第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
28 一夜城作戦 1
新星攻略戦における最後の激戦で大破判定を受けたエルステッドは、占領部隊を伴なった増援と交代する形でプラントへと帰って来た。乗艦を失った者や負傷者達もついでとばかりに乗せられたため、空間的に非常に狭かった上に雰囲気も重苦しいという、今までで一番辛かった航行だったと言っておきたい。
いや、もう、ほんとに、母艦や乗艦を沈められたMSパイロットや乗組員、負傷者の怨嗟と憎悪の声が凄かったのよ。
だから、俺も快く部屋を負傷者に譲り渡して、MS格納庫脇にある休憩待機室で寝泊りさせてもらった。俺の他にも、ハーフというだけで負傷者の憎悪の捌け口になりそうだったデファンや艦内の重苦しく刺々しい雰囲気を嫌ったレナやマクスウェルといった面々が同じようにしていた。ちなみに、問題児認定のリーは部屋に閉じこもったまま、一度も出てこなかったりする。
……。
とにかく、母港であるアプリリウス軍事衛星港に到着して、負傷者が搬出された後、とてもほっとしたことを憶えている。
それで、司令部から今後の新しい指示が来るまで待機する間、一時的に下船許可が出されたから、お茶でも飲もうと思ったんだ。
……うん、そう思って、降りたはずなんだ。
「……待たせたな、若造」
なのに、プラント最高評議会の傘下にあって、非常に重要な一部門である国防委員会、その委員長室の執務机の前に、何故か、立っていたりする。
…………あれぇ? なんでだろう?
おかしいな……俺は確かに、エルステッドを一時下船して、エルステッドが収容されたブロック近くのラウンジで一息入れようと思ってたはずなのに……気付いたら、黒服のお兄さんやおじさん達に取り囲まれて、何事かと呆けているうちに黒塗りの連絡船に放り込まれた後、色々と黒塗りの乗り物を乗り継いで行って……何とか正気に戻ったら、目の前にザラ国防委員長が座っていたりする。
いや、ほんとにおかしくない?
なんで、俺、こんなに場違いな場所に連れてこられるの?
「俺、なんで、ここに、いるんです?」
「私が貴様を呼んだからに決まってるだろう」
「え、えーと、な、何故、黒服さん達に?」
「……貴様は私が呼んだとしても、気がつかなかった振りなり、伝達不良を言い訳にでもして、来なさそうだからな」
「い、いや、いくら俺でも、そこまでは……」
「ほう、しないか?」
ザラ委員長の追求から、目を逸らしてしまう俺がいた。
「ふん、自分でも信じられんことを言うな、若造」
「ぐっ。……で、ですが、俺は赤でも白でも黒でもない、ただの緑、言わばぺーぺーなんですよ? 普通は国防委員長のような偉い人の前に来るなんて事ないでしょう? たとえ、用件があったとしても、白なり黒なりに連絡が行って、そこから伝わるのが自然なはずです」
「……来る来ないも、その方法を決めるのも、貴様ではなく、上司である私だ。だいたい、私にアレほど生意気なことを言って平然としていた貴様が、ただのペー……一般隊員とは思えんが?」
いえ、それは過大評価だと思われます。
……つか、ここは無礼な態度で委員長を怒らせて、追い出すように仕向けてみよう。
「では、ザフトのお偉いさんである国防委員長様が、俺如き、ただの平隊員を、直接、迎えを寄こしてまで呼び出すなんて真似までして、一体、何の御用なのでございましょうか?」
「ふむ。……その前に貴様に聞きたいことがある」
生意気な態度を少し取ってみたんだけど、軽く流された。
何かこの人、前より手強くなってないか?
……仕方がない、言うことを聞くか。
「はぁ、それでは、もう、何でも聞いてください」
「……先の月での戦闘で、我々の月攻略軍が敗退したことは知っているな?」
「……はい、何でもサイクロプスなる施設を暴走させた連合の自爆攻撃によって、多数の損害が出たことが主たる原因だとは聞いています」
「ふん、耳聡いではないか」
「それはまぁ、ザフト内にも様々なネットワークがありますからね」
俺の場合は主に、艦長ネットワークと整備班ネットワーク、軍医ネットワーク、パイロットネットワーク、それに懇意にしている同期友人の二人から、情報を得ていたりする。
「それでだが……我々が月から撤退した後、地球連合が月根拠地のプトレマイオスを強化しつつあるとの情報を得ている」
「……L1の有力な駐留地だった世界樹を失い、L4が失われた現在では、宇宙で唯一残っている使える拠点ですからね。地球連合にとっては、当然の選択でしょう」
「そうだ。……この強化によって、プトレマイオスが元より持っている兵器生産力と資源採掘力が更に大きくなると考えれば、プラントにとって国防上の大きな脅威になるだろう」
「……そうですね」
もし、茶会の時の仕返しで単独でプトレマイオスを落としてこい、なんてことを言われたら、俺、ザフト、脱走するわ。
「……貴様なら、月拠点に対して、どう手を打つ?」
おっ!
