第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
35 群狼の雄叫び 3
地球-月航路での通商破壊作戦を開始して、一ヶ月。戦隊単独で、すでに二つの輸送船団と二隻の商船を潰していることから、作戦は比較的順調に推移していると言えるだろう。
また、他に二つ程の独立戦隊が出張ってきているから、たとえ逃したとしても再補足して潰す事ができ、効率も格段に上がっている。
とはいえ、戦隊もずっと戦闘や待伏せをするために外縁部のデブリ帯に待機しているという訳ではなく、L1の新拠点、世界樹の種に戻って休んだりしている。……というか、そのために拠点を作ったのだから、使わないと意味がない。だからこそ、一ヶ月を越える長期間の任務が遂行できるのだ。
その新拠点である世界樹の種も、俺達の戦隊がL1外縁部近辺で通商破壊に精を出している間に、建設を担当する専属の工兵部隊によって着々と拡張と整備が進められている。結果、拠点としての機能は一日一日、より充実したものになっていっているのだが……一概に、それが良いと言うわけでもない。
これだけ急速な拡張を行えば、当然、資材の消費量も多くなるし、その分、プラントからの物資輸送等で輸送艦の出入りが激しくなる。それに加えて、別の問題……L1にジャンクを漁りに来たジャンク屋の連中が寄港拠点として使用したいとの圧力を掛けて来ているなんてこともある。
これだけ激しい出入りや人口に膾炙されているだけに、もう間違いなく、この拠点のことは連合軍に気付かれているはずだ。だから、いつ何時、連合軍が攻めてくるのか、なんて具合にヤキモキしていたものだが、幸いなことに月の連合軍に、目立った動きは見られなかった。
……まぁ、今は拠点防衛隊も組織されたし、ちゃんと早期警戒システムも立ち上がったらしいから、必要以上の心配は無用となっている。
◇ ◇ ◇
L1を押さえる拠点として確実に根付きつつある世界樹の種にて、今現在、戦隊は休息しており、俺もまた、重力居住区画のラウンジでITIGOオレ片手に休んでいる。久しぶりに職務から解放されたからか、非常に心と身体が休まる時間だ。
つい先日、プラントからの通信と言う形で、とある問題が降って湧いてさえこなければ……。
本当に、頭の痛い問題とは勝手にやって来るものだと言わざるを得ない。
その問題とは………………俺のパーソナルマークについてだ。
パーソナルマーク。
至極簡単に言えば、特定個人を示す印、と言えばいいだろうか。……通常の日常生活では、普通、お目にかかれない代物だと思う。
けれども、このパーソナルマークなるもの、パーソナルカラーと同じで、戦場では……特に有視界戦闘が増えつつある現状では、価値が出てきたりしている。
例えば、ザフトのMS隊では、パーソナルマークはパーソナルカラーと同じく、敵の撃墜数が多いエースがこれを付ける事を許可されている。そうすることで、敵味方にエースの存在を誇示し、味方の士気を上げ、敵の戦意を挫くなんてことをしているのだ。もちろん、そのエースが落とされた時、味方に動揺が起きるなんてデメリットもあるのだが、それはそれ、何事も表と裏が存在する以上、仕方がないことだと言える。
で、そのパーソナルマークを、俺にも付けろという、プラントのお偉いさん……具体的に言えば、両肘を机につき、ニヤリと笑う国防委員長からのお達しが……。
いや、ほんと、なんで、パーソナルマークなんてもんをつけないと駄目なんだ?
「……あれ、先輩? どうかしたんですか?」
俺って、エースなんて存在じゃないっていうか、そもそも、エースってのは撃墜王のことを表す言葉であって、ラウみたい奴のことを言うはずなんだよね。つまり、普通、俺みたいなのは、エースなんて呼ばれないと思うんだ。
それなのに、何故だ?
ただでさえ、もう、パーソナルカラーの黄色でお腹一杯だってのに!
