第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
42 訓練は愛情を込めて 2
「アインちゃんも、大概、変わりもんだよねぇ」
「そうかな?」
「ああ。……本当は先見の明があるって言った方がいいんだろうけどさ……、やっぱり、こんなことを考えるなんてさ、変わりもんだよ」
訓練期間も半分を過ぎ、戦隊の訓練が深化していく最中、俺はレナが訓練監督による不在が多くなったため、かなり煩雑になった隊長としての日常業務を何とかこなした後、MS格納庫に降りて、ロジアッツの改造状況の把握と運用方法について、シゲさんと二人で話し合っていたりする。
でもって、先の会話は、俺が話したロジアッツの実戦用改造案と運用方法に対するシゲさんの評である。
「ははっ、正直だね、シゲさん。まぁ、俺は元より変わり者扱いされてるし、今更だけどな」
「そう言うってわかってるから言ったんだよ。アインちゃんとも長い付き合いだから、変に遠慮するのも嫌だしね」
「違いない」
くつくつと二人で一頻り笑いあった後、もう一度ロジアッツの運用法を確認することにする。
「とりあえず、普段、MSキャリアーとして使わない時は、資材運搬ランチとして使えるよね?」
「そうだねぇ。まぁ、置き場所に気をつければ使えると思う。正直、こっちから宇宙港にMSの部品を取りにいけるってのは、整備班としても魅力的だよ」
基本的に、MSの部品や食品、日用品等の補充補給品と艦内から出た様々な廃棄物との積み降ろしは、最寄の軍港に寄港した時に行われる。
だが、大規模戦闘の後だったり、地球へ向かう大きな輸送船団が構成されていたり、資源や食料を積んだ輸送船団が戻ってきたりして、軍事衛星港やコロニーの宇宙港に余剰スペースがなくなってしまい、順番待ちする時があったりする。
そんな時に、小型運搬ランチ代わりにもなるロジアッツがあれば、隙間を縫って、物を運んだり取りにいくことが出来て便利だと思うのだ。
……宇宙港の港湾事務所は、不平等は駄目ということで、ランチを中々貸してくれないからね。
「で、戦闘になれば、MSを速やかに戦域に運んで機先を制し、尚且つ、敵に打ち当てて使い捨て前提で使う」
「質量弾代わりだね」
「うん、それに、敵のミサイル攻撃の盾に使えそうなんだ。……ロジアッツ一機でキャニス六発分位だから、ちょっと高いかもしれないけど、MSが落とされることを考えれば、経済的にも許容されると思う」
「うーん、確かにちょっと高いけど、MSが落とされて、パイロットも戦死する可能性があることに比べれば、必要経費と割り切れる範囲だね」
ちなみに、パルデュスだと十四パック分位に相当する。
「とりあえず、ここにある分のロジアッツは、使った時の実戦データさえ取れれば、壊しても良いって、手紙にも書いてあったからさ、戦闘では基本的に今言った方向で使おうって考えてるんだ」
「わかったよ。データ収集をどうするか以外は、整備の側からは特に問題はないね。……元々装備品に含まれてないものだからさ」
何気に、俺というかMS隊の皆は、俺の実家が作った試作品の実験台なのです。
「ああ、そうそう、アインちゃん、MS側からの操縦が出来るようにシステムに変更を加えたからさ、こっちからも人を出すんで、試してみてよ。ついでにロジアッツのバッテリーとエアータンクをMSに連結できるようにしてみたから、それも大丈夫かのチェックもね」
「うん、了解」
「後、さっき言ってた武装は、アインちゃんが試乗している間に、もう一機を使って調べてみるよ、って、いけねぇ、班員が呼んでるな。アインちゃん、悪いけど、ちょっと行って来るわ」
「うん、そっちを優先して、俺も着替えてくるから」
「すまないね」
シゲさんが大声で班長と呼ぶ班員の元へ跳んでいくのを見送った後、俺は一人、戦闘でロジアッツを使ったケースを想像しながら、格納庫傍の更衣室でパイロットスーツに手早く着替える。
そして、この白いパイロットスーツにも慣れてきたなぁ、なんて感慨を抱きつつ、再び、ロジアッツの上面に降り立って、何やら班員に指示を出しているシゲさんを待つ。
……。
うん、このロジアッツがうまく使えれば、こちらの母艦がどこに存在しているのかを判別させにくくできるし、加速力があるから、敵の機先を制することも可能だろう。
それに、性能が良くなってきている小型ミサイルへの対応も、初弾に関してはロジアッツを盾に使えば、楽になるかもしれない。加えて、武装も施せればって、ちょっと焦り過ぎか……まずは使えるかの試用だな。
