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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
50  精神を砕くもの 4


 小さく鼾を立てて眠っていたザラ委員長を揺すり起こして、再び話し合いの態勢に戻ると、早速、俺が考えた次善の策を披露する運びとなった。

「さて、聞かせてもらおうか、若造」
「ええ、ある程度はまとめたので、使えるかどうかを判断してください」

 俺の言葉に委員長は一つ頷いて見せたので、語を繋ぐ。

「では、俺が考えた次善の策……といいますか、オペレーション・スピリットブレイクのリスク低減のために、これまでのオペレーション・ウロボロスを付け加えたいのです」
「……詳しく話せ」

 委員長の言葉に従い、一つ息継ぎをして、更に話を進める。

「地球連合軍総司令部があるアラスカに強襲制圧を仕掛けるという今回の作戦は、戦力として地上軍の大部分を使うことから、自然と大きな賭けになります。もちろん、成功すればそれはそれでいいですが、戦力を喪失して失敗した場合は、間違いなく、ザフト地上軍は各地で連合軍に巻き返されてしまいます。結果、発生した連合軍の余剰戦力が宇宙に回されてしまい、現在の宇宙勢力図もザフト……プラント不利へと傾き始めていくでしょう。加えて、これまでザフトのアドバンテージだったMSに関しても、連合が既に開発に成功している以上は量産されるのも時間の問題ですし、最早、ザフト有利の根拠も帳消しにされたも同然です。そして、戦争というものが、多少の質の差は数で補えるという非情な理で成り立っている以上、人員が少ないザフト……人口が少ないプラントの負けは必至です」

 委員長は気難しい顔をしているが、何も言わない所を見ると、どうやら、このことに関しては冷静に認識しているようだ。

「なので、次善策の目的は、地上の形勢が即、宇宙の情勢に反映されないようにするため、また、戦力回復及び防衛体制の立て直しを図るための時間稼ぎに主眼を置きます。となりますと、これまで通り、オペレーション・ウロボロスにあるように、マスドライバーの破壊、或いは、制圧による地球への戦力封じ込めが最も有効であると考えます」

 説明を終え、再度、一息を入れて、最後の作戦案を口にする。

「よって、先の作戦に本命と次善との組み合わせを行い、アラスカ及びパナマへの同時強襲降下を提案します」
「アラスカとパナマを同時攻略か……」
「ええ、どうせやるなら、徹底的にやりましょう」

 ザラ委員長は腕組みをすると、眉間の皺を深くして口を開く。

「若造……、興味深くはあるが、それを為すだけの戦力はないぞ?」
「その戦力不足を補うために、軌道上から両拠点に対する大規模な爆撃を行い、強襲降下を支援したいと考えます」
「む……できるのか?」
「……あれだけの数のニュートロンジャマー発生装置を地球に落とせたんですから、軌道爆撃ぐらいは実施できるはずです」

 突入する位置と角度を計算すれば、どこから撃てばいいかを絞り込むぐらいは簡単だろう。

「それらが迎撃される可能性があるはずだが?」
「一回当たりの投下量を多くして断続的に行えば、迎撃対処能力なんてものは簡単に飽和するもんですよ。ついでに言えば、軌道上からの観測によって、どこに迎撃ベースがあるかの判別もできますから、あらかじめ海洋部隊に先に進出させておいて、迎撃ベースの座標位置を軌道上から送ったり、レーザー誘導でもって、巡航ミサイルで攻撃させるのも手です。そうやって対空砲火を地道に潰していけば、自然、降下部隊の支援にもなります」
「……なるほどな」

 委員長が考え込んだのを受けて、今度はユウキが口を開いた。

「先にM66の在庫があるかを聞いたのは、それが理由か」
「ああ、拠点攻撃用のM66なんて殆ど使い所がない代物なんだからさ、一掃するつもりで撃ち込めばいいんだよ。あれは爆弾と違って、加速するから、一層、迎撃が難しくなるだろうしな」
「確かに、な」
「後は……降下用カプセルに爆弾をタップリ載せておいて、わざと迎撃させて、カプセルを破壊させて爆弾を広範囲に撒き散らせるなんて方法も面白いと思わないか?」
「アイン、それだと迎撃を受けた際に、中の爆弾も爆発する可能性も高いと思うが?」
「そこは……プラント驚異の技術力というか、技術陣に、なんとか頑張って考えてもらおうよ」

 いやいや、ラウさん、呆れた顔をしないでよ。

「広範囲に撒き散らすのも手だと思うんだけどなぁ」
「確かに、できればよいが……」
「うーん、衝撃を感じた瞬間に、カプセルを分解させるとか?」
「それでは、下手をすれば、大気圏で爆発する」

 むむむ、ナニカホウホウハナイモノカ?