おおっ、まともな質問だった!
って、おい、まともな質問なんだから、真面目に考えろよっ、俺っ!
ええっと、ザラ委員長が言っているのは、現状において、プラントに圧力をかける月拠点に対して、どう対応するか、ってことだな。
……。
プラントにとっての最良は、月拠点の無力化させること……つまり、連合の月拠点を使えなくするか、戦えなくするかで、次善としては、敵戦力を弱体化させることだな。
……むぅ、考えがまとまらないな。
……。
ここは古典に倣おう。
脳内イメージで座禅を組んで…………いざっ!
……ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく…………ちーん。
……うん、これでいってみよう。
「……そうですね。現在、地球に戦力を吸い取られている上に、月攻略軍が損害から回復できていないことを換算すれば、月への直接侵攻による根拠地制圧は現実的ではありません」
「うむ」
「となれば、考えられる方策は簡単に三つ。一つは、プトレマイオスに対し、大質量を使った攻撃をし掛けて、根拠地自体の無力化を図る」
「……ほう、月に隕石でも落とすとでも言うのか?」
「やろうと思えばできるでしょう。……例えば、L4の新星を落とすとか」
「……できるな」
でも、連合も必死になって阻止しようとするはずだから、これまで以上にえらい騒ぎになるだろう。
それこそ、今までにない大規模な戦闘が発生するはずだ。
「……ですが、他の中立系月面都市に、環境面や政治面で与える影響があまりに大きいので、使いたくない手です。先だっての戦闘で、L5を直接攻撃できるマスドライバーの破壊に成功している以上は、言い訳も立ちませんしね」
「……」
委員長は考え込むように瞳を閉ざし、眉間に皺を寄せている。
……。
これは俺の勝手な想像だが……脳内で夫人に、あなたっ、また馬鹿なことを考えてっ、てな感じで、叱られているのかもしれない。
「……次は?」
「正直、大質量攻撃以外での拠点無力化が難しいので、戦力の弱体化を狙いまして……私掠船……海賊を使った、地球-月航路を往来する商船への攻撃で、補給線を脅かす方法です」
「……む、具体的には?」
「アウトロ……げふんげふん……傭兵やジャンク屋に、中古のジンや武器を供給して海賊化し、連合系の商船を襲撃させて、通商の停滞を狙います。メリットとしては、武器の供給以外は自前の戦力を投入しないで済むことですね」
けど、私掠船が活躍していた大昔とは違うから、そのことも考えないとねぇ。
「この方法を使用する際には、物資供給は正規のルートを通じてではなく、いかにも、ザフト内の一部の馬鹿が横流しした、とでも見せかけないといけません。まぁ、ばれなければ、それはそれでいいですが、もしも、事が公になった場合は、プラントやザフトのイメージ悪化を最低限に抑えるために、公式に遺憾の意なり、今後の対応を約束するとでも表明する必要がありますからね。実際に調べれば、馬鹿なことをしている奴が絶対にいますから、そいつらを処刑するなりして、"このような件には、我々は断固とした対応を取る"とでもアピールするば、イメージの悪化を更に抑えられます。……やるならば、証拠を残さぬように、慎重に、です」
って、おっさん、呆れた顔をするなよ。
「……貴様も悪辣だな」
「こういうのって、相手の嫌がることをする事が重要かと思うんですが、まぁ、いいや。ちなみに、この方法にも、当然、デメリットがあります」
「海賊が必ずしもこちらの言うことを聞くとは限らない、か?」
「ええ、中立国の商船も狙われるのは確実でしょう。それにばれた時のイメージの悪化は必至ですから、今後の市民感情にも影響を及ぼすでしょう」
まぁ、これは今更かもしれんが……。
……。
気を取りなおして、話を続ける。
「また、戦後のことも考えると……」
「海賊の勢力が増大して、地球圏全体の治安悪化の要因になりかねない、ということか?」
「はい。よって、これはあまり良い方法とは言えないです」
ザラ委員長は、一つ頷くと、再び先を促してきた。
「最後は?」
「これも拠点の無力化ではなく、弱体化を狙う地味な奴です。先程の私掠船による商船攻撃を発展させまして、ザフトを使い、地球-月の航路を組織的に遮断して、連合軍補給艦及び連合船籍の商船を沈める方法……通商破壊作戦です。これで双方が行っている物資のやり取りを出来る限り阻止します」
「……通商破壊作戦か」
委員長は顎に手をやると、鋭い視線で俺を見た。
「若造、確か、地球から月へは食料が、月から地球へは精錬された資源物資が送られているそうだな?」
