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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
49  精神を砕くもの 3


 残念な味のお茶を飲みながら、ザラ委員長が何らかのアクションを起こすのを待っている間、先のプラント保安局の防諜体制に関連した会話を続ける。

「ラインブルグ、まさかプラントの防諜体制がそこまで悪化していたとは、まったく知らなかったぞ」
「そら、保安局は市民生活の保全と保護を最優先に動いているからね。普通に生活をしていれば、まず、わからないことだよ」

 プラント保安局は、市民生活と社会基盤を守るために、目に見えない影……陰惨な世界で血に塗れた努力をしているのだ。

「そういえば、ザフトにも防諜組織があると聞いた覚えがあるんだが、それらは動いてないのか?」
「そこの連中は元々は保安局出身者で、皆、地球に降りて占領地の治安維持に当たってるよ。ついでに言えば、ザフトが一から作った防諜組織なんて、まだ存在していないはずだ」

 ……俺も保安局出身なのに、何故かMSに乗っているから、不思議だよねぇ。

「なるほど、若い組織であるが故の宿命だな」
「おっ、ラウ、上手いこと言うね」

 でも、ザフトって組織もまだ若いはずだし、弾力に富んでいるはずなんだけど……既に硬直化している気がする。

 ……いや、待てよ?

 ザフトの前身である黄道同盟時代から考えると、それなりに経っているから、仕方がないことなのかもしれない。

 とはいえ、自らが所属している組織の歪さに変わりはなく、憂慮すべきことだと内心で嘆いていたら、沈黙していたザラ委員長が口を開いた。

「……若造」
「……はい?」
「貴様ならば、どう動く?」

 ……むぅ、どう動くか、か。

「まずは、情報が漏洩していると思われるラインを調べることから始めますね。ある程度絞り込めたら、欺瞞情報を流して諜報員を洗い出す。後、洗い出した諜報員は全てを摘発せずに一部を残しておいて、今回のボアズでのテロ被害を受けた結果の一斉摘発程度に思わせて、相手の油断を誘い、これらを逆用するのも手ですね。……とにかく、上層部に近い位置にいる諜報員を全て見つけ出して、保安局の管理下に置いてから、先の作戦を最高評議会に説明しても遅くはないはずです」
「ふむ。……では、貴様に信頼できる筋はあるか?」
「あります。信頼できる人間が保安局に数人いますから、紹介し……国防委員長が保安局の人間と直接会うのは拙いですね」

 ザフト隊員でもない保安局員が、急に国防委員長室に出入りすると悪目立ちするからな。

「それは、私も監視されている可能性があるということか?」
「ええ、それは大いにあると思われます。何せ、委員長は最高評議会の重鎮で、国防委員会やザフトの親玉です。普段から黒服に囲まれているから直接的に手を出せなくても、出入りする人間を確認するだけで、何らかの意図が動いていることを察することはできますからね」

 ……出入りか。

「委員長、ユウキを連絡役にするのはどうでしょうか?」
「なっ、わ、私がか?」
「確かに、アプリリウス防衛隊のユウキ君には、私も普段からよく頼みごとをしているから……」
「ええ、今までも普通に出入りしているユウキなら、これからも同じように出入りしても、それほど、おかしくはないでしょう」

 重要なのは自然さというか、普段と変わらぬ日常を演出すること。

「後、ザラ委員長か誰かに一筆というか、捜査命令書みたいなものを書いていただかないと、権限がないことには現場が動きたくても動けません」
「それは大丈夫だ。保安局の上位組織は国防委員会になる。つまり、私に権限があるからな」
「なら、ザフト及びプラント上層部の周辺を内々に調査し、諜報員を摘発するようにとの命令書をお願いします」

 委員長は、俺の意見にしっかりと頷いてくれた。

「……でも、委員長、諜報員を摘発できたからと言って、安心はしないで下さいよ。情報なんてものは、必ず漏れるものなんですから」
「無論だ」

 うん、なら、後はユウキと俺の元上司である保安局セプテンベル支部の支部長を引き合わせて……。

「では、若造。……今回の作戦については、何かないか?」
「作戦名が汚すぎます」

 あっ、口が滑った。

 って、おい、こいつ、言っちまいやがった、なんて目で見るなよ、ラウにユウキ!

「言っちゃ駄目でした?」
「……いや、構わん」
「なら、作戦名を変えません? 正直、俺だったら、ヤル気なくなりますよ?」
「確かに、下品で萌えてこない」
「ああ、熱くなる名ではないな」

 ……普通の感性なら、そうだよねぇ。

「ならば、貴様は何と名付ける?」
「……うーん、連合軍の戦意を砕く意味を込めて、スピリットブレイク【Spirit(精神) Break(破壊する)】?」

 立案者は、本当はこう言いたかったと思うんだけど、どうだろう?