ロジアッツを上手く扱うようになるために、どんな訓練をすればいいかと考えを展開させ始めたら、見覚えのある青い髪の尻尾が下に見えた。
「レナか?」
「あれ、先輩?」
ロジアッツの上面にいる俺を振り仰ぐと、レナはこちらに向かって跳んで来た。ちょっとオーバーしそうだから、その腕を掴んで止めて、隣に降ろしてやる。
「ありがとうございます」
「気にするな。……それで何かあったのか? 今は確か、新米二人の身体能力向上訓練だったろ?」
「いえ、訓練でビアンカとロベルタがダウンしたので、回復するまでの時間を使って、シゲ班長にお願いしていた複座型の機体研修の打ち合わせに来たんです」
「ああ、なるほど、二人の機体研修の打ち合わせか。……で、その二人の調子はどうなんだ?」
「訓練はとても苦しそうですけど、倒れるまでと倒れてからの時間も少しずつ短くなってきてますから、確実に成長してます」
うん、二人とも頑張ってるみたいだね。
「なら、艦に馴染めているか?」
「ええ、二人とも素直な性格ですから、整備班や主計班の人達からとても可愛がられてますし、大丈夫ですよ」
「……肝心のMS隊の連中はどうなんだ?」
「……何か、男性陣が、相手が女の子ってだけで照れたり、緊張したりしているみたいで、上手く話せないみたいです」
おいおい……照れて話せないって……ここは、思春期が多い幼年学校か?
……。
つか、冗談じゃなくて、本当に?
「でも、連中、レナや他班員の女性には普通に接しているんだろ?」
「ええ、そうなんですよねぇ、本当に不思議です」
うーん、何故だろうか?
なんて考えていると、ふと、目の端に自身のパイロットスーツが目に入った。
……案外、パイロットスーツが原因なのかもしれない。
これって、ノーマルスーツと違って、身体にフィットする関係上、スタイルが諸に出るから、歳の割りには身体が発達しているフェスタとスタンフォードを意識してしまっているというわけだ。
でもって、レナに関しては、母性が小さいから、男と勘違いされてるとか?
「……先輩、何か私が怒りそうなこと、考えてません?」
「い、イエソンナメッソウモナイコトナンテナニモカンガエテナイコトモナイデスヨ?」
「……片言になるのがとても怪しい、っていうか、考えてるじゃないですかっ!?」
「あはは、この俺が、レナの母性が小さいから、男と勘違いって、いたいたいたいっ!」
ちょ、やめっ、その方向にぃたたた、間接はっぁっ……!
「うふふふふふふふふふふふ、私、今ほど、無性に格闘訓練がしたくなったことはありません」
「ちょ、待って、いたたっ、それ以上は、おれ、折れるぅぅ!」
だ、誰かっ! た、助けてっ!
「うぅ、あれは女っ気のない俺達整備班へのあてつけか?」
「ラヴィネンをからかった罰だろ?」
「やー、でも、あんなにレナちゃんに密着されるなら……」
「まあ、あれだけレナちゃんに密着されるなら……」
「し、しっかりしろよ、お前ら、あれは公開処刑だぞ?」
「いいよ、あれなら、俺も公開処刑されてみたい」
「なぁ、俺もあれなら、公開処刑されてもいい」
ちょ、この痛さを味わえば、そんなことをって、いたいたいっ!
「ぎぶ、ぎぶ!」
「もう、私の身体について、失礼なこと言ったり、考えたりしませんか?」
「……」
さ、流石に考えることに保証なんてできない!
「……」
「いだだだだだっ! 間接がががががっっ!!」
このままだとっ! りょ、両方向に折れるようになってしまうっ!
「あ~、お二人さん?」
「シゲさん! お願い! 早く止めて!」
「……レナちゃん、気持ちはよ~くわかるけど、そろそろ勘弁してやってよ。じゃないと、アインちゃんの人体構造が進化しちまうよ」
「……正直、人がとても気にしていることを突っつく人を懲らしめるには、まだまだ足りませんが……シゲ班長に言われるなら、仕方がありません」
か、解放されたっ!
「うぅ、折れるかと思った」
「先輩、私に言う事がありませんか?」
……はい、あります。
「……す、すまんかった。レナがまさか、そこまで気にしているなんて、ちっとも思ってなかった」
「ほんとですよ、もう。女の子はデリケートなんですから、ちょっとのことでも傷つくんですからね!」
「はい、とても反省してます」
「なら、今回は……美味しい御飯二回で手を打ってあげます」
「……はい、了解しました」
恐る恐るレナの顔をうかが……って、あれ?
