第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
38 年末年始の骨休め 1
12月24日。
戦隊は最後の襲撃の際に拿捕した輸送艦を伴なってプラントに帰還した。
以前と同じく、輸送艦の臨時艦長及び運航スタッフはエルステッドとハンゼンの両航法通信管制班、つまりはアーサー達から抽出している。彼らも、ザフトと連合軍の規格違いがあるだけに使い慣れない機器が多くて大変だっただろうが、これも成長するための一つの試練ということで耐えてもらった。
そうやって、わざわざプラントまで持って帰ってきた二隻の輸送艦には、連合が月へ送る予定だった食料品や酒、無煙たばこ等の嗜好品やらが大量に積まれている。
なんとなれば、現在の世界全体の食料及び経済事情を考えると積荷は貴重な代物だったから、積載量限界まで詰め込んで頂いて来たのだ。
まぁ、ぶっちゃけると、戦利品という奴だ。
で、これらのお宝もとい食料品等満載の輸送艦を当初は四隻拿捕して、世界樹の種へと引き揚げてきたのだが、賃貸料……というのは冗談として、お裾分けに二隻を残してきたりする。
拠点の司令や建設及び運営スタッフ、防衛隊に駐留艦隊、俺達と同じように通商破壊任務に従事する他の独立戦隊の連中も、プラント優先の食料供給のため、あまりよろしくない食事環境が続いていただけあって、非常に喜んでくれた。俺達の戦隊がプラントに帰還する時には、わざわざ見送りに来てくれたくらいだ。
本当に、残した甲斐があったというものだ。
ちなみに、エルステッドやハンゼン内部にも、撃沈予定の輸送艦から拿捕予定の艦へとブラックBOuRUやMSを使って積荷を移し替えた際に、積めるだけ詰め込んでおり、下船時に乗組員全員に全て分配していたりする。
……こうやって考えてみると、やっていることは海賊そのものだが、戦隊は三ヶ月以上に及ぶ長期任務をこなしたのだ、これくらいの役得は臨時の報奨ということで、上からもお見逃しをいただいた。
もっとも、賄賂代わりに国防委員長室と国防事務局、宇宙機動艦隊司令部に貴重な珍味や高級酒の類を任務報告書と一緒に送りつけたのも効いているんだろうけどね……。
げふんげふん。
……とにかく、戦隊にはザフト宇宙機動艦隊からの通達で一ヶ月の休暇が与えられることになった。
◇ ◇ ◇
俺も戦隊の幹部達と一緒に、手配しておいた配送サービスに持ちきれない土産品を嬉々として預けた戦隊員が全員下船するのを見送った後、エルステッドとハンゼンの両艦をメンテナンスドックに預けて、家に帰ろうとしたのだが……。
「先輩、約束のご飯!」
宇宙港のラウンジで待伏せしていたレナに、飯の催促をされてしまった。
「あ~、そういえば、レナとは約束があったな」
「はいっ! 今日、この日が来るのを待ちわびてました!」
おおっ、出会ってから此の方、見た事がないくらいに、レナの目がキラキラしている!
こ、これは、先輩として、男として、応えてやらないとっ!
「んで、レナは何が食べたいんだ?」
「ん~、何でもいいですから、おいしいのが食べたいです」
「むぅ、何でもいいと来たか……」
そうだなぁ。艦での食事は搭載量の関係でどうしても制限された内容になってしまって、飽きていたからなぁ。俺も、何か新鮮な物が食べたい気分ではある。
となれば………………むむむむっ。
「そうだな、寿司なんてどうだ?」
「えっ、あの、SUSHIですか?」
「……レナが言うのが、どの寿司なのかわからないが、昔、日本で食べられていた寿司だ」
現在は、東アジア共和国になってしまった、前世の祖国を代表する食だ。
「……食べてみたいです」
「よし、んじゃ、行くか」
その前に財布の中身を確認っと。
……。
うん、回らない寿司じゃなくても大丈夫そうだって、プラントには回る寿司屋なんてないんだよなぁ。
「よし、寿司屋があるのはユニウス・フォーだから……こっちの連絡船乗り場だな」
「はいっ! 御供しますっ!」
……ん?