 いかに上手く、爆弾を撒き散らせるかについて考えていたら、ザラ委員長が黙考やめて、顔を上げた。

「若造」
「はい?」
「戦力はどのように分ける?」

 うーん、戦力の分配か。

「降下する戦力は……六百機を越えるのか、……なら、アラスカに八割、パナマに二割、ですかね?」
「……その戦力で、要塞化が進んでいるパナマが落ちるのか?」
「さっき聞いた関連資料にあったグングニールなるものが、スペック通りの性能を発揮すれば、これで十分のはずです」
「……グングニールか。確かに、あれが期待通りの効果を発揮すれば、マスドライバーを破壊できるだろうが……、貴様はパナマの制圧を考えていないのだな?」
「ええ、パナマの地理的要件……大西洋連邦本国から近いことを考えると制圧して確保しても、維持するのが難しいですからね。なので、パナマに降下する部隊はグングニールの降下地点及び起動までの確保を主目的とします。後は、本命のアラスカ降下を支援する位の気持ちで囮役……他の拠点を狙うような動きを見せて、敵の注意を少しでも向けさせるのが役割と心得させた方がいいでしょう。……要するに、パナマに関しては、通り魔的に刺して、さっさと逃げ出すのが一番ということです」

 あれだ、前世で読んだ某漫画に出ていた主人公的な助平野郎がやっていたように、蝶のように舞い、蜂のように刺し、Gのように逃げるんだ。

「で、このパナマ攻撃作戦を作戦内容的に、ブリッツブレイク【Blitz(電撃) Break(破壊する)】とでも名付ければ、俺が幸せになります」

 俺の物言いに委員長が珍しく苦笑を浮かべ、ラウとユウキも失笑気味だ。

 べ、別に、命名することに味を占めたわけじゃないからな!

 勘違いするなよっ!

 ……。

 はい、息を抜くための冗談的思考もほどほどにして……。

「……表立っては、オペレーション・ウロボロスを強化するとでも銘打ち、このブリッツブレイクをスピリットブレイクとして周知させ、本来のスピリットブレイク……アラスカへの強襲作戦はギリギリまで秘匿して、情報漏洩を少しでも防ぎます。それと、作戦開始前に目標変更すると混乱が発生するのが普通ですから、予め、パナマからアラスカへの突入軌道の変更期間も作戦に組み込んでおきましょう。作戦を指揮するザフト上層部には、直前の変更は作戦を秘匿するための欺瞞工作だと伝えておけば、混乱は最小限に押さえ込めるはずです。また、この欺瞞工作は情報漏洩の防止以外にも、連合軍の地上戦力を引き摺り回せるなんて、利点も考えられます。何しろ、地球の重力の大きさが異なる地上と宇宙とでは部隊を移動させる時間の掛かりようが違いますから、連合軍がこちらの軌道変更を知って、降下強襲に備えて集結させた部隊を、パナマからアラスカへと移動させて再配置させるにしても、かなりの時間が掛かるはずです」

 実際には、軌道上に部隊が残っているから、部隊を移動させるかはわからないがな……。

「ふむ、相手を引き摺り回すことができれば最良だな……。では、軌道爆撃の実施に関しては?」
「アラスカの基地は地下にあるために、主要施設への直接的な破壊効果はあまり期待できませんが、広範囲に広がっている対空迎撃ベースを潰すことは可能です。よって、それらを炙り出して始末するために数を、パナマは目標であるマスドライバーが見えていますから集中的に狙うために質を、それぞれ重視して実施すればいいと思います。……本当は、アラスカへの爆撃をパナマ降下の支援のためのハラスメント攻撃とで…………んんっ?」

 ハラスメント攻撃に見せかけるってことなら、こんな方法はどうだろうか?

「どうした?」
「いえ、どうせなら、作戦実施に至るまでの期間中、アラスカに定期的な軌道爆撃を行えばいいかな、と思いまして……」
「……その利点は?」
「地球連合軍に対する政治的な圧力」
「本拠地……総司令部への攻撃を許すとなると、地球連合軍が弱体化しているように、理事国の政治家や世論が考える、というわけか?」
「はい。広報や外交を上手く使えば、連合構成国の結束や市民と軍の協力関係に少しは皹が入るかもしれませんし、軍事的にも作戦立案のための、アラスカ基地の防空能力の確認や対空迎撃ベースの破壊や位置確認もできるでしょう。それに、後の作戦前に行う本格的な爆撃で必要になる、大量の大気圏突破用の断熱材と爆弾やミサイルといったものをフル稼働で生産する理由付けにもできますから、防諜面でも大作戦の予兆を隠せる良い隠れ蓑になると思います」
「ふむ、なるほどな」

