第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
41 訓練は愛情を込めて 1
C.E.71年1月。
宇宙で動きがあった。
L1宙域付近を通る地球-月航路がザフトによって組織的に遮断されていることを察知したらしい月の連合軍が、地球との航路を確実に確保するため、また、月を囲む四つのラグランジュポイントのうち三つを押さえられている状況を打破するためにだろう、L4宙域に二個艦隊規模の戦力を急派し、これを奪還してみせたのだ。
これを許した原因として挙げられるのは、マスドライバーを大いに活用した連合軍艦隊の展開及び侵攻速度が非常に早かったことと、ザフトや宇宙機動艦隊司令部が対応にまごついたことだろう。それに加えて、L4に駐留していたザフトの戦力が一個艦隊にも満たなかった上に、連合軍が150m級等で使用している小型ミサイルの改良が進んだ影響もあるかもしれない。
話を聞く限りでは、当初はザフトMS隊が数に勝るMA隊に対して優位に立っていたが、MAの群れを抜けて、連合軍艦艇に攻撃を仕掛けようにも、徹底的な集団防衛戦闘によって崩し切れなかったらしい。
それどころか、迂回してきたMAの一群に艦隊への横撃を許してしまい、数隻が撃沈され、また、ほぼ全ての艦艇が損傷を受けてしまい、散々な状態で逃げ出す……いや、より正確に言えば、叩き出されてしまったそうだ。
その時にL4宙域失陥の責を恐れた艦隊司令が殿を買って出て、玉砕したなんてこともあったらしいが、これに関してはザフト内部のネットワークでの噂レベルだから本当なのかは、定かではない。
とはいえ、L4失陥に関する情報は、士官学校の教官から古巣である防衛隊に戻り、白服に任命されたユウキからの情報だから、まず、間違いないだろう。
……。
連合軍が、L1の【世界樹の種】ではなくL4を連合軍が狙ったのは、まだ、ザフトの新しいL1拠点の存在を連合側が把握していないのか、はたまた、存在も座標も把握しているが大規模な艦隊行動やMAの機動が制限されるL1宙域内の暗礁地帯を連合軍上層部が嫌ったからなのか、その理由はわからない。
だが、連合軍が地球圏の要衝であるL1を狙わないはずがないのだから、今回はたまたま狙われなかっただけと考えて、連合軍の今後の動きを十分に警戒した方がいいだろう。
とにかく、これで連合は地球と月とを繋ぐ、L4を経由した迂回航路を確保したことになり、再び、地球と月の相互補完関係が復活したことになる。
当然、連合軍も安定した通商ルートを確保するために、航路防衛用の艦隊戦力を貼り付けるだろうから、以降の通商破壊任務は難しいものになるだろう。
つまり、これからが俺に与えられている任務にとって、本番になるというわけだ。
◇ ◇ ◇
1月25日。
戦隊の再召集が為され、戦隊結成時から求めていた【ZGMF-LRR704B】長距離強行偵察複座型ジンと新任パイロット二人もまた新たに配属されることになった。
……なったのだが、これがまた珍しいことにパイロットが二人とも女の子だったりする。
再召集前に国防事務局から新任パイロットについての連絡を受けた際に、この珍しい人事に何か意味でもあるのかと不思議に思って、連絡をくれた事務局員に詳しく聞いてみた所、何でも去年の九月に士官学校を卒業した二人をMSパイロットの補充要員として地球へ送ろうとしたら、ただ女というだけで断固拒否されてしまったそうだ。
仕方なく、その後は配属先が決まるまで宇宙機動艦隊の補充要員として訓練所でずっと訓練をさせていたのだが、約三ヶ月間、受け入れ先が現れなかったらしい。
この長期に渡る待命が二人の士気に大きく影響し始めて、拙いことになったと悩んでいた所、丁度、土産の品を頂き、それを配ったうちの隊がMSの補充を求めていたことと、女性パイロットが一線で活躍していることを思い出し、配属を決めたそうだ。
本当にいい子達なんです! なんとか……、なんとか受け入れをお願いします! という事務局員の必死のお願いを苦笑しながら受け入れたのだが……、実のところ、一人の男として、拒否したくなる気持ちはわかったりする。
