第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
34 群狼の雄叫び 2
第一種戦闘配置中のため、誰にも遭遇することなく通路を進んでいき、船体下部のMS格納庫エリアに入ると、格納庫へ続く通路に格納庫内のエアーが抜かれていることを示すレッドランプが点っていた。すぐにスーツのヘルメットを被って、エアー供給が為されているかを確認し、最後にバイザーを降ろしながら、格納庫につながる三重扉を順次通り抜けて、広大な格納庫に入る。
エアーが抜かれた格納庫内はすでに真空状態のため、音がない空間になっている。そのため、周囲の動きや警告灯、ヘッドセットから漏れる声に特に注意しつつ、そのまま自機であるシグーのコックピットハッチへ向かって跳んだ。
……嫌でも目に入るシグーの眩い黄色に悲しくなるが、ここは我慢だ。
意識して色のことを忘れるためにも居並ぶリー小隊のジンやM型を見ると、モノアイには既に光が点っており、いつでも出撃できるようだった。一応、レナ機の様子も伺うと丁度搭乗する所だったようで、こちらに気が付いたのだろうレナが手を振ってきた。俺もそれに応えて手を振り返した所で、コックピットハッチに到着した。
ハッチ前には、ノーマルスーツ姿のシゲさんが待っていた。
「アインちゃん、準備万端、いつでも動かせるよ」
「ありがとう、シゲさん」
「エルステッドは全機出撃でいいんだよね?」
「ああ、後、発進誘導の方も頼むよ」
「任せときなって」
シゲさんはしっかりと請け負ってくれると、後は無言のまま、ハンドサインで"無事を祈る"とサインを出した。俺も"感謝を"というサインを送り返し、ハッチを閉ざす。そして、すぐに艦橋と通信ラインを開き、シートベルトを装着しながら、現状をベルナールに尋ねた。
「ベルナール、敵船団に動きは?」
「あっ、ラインブルグ隊長。……敵船団に目立った変化は見られません」
「出撃するMS隊の準備状況は?」
「はい、エルステッド、ハンゼン共に、出撃するMS小隊各機の出撃準備は整っています」
「よし、全小隊長とレナに共用回線を開いてくれ」
「わかりました」
ベルナールのキビキビとした返事からは、新任時代では感じられなかった頼り甲斐が感じられる。そんな感慨を懐きながら、起動シークエンスを進めていく。
生命維持系……グリーン。
バッテリー残量……メイン100%、サブ100%
センサー系……グリーン。
操縦システム…………グリーン。
通信システム……グリーン。
排熱システム……グリーン。
推進システム……グリーン。
推進剤残量……100%。
各部姿勢制御用バーニア…………グリーン。
機体各部情報………………オールグリーン。
武装……M7S重突撃機銃とM4重斬刀、M7070Rエルステッド整備班改造デブリ製クロー付攻防盾。
M7S残弾……100%。
よし、オーケーだ。
機体の確認が終わった所で、ベルナールがタイミング良く通信画面に現れた。
「隊長、通信つなげます」
「うん、頼む」
俺の返事と共に、馴染の見知った面々がサブモニターに並ぶと、早速、副官のレナが口を開いた。
「先輩、MS隊全機、何時でも出れます」
「了解」
「それで今回は、MS隊だけで攻撃を仕掛けるんですよね?」
「そうだ、レナ。今から、MS隊は敵輸送船団に襲撃を仕掛ける。……もう、皆も聞いているだろうが、出撃するのはデファン小隊とリー小隊だ。マクスウェル小隊は戦隊の護衛として、また、状況の変化に対応するための予備戦力として艦に残す」
「マクスウェル、了解」
ガイル・マクスウェルは自分の役割に納得したようで、落ち着いた調子のままですんなりと頷いた。それと対照的な様子なのがグエン・リーだった。
「隊長ッ! 奴らへの襲撃方法はっ!?」
「……逸るな、リー、今から言う」
リーの奴、入れ込みすぎている気がするけど、本当に大丈夫なのか?
