第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
30 一夜城作戦 3
9月2日。
当初の予定よりも一日遅れて、地球に展開している地上軍への補給物資や補充兵を輸送する輸送船団に混じり、俺達の戦隊もアプリリウス軍事衛星港を出港した。
もっとも、俺達の戦隊が目指すのは輸送船団と違い、L1宙域のデブリ密集地帯になる。
その向う先であるL1だが、地球-月を最短で結ぶ線上にある最も重要でかつ便利な場所だ。当然、月の連合軍拠点からの監視も厳しいだろう。いわんや、プラントから直接向かおうものなら、大いに警戒されてしまうはずだ。
ならばということで、俺達の目的を少しでも連合に悟られせないためにL1へは直接向かわず、敵の目を誤魔化す欺瞞行動として、地球行きの輸送船団に混じって出港することにしたのだ。
そして、地球-月間に幾つか存在するデブリベルト……ここ半年に起きた一連の戦闘の名残やラグランジュポイントから外れてしまったユニウス・セブン、世界樹崩壊で生まれた大型デブリ、コロニー建設時や宇宙船の航行中に発生した事故等で撒き散らされた資材や破片、宇宙船の通常運航で常時発生する剥がれた塗料や不完全燃焼した推進剤の残り滓、不心得な廃棄業者が捨てた廃棄物等々で構成された大量のデブリが地球の引力に引かれて地球と月の間を周回しており、それらが幾つかの大きな帯になっている……の中の一つ、L1に繋がるデブリベルトで輸送船団と分離し、ベルト内を通って、デブリの巣というか、暗礁宙域になりつつあるL1宙域へと向かう予定である。
後、ついでに述べれば、国防事務局を通して、ヤキン・ドゥーエの艦隊に月への威嚇や牽制も含めた訓練として、L2方面……月の裏側を狙うような動きをしてもらうよう、ザラ委員長にお願いしているので、地球方面への監視の目も少なくなっているはずだ。
まぁ、それでも、デブリの中を行くという非常に危険な航行であることには変わりない。けれど、、艦の運航や運営に関して、とても信頼できる艦長が二人もいるのだ、全て委ねれば、万事上手くいくだろう。
そんなわけで、俺は艦の航行や運営には口を出さず、MS隊の訓練時以外は基本的に自室兼隊長執務室で各艦から上がってくる日々の報告書を読んだり、隊員からの要望メールを決裁している。
ちなみに、今現在も、次のシミュレーター訓練まで時間に余裕があるので、一つずつ丁寧に読んでいたりする。
えーと、何々、ハンゼンの食堂の飯がエルステッドよりも不味いから何とかしてくれ?
……むぅ、これは主計班員が単に料理下手なのか、それとも経験不足なのか?
一応は、ハンゼンの主計班長にこの意見を回しておくべきだな。
至急、具体的な対策を講じるように、と書き添えて……ハンゼン主計班長宛で、送信と……。
次は……おおっ、両艦の整備班長からだな……むむ、整備の効率化の面から弾薬の共通化が望ましいと来たか。
……。
シグーのシールドバルカン……一体化しているから取り回しが悪くて、逆に使いづらい面があるから、外してもらってもいいなぁ。
後、M型の新型突撃機銃と従来型突撃機銃の銃弾規格があわないのか……。
……。
これはまず、新型突撃機銃の使い勝手を聞いて見るか。
「レナ」
「はい? 何か間違いでもありましたか?」
「いや、それは大丈夫だよ。少し、聞きたいことがある」
同じ部屋で要望メールや報告書類の仕分け整理をしていた、MS隊副官というよりも、隊長秘書と先に呼んだ方がいいのではないかと思うくらいに事務作業をこなしてくれているレナに、先の疑問を問いかけてみる。
「うーん、新型の使い勝手自体は以前と変わりはないですよ」
「そうなのか?」
「はい。ただ、装弾数が増えているので気が楽ですね」
「……むぅ、それは確かに有難いな」
以前、弾切れを起こして困った事態を経験したことがあるだけに考えさせられる。
「なら、いっその事、ジンの突撃機銃を新型に更新してしまうのも手だな」
「でも、反動の関係もありますよ?」
「……うっ、確かに、射撃時の機体バランスにも関係してくるか」
……一応、整備班で対応できないか、聞いてみてもいいな。