「どうかしましたか、先輩」
「いや、こう、誰かに見られていたような?」
「へっ?」
俺の言葉を受けて、レナがキョロキョロとラウンジを見回すが……。
「誰もいませんよ?」
「いや、あの植え込みの影で何かがこちらを伺っていたように感じたんだが……」
「私、見てきましょうか?」
「……いいよ。気のせいだろう。そろそろ、連絡船が来るだろうから、行くか」
「はいっ!」
山吹色と緑色の髪が見えた気がしたんだが……気のせいだろうさ。
◇ ◇ ◇
でもって、やって来ましたユニウス・フォー。
宇宙港でそれぞれ抱えていた荷物を預けた後、居住区に降りてきた。その降りる間に垣間見えたんだが、ここの湖……というか海は居住区の大半を占めていて、かなり大きかった。
「先輩、ここの海、大きいですね」
「ああ、通常の倍以上はあるな」
このコロニーに本格的な寿司屋があることを教えてくれたザラ夫人によれば、ユニウス・フォーは魚介系の養殖を専門に扱っており、外洋魚の養殖にも成功しているらしい。もっとも、流石にプラント全体の需要を満たせるほどの供給はできないとのことらしいが……宇宙で外洋魚を養殖すること自体がすごいと思うよ。
ちなみに、このコロニー、本来はリゾート地だったそうで、今現在も海水浴場等があったりする。
「場所は知らないって、先輩は言ってましたけど、お店は案内に出てるんですか?」
「たぶん、出してないだろうけど……店の場所と連絡先を情報端末に控えておいたから、大丈夫だよ」
そんなわけで情報端末を頼りに、レンガ造りを模した建物が並び、潮の香りがする港街を右に左に彷徨うこと10分ほど……目的の店が見つかった。
路地裏に近い細い街路に面していたその店は、幸いなことに、営業中だった。
「さて、……とりあえず、入るか」
「あ、はい」
タッチ式の自動ドアを開けて、中に入ると、酢の香りが鼻に入ってきた。
……懐かしい匂いだった。
懐旧のあまりに心奪われかけると、店の中から声を掛けられた。
「らっしゃい」
「……あ、どうも、二人なんだけど、席、空いてる?」
「空いてますよ」
黒髪の寿司職人の返事を聞き、レナを伴なって中に入る。店内には、カウンターとテーブル席が三つ程あり、客が二人ほどカウンターに座っていた。
「レナ、カウンターとテーブル席があるみたいだけど、どっちがいい?」
「……テーブル席がいいです」
というわけで、テーブル席に二人向かい合って座ってみる。
「え、えーと、先輩?」
「はいはい、お品書きはっと」
お茶とお絞りと一緒に届いたお品書きにざっと、目を通す。
……ここは三ヶ月以上、命を張って、頑張ってきたことに加えて、後輩にも奢るのだから、食料物価が高くなりつつある影響でかなり高いお値段であったとしても、松セットを選ぶのが最もいいでしょう、と脳内会議で満場一致で決議されたので、ここは素直に従って注文することにする。
「松を二つ、お願い」
「はい、わかりました」
愛想のいい店員さんに注文して、後は、出来上がりを待つばかりである。とりあえずは、お絞りで手を拭いて、お茶を飲んで……ああ、これ、久しぶりで美味いわぁ。
レナも俺の真似をしながら手を拭いたりしていたが、しばらくすると、俺を見つめたまま、不思議そうに首を傾げた。
「……先輩、なんか、馴染んでません?」
「んっ?」
「いえ、妙に、こう、雰囲気に溶け込んでいるというか、リラックスしているっていうか……」
「ああ、たぶん、血の所為もしれない」
「血、ですか?」
「ああ、俺の母方がな、東アジア系……特に寿司の生まれ故郷である旧日本の血が入ってる家系なんだよ」
母本人の姿形や容姿からはそんなに日系らしさをまったく感じなかったけど、生活習慣は意外と和風な面があった。
「へぇ、そうなんですかぁ。あ、だから、この店も?」
「いや、ここは母の知り合いが教えてくれたんだ」
ちなみに、母の知り合いとはザラ夫人のことで、その夫人も俺の母に教えてもらったとか。
「ふーん、その知り合いって、どんな人なんですか?」
「ザラ国防委員長の奥さん」
「ブ、ゲホっ」
……いや、そんなに驚くなよ。ああ、ほらほら、こぼれてるこぼれてる。
レナの胸にかかってしまったお茶をお絞りで……って、俺、セクハラは駄目絶対駄目!
