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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
27  新星、煌めく時 4


 エルステッドは……なんとか無事だった。

 とはいっても、左舷推進ユニットを抉り取られた上、あちらこちらに被弾痕が残っているの見ると、ギリギリ、沈まなかったと言うべきだろうか。


 エルステッドの状態が表す通り、先の敵第八艦隊の中央突破で受けた被害は甚大なものになっている。
 最前列に展開していて、約10倍の敵から集中砲火を浴びた前衛部隊は文字通りに壊滅し、構成していた四隻全部が撃沈されると言う憂き目にあった。本隊も無傷な艦は存在せず、司令部が存在していた一隻を含め三隻が沈められている。幸いなのは後衛部隊の回避が間にあって、損傷が軽微で済んだことだろう。
 もっとも、この攻撃……艦隊特攻を仕掛けた敵第八艦隊もただでは済んでいない。俺達が単純に確認しただけでも、250m級6と150m級40が沈んでいることがわかっている。
 これらが沈んだ要因は、ザフト艦隊との砲戦やMSの攻撃で沈められたり、突破中に艦同士が衝突したことによる相打ちや衝突して進路が変わってしまった味方艦を回避しきれなくて道連れを喰らったり、沈んだ艦の爆発に巻き込まれて外付けのランチャーが誘爆したりと、様々なようだった。

 ……。

 普通、あのような攻撃というか捨て身の突撃は……命惜しさもあって、そう簡単に実行できないというか、選択肢に考えられないはずなのだ。

 けれど、連合軍は、艦隊特攻を選択肢に含め、現実にやってみせた。

 ……あの突撃時に感じた、狂気にも似た強烈な意志を考えると……それだけザフトは、いや、プラントは、連合の、地球市民の怨みを買ってしまっているのかもしれない。

 ……。

 きっと、その原因は、あの四月馬鹿なんだろうなぁ。

 はぁ、よく憎悪が憎悪を生むと言うけど、本当のことだと思わざるを得ない。これを断ち切るなんて、よっぽどの荒行としか言いようがないよ。

 この問題を解決するには、結局、地道に相互理解に努めて行くしかないんだろうな。……本当に、難しいことだよ。

 ……。

 とにかく、連合軍の艦隊特攻で受けた被害の詳細な確認が進む中、後衛部隊から偵察に出されたMS小隊によって、日が替わる頃には、新星周辺に連合軍の残存戦力は存在しないことが確認された。
 また、L4の諸コロニーも無防備地区宣言を出したことから、連合軍が新星を放棄し、L4宙域から撤退したと判断され、L4はザフトが実効支配することになった。


 ◇ ◇ ◇


 連合軍が撤退したとの判断が下されるまでの間、消耗が少なかった俺達の小隊は沈められた艦に閉じ込められたり、宇宙へと放り出された生存者の捜索救助を行っていたのだが、専門の救助艇による救助態勢が整ったので、ようやくエルステッドに戻れることになった。
 で、戻ったエルステッドの艦内も沈められた艦から救出された負傷者で満ちていた。こういう状況故に、俺達も休む気にはならず、何事か少しでも手伝えることがないかと聞いたのだが、艦長から、休むように言われてしまった。曰く、パイロットは休むことも仕事らしい。

 そんなわけで、鉄錆びやアルコールの匂いが比較的少ないロッカールームで小隊の三人揃って休ませてもらっている。現状を考えると、かなり心苦しいんだけどね……。

 ……。

 実のところ、エルステッドの被害は艦の損傷だけで済んだというわけではない。例の如く、被弾対応に奮闘した応急対応班に、命に関わる重傷者が少数とはいえ出ているし……パイロットも……1131のムラン・アシムが落ちている。

 あいつが落ちた原因は、チャージをかける250m級の前に出て、攻撃を仕掛けるなんて無謀をしたグエン・リーを庇ってのことだったらしい。

 ……まったく……やっと、あいつとは小隊の訓練や戦術について、まともに話せるようになってきたって言うのに……本当に……無茶しやがって……洒落にもならないぞ、馬鹿野郎め。