……。
いや、これもあれか?
ザラ委員長の俺を亡き者にするための陰謀の一環なのか?
……まったく、委員長もそんなに持論にケチをつけた若造が気に食わないんだろうか?
「先輩ッ!」
「はいっ!」
……ビックリした。
目を瞬かせて大声が聞こえた方向、つまりは自身の頭よりも下方を見やると、こちらを見上げる明るい緑色の瞳と眉根を寄せた顔の持ち主、レナがそこにいた。
軽く観察すると、その手に飲料パックが二つ握られている所から、どうやらラウンジの飲料コーナーにドリンクを取りに来たらしい。
「先輩、調子が悪いんですか?」
「いや、いつも通り、胃が少し痛むくらいだが?」
「……うん、なら、いつも通りですね」
今の答えで納得されるのも悲しかったりするが、それが今現在の俺を知る皆の共通認識なのかもしれない。
「レナは飲み物か?」
「はい、サリアと部屋で喋っていたら、喉が渇きまして……」
「ふーん、隊の他の連中は?」
「デファンはMS隊の有志を連れて、無重力ブロックで整備班と何かしているみたいです」
「いらんこと、してないと、いいなぁ」
「あはは、たぶん、無理ですよ」
現実は、俺の胃に優しくないです。
「それと、マクスウェルが残った隊員全員を連れて、レクリエーションルームで遊んでるみたいですよ」
「はぁ、どうせ賭け事なんて悪徳をしてるんだろうさ」
「それを広めた大元が何を他人事のように……」
えー、ちょっとした賭け位は楽しいスパイスになっていいでしょうよ。一応、主計班と図って賭けで賭けられるのは日給の一割までっていう規定を設けている上に、一番儲けた奴はその場の全員に有料の飯や酒を奢るってルールもあるんだからさ。
「後、リーは……」
「ああ、あいつはエルステッドに残って、シミュレーター訓練だろ?」
「……はい」
「まぁ、しばらくは放っておいてやってくれ」
初めての襲撃でリーが命令違反した後、二日程営倉に放り込んだんだが……一層、うちに篭るようになったというか、その考えや思いを硬化させてしまったようなのだ。
本当は、営倉の中で冷静になって自分の行動を反省して、小隊長としての役割をこなして欲しい所だったのだが、復讐の念に囚われている以上は無理だったようだ。
だからというか、俺が許せる範囲内では、リーを自由にさせている。
今のシミュレーター訓練にしても、あいつは、そうやってしか、やり場を失った怒りを発散させるすべがないだろうから許可を出した。
……それに。
……。
もしも、ミーアがあの核攻撃で死んでいたりしたら、きっと、アレが俺の姿だったろうとの思いもあるのだ。
……。
……あ~、ミーアを失うだなんて、嫌な想像は破棄してしまうのが一番だな。
よし、ここは一つ、楽しい話題に変えよう!
「あっ、そういえば、先輩。パーソナルマークはどんなデザインにするんですか?」
うぅ、どうせなら、もっと楽しい話題を出してくれよっ!
「ぱ、パーソナルマークか?」
「はい」
「……それって、絶対につけないと駄目か?」
自分ながら、どこか懇願の色が多分に含んだ声が出てしまった。
「うーん、正式なルートで届いた委員長印が押された命令書を、隊長である先輩が無視してしまうと周りに示しがつきませんから、流石に駄目だと思いますよ?」
「うぐっ」
「それに、もう、今更だと思いますよ? 既にあんなに派手なパーソナルカラーに塗装した機体に乗っているんですから……」
「ぐふっ」
レナの無情でかつ的確なお答えに、反論できない!