俄かに現れた煩悩と葛藤を封じ込め、レナに手拭を渡してやる。それで口元と制服を拭いたレナが恨めしそうな目で俺を見る。
「先輩、驚かさないで下さい」
「いや、そこまで驚くことか?」
「……そう言われてみれば?」
交友関係なんて、どこでどうつながっているか、わからないもんだよ。
「そういえば、レナ、実家に連絡は入れたのか?」
「はい、プラントに帰ってきたって連絡はちゃんと入れましたよ」
「そうか、家族は皆、元気だったか?」
「ええ、それはもう、生まれたばかりの妹の声を聞かされる位に……」
……いや、それって、めでたいことのはずなのに、何で、そんなにブラックな雰囲気に?
「いい歳して、子どもを作ったくせに、私に孫を催促する両親がうるさくて……」
「孫?」
「……そうなんですよっ! 早く孫の顔を見せろ、ってうるさいんですよっ! もう、ほんとに、放っておいて欲しいです!」
「お、落ち着け、レナ、周りに迷惑だ」
あ、いや、カウンターのお客さん、けっ、痴話喧嘩なんてしやがって、独り身の俺に対するあてつけか、ごらぁ、なんて目で見ないで下さい。それは勘違いですからっ!
「た、確か、レナの実家は……マティウス市だったよな」
「……はい、私とサリア……ベルナールは同じマティウス・ツーの出身ですよ」
よ、よし、ここから、話を変えていくぞ!
「ああ、それで……ベルナールはローラシア級について詳しかったのか」
「いえ、たぶん、サリアがそれに詳しかったのは、情報集めが趣味だからですよ、きっと」
「情報集めが趣味?」
「ええ、好奇心が強いですから、サリアは……」
レナは自身の親友を思い浮かべたのか、ブラックな空気がなくなり、表情に柔らかいものが戻った。
……。
うん、初めて会った時よりも雰囲気に落ち着きがあるから、子どもらしさが抜けて、いい表情になっているよ。
「お待たせしましたぁ、松二人前です」
「はい、どうも……ほら、レナ」
「あ、ありがとうございます」
さっきの店員さんがレナの前に寿司が乗ったゲタを置いた後、俺の前にもゲタが置い……ああ、目の前に、色鮮やかな握り寿司が……。
「これが寿司、ですか?」
「ああ、これが寿司だ」
ああ、嗚呼、懐かしき、握り寿司っ!
カリフォルニア巻じゃない、伝統の握り寿司っ!
「さて、食べるか」
「は、はい」
心浮き立たせながら、割り箸を割り、醤油を小皿にたらし……寿司を一貫……トロ……ああ、脂身が、トロケテ、う、う、美味いぞぉぉぉーー!
「え、えーと」
俺の魂が! 寿司の味を! しっかりと! 覚えていたぞぉー!
「あれ」
ああ、嗚呼、例えネタが養殖だろうと、美味いもんは美味いぃぃぃっ!!