ちょっとした不安を胸に、説明を続ける。
「作戦は今までも訓練してきたように、始めに護衛戦力の150m級を叩き、その後で輸送船を残らず潰す。……それぞれの担当は、俺とレナが敵船団へ正面から向かっていき、敵の攻撃を誘引する囮役を、残るデファン、リーの両小隊は敵艦へ攻撃だ。敵艦の近接火砲が少ない俯角から突き上げる形で、デファン小隊は後の二隻、リー小隊は前の二隻を狙い、確実に落とせ。……とはいえ、攻撃方法に関しては実際の状況に応じて、変更しても構わない。その時の方法はお前達に任せるから、臨機応変に頼むぞ」
「わかりました」
「了解っす」
「了解!」
三人の返事に頷いて見せると、デファンがどこか心得たように質問してきた。
「先輩……もしも、白旗を出すなり、発光信号を出すなりして、敵が降伏した場合はどうするっすか?」
「……捕虜を取ると行動に制限が生まれるから取らないつもりだ」
「……えっと、それって、皆殺しにするってことっすか?」
「いや、そこまではしない。乗組員全員を救難艇に放り込み、月に落ちるように放り出す予定だ。まぁ、残った艦は接収するなり、破壊するなりする」
「そんなっ! 甘い対応をナチュラルの連中にする必要なんてっ!」
確かに甘い対応なんだろうけど、もう、決めたことだ。
「……もう一度言うぞ、リー。敵が降伏した後は、絶対に、手を出すな。もちろん、放り出す救難艇も同様だからな? ……これは最低限のルールだ」
「ですがっ!」
「くどいぞっ! グエン・リーッ!」
「っ!」
まだ、私情を引き摺っているのか?
……。
いや、それも仕方がないことなんだろう。
けれど……小隊長になって、部下も出来たんだから、もう少し冷静に物事を捉えて欲しい。
「リー、俺の決定が不服ならば、機を降りろ。今回は特別に認めてやる。……だが、降りた場合は、二度とMSに乗れると思うな」
今後の様子次第では、リーを他隊に移した方がいいかもしれない、なんて思いを懐きながら、返事を待つ。
「……いえ、決定に従います」
「ああ、その言葉に嘘はないな?」
「…………はい」
……むぅ、やはり、この間が不安だなぁ。
後で、リーの動きに注意しておくよう、レナに言っておくか。
「よし、これから出撃シークエンスに入る。各小隊、それまでに小隊員の様子を見るなり、作戦を説明するなりしておくように」
「了解っす」
「了解」
「……了解」
……さて、小隊に関しては、全て、各小隊長にまかせて、ベルナールに出撃シークエンスを開始させよう。
「ベルナール、出撃シークエンスを開始してくれ。まずは、俺とレナが先行して出撃する。その後、出撃する両小隊を出してくれ」
「了解、整備班とハンゼンにそう伝えます」
「頼む」
では、行くとしようか。
「……よし、MS隊、出撃する!」
◇ ◇ ◇
リニアカタパルトでエルステッドから射出された後は、レナを右斜め後方に占位させて二機編隊を組み、敵輸送船団まで一直線に飛ぶ。その敵船団の防衛圏に到着するまでの時間を使って、先程の懸念を解消すべく、レナに指示を出しておく。
「……レナ」
「あっ、はい、何ですか?」
「リーの動きに注意してくれ」
「…………まさか、先輩の命令を無視する可能性が?」
「いや、あるかもしれないって、レベルなんだがな」
「……わかりました」
「嫌な役目だろうが、頼む」
出したくもない指示に精神が削られるが、これもお仕事である以上は、我慢しなければならない。
……とはいえ、なぁ。
最近、抜け毛もだけど、それ以上に胃が荒れているのは事実だしなぁ……。
……。
まったく……俺がこんなに苦労をするのは、全て、俺を白服にしたザラ委員長が悪いっ!
そうだよ、あのおっさんが全て悪いんだっ!
よし、決めたッ!
おれ、プラントに帰ったら、いいんty……って、だめだっ、俺っ!
い、今のは死亡フラグだっ!
……はぁ、馬鹿なこと考えたら、少しは頭が解れたかな?
