第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
39 年末年始の骨休め 2
「あ~~~~~、え~~~~~感じ~~~~~~」
「もう、アイン兄さん、ちょっと弛み過ぎ。少しは外で運動してきたら?」
「いえいえ、毎日の日課はしっかりと終わっていますので、今日はずっとこのままなのです」
現在、私ことアイン・ラインブルグは、作務衣の上にドテラを着込み、我が家の装備品の一つである掘り炬燵に、我が妹分であるミーアと共に、足を突っ込んでゆったりとしています。また、当然のお約束として、テーブル上には蜜柑が山と盛られたカゴが載っかっていたりもする。
……スペースコロニーに住んでいて炬燵というのは何だか違和感を感じるかもしれないが、スペースコロニーには四季が存在しているから、別におかしいことではなかったりする。
一般的にスペースコロニーには四季がないだなんて思われがちだが、逆に地球よりも太陽からの採光や温度調節がしやすいため、気候を操作しやすいのだ。
なんとなれば、コロニーという閉鎖された空間で日常生活を送る以上は、環境になんらかの変化をつけて、住む人を飽きさせず、また、生活に多少の弾みを持たせる、なんてことが重要になってくるためだ。
人は変化のまったくない生活を延々と続けることもできるだろうが、それだと思考回路が硬直してしまって、精神にゆとりや柔軟性が無くなってしまうこともあるのだ。
だというのに、コーディネイターが自身を優良種であるだなんて思考硬直を起こしているのは、たぶん、ジョージ・グレンの言葉を自分達の都合の良いように捻じ曲げた選民思想の所為だろう。
いや、基本、どんな主義主張をしてもいいとは思うのだが、一つの考え方に固執して、他者の意見や自身に都合の悪い情報を遮断したり、自身が信奉する対象を一段上に見せるために周囲を貶めたりするのは、逆に、その思想や考え、信奉対象の品位を貶めるというか、それ以上の発展や成長が望めないというか、とにかく、残念なことだと思うよ。
……む、考えが変に逸れた。
軸を戻して、我が家があるセプテンベル市でも四季変化……北半球の気候が採用されているため、1月である今は冬ということになり、コロニー内の気温は下がり、炬燵の出番というわけなのだ。
……ああ、ぬくぬく。
それはそうと、ミーアに言われっぱなしなのも何なので、反論してみる。
「そう言うミーアも飯時ぐらいしか、炬燵から出ないじゃないか」
「うっ、それを言われちゃうと反論できない」
俺の的確な突っ込みを受けたミーアは返答に詰まってしまい、あはは、なんて乾いた笑みを浮かべながら、視線を逸らして誤魔化している。こちらもさらに追及するように、まじまじと見つめてやる。
……今、気付いたが、よく見ると、ミーアはほんのりと口紅を差しているみたいだ。
ああ、この子も化粧に興味を持ち始めるなんて、成長したもんだなぁ。
そんな感慨と共に、今度は見方を変えて、さらにミーアを見てみる。
正直、コーディネイターとしては、極普通としか言えない容姿なのだが、紫がかったパールグレイの髪は十分艶やかで綺麗だし、白いセーターの下に隠された母性も標準よりも十二分以上に順調に育ってるみたいだし、何よりも表情の一つ一つが豊かで、その言動は生気に満ち満ちている。
「な、何? じっと見ているけど……」
「いや、ミーアも成長したんだなぁ、って思ったんだよ」
「……私、成長、してる?」
「ああ、もちろんだよ」
……本当に極稀にだけど、仕草に女を感じて、ドキッっとさせられるぐらいには、ね。
「なら、兄さんに手を出させるほど、悩殺できる?」
「うーん、それには、まだ、後、最低四年は必要?」
……俺が手を出す相手は最低でも18歳以上じゃないと、色々と問題があるのです。
いや、別にプラントでは、14歳からでも構わないんですけどね、これは俺の倫理観の問題なのですよ。
「むぅ、中々に手強い」
「はは、俺から言わせれば、まだまだ、ミーアは子どもだよ」
「むぅむぅ」
ああ、もう、こうやって、むぅむぅ唸ると、ほんとに、妹みたいで可愛いなぁ。
「むぅ、その目が納得いかない」
「そうか?」
温かい目で見ているつもりなんだが?
「見てなさい。絶対に、アイン兄さんが手を出したくなるような、いい女になってやるから」
「はいはい、期待してますよ」
「むぅぅぅ」
こっちはさ、赤ん坊の時にオムツ替えてるんだよ?
