長、世界樹の種とプラントに連合軍艦隊出撃との信号を送ってちょうだいな」
「アイ、艦長」
アーサーが信号を送るために、通信管制官の元に跳ぶのを見届けると、艦長が呟く。
「地球と月のやり取りを妨害している部隊とそれを支えるL1の拠点が、いい加減、目障りになって、連合軍も重い腰をあげたのかねぇ」
「でも、それにしては、数が少ないです」
現状、ザフトの一個艦隊規模を確実に潰すのに、連合軍艦隊は最低でも三個は必要なはずだ。
「なら、威力偵察か……」
「あるいは、こっちの拠点には少数の戦力しかいないとでも考えて、侮っているか、ですね」
……さらに深く読めば、MSの運用を開始した、なんてことも考えられるな。
「艦長。考えたくはないですが、連合がMSの運用を開始した事も視野に入れて動いた方がいいかもしれません」
「……うん、可能性に入れておこうか」
「とはいっても、敵艦隊の目的地がわからないと、対応のしようが……」
ないと続けようとしたら、索敵担当やCICとの直通回線で話をしていたらしいアーサーが声をあげた。
「艦長、敵艦隊の予想航路が出ました」
「早いね。それで、どこが最有力だって?」
「はい、最有力はL1、次点候補にL4です」
ふむ、ここはL1に進撃してくると考えて動いた方がいいか。俺の思考を読んだのかはわからないが、艦長が決断を促してくる。
「……隊長、どうします?」
「L1の暗礁宙域に入った後、戦隊の存在を隠蔽、世界樹の種防衛隊や駐留艦隊と連絡をとりあって、連携しましょう」
「了解。戦隊はこれよりL1の暗礁宙域に移動する。トライン班長、ハンゼンにも」
「アイ、サー」
この戦い、できれば、こちらが一方的に叩くような展開に持っていって、戦争終了までは連合に、L1へ手出しさせないようにしたいものだな。
さて、世界樹の種と連絡を取って、罠の構築状況の確認とどういう作戦で動くか検討するとしようか。
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