第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
26 新星、煌めく時 3
「先輩、今回の敵、かなりしぶといっすね」
「ああ、よく粘るとしか、言いようがないな」
「……こちらが新星に近づけば距離を保って攻撃してきますし、その攻撃を加えてくる部隊をこちらが追いかければ、今度は別方向から別働隊が砲撃を加えてくる。ほんと、通信状況が悪いのに、よくこれだけ連動させられますね」
7月11日。
俺達の小隊は、今、哨戒パトロールに出ている。
先月から始まった、新星を巡る一連の攻防は、現在の所、イタチゴッコになってしまっている。さっきレナが言ったように、敵艦隊は幾つかの小艦隊に分かれて、それぞれが連携、連動する形で動いており、ザフト艦隊はそれに引きずり回されている形だ。
俺達も何度か交戦しているのだが、何というか、以前と異なり、やり辛いのだ。MAと艦砲射撃の連携は当然として、件のミサイル攻撃は常套手段になってきてるし、時にはわざと防御火線に穴を作って、MSを誘い込んで近接火砲による飽和攻撃で落としてみせたり、ザフト艦隊側面にあるデブリの影に爆雷を仕掛けておいて、戦闘中に突然爆発させて艦隊を混乱させたりと、とにかく、あの手この手で対抗してくるのだ。
ニュートロンジャマー影響下において、MAや艦船にアドバンテージがあるMSを擁しているザフトと言えども、苦戦しているのが現状である。
「俺達を引っ掻き回してくれている敵は、たしか……連合軍第八宇宙艦隊だったか」
「情報によると、そうらしいですね」
「まったく、数の有利を生かした、厭らしくて上手い攻撃をしてくれる厄介な敵だよ」
「でも、そろそろ、敵も厳しくなっているはずっすよ」
「……確かにな」
攻撃を受けて反撃に出たり、艦隊への攻撃を仕掛けてくるMSを阻止する役目を担っているMAの損耗は、絶対に尋常な数字ではないはずなのだ。いくら連合にプラントでは真似できない巨大な回復力があったとしても、2月以来、大規模な戦闘が多かったのだ、そうそう、あちらこちらの艦隊にMAの補充が行えるほどの余裕があるとは思えない。特に今は、先の月面での戦闘で、決して無視できない程の大きな被害を受けているだろうだけに尚更だ。
故に、今の敵第八艦隊の策がMAを磨り潰すことで成り立っている以上は、そろそろ戦力に息切れをおこしてもおかしいことではない……はずなのだ。
この一連の戦闘の終わりが何時なのかを推測していると、レナが声をあげる。
「先輩、変針座標です」
「……よし、当初の予定通り、変針する」
「了解っす」
「大型のデブリ群を突っ切るからな、当たらないように注意しろよ」
「……はい」
「うっす」
今日の哨戒コースには、コロニーの採光ミラーの一部や割れた太陽発電パネル、不発ミサイル、剥離した宇宙船の外装、何かのタンク、メビウスの残骸、得体のしれない細々とした破片群、コロニーの外壁ユニットといった具合に、大小、様々なデブリが漂っている。
……。
実のところ、これらは全て、ここ最近に発生したもので、新星を巡る一連の戦闘で発生した流れ弾や外れたビーム、ミサイルといったものが、L4のコロニー群に大きな被害を与えているためだ。
幸いなことに、ユニウス・セブンや世界樹のような完全崩壊は免れているが、それでも酷い損傷が出ているコロニーが多数出ていて、放棄が検討されているものがあっても、おかしい状況ではない。
俺も宇宙に住む者だけに、自身がそのような被害を与える立場に関わっていることを考えると、非常に心苦しく、辛い光景だ。
「早く、ここでの戦闘が終わって欲しいです」
「……根競べになっているからな、どちらが早く諦めるかだよ」
けれども、艦隊上層部や一般的なザフト隊員の間では、どうせナチュラルが多数住んでいるコロニーなのだから、少々壊れても構わないだろう、この際、いっそのこと破壊してしまえばスッキリする、だなんて暴論が広がっているのだから、信じられない。
実際、そのような発言が艦隊上層部から出た時、ゴートン艦長が、そのようなことをすれば連合軍の徹底抗戦を招くだけだとか、現状の戦力でそんなことをしている余裕はないとか、同胞であるコーディネイターも住んでいるのにその考え方は如何なものかとか、盛んに文句を言い立てたらしい。
このゴートン艦長の意見は、2月や4月のプラント防衛戦で実績を残していることも相まって、僚艦の艦長達に重く受け止められたようで、その意見への賛同者が相次ぎ、何とか、その馬鹿げた方向へ動くことが阻止できたのだ。
もしも、ゴートン艦長が噛み付かなければ、間違いなく、L4コロニー群を破壊する方向で動いたことだろう。
……本当に、ゴートン艦長様様って感じだよ。
もっとも、このゴートン艦長の理性的で素晴らしい働きは、以前から様々に意見してくる生意気な態度を疎ましく感じていたらしい機動艦隊上層部、というか攻略艦隊司令部の機嫌を損ねてしまったらしく、様々な雑用的な仕事……今、俺達がやっている哨戒パトロール等を押し付けられることになったんだけどね。
それでもエルステッドのクルーが、誰一人として艦長に文句や陰口の一つも言わないあたり、他所とは違う所だと思う。
……。
それにしても、今回の一連の騒動でも思ったことなのだが、プラントに染み付いてしまっているナチュラル蔑視というかコーディネイター選民思想だが、どうしてこんなものが生まれてしまったのだろうか?