 これを先にするだけで、作戦時の軌道爆撃や地上……海上支援で強襲降下するよりも、降下部隊の被害が抑えられるはずだ。

「定期的な爆撃の期間は?」
「出来うる限り早く開始して、定期的に行われる爆撃が、一種のパフォーマンス的な攻撃である事を連合に誤認させるために、一定のリズムでやりましょう。三日に一度、或いは、四日に一度、という具合に」
「ふむ。では、本格的な爆撃の実施は?」
「……アラスカには定期爆撃状態を作戦発動ぎりぎりまで維持しつつ、その後はそれまでに判明した迎撃ベースを狙うつもりで仕掛けましょう。パナマに対しては、スピリットブレイクの開始一週間前から始めて、徹底的に、地表を更地にする位のつもりで叩きましょう。上手くマスドライバーに命中すれば、降下する必要もなくなる可能性も出てきますから」
「なるほどな。……む、そういえば、機動艦隊に爆撃用の艦艇はあるのか?」
「そこは降下カプセル輸送艦なり通常型輸送艦なりを流用したらいいのでは? ミサイルや爆弾の投下ベースとするためのミサイル発射管や爆弾投下用リニアレールぐらいなら、簡単な改装で付けられるはずです」
「……評議会やザフト司令部への作戦の説明時期は?」
「諜報員の摘発が終わってからがいいですね。それで情報漏洩の危険も減ります」

 ……うーん、こんなもんかね?

「これが貴様が考える作戦か?」
「ええ、今言ったのが、今ある情報で考え付いた作戦の概要です。実際に可能かどうかは検証してみないとわかりませんがね」
「いや、中々に興味深い作戦だと感じた。検討させてみよう」

 えっ、ほんと?

 なら、採用されたらボーナスくださいっ!

 なんて言いたい所だけど、ザラ委員長の持つ雰囲気が真剣だから、流石に言えないっ!

「まぁ、俺が言ったのはあくまで概要ですから、実際の作戦立案については、俺よりも、もっと頭の良い奴に……例えば、ユウキなんかにやらせれば、より洗練された、良いものができるはずですよ」
「……ラインブルグ、お前は私を過労死させるつもりか?」

 ふふふ、頑強に出来ているコーディネイターはそう簡単に過労死なんてしないさ。

「えー、だってー、俺はこれから三ヶ月位はー、通商破壊任務に出るしー、ラウはラウでー、足つきの追撃任務があるだろうしー、ここにいる三人でー、一番ー、手が空いているのはー、ユウキぐらいしかいないじゃんかー」
「ぐぅっ、わ、私は、今、この時ほど、防衛隊に所属していた事が恨めしいと思ったことはないっ!」
「ふふん、重要拠点の防衛隊に配属された自らの優秀さを呪うがいいさ」

 アプリリウス市の防衛MS隊長なんて、エリート中のエリートですよ?

「さて、委員長、今日の用件はこれでお終いですか?」
「ああ、こちらの用件は終わりだ」
「では、解散ということで?」
「よろしい、今日は三人共、ご苦労だったな」
「いえいえ、今後、何か重要な用件がある時は、全て、ユウキに申し付けてくださいな」

 ここは、一層、ユウキをザラ委員長に売り込むチャンスだ。

 流石に、これ以上、黒服さん達にれん……げふげふ……わざわざ、宇宙港まで御足労を頂くのも心苦しいからな。

「何しろ、ユウキは俺達の同期主席ですから、非常に優秀な奴だということは証明済みですので、委員長のご期待に応えることは間違い無しです」

 うん?

 ラウさんや、何をこっそり笑っているのかな?

「……ラインブルグ」
「何だ、ユウキ? 今、お前の売り込みで忙しいから、後にしてくれ」
「……確か、お前は今日から、一週間の特別休暇だったな?」
「えっ? そうだけど、それが何か、って?」

 えっ?

 ユウキ君、なに、俺の服の襟首を持ってんの?

「私は、使えるものは何でも使うべきだということを、とある人物の行動を見て学んでいる」
「えーと?」
「……ラインブルグ、手伝ってもらうぞ?」

 な、なにーーーーーー!

「ちょ、ちょっと待て、俺、休暇!」
「ラインブルグ……私は君の戦隊が少し、休み過ぎだと思うのだが?」
「そ、それは関係ないだろう! 今回はご褒美!」

 あっ、待て、引っ張るなっ!

「仮に褒美だとしても、管理職に休暇は存在しない」
「うそっ! そんなこと、あるわけないぞっ!」
「現に私には、これカラキュウカガナイデハナイカ」

 ぎゃーっ! いつか見た憶えがある暗黒神がっ、降臨なされているっ!

「た、助けてくれ、ラウ」
「……すまぬが、今回の休暇、私も少々、親類……知り合いに用があってな」
「い、委員長っ!」
「ふんっ、過労で倒れたら、慰労金ぐらいは出してやる」


 ちょっ!


 み、味方はいないのかっ!


 ひ、秘書さんって、ああ、露骨に目を逸らされたっ!


 黒服さん達はっ、不自然なまでに明後日の方向に視線を向けているっ!


 ああ、……嗚呼っ!


 だ、誰かっ!


 き、機械仕掛けの神様っ、ヘルーーーーーープっ!


 ……。


「……サッサトアルケ、ラインブルグ」


 ……現実って、いっつも、非情だよねぇ。


「キリキリト、ハタラカセルカラ、カクゴシテオケ」


 おう、グッバイ、マイ休暇っ!


 うぅ、折角、溜まっていた平積みを崩そうと思ってたのに……。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/02/14 表記修正。


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