第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
37 群狼の雄叫び 5
大量のミサイルが至近距離で一気に爆発したため、凄まじい衝撃が機体を大きく揺さぶり、同時にその破片が各所の装甲を傷つける感触を覚える。
だが、呆けていれらない。
馴染んだ動きで、脚部の姿勢制御バーニアを噴射させ、ミサイルの射線上から機体をずらす。
……先程まで機体があった空間を、爆発に巻き込まれなかった複数のミサイルが通り過ぎていった。
少しほっとして機体情報に目をやれば、幾つもの警告のレッドや注意のイエローが点っていた。
……それでも、俺は生きているし、機体もまだ動く。
それに、今の爆発なら、相手も俺が落ちたと思ったかもしれない。
このチャンスは生かすっ!
「……せん、ぱい?」
「なんだっ、レナ! 呆けるなら後にしろよ! お前の後にもミサイルが近づいているぞ!」
「は、はいっ!」
……しかし、危なかった。
咄嗟に攻防盾を切り離して、思いっきりミサイルにぶつけなかったら、あの世に旅立ってたな、間違いなく……。
だが、これで邪魔なミサイルは吹き飛ばしたっ!
今度はこちらが攻める番だ、ちくしょうめっ!
「レナ! お前を追いかけてくるミサイル、しばらくは何とかできるな?」
「え、え?」
「どうした、しっかりしろ!」
「は、え、せ、先輩、今の爆発を、ど、どうやって?」
「それは後で説明する! 俺は今からミサイルの元というか司令塔を叩く! もうしばらく、我慢できるか?」
「で、できます!」
「よし、いい子だ。すぐに戻るからな」
「あっ……」
新しいミサイルを撃たれる前に、相手を動揺させないと……。
なんて考えながら、開いた左手に重斬刀を装備させて、通信を開き、現状を各小隊長に問う。
「デファン! マクスウェル! リー! 状況はどうかっ!」
「艦同士の連携が上手いっす!」
「隊長! 戦艦の火器とビームが邪魔です!」
「あれがなきゃ、すでに落としてます!」
「よし、わかった!」
……ならば、この俺の、怒りの一太刀を、喰らいやがれえぇッ!!
「って、ええええぇ! 先輩、何してるっすか!」
「重斬刀を……」
「……投げた」
左腕を大きく引いて、突くように投げつけた重斬刀の目標は、もちろん、狙いは250m級の艦橋だっ!
「お前ら! 何をボケッとしてる! 隙が出来てるぞっ、150m級を落とせッ!」
「はっ、はいっ!」
「了解!」
対艦攻撃を指揮する二人に発破を掛けた後、250m級の動きに注意しながら、近接火器目掛けて、重突撃機銃を乱射する。
……。
おうおう、恐怖の質量兵器を落とすために、全艦艇がビームやら近接火砲やら、必死の防御火線を形成してますねぇ。
だけど、何故か、こういう時って、悪魔が嘲笑っているのか、天使がソッポを向いているのか、とにかく、当たらないんだよねぇ。
これ、俺がラウと度重ねた模擬戦で得た、貴重な経験則の一つよ。
「……相変わらず、やることが奇抜すっねぇ」
「ふん、こちとら危うく殺されかけたんだ、遠慮はしない。それよりも、デファン、しっかり、攻撃隊のサポートしておけ」
「了解っす」
さて、俺はレナを……。
「先輩!」
「ん? レナ、ミサイルは大丈夫なのか?」
「はい! ミサイル全弾、振り切りました!」
……この短時間で……何気に、レナって凄いんじゃないだろうか?
「どうかしましたか?」
「いや、レナの技能に驚いただけさ」
「? って、先輩こそっ、ミサイルのダメージはっ! 身体は大丈夫なんですか!」
「ああ、機体にレッドやイエローが幾つか出ているが、まだ動かせるし、俺も大丈夫だ。……ちょっと危なかったがな」
嘘です! 本当はとっても怖かったですっ!
でも、隊長だから、表に出さないのですっ!
それにだ……、いつの世でも、痩せ我慢をしてみせるのは、男の特権なのですよっ!!