「ええ、地球と月、それぞれが足りない所を補い合う相互依存関係になっています。よって、これを遮断することで双方の物流を滞らせ、地球に良質の資源物資を送れないようにして地上軍への間接支援とし、また、月に対しては、その生産力の一部を食料生産に振り向けさせることで、少しは資源採掘能力や兵器生産能力を削ぐことができるでしょう。それに、もしも、連合が通商破壊に対抗して、航路防衛に艦隊戦力を貼り付けさせたとしても、それだけでプラントへの圧力を少しは減らせるはずです。……何よりも、この方法なら、特に大きなデメリットもないと思います」
俺の意見を聞き終えた委員長は、再び瞑目して左手で頬杖をつき、もう一方の空いた手は人差し指で机を頻りに打っている。
……どうやら、脳内会議をしておられるご様子。
あれだね、三人以上のザラ委員長が、喧々諤々の議論を繰り返してるんだよ、きっと。
……。
……か、かなり、怖いな。
「ふむ……貴様が言った航路遮断……通商破壊を効率的に行うには?」
「そうですね。……L1宙域のデブリ地帯に拠点を設けるなんてどうでしょう? 敵の目につき難い上に、敵の主力機動戦力であるMAが思い通りに活動できない環境ですからね。それに、地球-月の最短航路上に存在していることを考えると動きやすいですし、L4方面を経由する迂回航路にも手が出せます」
「使用する戦力は?」
「機動艦隊の正規艦隊は……月のプトレマイオスに睨みを利かせる必要がありますから出来るだけ動かさず、独立戦隊を多数利用するのがベストだと思いますね」
「……………よろしい」
……何が?
委員長の言葉を不思議に思って首を捻っていたら、委員長が卓上の端末をいじっている。
「……まったく、レノアの目には驚かされる」
「はぁ、奥様自慢ですか?」
「そうだ」
……けっ、堂々と開き直ってやがる。
あれだけ、茶会の時は、突っ込まれては恥ずかしさで悶絶していたくせによっ。
「ふんっ、……まぁ、貴様にはレノア程の嫁は来ぬだろうな」
「ぐ、ぐっはあぁぁぁっっっ!!!」
な、なんという凄まじい精神攻撃っ!
キィィーーーーーーーー!!
その勝ち誇った顔がっ!
とーーーーーっても憎たらしいっ!
「……ぬぬぬ」
「……ふふふ」
睨む俺を余裕の笑みで流すザラ委員長。
くっ、この俺が力負けしているだとっ!
だ、だが、起死回生の手は、俺にあるっ!
「……ざ、ザラ委員長?」
「!」
ふふふ、秘書さんが近づいていることに気付かぬ委員長が悪いのです。
ニヤリと笑ってやると、ザラ委員長は憮然とした顔を見せて、秘書さんに何やら指示を出した。
「ん、んんっ! それをこの馬鹿者に渡してやれ」
「は、はいっ」
いや、秘書さん、馬鹿者って言葉に頷かないでよって、おおっ、これはこれは、なかなか結構な母性をお持ちで、って、えっ……何、この……白い服。
「アイン・ラインブルグ、貴様を白服に任命する」
「はっ?」
「……もう一度言ってやろう、若造。貴様を白服に任命する、と言ったのだ」
「な、なんでですかっ!」
俺、緑の方が気楽でいいよっ!
ってか、なんで、赤でもない緑の俺がっ!
「国防委員会では、月での敗退後、連合の月根拠地からのプラントへの圧力を減らすために、新星攻略以外にも、何らかのアクションが必要だと判断していたのだ」
「……」
「その一環として、貴様には、今、貴様が自分で言った最後の案、地球-月航路を遮断する、通商破壊任務を与える」
な、なんてこった。
得意になって、ペラペラ話していたら……とんでもない責任を与えられたっ!
「若造、聞こえているか?」
「ッ! …………な、なんとか、聞こえてます」
「……続けるぞ」
「は、はい」
俺、きっと、顔、今、引き攣ってるよ。
「貴様が指揮するのは独立戦隊規模艦隊。与える任務は先に通りであり、その前に貴様が話したL1での拠点構築もしてもらう。戦隊についての詳しいことは後で事務局で聞け。もしも、そこで分からぬことがあれば、貴様が乗組んでいる乗艦の艦長に相談して対応しろ。拠点構築に必要な資材や他に何か要望があれば、これも事務局に言うがいい。……貴様の活躍、期待させてもらう」
「ご、ご期待に添えるかはわかりませんが、任務は了解しました」
「……よろしい、では、下がりたまえ」
「はっ、失礼します」
……俺、初めて、委員長にまともに敬礼したような気がするよ。
にしても、マジなのか、おっさん?
俺に白服着せるってさ……。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/02/14 誤記修正。
+注意+
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