……これは男というバカな生き物の身勝手な願いや考えなんだろうけど、命を生み出す存在である女性には、死を賭す凄惨な戦場に、特に前線には出て来て欲しくないのだ。
案外、地球の部隊が補充を断った理由も、地球での戦闘があまりにも過酷で凄惨過ぎるから、なんてことかもしれない。
しかしながら、まぁ、その子達も覚悟を決めて戦場に出ようとしている以上は、同じ扱いにしてやらないと駄目だとも思うし、ここで配属を拒否するということは、レナという存在も拒否するのと同義なので、絶対に拒否はできない。
……。
んんっ、感慨や想像は程々にしておいて……。
新たに二人の新米をMS隊に加え、戦隊は鈍った身体と心を鍛え直すために、L5の訓練宙域で二週間の予定で絶賛再訓練中である。
そして、今も、シミュレータールームで新米二人の操縦訓練をレナの指導の下で行っていたりする。ちなみに、俺は客観的な評価を出すために、外部からシミュレーター内の三人の様子とシミュレーション内の仮想空間をモニターで観察している。
……そういえば、このシミュレータールームも変わったよなぁ。
当初はジン用のシミュレーターが三つだけあったのだが、戦隊結成時にはジン用のを一つ撤去してM型用のが入り、シグー用は床面に場所がないから天井面に取り付けられた。
今回も、メンテナンスドックに預けている間に工事が為されたようで、新しく複座型のものがシグー用のものの隣に据え付けられている。
っと、終了時間を少し過ぎてしまった。
ほんと、今日は思考が脱線しまくってるな。
「……よし、訓練終了だ。三人とも上がっていいぞ」
「了解」
「……は、あい」
「りょう……かい」
むむ、レナがいつもと変わらぬ動きで出てきたのに対し、新米二人はすでにフラフラで、体捌きが若干怪しい。これは目前の新人二人、ロベルタ・フェスタとビアンカ・スタンフォードの鍛え方がまだまだ足りていない明確な証拠だと言えよう。
「レナ、まず、訓練評価の前に一つ」
「はい」
「二人の体力……いや、身体能力自体が全然足りていない。身体能力向上プログラムの作成を任せるから、エヴァ先生とよく相談して、二人の身体を徹底的に鍛え上げてくれ」
「わかりました」
レナが頷いたのを確認して、ようやく俺の前にやって来た二人に評価を告げる。
「とりあえず、二人とも鍛え方が足りないようだから、レナに、よーく、鍛えてもらうように」
「は……い」
「……そ、んな……わた、し…………しん、じゃう……かも」
「んな大袈裟な」
俺の言葉に対して、戦隊着任の挨拶で非常に愛嬌のある笑顔を見せたフェスタは、若干垂れた金色の瞳を潤ませて、肩で切りそろえた金髪をフルフルと弱々しく横に振らせる。
「あのな、フェスタ……あらかじめ言っておくが、実戦で本当に死ぬよりも、訓練で死に掛ける方が、遥かに、マシ、だからな?」
「…………はい」
俺の言葉を聞いて、新米の二人は揃って青い顔を更に青くしたが、首を小さく縦に振った所を見るに、どうやら納得いただけた様子である。
では、MSの操縦についての評価をするか。
「さて、二人の操縦に関する評価なんだが、機体制御や機動は教本にある通りで、本当に士官学校で頑張ってきたのだと、十分に評価できる」
「……あり、がとう、ございま、す」
「こう、えい、です」
「けれど、その分だけ、機動や制御の見栄えが良過ぎる」
「見栄え、ですか?」
息を整え始めたスタンフォードに頷いて応える。流石に複座型のメインパイロットを務める予定だけあって、回復が早いみたいだ。ピンと伸びている背筋と銀色の短髪、スラリと通る鼻梁にリュウ班長のような切れ長の目が相まって、そこらの男よりも男前に見える。
「ああ、MS挙動一つ一つ、全ての動きが本当に見応えがある。……けど、それが逆に機体の機動から余裕を奪っているな」
「余裕、ですか?」
「そう、余裕。……パレードやデモンストレーション、閲兵式なんかに参加したりするなら、今さっき、二人がやった機動でいいんだけど……俺達がするのは、何があるかわからない戦場での命を賭けた殺し合いだ」