 ……。

 にしても、拳が痛むな。

 無意識に右手を閉じたり開いたりしているのに気付き、拳を作った後、軽く撫でた。

 そんな俺の様子に気がついたのか、デファンとレナが少し心配そうにこちらを見ている。

「先輩、手……大丈夫なんすか?」
「……少し、痛いように感じるかな」
「医務室には?」
「いや、これ位は大丈夫さ。慣れてるからわかるよ」

 この痛みは、気分的なものだろうからな。

「……リーは大丈夫でしょうか?」

 レナの不安そうな声に応えたのは、少し語調が強くなったデファンだ。

「アシムさんを死なせて、先輩の手も煩わせたんっすから、少しは変わってもらわないと困るっすよ」
「落ち着け、デファン、お前の気持ちはわかった」
「……うっす」
「……まぁ、確かに、あれでまだ、変わらなかったら……どうするかなぁ」

 実は、先程、グエン・リーを"修正"したのだ。


 ◇ ◇ ◇


「リーっ! この、大馬鹿野郎がっ!」

 靴裏の電磁石が踏み込んだ足をしっかりと床に食い止め、足の踏ん張りで生じたエネルギーと腰の回転で生じたエネルギーとが合わさり、最終的には肩の捻りからのエネルギーと共に振りぬいた拳に集約されて、グエン・リーを中空へと殴り飛ばした。

 自分でやったことだが、見事なまでに明日へとよく飛んだ。

 そのリーがジンの脚部にぶつかり、大いに跳ね返ったのを見るに、我ながら、中々のエネルギー伝達率だと思う。

「……いや、アインちゃん、飛ばしすぎだよ」

 俺の隣にいたシゲさんの冷静な突っ込みは無視して、自身の行動の結果も省みず、馬鹿な妄言を吐いたリーを修正するために声を張り上げる。

「今、リーッ! お前、何て言ったっ! 自分は死んでも良かった、だとっ! 死んだら家族に会えたのになんで邪魔をしたんだ、だとっ!」
「……」
「おいっ! リーをもう一度ッ! ここに連れて来いっ!」
「う、うっす!」

 他人の命を代償に、命を助けてもらっておいて、そんな妄言を吐くようじゃ、一発だけじゃ足りんだろうさ。

 最寄の整備員二人によって、捕獲された灰色宇宙人のように、俺の前に連れてこられたリーを睨みつけながら、まずはアシムが死んだ原因を認識させるために、質す。

「おい、リー、答えろ。アシムは何故死んだ?」
「……お、俺を、庇ったから、です」
「ああ、そうだっ! お前を庇って死んだっ! 何故だっ?」
「…………お、俺が、ナチュラルの戦艦を攻撃しようと……したから」
「そうだっっ! お前が、突撃をかける戦艦に正面から攻撃を仕掛けるだなんて、無謀なことをしたからだっ!」

 ……実のところ、無謀云々に関しては人のことを言えない立場なんだが、まぁ、今はいいだろうさ。

「……何故、あんな馬鹿な無謀をした」
「や、奴らを、俺の家族を、殺して! 奪った! ナチュラルの奴らを殺したかったっっっ!!!」
「……」
「それにっ! どうせっ、俺一人だけが生き残ったんだっ! だから、せめてっ、死んでもいいからっ!」
「仇をとりたかった、か?」
「……そうだよっ! それのどこがっ! どこが悪いって言うんだっ!」

 身内をユニウス・セブンで亡くしているから、そういう感情を持つことは仕方がないかもしれないが……戦場に立つ以上は、どれだけ難易度が高くても、それを制御してもらいたいんだよ。
 知り合いや身内に犠牲者がいないからこそ言えることなのだろうが、同じ戦場ではこっちも生死がかかってくるんだ、主張だけはさせてもらいたい。

「悪いだろうさ」
「何だとっっ!」
「現に今、感情に身を任せて、仇を取るためにお前がした行動で、アシムを殺している」
「……誰もっ! 誰も庇ってくれなんて言っていないっ!」

 ……よっっと。

 おお、自分でやっておいてなんだが、本当によく人一人飛ばせるよなぁ。

 気を利かせて、再び面前まで連れてきてくれた整備班員達に目で感謝しつつ、声を張り上げる。

「ああ、別に死にたがりなんてな! 別に庇う必要なんてなかったさ!」
「……」
「だが、アシムは庇った! ……後輩であり、仲間であるお前を殺させないために、な」
「……」
「その思いを……アシムの意思を、無駄にすることは、俺が許さん。……憶えておけ」