「よし、俺は両整備班長にジンに新型を装備できないか聞いてみるから、レナはパイロット連中にこの件に関する意見を上げるように各小隊長に連絡を入れてくれ」
「わかりました」
レナに指示を出した後、二人のMS整備班長に共用回線で連絡を取り、全機の武装を新型突撃機銃に更新できないかを聞くと、その場で両整備班長による技術面に関する話し合いが諤々と為されることになった。
「シゲ班長、ジンだと、JDP2-MMX22の反動は厳しいんじゃないですか?」
「まぁ、おめぇの言うとおり、小口径化に対応するために装薬が強化されてるし、厳しいだろうなぁ」
「なら、どちらかといえば、MMI-M8A3に統一した方がいいんじゃないでしょうか?」
「だが、それだと、折角伸びた継戦能力が短くなっちまう」
「うーん、なら、その反動をコントロールできるように、OSから調整した方がいいですね」
「それでも、機体に係る負荷が大きくなるから、ある程度強化案を出すべきだろうな」
「……でも、ジンの重突撃機銃じゃ、BOuRU様の装甲を破れなかったりするんですよねぇ」
「あたぼうよっ! 我らがBOuRUの傾斜は実に理想的なんだぞっ! それに、正面から当たっても二、三発じゃあ、まずは破れないだろうよ」
「ですよねぇ。……本当に、あの生身の女にはない、あの理想的な曲線は……はぁはぁ……」
「ふっ、後で、BOuRUの調子を見に行こー」
「くっ、シゲ班長! あなたって人はっ!」
「くくく、悔しかろう悔しかろう」
「く、悔しい………………でも、負けない! いつか、ハンゼンにだって!」
「何時になるだろうねぇ」
「う、うぅぅぅ、隊長! 何でハンゼンにはBOuRUが配備されていないんだっ!」
……途中から、如何にBOuRUが素晴らしいかというシゲさんの演説に変化していったのは御愛嬌だ。
結局、新型突撃機銃の更新に関する話を伴ったBOuRU談義……じゃなくて、新型突撃機銃の更新に関する話は、後日、改めてパイロット連中の意見を集約してから、ということになった。
BOuRU導入を求め、しつこく食い下がるハンゼンの整備班長を何とかなだめて通信を切り、ふと、時計を見ると既に一時間近く画面にずっと向かっていたことに気がついた。なので、ここらでちょっと一息でも入れようかとシートから立ち上がろうとしたら、レナが俺に質問してきた。
「アイン先輩、L1で拠点を構築するって言っていましたけど……具体的にはどこに作るんですか?」
「そうだな……実際に、行って見ないことにはわからないが……」
「……わからないが?」
「……秘密」
うわっ、もったいぶるなんて鬼畜です、なんてレナの抗議を流しながら、固まった関節を解すため、靴裏の吸着レベルを最大にして背筋を伸ばしたり、肩を回したり、腰を捻ったり、足を軽く振ったりする。
……ああ、気持ちいいなぁ。
俺が韜晦して答えないとわかったのだろう、不承不承とした感じで話題を変えて、今度は揶揄するような目をしながら、話しかけてきた。
「……でも、先輩も無理しますよね」
「何が?」
「輸送艦のことですよ」
「ん? ああ、あれか……。あれは最終的には返すつもりだから、そんなに無理なことは言ったつもりはないよ」
当初の予定では所属艦二隻にコンテナでも引っ張らせて拠点構築資材を運ぼうと考えていたのだが、先のMS補充に関する失敗を突いて、事務局から余っている輸送艦を一隻分捕ろうと考え直したのだ。
しかし、残念なことながら、通常型輸送艦がちょうど出払ってしまっており、仕方なく余り物の降下カプセル輸送艦を借り出して、そのカプセル内に資材を放り込んだ。
流石に余り物だっただけに人員の確保ができなかったから、二隻から航法と機関要員を集め、エルステッドの新しい航法通信管制班長アーサー・トラインに臨時艦長を勤めさせている。
「本当ですか、先輩?」
「ああ、もちろんだよ」
……とは言ったものの、受領手続きの時、ちょんぼした事務員が影で半分泣いていたからなぁ。
行政局時代の俺を髣髴とさせる姿だっただけにちゃんと返してやりたいもんだ。
……。
うん、ちょっとは、気分転換が出来た……かな?