おっ、ちゃんとこちらを注視して、傾聴しているみたいだ。
うん、これは好感が持てる姿勢だよね。
「当然、相手だって強い意思を持ち、決死の覚悟でこちらに向かってくる。だから、こちらが予測や予想しないことだって普通にしてくるし、それに伴なって、思いもかけないアクシデントだって発生する。だから、そういったことに対応できるようにするためにも、機動に余裕が必要なんだ」
教本通りに動かすと効率がいい……なんてことはまったくないけれど、とにかく、一つ一つの動きの何かポーズめいていて、見栄えが良いのだ。けれど、そこには当然、余計な動きも含まれているために、"遊び"というものもなくなっているから、動きに余裕が全然なかったりする。
戦場では、咄嗟の判断が必要な時もあるから、機動には余裕が欲しい。俺も戦場では、意識して、普段より若干の余力を残して動くようにしているぐらいだ。
「よって、二人にはまず、機体の限界というものをしっかりと自身の身体で把握して欲しい。その後、機体制御技術の向上を目標に、MSの動きが自身の思考とリンクできるようになるくらいに、徹底的に身体に覚えこませるんだ」
「はい」
「わかり……ました」
「だから、レナがさっきやったみたいな余裕の持ち方……上手い手の抜き方は、その後だな」
「……私、手なんて抜いてませんよ?」
嘘をつくんじゃないの。
さっきも要所要所だけしかスラスターやバーニアを噴かしてないだろう?
まったく、あれだけでよく新米と同じ動きをしたもんだ。
「んん、まぁ、そういうことは、おいおい指導していくよ、レナが……」
「えっ、私、担当するって聞いてませんよ?」
「今、決めた」
「……」
「……」
「……」
……なんか、三人の視線が、痛い。
いや、今、決めたってのは冗談なのだが、訓練を担当させるのは冗談ではなかったりする。
レナも女性パイロットとして色々と苦労をしてきたんだから、二人がする苦労もきっとわかるはず、と考えたのだ。
しれっとした顔で痛い視線を我慢して無視し、レナの返事を待っていると、俺が上位権限者ということで折れてくれたのか、レナは頷いてくれた。
「……わかりました。私が担当しますね」
もっとも、今度は目を逸らしたくなるようなジト目を向けられたが……。
「ああ、よろしく。……さて、今日の所は、二人の訓練はここまでにしておこう。何分、初めて尽くし緊張したろうしな」
「はい」
「実は……」
うんうん、不安一杯の転校生気分だったろうさ。
「だから、これで今日の訓練はおしまいだ。二人とも今日はしっかりと休むように」
「了解しました」
「はい、ありがとうございました」
二人のまだ型崩れしていない教科書通りの綺麗な敬礼に、こちらは普段通りに崩れた答礼を返して、二人をロッカールームへと送り出す。二人とも時折ふらつきながら進んでいるが、まぁ、無重力なんだ、転ぶことはないだろう。
「さて、俺も少し乗ってくかなぁ」
「……先輩、お話が終わっていませんが?」
「えっ、何の?」
「私が二人を担当する件です」
「ああ、それか。……さっき決めたって言ったのはあくまで冗談だよ。あの二人が戦隊に来るって決まった時から、基本的に、同性のレナに面倒を見させようと考えていたんだ」
レナの奴、ちょっと怒った顔をしていたんだが、俺の言葉を聞いたら普通の顔に戻ったよ。
「それならいいです。……でも、私、複座型のことなんて、何も知りませんよ?」
「俺も知らんよ?」
複座型なんて、レアな代物ですから。
「なら、私は何をするんですか?」
「そりゃ、まずは身体能力向上プログラムだろうな。あの鍛え方のままじゃ、戦場で一線に立ったら、まず生き残れない」
「ですが、複座型の機体の特性から考えて、二人は前線に出ないのでは?」
「どんな場所にいようと、戦場に絶対はないよ」
「……そうでしたね。わかりました」
レナは真剣な眼差しを俺に向けて、しっかりと頷いて見せた。その凛々しい顔と緑色の瞳に浮かぶ光の強さに安堵しながら、話を続ける。