簡単に、そういう対象には見れないよ。
「ほれ、蜜柑の皮、剥いたけど、食べるか?」
「……食べる」
蜜柑を半分に割って、片方をミーアに渡す。受け取ったミーアは一房もぎり、口に運んだ。
「甘いね」
「ああ、流石は天然物だよな」
実は、これ、先の任務で強奪した戦利品だったりする。こんな素敵で美味い物が口に入るとは、本当に頑張った甲斐があったってもんだ。
苦労の対価である蜜柑の甘酸っぱさをしみじみと堪能していたら、ミーアがまた、口を開いた。
「……兄さん、戦争はいつ、終わるのかな」
「さて、俺も早く終わって欲しいんだけど、中々ね……」
停戦交渉の"て"や講和の"こ"の字も聞かない以上は、まだ続くんだろう。
「兄さん、そっちに、行ってもいい?」
「……んっ?」
甘えたいのかな?
……。
まぁ、拒否する理由はないし、いいか。
「ああ、いいよ、おいで」
「……」
斜め向かいに座っていたミーアが炬燵から抜けると、一秒でも出ていたくないといわんばかりの速さで、俺の足の間って、おいおい。
「んふふっ、ここが背中も暖かいの」
「はぁ、俺はドテラ扱いか?」
「うん」
身も蓋もないミーアの物言いに俺が涙している間にも、ミーアはぐりぐりと背中を俺の身体に押し付けながら、もぞもぞとデニムパンツに包まれたお尻の置き場を捜すと、いいポジションを見つけたのだろう、ストンと落ち着けた。
「ん~、暖かい」
「……それは結構なことで」
……まぁ、俺も懐に暖かい懐炉があると思えば……いいか。
そんな思いを懐きつつ、ミーアが寒くないように、覆いかぶさる。
……。
ああ、ミーアの髪から立ち上る甘い匂いと懐の丁度いい温もりに癒されるわぁ、って、女の子の匂いに癒される俺って、実は某彗星でサングラスで総帥な人についての噂みたいにHENTAIだったのか?
……いやいやいや、馬鹿な想像は打ち切りっ!
それよりも、ミーアに帰ってきてからずっと気になっていたことを尋ねよう。
「ミーア、俺が帰ってきてから、ずっと、こっちで寝泊りしてるけど……何かあったのか?」
「……ううん、ここで寝泊りしているのは兄さんが帰ってきてからじゃないよ?」
「……へっ? …………俺がいない間もずっとなのか?」
「うん」
そんなに長い間、こっちで寝泊りしてたってことは……家のこと……家族のことで何かあったんだろうか?
「家族と何かあったのか?」
「…………ん」
……ということは、あれかな?
「弟のことか?」
キャンベル家には三年前にミーアの弟、長男が生まれている。そのことに関してかなと思って尋ねたのだが……。
「……うぅん、どっちか言うと、父さんと母さん」
「な……に?」
……その言葉に、何故か、突然、休暇で弛緩していた頭を、ガツンと思いっきり殴られた気がした。
「兄さん。……父さんも母さんも、プラントの技術で、自分達の思い通りに生まれた弟に夢中みたいなの」
「そ、そう、なの、か?」
「ん。…………それで…………思い通りに生まれなかった私のことは、もう、ずっと、見てくれてないの」
「……なっ!」
た、確かに前々から、ミーアからはキャンベル夫婦が長男を非常に溺愛しているとは聞いていたが、まさかの告白だ。
……というか、今、ミーアが話していた内容の重さと話した口調の重さが、まったく、釣り合っていないっ!?
そのことに気付いて動揺してしまい、俄かに波立った心を平常に戻すべく必死に押さえ込みながら、今までのキャンベル夫婦との付き合いを考えてみる。
……。
確かに、ここ、二年程、おかしい。
長女であるミーアが年頃になったというのに、古くから付き合いがある知り合いとはいえ、男の家に入り浸っていることに対して、俺にもミーアにも、なんら注意をしてこないし……、先だって、挨拶に行った時にも極々普通の対応で、ミーアが何日も泊まっていることへの言及も何もなかった。
いや、そのことには多少の違和感を感じていたが……まさか、そんなことになっていたとは……。
俺が過去を振り返り、これまでの……今までと変わらぬ、ありふれた日常が、実はミーアの我慢の賜物だったことに、何故、気付けなかったと猛省していると、ミーアがポツリ呟く小さな声が聞こえた。
「……父さんも母さんも……あの子だけ、いればいいのよ。だから……ワタシナンテ、モウ、イラナインダトオモウ」
ミーアから発せられたその声が……あまりにも平坦過ぎて……。
その声に含まれている心の色が……あまりにも空虚過ぎて……。
「ミーア」
自身の心に感じた切なさと遣る瀬無さを潰したくて……。
家族同然の少女が抱える寂しさと孤独を癒したくて……。
「……ん」
……胸のうちの大切な存在を力一杯に、しっかりと抱きしめた。
「……」
「……」
少しでも、ミーアの冷えてしまった心が温まるように願いながら、ミーアがきつく感じる位に、互いの心音がよく聞こえる程に、抱きしめる。
