第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
33 群狼の雄叫び 1
10月25日。
過日、【世界樹の種】にプラントからの増援部隊が到着したことに伴なって、プラントへ降下カプセル輸送艦の返却に行かせたアーサー達や護衛戦力のリー小隊も帰還し、戦隊構成人員が全員揃ったため、拠点の整備と周辺宙域の防衛、デブリ帯に侵入してきた連合軍を嵌める罠の構築といったことを増援部隊というか、今後、拠点の責任者を勤める初老の指揮官に引継ぎして、俺達の戦隊は本格的に次の任務を遂行すべく行動を開始した。
ちなみに、到着した増援部隊には、今後とも拠点に駐留する分艦隊と防衛隊の一部の他に、拠点拡張を担当する建設専門部隊……単純にいえば、工兵隊と拠点の拡張整備用資材が満載された通常型輸送艦二隻が加わっていた。そのことから、ザラ委員長は、どの程度なのかはわからないが、俺の意見を取り上げてくれたようだった。
まぁ、拠点に関する後の事は、大きな傷痕が残る顔と厳つい身体と相まって、その筋の者めいた怖い雰囲気を持っていたが、話してみれば非常に気さくだった新しい指揮官に任せて、俺は俺の任務をこなそうと思う。
◇ ◇ ◇
出撃から数日後、L1宙域外縁部のデブリ帯に進出した戦隊は、現在、デブリに紛れながら連合の輸送船団や連合籍の商船を待伏せしている。そのため、輸送船発見の報に即応できるように第一種警戒態勢を発令しており、俺もいつでも出撃できるようパイロットスーツを着用して、艦橋に上がっていたりする。
そして、そこにはプラントへ降下カプセル輸送艦を戻す際に、再び、臨時で輸送艦の通信管制官を務めたベルナールや臨時艦長を務めた航法通信管制班長のアーサー・トラインの姿があったりするのだが……。
「うんうん、ベルナール君の声を聞くのも久しぶりだねぇ」
「そうですね、私も久しぶりにゴートン艦長の声を聞いたら、ああ、エルステッドに帰ってきたんだって実感できてホッとしました」
「それって、ほんとぉ? 俺に気を使って、嘘なんて別につかなくてもいいんだよ?」
「いえ、ほんとですよ。……こう、何ていうか、艦長の声には、トライン班長にはない、……そう、聞く人に安心感を与える深みがあるんですよねぇ」
「い、いやぁ、うれしいこといってくれるじゃないの」
ゴートン艦長とベルナールとの会話が進むたびに、アーサーの帽子の下に収まった灰色の髪が艶を失っていき、少しずつ両肩が落ちていくのだ。
もう、それが切なくて切なくて……。
「……アーサー、その、なんだ……あんまり落ち込むなよ?」
「……いえ、ラインブルグ隊長。……ああいう風にベルナールに言われちゃうのも、僕が力不足だったんでしょうね」
そう答えて、アーサーはさらに肩を落としてしまう。もう、その気の毒になるくらいの肩の落ち方と煤け様は、まるで真昼間からブランコを漕ぎながら空を見上げている背広姿の親父さんみたいだ。
「アーサー……とりあえず、空元気でいいから、元気を出すんだ」
「……はぁ」
これはいかん、覇気が抜け過ぎている。
……むぅ、ここは同じ男として、ここは少しは発破をかけないと駄目か?
「おい、いいか、アーサー、よく聞けよ?」
「……はい?」
「ここが……この初めての戦闘任務こそがお前が頼り甲斐のある男になれるか、なれないかの、瀬戸際というか、正念場というか、分かれ道だぞ?」
「……えっ?」
「もっと簡単に言えば、女にモテル男になるかモテナイ男になるかの境界線上にいるということだ」
「えええぇぇぇっ!」
おおっ、ナイスなリアクションだ!
ほんと、この素晴らしいアーサーのリアクションに、艦橋中のスタッフが何事かとこちらを振り返った程だ。
けれど、声の主がアーサーであることを確認したら、あぁ、トライン班長なら仕方がないなぁ、なんて苦笑と共に業務に戻ってしまったけどね。
……いや、それじゃ、駄目じゃないのか?
……。
まぁ、これもアーサーの良い所だろうから、いいのか?