「うん、頼むよ。……後は、二人の座学と機体特性の研修、それに、シミュレーター訓練も面倒を見てやって欲しいな」
「リュウ副長やシゲ班長、アヤセ班長にトライン班長、それにサリアにも、手伝ってもらっていいですか?」
「もちろん、一人で全部する必要なんてないさ。実機訓練に関しては、俺とレナが訓練する時に一緒にすればいい」
「はい。……ところで、先輩からの助言は?」
「ない」
「うぇっ! 言ってることとしている事が違うっ!」
「冗談だ」
おっと、本当に冗談なんだから、そんなに睨むなよ。
「んんっ、俺からの助言か……今日やったシミュレーター訓練に関することでいいか?」
「……嘘や冗談じゃないなら、なんでもいいです」
み、自らが招いたこととはいえ、手厳しいお言葉ですなぁ。
「げふげふっ。……シミュレーター訓練では、まず最初にジンの操縦訓練をメインパイロットもコパイロットも関係無しに徹底的にさせて、その後で複座型に徐々に慣らしていけば、上達が早いはずだ」
「あ、なるほど、複座型もジンからの派生だから操縦系はほぼ同じでしたね」
「ああ、そういうこと」
操縦経験があると、機体の機動でどんなGが、どのタイミングで、どれだけの強さで掛かってくるかが分かるようになって、自然、意識と身体が対応できるようになるからな。
……。
「後、これもレナには一応言っておくか」
「はい?」
「いやな、俺はあの二人……というか複座型に、偵察、索敵任務の他にも、前線での情報収集や母艦との通信中継、それに艦砲弾の弾着観測なんてものも与えようかなと考えてるんだ」
「偵察や索敵、情報収集はわかりますが、通信中継、弾着観測ですか?」
「ああ、ニュートロンジャマーが効いている状況だと、母艦……エルステッドとの通信が繋がりにくくなるだろう?」
それ、指揮官としては困るのです。
「ええ、そうですね」
「そうなると、頼る物はMSの観測機器ということになるんだが、元より艦載の物に比べればたいした代物じゃないし、動力源がバッテリーの関係上、レーザー通信の出力も弱い。だから、入ってくる情報は少なくなってしまうし、母艦からの支援も期待できないから、戦域の状況なんてほんの一部しか把握できなくなる。……当然のことだが、母艦を前面に出すなんて危険なことはするわけにもいかんだろう?」
「……確かに」
「けど、複座型なら、MSということで運用に柔軟性はある上に、観測機器は艦載の物に少し劣るだけだし、レーザー通信の出力も艦載の物に近い強さだ。ならば、これを使って、戦域を動き回って色々な情報を集めたり、エルステッドとの通信中継基地にしたり、艦艇とMS隊との連携に利用したい」
でもって、最終的には艦載ミサイルの誘導が可能になれば、楽に……げふん、最高だと思うんだよなっ!
「はぁ、よく考えますねぇ」
「はは、いや、先走りすぎたな。まぁ、とりあえず、今の構想が上手くいかなくても、エルステッドとの中継役には絶対になるから、それだけでも十分さ」
情報通信ラインが切れないのは、それだけで、十分に心強いのですよ。
……こんなもんかな。
では、そろそろ、おしゃべりはおしまいにして……。
「……よし、レナ、今度こそ始めるぞ」
「ええ、先輩、私がタップリと扱いてあげますから、楽しみにしてくださいね」
「うぬぅ、年長者としては、まだまだ、負けるわけにはいかんよ」
最近、レナの腕が本当に上達していて、機動射撃や狙撃だともうすぐ追い付かれそうな気配が、ひしひしと感じられる今日この頃である。
けど、こんな俺でも先輩としての意地があるのです!
まだ、後輩達に追い抜かれるわけにはいかんのです!
それに、この一年で戦争が終わる可能性もあるかもしれないからな、気合入れていくぞっ!
……とかカッコいいこと考えてるけど、休暇期間中にかなり食っちゃ寝してたから、身体の感覚が鈍ってないといいんだけどなぁ。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/02/14 誤記修正。
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