選民思想や他者への謂れなき蔑視なんてものは、精神の成長を阻害するというか、現実を見据える事ができなくなる、傍迷惑な思想だと思うのだ。
絶対に、この選民思想は、間違っている。
……まったく、何時から、こんな風になってしまったのか?
俺がブチブチと内心でやり場のない怒りを溜め込んでいたら、今度はデファンの声が耳に入ってくる。
「先輩っ! 連合の艦隊らしき艦影と動きを見かけたっす!」
「ッ! 方向は?」
「水平四時、仰角三時っす!」
「…………ああ、これは……間違いないな。……レナ、エルステッドに連絡を」
「はいっ!」
「デファンは数を頼む」
「了解っすよ」
見事なまでに整然とした艦列で移動している連合軍艦隊の周辺を伺うと、哨戒機……MAが数機出ているようだった。
だが、こちらにはまだ、気付いていないようだった。
「先輩、おおよそっすけど、300m級1、250m級8、150m級48っす」
「レナ」
「はい、伝えます」
確かに、一個艦隊規模だな。
それにしても、この推進コースは……。
「この方向は……月、か?」
「うっす。……でも、この方向にはうちらの艦隊もあるっすよ」
「先輩、艦長が戻って来いとのことです」
……確かに、哨戒機を落としたりならともかく、いくらなんでも艦隊をどうこうできないよな。
「……わかった。二人とも、敵に見つかる前に引き揚げるぞ」
「「了解」」
月への撤退か艦隊への決戦を仕掛けるのか、或いはその両方か、か……。
◇ ◇ ◇
俺達がエルステッドに帰艦した頃には、艦隊全体に第一種戦闘配置が発令済みだった。
着艦前に通信機越しで聞いたベルナールの話ではアシム小隊はD装での出撃を選択したらしい。俺もD装と通常装のどちらにするかを推進剤の補給を受けながら考えるが……。
「シゲさん、俺達は通常装備でいいよ」
「そうかい?」
「……多分、他は皆、D装で出ているだろうから、俺達まで装備する必要はないだろうさ」
「なら、このままでいいってことだね」
「ああ」
MAがまったく出てこないなんて、考えられないからな。対艦攻撃は他の奴らに任せて、俺達はこちらに対艦攻撃を仕掛けるMAの阻止を考えておこう。
「アインちゃん! 推進剤の補給終了したよ!」
「了解。シゲさん、整備班に下がるように言ってくれ」
「あいよぅ!」
さて、補給も終わったし発進するかなんて思いながら、機体を動かそうとしたら、突然、ベルナールが通信画面に現れた。
しかも、なにやら切迫している様子だ。
「ら、ラインブルグさん! 至急、発艦してください!」
「な、なんだ、何があった、ベルナール?」
「敵艦隊が本艦隊に向け、加速を開始しました! また、爆装をしたMAが周囲に確認されていますので、大至急、これらの迎撃に当たってください!」
「……わかった。デファン、レナ、行くぞ!」
「了解っす」
「はいっ」
このベルナールの慌てように、何かあるのかという疑問を抱くが、取り敢えずは指示に従うことにする。
「ベルナール! ラインブルグ小隊、出るぞっ!」
「進路……大丈夫ですっ! 急いでくださいっ!」
「了解了解。……落ち着け、ベルナール。お前が慌てると、俺達も慌ててしまうから、な?」
「あっ! ……すいません」
「いいさ。……ラインブルグ、ジン、1134、出るぞ!」
本当に、そんな基本的なことは心得ているはずのベルナールが慌てるなんてなぁ。
……そんなに慌てるような事態なのか?