「……」
「……」
俺には、妹分の苦境に気付けなかった間抜けな俺には、これぐらいしか……人の温もりを思い出させるぐらいしか、できない。
「……」
「……」
どれだけ、時間が経ったんだろうか……。
胸の内のミーアが身じろぎして、そっと、俺の手に自身の手を重ね触れてきた。
「……ん、ありがとう、兄さん。でも、ちょっと、苦しい」
「それだけ、俺がミーアを大切にしているの……だから、我慢しなさい」
「ふふ。……うん、なら、我慢できるよ」
くすぐったそうに笑うミーアに、先程のがらんどうな雰囲気は見られない。
そのことに安堵しながら、言うべきことは言っておく。
「ミーア、家に居たくないならな、今まで通り、この家を使えばいいからな」
「うん」
少しだけ、腕に込めていた力を緩め、ミーアの身体を俺に凭れさせる。
「これだと、苦しくないだろ?」
「ん。……ねぇ、兄さん」
「なんだ?」
「……もし、この家がなかったら……私、どうなってたかな?」
「そんな馬鹿な想像はするな! ……すまん、でも、そんなことは考える必要なんてないんだよ」
どう考えても、ミーアがとんでもない目にあう、怖い想像になりそうだからな。
……。
それにしても、ミーアと家族がそんな状態になっていただなんて、確かに、放任にしては……なんてことは思ってはいたが……いや、これも情けない言い訳だな。
……。
うーん、せめて、何かで埋め合わせをしたいんだが、なぁ。
「……ほんとなら、一緒に居てやりたいんだけどなぁ」
「うん、わかってる」
とは言いつつも、ミーアは無意識の中にだろう、俺のドテラの袖をギュッと握り締めている。それが何ともいじらしくて、傍に居てやれないことが申し訳なくて、ミーアの肩に顎を寄せ、頬と頬を合わせて、謝罪の言葉を紡いだ。
「ごめんな、ミーアが寂しい時にいてやれなくてさ」
「……うん、独りは寂しいから、ほんとは、一緒にいて欲しい」
……久しぶりに聞いた、ミーアの本音かもしれない。
「そんな簡単な望みを叶えてやれないなんて、本当に駄目な兄貴分だよ、俺は……」
「……それなら、わがまま言ってる私も、十分に駄目な妹分だよ?」
「はは、これ位のわがままは言ってもいいんだよ。むしろ、昔みたいに、ミーアのわがままを普段から引き出せない俺の方が悪いんだ」
「……そうなの?」
「うん、そういうものなんだ」
結論を出した後、頬を離し、今度はミーアの頭に顎を乗せてみる。
「……重いよ」
「ふふふ、これは後に座る者の特権なのだよ、ミーア君」
「むぅ、私も今度、絶対にしてやる」
少し、調子が戻ってきたか?
そう感じたので、顎を下ろし、今度は揺ら揺らと左右に揺れてみる。
「……ねぇ、アイン兄さん」
「ん? 何だ?」
「兄さんは戦争が終わったら、どうするの?」
「……終わったらか?」
「うん」
戦争が終わったらか……。
……。
あんまり、考えたこと、ないんだよなぁ。
……。
借金も去年で返済し終わったし……親孝行でもしようかなぁ。
「兄さん?」
「んっ、ああ、そうだな……ザフトは辞めるつもりだ」
「……そうなんだ」
「ああ」
危険な仕事は、もう、ノーサンキューなのですが……辞められるんだろうか?
……。
義勇兵組織だから、多分、大丈夫だろう、多分。
「辞めた後は、また保安局?」
「……いや、それも辞めるよ。そろそろ、オーブにいる親父の所で働かせてもらうかなぁ、って思った」
「……そう、なんだ」
あらら、沈んじゃった。
俺も好きな子にいぢわるする性質だから、自然と言葉が足りなかったりするのよねぇ。
だから、ちゃんと話を続けないとな。
「ミーアも一緒に行くか?」
「…………えっ?」
「だから、ミーアも俺と一緒に、オーブに行くか?」
「……いいの?」
「ああ、親父もミーアを気に入ってるし、大丈夫だろう」
「なら、行く。一緒に行きたいっ!」
「それなら、ミーアもそのつもりでいるようにな」
「うん」
これでミーアも、少しは元気が出るだろう。
……。
さて、そろそろ、昼飯の時間だが……。
「ミーア、今日の昼飯、どこかに食べに行くか?」
「今日はもう食べなくていい。……ずっと、このままがいい」
「……え、えーと、ミーアさん?」
「今日は、寝るまで、ずっと、このままで過ごすのっ!」
わ、わがままを言っていいなんて、カッコいいこと言った手前、拒否できない!
「わ、わかったよ」
「うん、兄さん、今日はずっとこのままだからね、絶対だよ?」
「……はいはい」
……まぁ、ミーアがそれでいいなら、いいか。
でも、まさか蜜柑で寝るまで食いつなぐ破目になるとは、思ってもみなかった。
……うぅ、今晩は空腹で寝れないか、頻繁にトイレに立たないといけなくなるかもしれん。
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