「う、うぅ、うまく、持てません」
あまりに悲痛な声が聞こえ、何事かとレナを見れば、箸の持ち方が滅茶苦茶だった。
「ああ、箸は、こう、持つんだ」
「……こう、ですか?」
「違う違う、こう」
「……むずかしいです」
ならば、昔、前世でも、現世でも、母にやってもらった方法で教えようか。
ちょっと、立って、素早くレナの後に移動して、覆いかぶさるようにして、箸を持つ手に手を添える。
「え、えっ、ええっ、ちょ、えっと、先輩?」
「いや、箸の持ち方は、こうだよ」
「……あっ、…………こ、こう、です、か?」
「うん、そうそう、うまいうまい」
早くも上手くいきそうなので、再び、元の席に戻って、寿司をもう一貫……ブリ……ああ、美味い!
「あ、持てた」
「そう、それに醤油をちょっとつけて、食べる」
「……ぁむ」
……?
「…………お、美味しいです!」
「そうか、なら連れて来て良かったよ」
「はい! 今度、サリアや家族に自慢してやろうっと」
そう言うと、レナはご機嫌なお子様のようにニコニコと満面の笑みを浮かべる。
……うん、さっき感じた女らしさは勘違いかもしれない。
まだまだ、レナは子どもだ。
その後、レナとお喋りしながら、寿司を全て平らげ、お土産用の寿司も握ってもらい、それぞれ、お持ち帰りすることにした。
……少し多めに、ね。
財布をほぼ空にして寿司屋を出た後、折角来たのだからということで、港情緒が溢れている市内をしばらく散策した後、再び宇宙港へつながるエレベータ前に戻ってきた。
隣を歩くレナが青い髪の尻尾を揺らせて、まだまだ元気一杯な様子を見るにつけ、自分の歳を感じてしまう今日この頃です。とは言いつつも、ニコニコと笑顔が絶えないレナを見ていると、こっちも嬉しい気分になる。
「先輩っ! 今日は、ご馳走様でしたっっ!!」
「はいはい、で、どうだった、本格的な寿司は?」
「ええ、とっても美味しかったです!」
うんうん、そんなに喜んでもらえると、お兄さん、嬉しいよ。
なんてことを思いながら、エレベータ施設の出入り口付近で周囲を見回してみる。
「……どうかしましたか?」
「んっ?」
「いえ、さっきから周りを見渡してますけど」
「ああ、ここに知り合いがいるはずなんだよ」
「知り合い?」
……いた。
二人して、エレベータホールのベンチでグッタリとしている。
「あっ、サリアにデファン!」
目を丸くして、二人に駆け寄るレナ。俺もその後をゆっくり付いて行く。
「二人とも、こんな所で何してるの?」
「い、いや、俺はサリアに無理矢理連れてこられたっす」
「わ、私は、その、レナが大丈夫か、心配で……」
「後を付けてきたんだろ?」
「先輩、き、気が付いてたっすか?」
「当然、ザフトに入る前の俺の前歴は保安局員だぞ?」
「えっ? そ、それは知らなかった」
ガックリと肩を落とすベルナールに思わず、苦笑が漏れてしまう。
「ほれ、二人に残念賞兼敢闘賞だ」
二人に小さい寿司折りをそれぞれ渡してやる。
三ヶ月以上、頑張った分、特別のご褒美だ。
「な、なんすか、これ」
「寿司」
「……ああ、隊長に後光が」
「そんな大袈裟な。……それよりも、そろそろ、連絡船が来る時間だ。お前達、家に帰ったら、ゆっくり休んで、ちゃんと疲れを取れよ?」
「「「はい、わかりました」」」
……うん、大変よろしい。
いや、可愛いもんだよ、後輩ってさ。
……。
さて、俺も我が家に帰ったら、寿司折りで妹分の機嫌を取らないと……。
なんせ、前から、今日行った寿司屋に連れてけ連れてけ、って催促していたらからなぁ。
ああ、なんか、今から、ミーアの拗ねた顔が目に浮かぶよ。
けど、まぁ、それもまた、可愛いからいいんだけどね……。
さて、これから一ヶ月、ゆっくり、休ませてもらおうか。
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