何か、レナの奴、怒ってた割には、ケロッとしてない?
「アインちゃんもまだまだだねぇ」
「はい?」
「いや、こっちのことだよ」
シゲさんが苦笑しているが、何が可笑し……もしかして、俺、レナに嵌められたか?
「んんっ、それで、先輩は今から、実機訓練ですか?」
何か、誤魔化すようにレナは咳払いをしているが、……確かに言ったことは酷いことだし、ここは大人しく制裁を受けておきましょう。
「まぁ、そうなんだけど、こいつをMSから上手く動かせるかどうかの試験がメインだ」
「そんなこと、出来るんですか?」
「ああ、シゲさんに出来るようにしてもらったんだよ」
「へぇ、凄いですね、シゲ班長」
「い、いやぁぁ。まぁ、これくらいの事、俺の手に掛かれば、どうってことないよ」
女性に褒められて、デレデレしてしまうのは悲しい男の性だよね。
「くそっ、班長め、まるで一人でやった風に言ってやがる」
「やましさには眼をつぶるんですねわかります」
「しかし、現実、班長の力は大きいし……」
「いいなぁ。……俺、戦争が終わるまでに班長になるんだ」
「なことよりも、お前、来週から応急当番だからな、忘れんなよ」
外野は相変わらずの賑やかさだが、これがあってこその整備班だ。
「んじゃ、シゲさん、発進準備を頼む」
「了解。おっし、おめぇら、準備にかかれぃ!」
「「「うーーっす!」」」
でもって、パイロットスーツやノーマルスーツを着ていないレナには待避所に行ってもらわないと……。
「レナ、ちょっと職権濫用して出てくるから……」
「ああ、ちょ、ちょっと待ってください。それなら、あの、私や二人も一緒に実機で出たいです」
おいおい、訓練計画もなしでは駄目だろう。
「……んー、それは駄目」
「な、なんでですか?」
「俺が出るのは、あくまでも、ロジアッツの操縦で不具合がでないかのチェックを兼ねた試用だからだよ。あの二人が実機に乗るのは、もっと機体の特性をしっかりと学んで、何を目的とするかしっかりと訓練計画を綿密に立ててからだ。そうじゃないと実機を動かす意味が少ない」
「……あっ、…………はい」
「まぁ、実際に乗るMSに二人を乗せてやりたいレナの気持ちはわかるよ。……そうだな、後二日ぐらいしたら、実機訓練に入ろう。……だから、レナ、それまでに、二人にしっかりと機体特性を掴ませておくようにな」
「……はい、わかりました。それと、何も考えずに、馬鹿なお願いして……すいませんでした」
いや、何も、そんな、泣きそうな顔になるぐらいに、シュンとしなくてもいいのに……。
「んー、レナ、そんなに気にするなって。小隊長している他の三人と違って、レナはこういう訓練を受け持つのは初めてのことなんだからさ。……何事も経験、次に生かせばいいさ」
「……はい」
あらら、まだ、落ち込んだままだなぁ。
……。
んんっ、これは……ある意味、チャンスではないだろうか?
「よし、レナ、そんなに反省したいなら、俺からの罰として、さっき言ってた御飯を一回減らすことで手を打とう」
「………………それとこれとは話は別ですよ、先輩」
「えー、今の引き算は駄目なのか?」
「駄目です。……今日の反省はしっかりと胸に刻んで次に絶対生かしますから、そんな引き算は必要ないです」
「残念だ」
……本当に、残念!
「ふふ、すいませんでした。先輩、もう大丈夫ですからね」
「うん、そうみたいだな」
あらら、鳴いたカラスが……って奴だな。
「さて、レナ、そろそろ準備が出来そうだから、ここも直にエアーが抜ける。早く待避所に向かうようにな」
「了解です。……無茶したら駄目ですよ、先輩も」
「ああ、了解。また、前みたいに、レナから叱られたくないからな」
「もう! ……あっ、今度、先輩が無茶をしたら、私に御飯を……」
「ああ、薮蛇だった。って、ほらほら、エアーが抜け始めた。早く行け」
「まだ、全部言ってないのに……」
「ほれ、急げ」
「うぅ、わかりました」
レナが不承不承に去ったのを確認して、俺も自機のコックピットへと跳ぶ。
女って、歳に関係なく、実に強いというか強かな生き物だよなぁ、なんてことを思いながら……。
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