「おい、ラインブルグ、二文字増えただけではないのか?」

 ユウキっ! そんな無粋な突っ込み、今はいらんよっ!

「意味が大いに違う!」
「……まぁ、貴様の意を汲んで、名前ぐらいは変えてやろう」
「あざーすっ!」

 良かった、変な作戦名にならなくて……。

「……他にはないか?」
「そうですね。博打的な要素が強すぎる点が気になります」
「先程、ユウキ君にも言ったが、これぐらいの賭けは必要だろう」
「ええ、必要です。ですが、次善の策も用意すべきです」
「ほう、どのような策だ?」

 ……いえ、まだ、考えてないです!

「ユウキ! ラウ! ちょっと考えるから、繋ぎに何か意見を言ってくれっ!」
「ちょっ! ラインブルグっ!」
「……まったく、見得を切っておいて、世話がやける奴だ」

 あーあー、今から集中して考えるので、文句や会話は聞こえませーん!

 外界からの情報を遮断して、いざっ!


 ……。


 今回の作戦の目的は、戦争の終結させるため、地球連合の構成国、……特に三大国の継戦意志を砕くことにある。そのために、オペレーション・ウロボロスを見直して、乾坤一擲と言える連合軍総司令部への大部隊による降下強襲制圧作戦が立案されたと言えるだろう。

 けれど、この作戦は先に言っていたように乾坤一擲と呼ぶに値する程に、賭けの要素があまりにも強い。もしも、仮に作戦が失敗して、戦力を喪失した場合はどうなる?

 ザフト地上軍の戦力が失われるということは、それまで地上で地上軍と対峙していた連合軍の地上戦力が宇宙へと上がってくることに繋がるだろう。つまり、作戦の失敗は即ち、宇宙への、プラントへの圧力が増大することを意味する。

 ……。

 ならば、次善の策としては、こちらの戦力が回復するまで連合軍の地上戦力を宇宙に上げないようにするために、宇宙への出口……各地のマスドライバーを制圧、もしくは破壊する事が最も効果的な策として考えられるだろう。

 まぁ、他の案として、生産力を落とすために生産拠点や発電施設を軌道上から爆撃する、宇宙への道を塞いでしまうために低軌道上でケスラーシンドロームを起こす、相手を威嚇するために三大国の首都へ花火でも撃ち込む、なんて事もぱっと思い浮ぶには浮かんだのだが……。
 軌道上からの爆撃は生産拠点が都市部に近いことを考えるとあまりにも政治的リスクが大きいし、発電施設への実施なんて、これ以上、反プラント、反コーディネイターの世論が盛り上がってしまうとかなり拙いことになるので、論外だ。そもそも、地球各地に点在する拠点全てへの攻撃となると、比例して大量の爆弾や部隊が必要となるため、経済的にも、戦力的にも、プラントには不可能だしな。
 後のケスラーシンドロームに関しても、地球圏全体に与える影響があまりにも大き過ぎるから却下だし、理事国の首都に花火を撃ち込むのは、本来、去年のエイプリルフールにやるべき、いつでもこっちは攻撃できるんだぞ、ごらぁ、的なブラックジョーク混じりの政治的、外交的威嚇だし、今更意味がないことだ。

 よって、純軍事的な要素が強い、マスドライバーを制圧ないし破壊する案で考えることにしたのだ。

 で、この策の対象となる、現状において残っているマスドライバーは、東アジア共和国のカオシュンのものが今年一月の攻勢で破壊されているから、大西洋連邦のパナマと中立国オーブ連合首長国の……どこにあるかは忘れたがここのものと、ザフトが占領しているビクトリアの三つになる。
 この三つのうち、中立国と自軍の分を抜くと、自然、大西洋連邦のパナマが標的となる。そして、パナマと大西洋連邦本国との距離を考えると制圧は現実的ではないから、破壊が最も有効だと考えられるだろう。

 ……。

 うん、次善策としては、パナマのマスドライバーの破壊が最も有効、つまり、オペレーション・ウロボロスをそのまま継続することが一番だな。


 ……。


 俺が考えをまとめて目を開くと、ザラ委員長は気持ち良さげに舟を漕ぎ、ユウキは壁に向かって逆立ちし、ラウが淡々と作戦資料に目を通していた。

 ……えーと、ラウさんや、どういう状況ですか?