錯覚かもしれないが、少しだけリラックスできたような気がして、上向いた気分でメインモニターを見ると……。
「先輩」
「……ああ」
船団が、はっきりと見えてきた。
……前衛に位置する二隻の150m級が姿勢を制御して、こちらに艦首を向け始めている。
「どうやら、向こうさんもこちらを確認できているらしいな。……レナ、まずはミサイルを撃ってくるはずだ。気をつけろよ?」
「大丈夫です。M型の機動性だったら、上手く避けられます」
「……過信は禁物だぞ?」
「これは自信です」
「おーおー、なら、その腕を見せてもらうぞ?」
「先輩こそ、私の機動に見惚れて、落とされないで下さいね?」
……本当に口が達者になったなぁ。
「よし、ロックオン警報だ、って……思いっきりがいいなぁ」
「え、全弾発射ですか……」
150m級の四つあるランチャーから、小型ミサイルの飽和攻撃と来た。しかも、前衛二隻分に加えて、後衛の二隻分もある。
「……レナ、後衛のミサイルとの時間差がある、気をつけろよ?」
「当然!」
「よし、ブレイクっ!」
こちらに向かってくる、二機のMSに向けるには、絶対に必要ない量のミサイル。
まさに大漁!
機会があったら、背中あたりに大漁旗でも上げてやろうかなんて、馬鹿なことを、考えてって……うん、上手い具合に二つに割れたな、とはいっても、まだ、後衛分は届いていないから、注意しないと……。
……。
「ッァ!」
しっかりと追尾してくるミサイルを急旋回でやり過ごすが、まだ一部が付いてくる。こんな所をみると、新星攻略戦時よりも、敵のミサイルの追尾能力が上がっていることがわかる。
でも、やはり、多くのミサイルに追われるってのは気分が良くないわけで……。
「レナ! クロス!」
「了解!」
レナ機と軌道を交差させて、追尾してくるミサイル同士をぶつけて誘爆させてみる。これも乱戦状況ではない、余裕がある状況だからこそできる芸当だ。
「うしっ! 成功した!」
景気良く連続して広がっていく爆光に、思わず、叫ぶ!
「よっ、玉屋~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
「せ、先輩! 何を馬鹿なことを言ってるんですかっ! 次が着ますよっ!」
「はいはい、折角の高価な花火だってのに」
機動を止めてしまったら、ただの的に過ぎないので、基本、追尾してくるミサイルが追尾しきれない程の急速旋回を繰り返しながら、前衛の150m級に近づいていく。
流石の150m級もこの距離なら魚雷はって、爆雷!
「レナっ! 爆雷! 注意!」
「……もう、やりたい、放題、です、ねぇ」
レナの声も切れ切れなところを聞くと、かなり急な旋回を行っているのだろう。
……いや、俺もだけどね。
「リー小隊! 攻撃を開始するっ!」
「先輩! 俯角より、リー小隊が、攻撃を!」
「了解した!」
一応、フォローに入るために、ミサイルを引き連れたまま、周辺に放出された爆雷との衝突コースを避けながら、150m級に仰角から急速接近する。
上甲板に備えられた近接火砲がこちらを狙ってくるが………………遅い!
「っ」
突撃機銃で火砲を狙い撃ちしつつ、艦橋の前でわざと速度を落とした後、再び急加速して逃げてみる。
「……おお、無駄だと思ってたが、上手くいったって、まだ追ってくるのかよ」
「先輩、人気者、ですね」
IFF(Identification, Friend or Foe:敵味方識別装置)が上手く働かなかったのか、単純に故障したのかはわからないが、艦橋付近に数発のミサイルが命中したのだが……残りはまだ、追いかけてくる。
「まったく、しつこい、男と、ミサイルは、嫌われる、よっと」
サブモニターで後方を見れば、爆発が続く150m級にリー小隊がパルデュスでの攻撃を仕掛けたところだった。
「先輩! 前衛への、攻撃、が、成功、二隻撃沈! デファンの、小隊も、二隻とも、落しました!」
「よしっ! 次は輸送船だっ!」
「えっ! 先輩、輸送船にも近接火砲がっ?」
レナの声を受けて、リー小隊を見てみると、一機のジンが輸送船に向けて無反動砲を発射しようとしたが、位置取りが悪いために、左腕に被弾したようだった。でも、すぐにリーが助けに動いたようだから、大丈夫だろう。
まぁ、それでも……。
「早いところ、俺達のミサイルを、何とかして、フォローに、入ってやらないとな」
「……私がミサイル、撃ち落としましょうか?」
「えっ? レナのは、もう、ないの?」
「途中から、全部、先輩の方に行きましたけど……」
えっ、なにそれ、えっ、俺、ミサイルに惚れられてる?
「これはもう、機体の色でしょうね」
「ちょっ、それは洒落にならない!」
た、助けて、ニュートロンジャマー!