「さて、もう一頑張りしないとな。……まったく、一向に減らない要望メールを決裁していると、よくこれだけ、要望が出てくるなって驚かされるよ」
「ほんとですよねぇ」
「とはいえ、レナが今みたいにメールの作成や送信処理をしてくれたり、要望や報告書を振るい分けて整理してくれたりしてくれるから、こっちは助かるよ」
「ふふ、そう言って貰えると私も頑張る甲斐がありますね」
「ああ、ほんと、助かってます。だから、今度プラントに戻ったら、何か美味いものを食いに連れて行くよ」
「えっ、本当ですか! だったら、前みたいに美味しいところを是非、お願いしますね!」
レナもティーンエイジの後半に差し掛かりつつあるとはいえ、こういった反応をするあたりは、まだまだ、子どもらしさを感じさせる。
……そういう風に感じるってことは、俺も歳をとったってことだよなぁ。
「? 先輩、どうかしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
ポニーテールを揺らしながら、不思議そうに首を傾げるレナの姿は、どこか小動物を思わせる、愛らしいものがあった。
◇ ◇ ◇
デブリの川を極力推力を用いずに慎重に進んでいくという難しい航行は、中型デブリの衝突による軽微な損傷といったアクシデントを伴なったが、立案当初に予想していたよりは順調に進み、三隻とも無事にL1宙域へと入った。
前が見えないほどということはないが、かなりの量のデブリが放りっぱなしで漂っているため、視界が悪くなっている。だが、これならば、レーダーが効く状況であっても早々に発見されることはないだろう。もっとも、それだけ、隠れ場所が多いということでもあるので、索敵なりを頻繁に行うか、監視衛星なりを随所に配置しなければならない。
とりあえず今は、連合軍が監視のための戦力を置いている可能性もあるので、第一種警戒態勢を発令し、デブリ帯での実機訓練も兼ねて、ハンゼンのMS隊に索敵を行わせている。
俺も艦橋にあがって、いつもの如く艦長席の隣に立ち、MS隊から入る報告を待っている。その間、ずっと艦橋からデブリ群を見ているのだが、どうしても、計画段階では"ない"と結論付けた危惧を再び懐いてしまう。
「……このデブリ、擬態された監視衛星を置かれていたらやっかいだな」
「確かに、ここに監視衛星を紛れ込ませるような智恵者がいたらやっかいだけど、プラントの観測衛星では世界樹攻防戦以降は月からL1には、連合軍が入った様子はなかったじゃないの。艦隊戦力も新星……ボアズを奪還するための攻撃で忙しそうだったし、地球へ向かう連合の輸送船団はL1の暗礁地帯を避けるために、宙域外縁を通ってるしね」
「まぁ、そうなんですけどね」
呟いた独り言をゴートン艦長にやんわりと窘められてしまった。
……むぅ、どうも、神経が過敏になっているみたいだな。
「まぁ、ラインブルグ君も隊長って役職についたから、そう過敏になるのも仕方がないだろうけどさ、もう少しリラックスした方がいいよ」
「……いや、普段はリラックスさせてもらってますからね。こんな時くらいは、過敏になってますよ」
「ふふっ、そうかい? ……まぁ、程々にね」
これも若人を見守る年長者の役目といわんばかりの艦長の様子に、気恥ずかしさを感じつつ、意識して話を逸らす。
「そういえば、輸送艦っていうか、アーサーの調子はどうですか?」
「定時連絡では青白い顔をしつつも、頑張って気丈な振りをしているから、いい経験してるんじゃないかな?」
「……俺と同じように胃を痛めてるんだろうなぁ、きっと」
「まぁ、責任のある立場になったら、誰だって最初はそうさ」
……はい、俺のことを言っているんですね、わかります。
なんて、被害妄想のような考えを頭の中で弄んでいたら、索敵に出ていたMS隊から連絡が入った。
「デファン小隊、月方面に敵影を確認せずっす!」
「マクスウェル小隊もL4方面に敵を発見できませんでした」
「……こちら、ラインブルグ、了解した。両小隊とも、今度は前もって指示した通り、T7宙域に先行して、そこにある大型デブリ周辺をよく調べて欲しい」
「「了解」」
両MS小隊長からの通信を切って、ゴートン艦長を見やる。俺の視線を受けた艦長は心得たように、艦橋スタッフに指示を出し始めた。
「航法はT7宙域に艦を進めて。索敵は敵影なしの報告があったからって気を抜かずに周囲を警戒してよ。通信はハンゼンと輸送艦にT7宙域に進出する旨を伝えてちょうだい」
「「「アイ、艦長」」」
……いつの間にか、スタッフの躾がしっかりとできてますねぇ。
「さて、これから本格的な任務開始になるんだけど……」
「ええ、ボチボチと息切れしないように頑張りましょうか」
まずは、ここに拠点を構築しないことには、任務は……短期ならできないことはないけど、長期的には無理だしね。
……でも、拠点構築、何気に結構な建設プロジェクトになってるんだよなぁ。
上手く出来たらいいけど……。
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