第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
44 冬の艦隊流星群 2
「隊長、クルーゼ隊と通信が繋がりました」
会議室の端末の前で通信が来るのを待っていると、艦橋のアーサーから待望の連絡が入った。
「ありがとう、アーサー。こちらに回してくれ」
「了解です」
アーサーの顔がモニターから消え、見慣れたラウのサングラス姿が映し出された。
相変わらず、カッコいいねぇ、じゃなくて、とりあえず、俺がまず言いたいのは……。
「また今回も無茶な事をしているな、ラウ。ヘリオポリスでの騒動から始まって、アルテミス要塞の攻略、敵の手に落ちていた"お姫様"の救出、で、今は連合の正規艦隊と睨み合い。……よくぞまぁ、二週間程でこれだけのことをしたもんだ」
「些か不本意な部分もあったが、概ねその通りだ。だが、これも止むを得ぬ理由があっての事だ」
「理由?」
俺の揶揄と訝しげな声に気を悪くする事もなく、苦笑に近い表情を浮かべたラウは続ける。
「連合にMSの実戦データとOSを持ち帰られたくないのだ」
「む、実戦データはわかるが、OSって、どういうことだ?」
実戦データは今後のMS開発に生かされてしまうからわかるが、OSなんてもんは鹵獲されたジンにも入ってたんだから、とっくに開発されてるだろう?
「それがな……当初、連合がMSに入れていたOSは、使い物にならぬ不良品だったのだよ」
「不良品? ユウキからはそんなことを聞いてないが?」
「ユウキは言うまでもないと判断したのだろう。とにかく、当初、機体に入っていたOSは、奪取に参加した者からの聞き取りや仕様書を軽く読んだ限りでは、コーディネイターでも動かせぬ不良品だった。まったく、アレではなんのためのOSなのか、わからん代物だよ」
……あれか、図体だけは立派で、中身がスカスカって奴か?
「けど、そんなOSを持ち帰え……まさか、誰かが不良品のOSを使えるように書き換えたのか?」
「その通りだよ、アイン。しかも、短時間で、MSのOSについて教育を受けた赤服に劣らぬ速さでな」
「……嘘じゃないの?」
「私もこのことを聞いた時、耳を疑った。だが、現実として、これまでにこちらが仕掛けた幾度かの攻撃を、全て退けられている以上は、使えるOSを使用しているのは間違いない」
それはまた、誰がしたのかはわからないが……凄いな。
「なるほど、何度かの実戦を経て生き残っている以上は、そのOSも相当に信頼が置ける代物になっているということか。……確かに、そいつを持ち帰られたら、連合のMS開発に弾みがつく上、今後のOSの基礎になる可能性も高い。となると、やっかいなことになるな」
「そういうことだ。……それとな、アイン」
「ん?」
「一つだけ言わせてもらえるなら、本来ならば、敵艦隊との合流前に足つきを叩ける所だったのだ。……救出した"お姫様"が要らぬ口出しをしてくれなければな」
「ああ、そうなんだ。……案外、その"お姫様"って、実は疫病神だったりしてな」
実際、上からの命令で"お姫様"の捜索に当たっていた、同じ独立戦隊組であるユン・ロー隊なんて、敵に出くわしたらしい複座型を落とされて、犠牲者を出している。
同じく複座型を運用する身としては、他人事とは思えなかった。
「ふっ、アインよ。その"お姫様"には熱狂的なファンが多い故、公の場では、今のように"迂闊"なことは言わぬ方が身のためだぞ?」
「……"お姫様"自身が権力者ってわけでもないのに、怖い話だな」
「確かに怖い話だが、プラント内で大きな影響力があるのは事実だよ」
っと、話が脱線したな。
「じゃあ、新造艦だけは必ず落したい、ということだな?」
「いや、新造艦……足つきだけでなく、この場に出てきている艦隊にも情報は渡っているだろう。よって、こちらも叩いてしまいたい」
……情報の伝達か。
「でも、普通に考えたら、その情報って、通信で送られているんじゃないのか?」
「いや、ヘリオポリスで開発されていたMSは、大西洋連邦が独自開発していたものらしい」
「……む、地球連合内での主導権争いやMS開発の利権が絡んでいるから、傍受や情報漏れの危険がある通信は避けている、って所か?」
「おそらくな。……今、私の目の前に展開している艦隊も大西洋連邦系のはずだ」
「なら、今の状況は、連中が情報を自身の拠点に持ち帰る可能性をより増やすために生まれたって訳か。しかし、それだったら、さっさと月に引き揚げた方がより確実だと思うんだが?」
俺の疑問に対して、ラウは肩を竦めて見せると、応えを返す。
「さて、流石にそこまでは……、そもそも、今までの話も大部分は推測に過ぎぬ。実際、相手がどのような事を考えて動いているかまではわからぬよ。だが、もしも、あの艦隊が月に引き揚げるのならば、L1に駐留している戦力が阻止に動くだろう」
「……そうか。L1の戦力が、引き揚げる艦隊を一日、二日拘束すれば、プラントから援軍が到着して、挟み撃ちできるな」
「ああ、私ならば、そうする」
あれ、また、話が逸れたような?