表面で強がりながら、後でスーツ内の小便袋、見つからないように捨てとかないとなぁ、なんて考えていたら、爆発光を相次いで確認した。数が二十近いってことは……。
「よし、どうやら150m級は上手く落とせたようだな」
「はい、そうですね。……あ、あれ?」
レナがあげた疑問の響きに、どうしたのかを問おうとしたら、対艦攻撃を仕掛けた小隊長達から相次いで、通信が入った。
「マクスウェルです。引き続き、輸送艦を狙います!」
「こちら、リー。輸送艦への攻撃を開始する!」
「了解。250m級がまだ残っているし、輸送艦とはいえ、武装もしているから、十分に注意しろ。……無理はするな、させるな」
「「了解」」
この船団の肝である輸送艦群は前後を戦闘艦に挟まれていたために、逃げるに逃げ出せなかったって感じである。
船団護衛というのも、難しいものだなと考えていたら、レナが恐る恐るといった感じで、俺に声を掛けてきた。
「え、えーと、先輩? 250m級の艦橋の脇に、何か刺さってるんですが……」
そっちは、意識して見なかったのに……。
「……あれって、重斬刀、ですか?」
「……ああ」
いや、どうやら俺が投げた重斬刀……250m級が本当に迎撃に失敗してしまったみたいで、それが、艦橋脇に深々と突き刺さってしまったようなのだ。
でもって、それが刺さって以降、戦艦の火砲は沈黙していたりする。
ふっ、俺も怒りで暴走するなんて、若いよなぁ。
……あっ、なるほど、これが若さ故の過ちってやつですねわかります。
過去の前世での名言を思い出しながら、全体状況を俯瞰し、そろそろ援護に動くかなんて思ったら、相手が先に動いたようだ。
「……先輩、敵250m級より発光信号を確認。我が艦隊は降伏する。乗員の安全を保障されたし、です」
「よし、受諾する」
「了解しました。受諾信号を送ると同時に戦闘停止の信号弾を上げます」
「ああ、頼む」
レナ機から受諾信号が発されるのと同時に、戦闘行動停止の信号弾が……弾ける。
……さて、リーは大丈夫か?
「……MS隊の戦闘行動、停止しました」
「うん、確認した」
はぁ、良かった。
……リーも落ち着いてきているということかな。
懸念は懸念のまま終わり、安堵すると共にMS隊の共用回線を開く。
「皆が見た通り、敵が降伏した。戦闘は終了だ。……各小隊長は被害報告を頼む」
隊全体を確認したが、幸いにも、数は減っていない。
「デファン小隊、モーリス機の左腕損傷っす」
「マクスウェル小隊はさっきの対艦攻撃で、コリン機が頭部をもぎ取られました。本人も少し負傷していますが戦闘に支障はありません」
「リー小隊、150m級が沈む寸前に撃った弾が当たって、ルッツ機の右背部スラスターが損傷しています。ですが、幸い、推進剤への誘爆は免れました」
この被害……やはり、今までで一番酷いな……。
「……よし、モーリス、コリン、ルッツの三機は艦へ戻す。機に余裕があるモーリスが他の二機の面倒を見ろ。残りは二機編成を組んで対応するように。……後、どんなことがあっても即応できるようにしておけよ」
「「「了解」」」
さて、後始末だ。
レナに背中を任せて、ゆるゆると250m級の艦橋付近に機を進ませる。
……間近で見ると、250m級は、デカイ。
通信回線を宇宙船の運航で使われる国際共通回線にあわせ、相手と直接会話するためにサブモニターも開く。
モニターに映ったのは、連合軍の白い制服を着た中年の口髭を生やしたおっさんだった。
「ザフト宇宙機動艦隊のアイン・ラインブルグだ。……貴艦隊の勇戦と貴官の英断を称えよう」
「本艦隊を預かる地球連合軍第四宇宙艦隊大佐のバーナード・ベンサムだ。……降伏するに辺り、乗員の安全を保障してもらいたい」
「ああ、もちろん保障しよう。だが……」
「……艦を降りて、放棄しろと言うのだろう?」
「ああ、そうだが……」
……なんで知ってる?