 リーは俺の言葉に応えず、そっぽを向いたまま、逃げるように格納庫から出て行った。

 それを見届けたシゲさんが、格納庫中央で作業再開の号令を出したことで格納庫内が通常に戻り始めた。

 ……俺も柄じゃないことをしたからか、肩が凝るわぁ。

 肩を回して、凝りを解す俺の隣に戻ってきたシゲさんが問いかけてくる。

「……リーの奴、大丈夫かねぇ?」
「さて、こればかりは、ね」
「……」
「……シゲさん、正直に言うとね。……俺は、今からでもリーの奴を生身のままで宇宙に放り出してやりたい気分なんだよ。他人に生かしてもらっておいて、まだ、死んでもいいだなんて阿呆をぬかす馬鹿者にかける情けを、俺は持ってないからな」
「……」
「それにさ、そんな性根じゃ、この先、生きていても、それだけで……仲間に死を振りまくだろうしね」
「……」
「でも、それだとさ……アシムの思いを……奴の遺志を無駄にしてしまうことになるから、なぁ」
「そうだねぇ」

 シゲさんは、何ともいえない顔をしながら、眼鏡の位置を直して、ただ頷いてくれた。


 ◇ ◇ ◇


 リーのことは、時間をかけて注意して見ていくしかないし、俺も、いつまでも拘っているわけにもいかない。早いところ気分を入れ替えよう。

 現実、終わったことは、時間が不可逆である以上、もう取り返せない。故に、反省をした後は、前を向いて生きた方が健全だろう。
 そもそも、人間なんて、いつ何時、死ぬかわからないんだ。特に、今みたいな戦争状態だったら、尚更だ。

 だったら、後悔しないように、精一杯、やりたいことやできることを、他人様の迷惑ならない限り、すればいいんだ。

 それにだ……同じ後悔でも、やらずにする後悔するよりも、やってする後悔の方が、まだ……マシ……なんだろうか?

 ……。

 いや、きっとマシなんだろう。


「先輩……さっきから静かに考え込んでますけど……本当に大丈夫ですか?」
「そうっすよ。生真面目な沈黙は先輩には似合わないっすよ?」

 ……デファンよ、それはどういう意味なのかなぁ?

「それは……確かに似合わないかも」
「やっぱりレナもそう思うっすか?」
「ええ、先輩はやっぱり、こう、少し抜けているぐらいがちょうどいいと思うのよ」
「うんうん、わかるっすよ」

 ほぅほぅ、俺は抜けているのが相応しいって言いたいんだね、君達は……。

「普通に絶妙な天然ボケか巧妙な計算ボケなのか、わからない大ボケを見せたりするしね」
「ああ、あるっすねぇ。……それに加えて、本当に馬鹿なこともしてるっすよ?」
「あら、その馬鹿なことが面白いじゃないの」
「あはは、それは言えてるっす」
「それに普段そういう風に抜けているからこそ、訓練の時とギャップがあって……ねぇ」
「……でも俺は、時々、そのギャップが怖い時があるっすけどねぇ」

 ……。

「あっ、でも私たちってね、意外と恵まれてると思うわよ」
「そうなんっすか?」
「ええ、前に、私が入院していた時に同期が見舞いに来てくれて、色々と話したけど……」
「話したけど?」
「うん、その子の小隊の先輩は、MS訓練の時、傲慢な上に、上から目線で、何故そうするのかっていう説明や解説もしないで、あれやれこれやれってだけ言うだけだったり、自分よりも操縦が上手いと矢鱈と嫉妬したりするから、大変だぜ、って、言ってたわ」
「……ああ、そういえば、俺達はそういうのには、無縁っすね」

 そら、お前らの命を背負ってるんだから、そんな事をしている暇があったら、次の目標を立てて、訓練を計画するさ。

「まぁ、それでも、ちょっと、訓練は厳しすぎるような気がするっすけどねぇ」
「そうよねぇ」
「初めて先輩の訓練を受けた時、思ったもんっすよ、このひとは昔、悪鬼羅刹だったに違いないって」
「ふふふ、私もあの時は先輩のことを、昔、童話で読んだ地獄の極卒かと思ったもの」
「……二人とも、人が黙っていたら、人のことをえらく好き放題に言ってくれているようだねぇ」
「「!」」

 ……うーん、ここはN教導官に倣おうか。

「……二人とも……少し、俺達の間でずれているらしい認識の摺り合わせと相互理解を深めるために……OHANASIをしようじゃないか?」



 悲鳴をあげる後輩二人とじゃれ合いながら、この二人を死なせないように、俺もまた、後輩を庇わなくてはならないような事態にならないように、より一層厳しく訓練して、心身を鍛えていこうと、そう思った。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。


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