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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
32  一夜城作戦 5


 10月15日。
 戦隊員の驚異的な頑張りによって、L1の拠点構築は完了した。

 その名も、ザフトL1宇宙拠点【世界樹の種(Seed of World Tree)】だ。

 拠点を監視の目やデブリ等から守るために旧世界樹の外壁を再利用して外殻として使っていることから、世界樹から落ちた種に見立ててみた。また、同時に、世界樹コロニーが再建されるようにとの願いも名前に込めているので、その願いが是非叶って欲しいと思う。


 というわけで、拠点完成を祝って、稼動した簡易コロニー内で完成祝賀会を人員交代しながらやっていたりする。一ヶ月以上、碌な休みもなく、心身共に苦楽を共にして作業に携わってきただけあって、皆、とても嬉しそうであり楽しそうだ。

 まぁ、それもわかるというものだ。

 いくら重力ポテンシャルでこちらが優位にあり、デブリ帯の中、それも旧世界樹の中での建設作業であるため、外からは比較的隠蔽されている状態になっているとはいえ、目と鼻の先に敵の一大根拠地があると落ち着かないのだ。
 ……まぁ、実際には今も状況は変わっていないのだが、建設作業中と通常業務中とではあまりにも置かれている状況が異なるからな。

 それに、L1付近というかデブリ帯外縁部が航路として使われているため、地球と月を往復している連合の護送船団や通常の輸送船団、商船を光学観測で捕捉することが多々あったりする。
 その度に、内部での建設作業を中断して息を潜めて、熱や通信が外に漏れないように気を使ったり、外で作業しているMS隊に近くにデブリに退避させたりしていた。外殻に太陽光発電ミラーを取り付けていた時なんて、船団を発見するのが遅かったため、作業していたMSにデブリに擬態させたりもした。あの時は、いつ気付かれるかと、冷や汗が止らなかった。


 それに、建設作業も大変だった。

 まず、デブリの除去が大変だった。本当にどれだけ除去に励んでも、減らないこと減らないこと。しかも、大小様々なものが浮いていて視界が悪く、運悪く間接部カバーを破ったデブリが間接部に詰まる事故も起きたりした。

 ……急に間接が動かなくなった時は、何事かと思ったよ。

 単調でかつ終わりが見えにくいデブリ除去をうんざりしながらも何とか片付けて、ある程度目処が付いたと思ったら、今度は構造体中央のリニアモーターレールの排除に時間がかかった。流石に、構造体の要でもあったため、分厚く、硬かったのだ。
 あまりの頑丈さに剥きになって重斬刀でぶっ叩いていたら、建設現場の監督を務めるシゲさんに何をしているのかと呆れた顔されながら連結部分を締め解くためのツールを渡されて、その作業をしていたMSパイロット全員で大いに凹んだ。

 ……俺も、剥きになって、馬鹿なことしたもんだよ。

 で、簡易宇宙港と旧来既存の宇宙港とを連結する作業では危うく新任の乗るMSが挟み込まれそうになったし、酸素発生装置を取り付けて、さぁ、いざ運転って時に、つけっ放しにした電熱溶接機を持った阿呆が近づいてきたこともあったし、液体窒素タンクを運搬中に補強骨格材が突き刺さって、タンクが破裂しかけた事もあった。

 ……よく、死人が出なかったもんだ。

 コロニーを回すための支柱兼シャフトのリニアモーターレールを連結する時なんて、上手くレールが接合できなかったり、完璧に接合できたとしてもレールが何気に歪んでいたりして、試運転でカゴを動かしてみたら、勢いよくレールから離陸して宙を飛んでいき、外殻に衝突したこともあった。
 その結果、カゴが大破したため、コロニー居住区画の一つは現在も運営休止中である。

 ……カゴが離陸した時は、思わず噴いてしまったよ。

 また、ジャンク屋がL1にジャンクを漁りに来ていて、偶然にも、作業する俺達を発見してしまい、慌てて逃げ出そうとした所を、苦労して……いや、本当に大捕り物の末に……とっ捕まえて、二日間に及ぶ長い説得と契約交渉の果てに、建設作業に参加する契約をもらい、完成寸前まで一緒に働いたこともあった。

 ……まったくもって、逃げ回る三機の改造ミストラルと交渉役の女性は、本当に手強かった。

 他にも、作業開始終了時の点呼で隊員の数が定数より増えたり減ったりしたこともあったし、胃薬の消費量が増えたってエヴァ先生に怒られたし、エアクリーナーの片方の浄化層にカビが生えていたりして大至急に洗浄したりしたし、睡眠から覚めて枕を見たら付いてる抜け毛が増えたし、既存宇宙港と電源をつなごうとしたら規格が合わなかったりしたし、鏡を見たら白髪が増えたし……本当に、もう、大変だったよ。


 いやはや、某計画×なりザフト広報局なりが密着取材に来なかったのが非常に残念だ。


 独り、苦労を思い返して、しみじみとしていると、飲み物を二つ手に持ったレナが声をかけてきた。

「先輩、飲み物どうぞ」
「おぅ、サンキューです」

 レナに手渡された物を手に取り、一口ストローを啜る。

 ……んっ、これは…………ITIGOオレ?