「……い、いや、俺、そういうデザインなんてできないっていうか、絵心がないんだよ。いや、そもそも、こういうのって自分で決めるものなのか?」
「どうなんでしょう? 自分で考えてつける場合もあれば、他称をデザイン化するなんてことは知っていますけど」
「むむっ、そうなのか?」
俺には他称なんてないから、自分で考えないといけないのか。
……。
あ~、もう、なんか、ますます面倒になってきた。
「もう、いっそのこと戦隊から公募して、その中から選ぶか」
「……適当ですね、先輩」
「いや、俺、パーソナルマークなんて欲しくなかったから、自分で考える気が起きないんだよ」
パーソナルマークにメリットがあることは認めてるんだけど、自分がいざつけるとなると、尻込みしてしまうっていうのかな。
いや、確かにパーソナルカラーに塗装された機体を使っているから、今更なんだろうけど、あれは強制された形だったしねぇ。まったく、俺の羞恥心を刺激する嫌らしい手を使ってくるよな、委員長は……。ほんとに、あのおっさんメェ、ドオシテクレヨウカ……。
なんて具合に、考えが委員長への仕返し方法の思索へと進み始めたら、レナが声をあげて止めてくれた。
「先輩! 公募するくらいなら、私がデザインしてもいいですか?」
「へっ?」
「い、いえ……先輩が面倒なら、私がしてもいいかなぁ、って思ったんですけど……」
……別にマークに拘りなんてないし、いいか。
「なら頼もうか。レナなら、変なデザインとかしないだろうから、安心できるし」
「なら、早速、デザインをシゲ班長に渡しておきますね!」
「……えっ?」
えーと、デザインって今から考えるんじゃないのか?
「……デザインを渡すってことは、もう、できてるのか?」
「えっ?」
「いや、デザインって、もう、描けてるのか?」
「……あっ、い、いいいい、いえ、いえ、描けてはいるんですがっ、いえ、その、これはそのっ!」
いや、別にどうこう言うわけじゃないのに、何をそんなに慌てる?
「レナ、落ち着け。ただ、疑問に思ったから聞いただけだって」
「……は、はい」
「んで、俺のパーソナルマークのデザイン、できてるのか?」
「……はい」
レナに、頼んだのは今なんですが?
「えーと、何故にと聞いても?」
「うっ、……じ、実は」
「実は?」
「しゅ、趣味、なんです」
「趣味? パーソナルマークを考えるのが?」
「……うぅ、ぱ、パーソナルマークだけじゃないんですけど、何かを題材にしてデザインしたりするのが、好きなんです」
……へぇ、レナってそんな趣味、持ってたんだなぁ。
いや、別にそれでレナの人格云々ってわけじゃないんだが……。
「なら、いいのが期待できそうだな。うん、よろしく頼むよ」
「は……はい! で、では、早速、デザインを準備しに……」
どこか挙動が不審になってしまったレナは、足早にエレベーターがある方へと去っていった。
「……って、おい、レナ! ベルナールはどうするんだ!」
大声で呼び止めたら、恥ずかしそうに笑いながら戻ってきた。
「あ、あはは、サリアのこと、忘れてました」
「いや、それは流石に酷いんじゃないか?」
「えーと、それは大丈夫です。サリアは小さなことで怒りませんから、今の場合はむしろ、応援する?」
「何を?」
「…………いえ、今のは忘れてください。んんっ、一度部屋に戻ります。その後、シゲ班長の所に行って、先輩用にデザインしておいたパーソナルマークを機体にプリントしてもらいますから、楽しみにしていてくださいね!」
勢い込むレナについていけず、少し腰が引いてしまうが、実際にどんなマークなのか楽しみなのも事実だし……ここは頷いておこう。
「あ、ああ、うん、楽しみにしてるよ」
「じゃあ、行きますけど、先輩は呼ぶまで格納庫に来たら駄目ですよ?」
「はいはい、後の楽しみにさせてもらいます」
「ええ、それでは先輩、また後で!」
おお、元気に走っていった。
うん、あれだけやる気を出してくれているんだ、頼んでよかったよ。
「あっ、きゃぅぶっ! ……うぅ、転んじゃった」
……頼んでよかったよね?
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