……とても慌てるような事態だった。
「ラインブルグさん、前衛部隊全艦と通信が途絶しました! 壊滅ですっ!」
俺達がエルステッドから射出され、編隊を組んだ時には、300m級を中心とする連合軍第八艦隊が全艦艇による捨て身の突撃、所謂、艦隊特攻を仕掛けていて、見事な紡錘陣……防御力のある250m級を先頭に、150m級がその後方と周囲を緊密に固めることで凄まじい近接火砲の網を形成していた……で前衛部隊を食い破った所だった。
こちらのMSも敵艦隊へと攻撃しようとしているのだが、相手が加速しているために攻撃チャンスが少なく、また防御砲火も多くて迂闊に近づけないのだ。
当然ながら、ザフトの艦隊から断続的に放たれている艦砲で、敵艦隊に多数の損害が出ているから、多少は怯みそうなものなのだが……相手はこちらを上回る勢いで撃ち返し、かつ、それ以上に恐ろしく勢いがある、半ば狂気をも感じさせる突撃を仕掛けてきていた。
……正直、これはね、もう、避けた方がいいよ。
内心でそう呟きつつ、俺達も仕事をすべく、小隊に指示を出す。
「……敵艦隊への攻撃は艦隊や他の連中に任せておけっ! 俺達は爆装したメビウスの艦隊への攻撃を阻止する! 味方艦に取り付けさせるなっ!」
「うっす!」
「はい!」
とは言ったものの……接近なんて、できねぇよ、これっ!
つか、退避しないと、俺達も危ない!
「くっ! 駄目だな、これは……。小隊は天頂方向に退避する!」
「了解っす!」
「は、はいっ!」
小隊全機でスラスターを盛んに吹かせて、敵艦隊の突撃ルートから外れるように機動する。
移動する途中、せめてもの掩護と、敵艦隊前方に展開していたMAに攻撃を仕掛けて、何機かを撃墜する事ができた。
できたが、俺達ができたのはそこまでだった。
俯瞰して見ると、敵の全艦艇から伸びるスラスター光の大きさから、依然として、最大加速しているのが容易にわかる。
「ああっ! 先輩! 敵艦隊がまだ……まだ、加速していますっ!」
「ああ、もうっ、くそったれっ! エルステッドは回避行動をとってるのかっ!?」
「……う、上手く敵艦と敵艦の隙間に入ろうとしてるっすよ!」
「え? ええええっ! そそ、それで、え、エルステッドは大丈夫なんですかっ!?」
「ッ! ……艦長とクルーの腕を信じよう。にしても……こりゃ、奴さん達、自分達の損害も度外視してるな」
ほんとに、前の時もそうだったけど、艦隊特攻なんて、危ないことはやめてちょうだい、と声を大にして叫びたいよっ!
そんな思いを懐いている俺の目前で、艦隊同士の交差が始まった。
「あ、ああ、か、艦同士がぶつかっちゃいました」
「……す、すげぇっす」
「ああ、ここまでやるとは……な」
レナの言葉通り、一番先頭を行っていた連合の250m級と本隊所属のFFMが真正面から衝突した。
大きさの差からか、FFMが力負けしたようで艦首部分から押し潰されていき、弾薬や推進剤に誘爆したのだろう、大きな火球を生み出し、盛大にデブリを撒き散らしながら沈んでいった。
当然、相手の250m級もその爆発に巻き込まれたこともあって、艦首部分から中央部分までが大きく抉り取られた上、当初のコースから推進方向がずれたし、艦体のあちらこちらで小さな爆発が起きているから、激しい損傷を受けたのは間違いないだろう。
……だが、250m級は沈まずに、まだ加速し続けている。
ほぼ静止状態だったザフト艦と加速がついている連合艦だから、あれか、運動エネルギーの差でもってザフト艦が沈んだのか?
……。
いや、それなら、反作用で同等の衝撃を受けているはずだから、ただ単に質量や頑丈さの差で沈んだんだろう。
やはり、質量が大きければ大きいだけ、頑丈ならば頑丈なだけ、宇宙では強力な武器になるってことか。
……。
ああ、いかんいかん、あまりに衝撃的な光景にまったく関係ないことを考えてしまった。
とりあえず、俺達に何かできることは…………この状況では、ないよなぁ。
艦隊全体の通信系からも母艦の安否を問う声や指示を請う声がひっきりなしに聞こえて来る。
「……先輩」
「どうするっすか?」
「いや、もう、ね。……今はどうしようもないわ」
とりあえず、敵さんはさっさと通り過ぎて、月にでもどこにでも、行ってくれって感じだよ。
まぁ、調子に乗って減速なんてしたら、それこそ復讐に猛ったMS隊の餌食になるんだから、さっさと逃げるだろうけどね。
はぁ、それにしても、エルステッドは無事なんだろうか?
さっきから、通信が途絶えてるんですけど……。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/12/04 一部表現を修正。
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