……修正修正。
「うん、事情はわかったよ。そっちでも聞いていると思うが、援軍に一個艦隊が動く予定だ。それまで「それでは時間がないのだよ、アイン」……何?」
ラウが俺の言葉を遮ってまで述べた内容に思わず、疑問の声をあげる。
「時間がないって?」
「ああ、足つきが降下すると予想されるのは、アラスカ或いは北米だ」
「アラスカ、北米……連合軍の総司令部か大西洋連邦の本拠地に、直接降下すると?」
「この場合、妥当だろう?」
「確かに……」
そして、時間がないということは、つまり……。
「降下タイミングが近い?」
「突入位置から考えれば、明日の昼前になる」
「……だとしたら、L5からの増援は、間に合うか合わないかのギリギリのラインだな。他に、どれだけ援軍が来れるかは聞いているのか?」
「現在の所、独立戦隊が二個、直に到着する予定だが、残りの増援は、明日の昼過ぎになる」
確かに、うちの戦隊も、ついさっき針路を変更したばかりだし、到着できるのは昼過ぎぐらいだ。
……デブリベルトが邪魔しなければ、もう少し、早く行けるんだけどなぁ。
「となると、確実に揃うのは三個戦隊か……。敵艦隊の戦力は?」
「300m級が一、250m級が九、150m級が四十六だ」
これらの艦艇数に見合うだけのMAが、最低でも百二十機は超える数があるだろう。
対して、こちら側は戦隊構成艦艇基数の二に三を掛けて六隻、MSは一隻につき六機を艦載するから、三十六機になる。
「かなり、戦力的にはきついな」
「ああ」
「……でも、仕掛けるんだろう?」
「無論だ」
「明日の朝か?」
「ああ、太陽を背に仕掛ける」
……。
「了解。その時間までに、うちも少数のMSだけになるけど、届けるよ」
「……届くのか?」
「届かせてみせますよ。でも、バッテリーやエアーに不安が出てくるから、戦闘後、うちの戦隊が間に合わない場合は、ラウの隊で拾って欲しい。……まぁ、そっちに近づいたら、また、連絡するよ」
「……わかった。待っているぞ、アイン」
「おうさ」
最後には軽い調子でラウとの話を終えて通信を切り、端末から顔を上げて見ると、各々座席に座ったエルステッドの、壁掛けモニターに映し出されたハンゼンの、各戦闘部門の幹部達が揃って俺を見ていた。
「……ゴートン艦長、皆、揃ったんですか?」
「ああ、偵察に出ていたラヴィネン君も戻ってきたよ」
見れば、パイロットスーツのままでレナも席に座っている。俺の視線に気付いたらしく、少しだけ笑みを浮かべて見せたが、すぐに表情を引き締めた。
「……とりあえず、ゴートン艦長にフォルシウス艦長、時間的に厳しいらしいですから、デブリベルトでの脅威や減速等も含めた上で、叶う限り早く到着できるように艦を進めて下さい」
「了解」
「了解した」
二人が艦橋に連絡を入れている間に、揃った戦闘部門幹部の面々を見渡してみる。
エルステッドはリュウ副長、航法通信管制班長のアーサー、アヤセ火器情報管制班長、MS小隊長のリー、MS隊副官のレナだ。ハンゼンはガンドルフィ副長、エンリケ航法通信管制班長、ジェルマン火器情報管制班長、MS小隊長のマクスウェルとデファンである。
誰もが雑談一つせず、会議が始まるのを待っているようだ。
「……隊長、戦隊の増速を開始しました」
「ありがとうございます」
ゴートン艦長の言葉を受けて、意識と表情を公のものに改めてから、全員に戦隊の基本方針を話し始める。
「さて、皆も聞いた通り、戦隊は通商破壊任務を一時中断して、クルーゼ隊の増援に向かう。とはいえ、今、戦隊がいる座標位置から地球に向かったとしても、おそらく、明朝の戦闘には間に合わないだろう。だから、一部のMSだけでも先に向かうことを考えている。……何か質問や意見は?」
「……まず、隊長が、この増援を決めた理由を教えてもらいたい」
"戦隊一の色男"なんて自称している、目つきと口調がわる……鋭い、藍髪のジェルマン班長が口火を切った。
「理由はさっきラウ……クルーゼ隊長と話していた内容にあった通りだ」
「本当にそれだけですか? ただのお友達の友情からじゃないんですか?」
心底から馬鹿にしたように嘲りの色を顔に浮かべて、ジェルマンが揶揄してくる。さり気なく他の面々を確認すると、表情も変えず、淡々と答えを待っているようだ。
……それにしても、増援の決定理由が友情ねぇ。
「そうだな、それもあるかもしれないな」
「……それ以外に何があるってんです、隊長さん?」
なんか、えらい攻撃的だね、ジェルマン。
俺のことを嫌っているのはわかるけど、コーディネイターで二十歳を越えているんだから、もう少し年齢に見合った大人になれよ、と言いたい。