「やっぱり、近距離だとっ、よしっ! ……向こうも改良しているのか、ミサイルの誘導がっ、効きますねぇ」
「……ほんと、だよ、なぁ」
せめて、近接防御用の火器が欲しい!
「先輩も、なんで、んっ、当たった……盾に付いていたバルカン砲を外したんですか?」
「取り回しが! 悪い!」
あんなんブンブン振り回せるかっ!
「先輩、あと少しですから、頑張ってください」
「……あぁ、もう……つかれたよ、パトリック……」
「えっ? せ、先輩、何を言って! って、先輩、しっかりして! 先輩!」
「うぅ、……もう…………だめぽ」
「せ、せんぱいっ!」
「いや、冗談」
「………………じょ、冗談じゃ、済まないですよっ!」
「……わ、悪い、悪乗りしすぎた」
「先輩ッ! 幾らなんでも、やって良い事と悪い事がありますっ! 絶対にっ、帰ったらお説教ですからねっ!」
「そ、それは勘弁。…………おお、レナの驚異的な頑張りで追っかけのミサイルもなくなった!」
「……まさか、それが目的で? ……絶対にSEKKYOしてやる」
さ、さて、どうやら、追っかけてくるミサイルも、レナが全部落としてくれたようだし……。
「先輩! 残存している敵輸送船より発光信号を確認したっす。我が艦は降伏する、寛大な措置を望む、とのことっす」
「デファン、受諾すると伝えてくれ。……レナ、説教は受けるから、今は……頼むぞ?」
「…………わかりました」
さて、やっと、終わったって……。
「先輩っ! リーが!」
レナの呼びかけを受けて見てみれば、残った輸送船に向けて、リーのM型が無反動砲を構えていた。
……言った傍からこれかよ……まったく、リーの奴……何を考えている。
「リー、敵は降伏して、戦闘は終わった。だから、その無反動砲を降ろせ」
「……」
「もう一度、言うぞ? ……降ろせ、リー」
「……」
次の警告を無視したら、いっそのこと……落とすか?
……。
あ~、いかんなぁ。
今日は久しぶりの実戦のせいか、どうもテンションが上がりすぎて、普段ならやらないことをやっちまったりして……戦場の狂気に引き摺られてるぞ、俺。
「……ぜ……なぜ……何故! 隊長は、そんなに冷静でいられるんですっ!」
「お前みたいに身内がユニウスや戦争で死んでいないからだよ」
「っ!」
おうおう、サブモニターに映し出されたリーの顔が恐ろしいこと恐ろしいこと。
「なら、邪魔をするなっ!」
「……」
「あんたには、俺を止める権利なんてないだろうっ!!」
「……権利ねぇ」
確かにないんだけどね……。
「確かに私人としては止める権利なんてないんだけどね、この部隊を預かる責任者なんだよ、俺はさ」
「それがっ、どうしたっ!」
「そんでもって、責任者である以上は、部下の行動に責任を負わないといけないのよ」
「だから、それがどうしっ」
「いいから黙れっっっ!! 小僧ッッ!!!!」
……まったく、こっちが隊員の命を守るために、一つ決断下すのに、頭を痛めて、胃を痛めて、神経すり減らしているってのに……。
「リー、そんなに家族の復讐がしたいならな、今すぐ、ザフトをやめろっ!」
「なっ」
「ザフトは紛い成りにもプラントの軍隊だ。そして、プラントの軍隊である以上は、プラントを守るために存在するのであって、別にお前のために、お前に復讐を果たさせるためにあるんじゃないっ!」
「くっ!」
「そして、ザフトが組織である以上は必ず責任者がいる! 今、その責任者がお前にやめろっていっているんだ、やめるのが筋だろう! それでも言うことを聞きたくないのなら、さっさとザフトから出て行け! 別に止めはしない! ……外に出た後なら、お前が何をしようが、それはお前の勝手だ、俺が関知することじゃない。だが、ザフトで、俺の部隊にいる以上は、勝手は許さんっ!!」
「ぐっ!!!」
…………………………ふぅ、落ち着け、俺。
「レナ、リーの武器を取り上げろ」
「……わかりました」
レナの了解を受けた後、俺は後始末に取り掛かるために、機を輸送船へと進ませていく。
最近、少し収まっていた胃痛を、再び感じながら……。
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