「……黄色の派手な塗装をしたMSが出たら、戦わずに逃げるか、降伏するように同僚から言われていたのだ」
「ああ、なるほどね」
「まったく様がない……MSが何するものぞと豪語していて……これでは、死んだ部下に顔向けできん……」
それは、俺の関与すべきことじゃない。
「さて、こちらからはs「くたばれっ、宇宙の化け物! 親父のっ! お袋のっ! 皆の仇だっぁぁっっっ!!!」」
突然、罵声が聞こえたと思ったら、右側面から突然、凄まじい衝撃を受けて、頭を内部機材に強打する。
「ぐッっ!!」
衝撃と共に頭と頬に感じた痛みに、自然、口から苦悶の声が漏れるが、我慢だ!
「「先輩!」」
「「隊長!」」
通信系から皆の声が聞こえるが、応えてはいられない。
まずは……機体ダメージの確認!
………………右腕、右脚がなくなった?
右背部スラスターもって……推進剤のカット!
……。
……誘爆……しないか…………助かった。
後、エアー漏れも……ないな。
……。
……だが、よく助かったな、俺。
……。
……ああ、なるほど、腕と突撃機銃がクッションになったのか……俺、悪運強いな。
「先輩! 先輩! 大丈夫なんですか! 返事を! 返事をしてください!」
「……大丈夫だ、レナ」
「あ………………よかった」
……バイザーが割れてるな。
とりあえず、ヘルメットを脱ぎながら、右の手足が無くなり、難しくなった機体バランスを何とか取りつつ、一端、250m級から距離を置く。
こうなった原因の元を探すと、250m級の左舷近接火砲が破壊され、火を噴いていた。
どうやら、レナが対処してくれたらしい。
「レナ、助かった」
「いえ。……それよりも先輩、血が……」
言われて始めて頬から出血していることに気付き、また、少量の血がコックピット内を漂うのを見て、エアクリーナーをオンにする。
ついで、周辺状況を把握してみれば……、今にもリーが今にも輸送艦に向けて無反動砲をぶっ放しそうだったので、慌てて制止する。
「……リー、まだ撃つな」
「ですがっ!」
「わかっている。いつでも落とせるように、全機、各艦の艦橋に照準を合わせておけ。……まだ、相手の言い分を聞いてからでも遅くはない」
「…………了解」
しかし……今のは……騙まし討ちか?
だが、そんなことをしても、余計な怒りを買って、確実に殲滅されるだけだし、今後の同じような降伏交渉にも支障が出るだろうし……何のメリットがない。先のおっさんの雰囲気からしても、そんな馬鹿なことをしないように見えた。
となれば……一部の暴走か。
「……向こうとの通信は……まだ生きているか」
見れば、モニターの向こうでも何やら騒動が起こっているらしいが……あの罵声から考えるに、青秋桜の狂信者か現状も把握できない阿呆か……復讐に狂った鬼だろう。
事をどう収めるか悩みつつ、通信画面に誰かが現れるのを待っていると、艦隊司令のおっさんが姿を現した。
あ~、顔、真っ青だね。
「……さて、ベンサム大佐……今のはあんたの指示でやった騙まし討ちか?」
「ち、違う! 今のはっ、部下のっ! そ、そう、ブルーコスモス派の部下の暴走だっ!」
「……ならば、あんたの責任は余計に重いだろうな。ブルーコスモスだろうが、なんだろうが、そこにどんな理由であったとしても、部下が暴走するって事は、きちんと部下の掌握が出来てないってことだからな」
「くっ!」
……ザラ委員長みたいな強い者いじめなら、大いに張り切るんだが、弱い者いじめはカッコ悪い上に、俺の趣味じゃない。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。……しかし、俺もたいがい悪運が強くて助かったが……あんた達も運が良かったな。もしも、俺が落ちていたら、俺の部下が復讐に狂って、この場にいる全員一人残らず皆殺しにしただろう。当然、攻撃されたのが俺ではなく部下だったら、俺はあんたらを一人残らず殺すように命じていたしな」
「……」
「とはいえ、降伏後に攻撃が為された事実は覆らない。よって、降伏は認められないことになるが……」
「そ、それは……」
今の状況で落し所なんて、少なくとも、馬鹿をやらかした側の立場じゃ、見つからないわな。
……。
まぁ、俺だって人間だから、無駄な殺生はできれば避けたい。
だから、こちらから譲歩してやろうじゃないか。
「……そうだな、一つ条件を加える事で、降伏を認めよう」
「ど、どのような条件だ!」
「……誇りある軍人にこんなことを言うのは失礼かもしれんが、ここは古来の海賊の如く、掟破りには死をもって報いるのはどうだろうか? ……事の元凶を、ノーマルスーツで宇宙に放り出し、酸欠か放射線で焼かれて死に至るまで、死の恐怖と共に苦しめさせる。これを降伏条件に付け加える。……それで手打ちだ」
「なっ」
「……最低限のルールを破った以上は、あんた達も皆殺しされても文句が言えないだろう? それを避けるには、これぐらい惨たらしい条件がないと、俺の部下に示しがつかないし、俺も納得しない。それに、今みたいな結果を考えずに馬鹿を仕出かす奴は下手に生かしたら調子に乗って、また周囲に災いを振り撒くだろうからな。……相応の報いを与えた方が双方のためにいいだろう。……これ以上、俺からの慈悲を期待するな」
俺って、殺されかけたのに、これだけで済ますなんて、優しい……よな?