まぁ、質問にはちゃんと答えるけど。
「今回、無理にでも増援を送るのは、連合軍の艦隊戦力を削り取れるチャンスだからだ」
「チャンス?」
「……地球軌道だなんて地球の大引力が大いに影響する、身動きが取りにくい危険地帯で、以前、俺達が地上降下部隊を援護した様に、突入タイミングまで敵艦隊は突入艦を守る盾になるんだぞ? これをチャンスと捉えないでどうする? それに、ここで艦隊戦力を少しでも削っておけば、俺達の任務もより楽になるんだぞ?」
班長の任についているなら、それぐらいのことは考えて欲しいね。
なんてことを考えながら、俺が反論すると、周囲の賛同するような、強調して言えば、こいつは何を当然の事を言ってるんだ的な視線もあってか、ジェルマンはばつが悪そうに黙り込んだ。
沈黙したジェルマンに代わって口を開けたのは、同じく"戦隊一の伊達男"を自称するエンリケ班長だ。
「しかし、MSを送ると言いましたが、どうやってMSを届かせるんです?」
「ああ、一度位は見たと思うが、MS用の補助推進機を使う」
「……あれ、使えるんですか?」
「一応、MS隊では訓練している。……まぁ、今回が初めての実戦での使用だから、確実に使える、とは言い切れないがな」
俺の返事に、よく手入れされているらしい黄金色の長髪を撫で上げながら、露骨に呆れた表情を浮かべて、エンリケは続ける。
「迷子になったり、航路を間違ったりしませんか?」
「今回の目標地点は地球だ。あの大きい的を目指せばいいだけだから、何とかなるだろう」
「……それもそうですね。なら、これ以上、私からはありません」
他に何かないかと見渡すと、リュウ副長がすっと手を挙げた。
「戦隊は選抜MS隊の発進後、どのような行動を?」
「さっきの指示にもあったように、全力で戦域へ向かって欲しい。プラントから一個艦隊が援軍に来る予定に加えて、他にも増援部隊が少なからず集って来るだろうから、孤立することはないはずだ」
「……そうね」
ふと、黙ったままの二人の艦長をチラリと伺ってみると、揃ってニヤニヤと口元に笑みを浮かべている。
……若者の成長を生温かく見守っているんですねわかります。
妙な感慨を懐いていたら、今度はMS小隊長のマクスウェルが質問してきた。
「隊長、ロジアッツで出撃する数は?」
「ロジアッツ二機の上下面、全てを使って四機だ」
俺の答えを聞いたデファンが、マクスウェルに代わって語を続ける。
「全隊から適当に選抜するっすか?」
「いや、低軌道上は地球の引力が強いからな、より推進力があるM型に乗っているお前達の中から、三人選ぶ」
「なるほど、わかったっす」
そして、来ました熱血君じゃなかった、リーが大きな声で俺に質してくる。
「隊長! 誰をっ! 誰を選ぶんですかっ!」
「……留守番はお前だ、リー」
「なっ!」
「俺が帰ってくるまで、戦隊MS隊の指揮をお前に委ねるからな……頼むぞ」
リーがもう少し冷静なら連れて行くんだが……、今回は残して、戦隊MS隊の隊長代理を務めてさせて、戦隊を守る責任の重さを覚えさせるつもりだ。
「……了解しました」
「よし。後、レナ」
「はい」
「選抜隊の出撃前に、複座型を先行して出して、情報収集とクルーゼ隊との通信中継、それに道中の航路誘導をさせたいが……二人に出来るか?」
「……できます」
「わかった。二人に、その旨を伝えて欲しい」
「わかりました」
「後、他に何かないか?」
俺はレナが頷いたのを確認した後、他に意見がないか探るために全員の顔を再び見渡す。
……。
どうやらないようだ。
「よし、これより戦隊はクルーゼ隊の増援に向かい、共同で連合軍の敵艦隊に攻撃を仕掛け、これを撃破する。両艦長は艦内各班に作戦を通達し、第一種警戒態勢を発令。各班責任者もそれぞれ作戦に付随して発生する問題に対処して欲しい。MS隊は複座型を翌未明に、その後、選抜隊……俺とマクスウェル、デファン、レナを出す。残るリーには戦隊MS隊の総括を任せる。出撃後の戦隊指揮に関しては、ゴートン艦長に委任する。……以上だが、後方には味方の援軍が存在しているんだ。必要以上に緊張する必要はないさ。いつも通り動けば、それで十分だ」
「……起立っ! 敬礼っ!」
滅多に聞けないゴートン艦長の張りのある声に合わせて、皆がした敬礼に俺も答礼する。
初のMSのみでの長距離侵攻だ、上手くいけばいいだが……じゃなくて、上手くいくようにするんだ。
だから、作戦開始まで、様々な想定を考えておくとしよう。
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