とりあえず、話を続けよう。
「これから、俺達は連合の輸送船団や商船を潰すために戦闘を行うことになるだろう?」
「え、ええ」
「まぁ、これは戦闘に限らず、どんな場合でもいえることだろうけど、とにかく、戦闘時に班長が果たす役割ってのはとても大きい。艦長が様々な決断を下すための材料を提供するのは当然として、艦長の手を必要以上に煩わせないように、自身で判断できることを判断して行動できることも大切なんだ」
これは以前から艦橋に来る度に、班長をしていた時のリュウ副長の動きを見ていて、俺が感じたことなんだけどね。
「そ、そうですよね。その判断が各々でできるように、僕達、ザフトには階級がないのですからね」
「そうだ。……だが、それができるか?」
「うっ」
む、アーサーが固まってしまった。
……でも、この様子だと、どうやら痛い所というか自身の弱点……判断を下せるだけの胆力がないということを理解できているみたいだから、これ以上の言及は不要だろう。
「いや、気にしすぎる必要はないよ。すぐにその判断ができるようになるなんて、本来なら、まず無理だろうからさ。だいたい、こういうのは経験がものをいうことでもあるしね」
「はぁ」
「でも、経験がなくても、できることはあると思うんだ」
「……それは?」
「そうだな……班員の目や耳を意識することかな?」
「……目と耳を意識」
「ああ。……今のアーサーの立場、班長なんて責任ある立場にいる以上は、常に班員の目と耳を意識しておく必要があるんだ。だって、そうだろう? 班員が困った時に仰ぎ見たり、判断を求めたりするのは、まず、班長なんだからさ。……もしも、班員が困った時に班長を頼って仰ぎ見たら呆けましたとか、どうすればわからなくなって班長に指示を仰いだら取り乱しましたじゃ、班員はどうすればいいかわからなくなって、冷静さを失ってしまったり、パニックが広がってしまうからな」
「そう、ですね」
「だから、班長は非常時において、どんなに内心で困ったり慌てていたとしても、外見では毅然と、泰然と、敢然としていないといけない」
「……」
「とは言ってもさ、実際、そんな風に常に気を張り続けることが難しいことだってわかってる。だから、普段はどれだけ抜けていても、それは愛嬌ってことで別に構わないよ。でも、逆を言えば、いざ、事が起これば……抜けたままでは絶対に許されないということだ。……一つの判断に、艦の、乗組員の、命が懸かってくるからな」
……実はこれ、俺にも言えることなんですよ。
自身への再確認を兼ねて、アーサーに語ってみましたが……。
「隊長やかんt「月方面からの熱源を探知っ! 数は推定で12です!」って、えええぇぇっっっ!!」
いやいや、いつかは来るってのがわかってる事なんだからさ、そこまで驚くようなことじゃないだろ?
なんて、アーサーへの突っ込みは心の中にだけ留めておいて、俺は艦長の元へ赴く。
アーサーが、俺が語った内容とは正反対に、テンパりながら大慌てで班員に指示を出しているのを苦笑しながら見ていた艦長は、近づいてくる俺に目を向けると不意に真剣な顔をみせた。
「……皆殺しの殲滅かい?」
「……いえ、相手が降伏したら、そんなことはしませんよ。抵抗されれば、流れでそうなってしまう可能性はありますが、基本的にそこまでする気はないです。まぁ、船に関しては、一隻残らず沈めるつもりですけどね」
「その場合、乗組員はどうするの?」
「乗組員を捕虜に取ると行動が制限されますから取るつもりはありません。だから、この場所なら救難艇でも月に届きますから、乗組員を詰め込んで、月にお戻りしてもらうなり、月近くまでお送りなりしますよ」
これは無駄な人殺しを避けるなんて、今更な感もある偽善的な目的もあるが、月の水と食料を消費する人口を増やそうだなんて打算もある。
とは言っても、その程度の数なんて微々たるものに過ぎないし、所詮は、俺が無駄な殺しを回避したいがための表向きの説明に過ぎない。
それに、実の所、この方針の裏には、降伏した敵を捕虜とせず解放すると、再び武器を手に戻ってきて味方を殺す、という現実が存在しているのだ。
俺も、この現実を前に、かなり長くの時を、かなり深く自分なりに悩んだのだが…………結局、開き直った。
存亡を賭けた戦争で、手を必要以上に汚したくないと思うなんて、甘いだろうことなんだろう。
けど、そんなことをしていたら、俺の精神がまず死んでしまうわっ!