「隊長! 攻撃許可を! ユニウスを攻撃した奴らにそんな慈悲はいらないですよっ!」
「言うな、リー。……それと、お前が言ったその理屈は、もう使うな」
「な、何故ですか!?」
「ユニウスを破壊された怒りと憎しみと怨みは、ニュートロンジャマーが地球に叩きつけられたことで晴らされている」
「けどっ!」
「……聞け、リー」
「っ!」
今、俺が殺せと言った相手は、恐らく、四月の、ザフトの……プラントのニュートロンジャマー無差別散布で家族を失っているんだろう。
だが、それは、自身が仕出かした事の原因にはなったとしても、結果への言い訳にはならない。
「俺達は今、戦争中で、連合軍と殺し殺される関係だが、そこにも最低限のルールが必要なんだよ。ただでさえ、コーディネイターだのナチュラルだのと、くだらない理由で感情的になって、そのルールが容易く破られる現状なら、特にな……」
「で、ですが、隊長! 今、隊長はそのルールを破られて、殺され掛けたんですよ? なのに、なぜ、そんな慈悲を……」
確かに、リーの言う事も真理なんだろうな。
「……それはたぶん、自らの精神を簡単に貶めないように、一度ぐらいは過ちを許そうと心掛けているからだろうさ」
「……」
「とはいえ、それも俺に関わることだけに適用させることであって、それ以外には適用させるつもりはない。さっきも言ったが、お前達の誰かが攻撃されていたら、俺は全艦を容赦なく落としていた。心情的にも、隊の責任者としても、それだけは絶対に見逃せないからな」
……もしかしたら、俺の考えは矛盾しているかもしれない。
だが、俺は元より不完全な人間という存在である以上は、必要以上に気にする事の程でもない。
「さて、大佐、返答や如何に?」
「…………わかった。今の条件を、私の責において……飲む。……コスギ大尉、バジルール少尉、その馬鹿をMA格納庫に連行して、速やかに処置しろ」
「「……はっ」」
やれやれ、自分が出した条件とはいえ、後味の悪い終わり方だよ。
「マクスウェル、デファン、リー、艦隊の監視を任せる」
「……了解です、隊長」
「……了解っす」
「……了解」
「レナ、戦隊に連絡を入れてくれ。どうせ最後なんだ、輸送艦も接収しよう」
「……わかりました」
……後、多分、言って良いことではないかもしれないし、今更のことなのかもしれないが、とんでもない現実だけは、向こうにちゃんと伝えておこう。
「大佐、最後に一つ、忠告をしておきたい。……今のプラント軍……ザフトでは、コーディネイター優越主義が蔓延っていて、ナチュラルっていうだけで格下、酷い時には人とは見ず、虫けらのように見る連中が、悲しいことだが……多い。だから、降伏を申し出ても……自分で言うのも嫌になる、とんでもない話だが、認めない可能性もあるかもしれない。そういうことも起こりうるということを、よく覚えておいて欲しい」
「……わかった、忠告を感謝する」
大佐が意外な程、見事な敬礼を見せたので、こちらも礼儀で、答礼を返した。
あ~、もう、こんな殺伐とした日常を送ってると、無性にミーアの顔が見たくなるなぁ。
……はぁ、早く家に帰りたいよ。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。