 久しぶりに飲む好物だけに頬が自然と緩むのが自覚できる。何がうれしいのか、レナもニコニコと俺を見上げて、嬉しそうに話し出す。

「無事に完成して良かったですね」
「ああ、ほんと、肩の荷が一つおりるよ」
「……でも、これからが本当の任務なんですよね?」
「そうだよ。これからは昔の海賊のように、お宝を運ぶ船を襲うんだ」

 ……うーん、あれだな、襲撃作戦に、こう、悪質なジョークを織り交ぜるのも面白そうだな。

「……また、何か、悪巧みしてませんか?」
「い、いいえぇ、そんなことないですよぉ?」
「また、馬鹿なことを考えていたんですね?」

 い、いかん、最近、シリアスな状況が多かったから、表情と口が上手く動かなくて、全然、誤魔化せなかった!

 仕方がない……ここはマトモな答えを返そう。

「いや、船って言ったら、半月前にプラントに送り出したアーサーやリー達を思い出してな。今頃は、こっちに向かって航行しているはずだから、大丈夫かなってな」

 ……何ですか、その、仕方がない、ここは先輩の顔を立てて、追及しないであげるわ、って顔は?

「そういえばあの時、先輩、トライン班長に幾つか記録媒体を渡してましたね。あれ、何なんだったんですか?」
「ん、あれか? あれは国防委員会と事務局宛の拠点の構築状況と終了予測を纏めた報告書と拠点を管理する援軍の要請、後は【世界樹の種】の詳細なデータに、ここの座標位置と来るまでの航路、それと国防委員長宛の拠点の拡張強化及び恒常化提案書だ」
「……先輩、ザラ委員長にまで直接出したんですか?」
「ああ。ここの機能を強化して、L1を確実に押さえませんか、っていう提案だよ」
「……でも、それだとここが目立つことになりませんか?」
「すぐと言うわけじゃない。少なくとも、ここに一個艦隊以上が常駐する位にならないと、意味がないからな」

 少なくとも戦闘艦が10隻位、常にいつでも動ける状態にしておかないと、要衝であるだけに確保が難しいだろう。欲を言えば、駐留機動戦力の他に、防衛戦力として最低3個MS中隊は欲しい。

「まぁ、どうせ駄目元さ。俺は提案したけど、それを取るか取らないかはお偉いさんが決めること。ただ、ここを押さえたら、今後のプラント防衛がやり易くなるのは事実だ」
「……ええ、ここは地球圏の要衝ですからね」
「そういうこと」


 とはいえ、多勢に無勢って言葉があるように、圧倒的な数で来られると持ち堪えることはできないだろう。そうならないために、デブリ帯に機雷源を構築するなり、対艦ミサイルなりを紛れ込ませるなりして、罠を仕掛けるか。

 ……。

 いや、実際に戦うだけが能じゃないはずだ。ここの拠点の戦力と連合軍の艦隊戦力を一つ二つを睨み合いさせて拘束できたら、プラントへの圧力も少しは減じるだろうしな。
 けど、これだと、兵力が少ないザフトにも遊兵ができるということになってしまうか。睨み合いをさせるのが理想的だと思ったんだが、こちらは兵力で劣っているからなぁ。……むぅ、やはり戦いは数ということか。

 ……。

 しかし、睨み合い膠着案を放棄するのはあまりにも勿体無い。対費用効果で考えれば、より少ない戦力でより多くの敵戦力を拘束できれば、一番だ。そして、攻められないまま、その戦力を確実に拘束するためには、戦力が少なくなったら、すぐにでも噛み殺すぞ、なんて強さと怖さが必要になるだろう。
 だが、どうやって、そんな無理難題をこなせばいい? ここの拠点を一度、こちらを攻めさせて、相手よりもかなりの小戦力で無傷に打ち破ってみせて、侮りがたしなんて印象を持たせる? いや、そんな博打的な要素は排除したい。

 ……。

 ……うう、排除したいのに、これぐらいしか思い浮かばない。まったく、自分で考えておいてなんだが、何て無理難題だよ。圧倒的少数で圧倒的多数を打ち破るなんてさ。

 ……。

 うん? よくよく考えたら、まだ、連合軍はMSを配備していない。……運動性が高いMSは機動性が高いMAよりもデブリが漂うこの地帯では間違いなく有利だな。だったら、態と敵に深追いさせて、機動力を削いで始末してしまうか? でも、MSが配備されていない状況だけでしか通用しない手だな……。


「……」

 気付いたら、レナがこちらをポーと見ていた。心なしか、頬が赤い上に目が潤んでる。

 ……酒でも飲んだのか、こいつは?