 目線で問うと、ラウは何でもない様に答えてくれた。

「ふむ、委員長は日頃の疲れが出たのだろう、少し休んでおられる。ユウキは……己に苦行を課すことで、何か閃きを得られると考えたそうでな、五分ほど、あのままだ」
「……ユウキも初めて会った時から、本当に変わったよなぁ」
「ふっ、その原因は、間違いなく君だよ、アイン」

 いや、勝手に影響を受けたのはユウキだから、ユウキの自己責任だと思うなぁ。

「それで、考えはまとまったのかね?」
「ああ、一応はね。……ラウ、今読んでた、その資料に何か面白いこと、書いてないか?」
「ふむ、この資料……オペレーション・ウロボロス関連の資料なのだがな、地球へのニュートロンジャマー散布に関して、面白いことが書かれていた」
「……あのニュートロンジャマー発生装置を一万発を落としたってやつか?」

 あの時、どれほど、ハラワタが煮えくり返ったことかっ!

 まったくもって、一万発なんて、馬鹿げた数を落しやがって、ほんとに忌々しいっ!

「いや、この資料によると……実際に落とされたニュートロンジャマーは、20発に過ぎないそうだ」
「……はっ?」

 嘘? でも、一万発落としたって……俺、騙されてた?

「どうやら、得心がいったようだな。これに書かれていることによれば、本命の20発以外は、ニュートロンジャマー発生装置を外見だけ模したデコイが980発、後の残りは全て、簡単に形状を模して整形したデブリだったそうだ」
「……あー、何となく読めてきた、あの一万発ってのは、一種の宣伝……欺瞞工作なんだな?」
「そういうことだろう」

 ……よくよく考えたら、開戦から短期間で高価と思われるニュートロンジャマー発生装置を一万発も用意できるわけないよなぁ。

 そんでもって、この欺瞞に、地球連合も騙された……ってことは、連合の情報収集能力的にはないだろうな。

 初期の大混乱段階ならばともかく、調査がある程度進んだ後ならば、連合もプラント側の広報は欺瞞だと、気が付いていたはずだ。

 それを訂正しなかったということは、多分、こちら側の非道をより喧伝するために、地球市民というか世論を確実に反プラント、反コーディネイターにまとめるために、あえて、その欺瞞を鵜呑みにして見せたということだろうか?

 本当のところはわからないが、あってもおかしいことではないはずだ。

「……ラウ、他に、何かないか?」
「そうだな。……他には、このグングニールなる代物が面白い」
「へぇ、どんなモノ?」
「強力なEMP(Electo Magnetic Pulse)……強力な電磁パルスを発生させて、周囲の精密機器を破壊することを目的としているモノのようだ」
「……結構、使えそうだな」
「ああ、現代において、精密機器を使わぬものは少ないからな」

 そら、精密機器がないからって、人力というか珠算で計算して動かす範囲を決めたり、某船長のロボットみたいにレバー二本でMSを動かすなんて、想像したく……いや、レバー二本で操縦できるのは逆に凄いか。

 ……。

 しかし、グングニール……対精密機器兵器がオペレーション・ウロボロス関連の資料にあったことを考えると、元々、マスドライバー破壊のために考案されていたみたいだな。

 ……なら、これも使えるな。

「おい、ユウキ」
「……」
「ユウキっ!」
「……むむっ、きたぞっ! なにかがっ! こみあげてきたぁぁっ!」

 ……それ、鼻血じゃないか?

 いやいや、突っ込みは置いておいて、俺はソファから立ち上がって逆立ちしているユウキの元へ赴き、片方だけ脇腹を突く。

「ぬぉうっふぅっ!!」

 ユウキは変な声をあげると、バランスを崩して盛大に倒れた。

「な、なにをするかっ、ラインブルグっ! もう少しで……、もう少しでっ、あの華麗な扉が開くところだったというのにっ!」

 どこの扉だよ……。

「いや、そんなことよりも、ユウキに聞きたいことがあってな」
「……なんだ?」
「プラント防衛隊は、キャニス……M66のミサイルをどれぐらい抱えている?」
「D装に関しては、基本的に我々は使わないからな、かなりの在庫があるだろう」
「それ、処分する気はないか?」
「む、何か思いついたのか?」
「ああ、思いついた」

 起き上がるユウキに手を貸しながら、答える。

 採用されるかはわからんが、言うだけ言ってみてもいいだろうさ。


 ……さて、幸せな悩みでお疲れの委員長を起こして、俺の考えを聞いてもらいしょう。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/02/14 誤記修正。


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