例え、この甘さの結果、味方が死のうが、俺が死ぬことになろうが、知ったことか!
俺が今後も生きて行く上で、俺の精神が壊れない事が一番大切なんだ、文句あるかっ!
という具合である。
……この内心を他人に、特に味方に知られれば、利敵行為をするコーディネイターの風上にも置けない最低野郎呼ばわりされるだろうが、その時は甘んじて受けるつもりである。
もちろん、他人になんて絶対に言わないけどね……なんて心中で嘯きながら、艦長に応える。
「……降伏云々を無視して有無を言わさず全員殺してしまえば、戦力を永遠に削ぐ事ができるんでしょうけど、俺には降伏した相手を殺すなんてことは、とても出来ませんし、ましてや捕虜を連れて歩けないからといって、即虐殺するなんて……反吐が出ます」
「……うん、そうだよねぇ」
「戦争にも守るルールがないと、際限がなくなります。だいたい、戦隊の目的は人殺しじゃなくて、通商の破壊、航路の遮断による月戦力の弱体化とプラントへの圧力の減退ですから、それで十分でしょう」
「でも、相手はどうかな? ルールを守るかな?」
「……降伏後にもしも撃ってきたらば、その時は、命で贖ってもらいましょう」
これはこれ、それはそれっていうことで……。
敵への対応について、艦長と相談していたら、少し落ち着いた様子のアーサーが敵輸送船団の詳細を伝えに来た。
「……艦長、敵輸送船団の陣容が分かりました。敵船団は輸送艦八隻と150m級四隻で構成される護送船団と判明、二列に並んだ輸送艦群を中心に前後に二隻ずつ150m級が固めています。予想進路は……あちらのモニターに映し出されているラインが最有力でして、現在の戦隊位置に最接近するのは一時間後でしょう」
「……だそうですが、どうします、ラインブルグ隊長」
戦隊の存在をすぐに知られるのは面白くないな。
「戦隊艦艇はここで待機してもらって、俺達MS隊だけで仕掛けることにしましょう。よって、戦隊に第一種戦闘配置を発令します」
「了解。……総員、第一種戦闘配置! ハンゼンにも伝達」
「アイ、艦長! 総員、第一種戦闘配置! ハンゼンに伝達しますっ!」
艦長の命令を復唱して、アーサーが第一種戦闘配置を伝えるレッドアラートを出すと、立て続けに班員に指示を出している。その後姿はリュウ班長に比べれば、まだまだ頼りなさが残っているが、意外と様になっている部分も垣間見える。
アーサーもやればできるじゃんなんてことを考えながら、その動きを見ていたら、艦長席近くのサブ・モニターにリュウ副長が映し出された。
「艦長、CICオープンしました」
「はい、了解」
リュウ副長のはっきりした声にゴートン艦長が了解を返してすぐに、アーサーも声を上げる。
「艦長、エルステッド各班の配置が完了しました!」
「うん」
最後に、ハンゼンのフォルシウス艦長の厳つい顔が、リュウ班長が映るサブ・モニターに並んで映し出されて、報告を入れてきた。
「ハンゼン、一種配置完了しました」
「了解。……隊長、戦隊の戦闘準備、完了しました」
戦隊主要幹部からの報告に一つ頷いて、簡単に作戦概略を話す。
「これより戦隊は敵輸送船団に対して、MS隊による襲撃を仕掛けます。エルステッド、ハンゼンの両艦はこの場で待機し、ニュートロンジャマーをMS隊の出撃直前に稼動、以後は索敵を密にして敵の援軍を警戒して下さい。出撃するMS隊はデファン小隊とリー小隊、俺とレナの二機組です。MS隊出撃後は、戦隊の全体指揮をゴートン艦長に委任します。また、残るマクスウェル小隊に関しては、全体状況に変化があった場合の予備戦力兼戦隊の護衛として残しますので、これの指揮も併せてお願いします。……まぁ、俺達の戦隊なら、いつも通りにやれば、どうとでもできます。犠牲なく、スマートにやりましょう」
「「「了解」」」
三人の敬礼に俺も答礼する。
幾度の戦闘を乗り越えてきた信頼できる面々だけに、後は安心してお任せである。
そんなわけで、俺もMSに搭乗して出撃すべく、MS格納庫へ向かうことにした。
……艦橋からMS格納庫まで、遠いんだよなぁ。
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