「おい、レナ。アルコールの類は禁止だぞ?」
「へっ? そ、そそそ、そんなものは飲んでませんよっ!」
「本当か?」

 慌てて否定するのが余計に怪しく、レナの手にあった飲み物を素早く取り上げて、一口啜ってみる。

「あっ」

 ……MATTYAオレだった。

「うーん、別に普通にノンアルコールだな。……ほれ、疑って悪かったな」
「……」

 何故か、レナは真剣な顔でMATTYAオレが入った容器を見つめておる。

 ……もしかしたら、MATTYAオレが好物だったのかもしれない。

 それを勝手に奪って飲むなんて、ちょっと悪いことをしてしまったかな。

「レナ、俺が新しいMATTYAオレを持ってきてやるから、機嫌を直せ」
「……い、いいいえ、別にそんな機嫌が悪くないなんていうか悪くなんてなってませんよっ!」
「……そ、そうか?」

 レナの不審な言動を不思議に思いつつ、会場を見回すと、エヴァ先生と目が合った。

 ……相変わらず、衛生班員にちょっかいを出した整備員を踏みつけている辺り、女王様気質だよなぁ、なんて考えていたら、睨まれてしまった。当方としては、なんら疚しいことを考えていないつもりなので、アピールすべく、目を見つめ返そうと思ったら、勝手に目が逸れていった。

 ……俺の身体はアレか?

 邪気眼系の何かでも備えてるんだろうか?

 かなり憂慮すべき問題に頭を抱えていたら、小柄の女王様もとい女医様がこちらにやって来てしまった。

「ラインブルグ。何やら、面白い目を持っているようではないか」
「……い、イエ、ソンナオモシロオカシイメナンテモノ、モッテマセンヨ?」
「ふ、ふふっ、その秘密を暴くために解剖してやるから、今度、医務室に来るように……な」

 大いに首を横に振らせていただきます。

「まぁ、冗談は抜きにして、貴様の身体は一度、精密に検査してみたいものだ」
「いや、俺なんて、最低限のコーディネイトしかされてませんよ?」
「最低限のコーディネイトなのは、出生時記録やDNA鑑定の記録からわかっている。……だが、それにしては、貴様の能力は高すぎる」

 えっ、そうなの?

「ふむ、その様子ならば、本当に心当たりはないか」
「そりゃ、ないですよ」
「……やはり、一度、解剖を……」

 ちょ、そんな理由で、解剖は勘弁!

「え、エヴァ先生、先輩はそんなに異常なんですか?」
「ラヴィネンか。……ああ、異常だな」
「……どのへんが異常なんですか?」
「全てが異常だな」

 ……正常な人間を異常、異常と連呼しないで欲しい。

「身体能力で言えば、全てのレベルで平均的なコーディネイターの1.2倍はあるな」
「へっ?」
「エヴァ先生、それって、凄いんですか?」
「いや、トップクラスのコーディネイターに比べれば、低いだろう。だが、ラインブルグのコーディネイトレベルではありえない数字だ」

 へぇへぇ、これはつまり、あれですね!

 実は俺の中に、皆が驚くような隠された能力が……。

「弛まぬ鍛錬が生んだ奇跡と言うべきものだろうな」

 へんっ! どうせ、俺にはそんな設定なんて、ないですよっ!

「だが、その鍛錬を為し遂げる奇跡を生み出した原動力には興味がある」
「……原動力ですか?」
「んなもん、ありゃしません。ただ、周囲や自身からのプレッシャーに負けずに鍛えてきただけですよ」
「……かもしれんが、案外、お前はSEEDを持っているのかもしれん」

 はっ?

 ……SEEDって、種のことだよな?

「ふん、今後も観察は続けさせてもらうぞ、ラインブルグ」
「はぁ、どうぞお好きなように」

 ニタリと愛嬌と威圧と優美と怖気を感じさせるという混沌とした笑みを見せた後、エヴァ先生は悠然とエレベーターへ向かって去っていった。

「あっ、私達、交代の時間ですよ」
「……そうだなっていうか、俺達もエヴァ先生と同じ直だろう」
「そ、そうでしたね」

 苦笑を浮かべたレナに誘われて俺も苦笑いを浮かべながら、賑やかさを増す会場を去るべくエレベーターへと向かうことにした。

「レナ、飲み物持ったままだぞ」
「い、いえ、これはお持ち帰りです」

 なんて、やりとりをしながら……。








 しかし、SEEDねぇ。


 エヴァ先生が口にする位なんだから、きっと意味があるんだろうなぁ。


 ……。


 今度、時間がある時にでも、調べてみてもいいかな?
11/02/06 サブタイトル表記を変更。


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