ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
24  新星、煌めく時 1


 四月馬鹿に関わる話で衝撃を受け、拳での語り合いをし、今後の戦争の行方についても考えさせられた、ザラ邸での茶会があった5月。

 俺が所属しているエルステッドは、休暇と訓練とで過ごしていたが、世界はその間も激しく動き続けていた。


 まずは地球である。

 5月下旬、大洋州連合から供与されたカーペンタリア湾の小島に建設されていたザフト地上軍の根拠地となる基地が完成した。これと併せて、プラントから地球への戦力降下が順調に進んだこともあり、ザフト上層部は地上軍の態勢が整ったと判断して、本格的な攻勢、地上軍によるアフリカ侵攻作戦が開始された。
 この侵攻作戦は、地上軍の大目的である連合軍戦力の地球封じ込めのため、先の降下作戦で敗北した南アフリカ統一機構領内にあるビクトリア宇宙港を制圧することを目標としているそうだ。
 で、伝え聞く限りでは、事は順調に進んでいるようで、アフリカ上陸前に地中海の制海権を巡って発生した、カサブランカ沖の海戦において、例の地味男君ことグーンが実戦投入されて地味に活躍したらしく、ザフト潜水空母艦隊が連合軍地中海艦隊を撃破したとのこと。
 また、地中海と大西洋及びイベリア半島と北アフリカを連絡する要衝、ジブラルタルに基地を建設することが決まったそうだ。
 この基地をもって、アフリカ侵攻軍の拠点とする他に、地球連合三大構成国の一つ、ユーラシア連邦への睨みと駐留海洋戦力による大西洋方面への牽制とするのだろう。

 こんな具合に地中海の海洋戦力を排除し、拠点を確保したアフリカ侵攻軍は、今度は陸上へと戦力投入を開始し、北アフリカ制圧を行ったらしい。


 ……って、地上軍の連中というか、ザフトは何を考えているんだ?


 アフリカ共同体は、確か、地球連合に参加していないはずだ。

 なのに、何故に制圧に動いたのか、いまいちわからないのだが?

 ……。

 いや、アフリカ共同体領内で、連合の地上戦力と激戦を繰り広げていることを考えると、これも非力な中立国の性なのかもしれない。

 でも、無闇矢鱈と敵を作るのは、正直、頂けないんだがなぁ。

 ……。

 とにかく、北アフリカの制圧を目指したアフリカ侵攻軍はスエズ近郊で連合地上軍と激しい戦闘を行い、これを退けたそうだ。
 なんでも、この戦闘でアンドリュー・バルトフェルドっていう指揮官が率いるバクゥ部隊が連合軍のリニアガンタンク部隊を相手に大きな戦果を挙げたそうで、プラントではバルドフェルドに【砂漠の虎】なんて異名が付けられ、連日、マスコミによる戦勝報道と一緒に流されている。市民の間でも、砂漠の虎の異名にあやかって虎柄が流行る……かはわからないが、そんなことがありえそうな位には持て囃されている。

 ……どうでもいいことなので、話を戻す。

 今後、地上軍、というかアフリカ侵攻軍は北アフリカの占領地域に一定の安定が生まれたら、当初の目標通り、ビクトリアを目指して南下を開始することになっている。



 次に宇宙。

 先のプラントへの連合軍の侵攻を受けたザフト宇宙機動艦隊は、プラントへの軍事的圧力を減じさせるために、連合軍の大規模月面基地であるプトレマイオスの攻略を目指して、月方面への侵攻を開始した。5月初めに、ラウの部隊が出撃したのもこの作戦である。
 月裏側のローレンツ・クレーターに橋頭堡となる前線基地を建設したザフトは、プトレマイオスから迎撃に出た連合軍と月の各所で戦闘を繰り返したらしい。特に、グリマルディ・クレーターでの戦闘は激しかったらしく、決着が付かないまま、膠着状態に陥ったそうだ。以後、グリマルディ・クレーターを基点として経線方向に一周するラインを境界として、月面を二分する状態になっていた。
 そう、なっていたんだが……今月、6月に入ってすぐに、膠着ラインを越えて行われた、エンデュミオン・クレーター確保を目標としたザフトの攻勢において、敗勢になった防衛側の連合軍がエンデュミオン・クレーターの基地を自爆させたことで状況が大きく変わってしまったのだ。
 伝手からこの情報を仕入れたシゲさんによると、この連合軍の自爆は、サイクロプスなるマイクロ波を利用した採掘用融解装置を暴走させてのものだったらしい。単純に、暴走して制御が効かなくなった電子レンジの中に放り込まれたとでも考えたらいいよ、という何ともわかりやすいシゲさんの話であった。で、その影響範囲にいた敵味方全てが強制的に身体の水分を沸騰させられて…………恐ろしいな。
 ……とにかく、自爆に巻き込まれた連合軍の部隊も大きなダメージを受けたが、ザフトの侵攻部隊もまた多大なるダメージを受けてしまった。
 結果、ザフト宇宙機動艦隊はプトレマイオスの攻略を断念し、月戦線を放棄、撤退することになったらしい。もっとも、L5に戦略攻撃が可能だったマスドライバーの破壊には成功しているから、完全に敗退したとはいえないかもしれない。


 ……でも、正直、ここで退いたらプラントは負けだと思うんだけどねぇ。


 まぁ、常に敢闘精神と言うか戦意旺盛のザフト指導部をして、撤退を決意させるほどの被害だったんだろうな。


 でだ、この月攻略軍による、連合軍月根拠地プトレマイオス攻略作戦の失敗を受けて、新たに立案されたのが、L4に存在する東アジア共和国の資源衛星【新星】の制圧作戦である。
 連合側の資源衛星を制圧することで、連合の鉱物資源ひいては継戦力や経済力を奪い、自陣の鉱物資源を強化するという、何とも後々になって地味に効いてくる、非常に味がある作戦だと思う。


 そして、この作戦には、俺の乗艦であるエルステッドも参戦することになっていた。


 ◇ ◇ ◇


 6月11日。
 現在、L5のプラントから地球-月ラインの線対称地点に存在するL4に直接向かうため、地球の引力を利用した加速を行っている。宇宙では推進剤切れが最も恐ろしいがための推進剤の節約方法だ。もっとも、俺にはやっていることの仕組みはなんとなくわかるが、実際にどの航路を使っているとかはわからなかったりする。
 それはそれとして、直から外れた俺はシゲさんにお願いしておいた、ジンに脱出装置が付けられないかという要望への返答を聞きにMS格納庫へと降りてきた。

「おーい、シゲさんっ!」
「? ……ああ、アインちゃんに……レナちゃんにデファンか」
「えっ?」

 シゲさんの言葉に驚いて振り向いたら、レナとデファンが当たり前の如く付いて来ていた。

「お前ら、直から外れてたんだから、ちゃんと休んでおけよ」
「いや、俺は趣味っす!」
「わ、私は……その、なんとなくです」

 ……デファンはともかく、以前、死に掛けたレナは、まだちょっと精神的に不安定なのかもしれないな。

「まぁ、お前らも自分の体調管理がしっかりとできてるならいいが、無理は駄目だぞ?」
「当然っすよ」
「も、もちろんです」
「ならいいんだ。で、シゲさん、例のお願いした件なんだけど……」
「うん? ああ、それなら、班長室で話そうか」

 ひゃっほーーーーー、なんて嬌声をあげて、ブラックBOuRUへと跳んで逝ったデファンは放っておくとして、所在なさげなレナに視線で付いて来るかと問いかける。

 返答は小さな首肯だった。

 そんなわけで、俺とレナはシゲさんの城である、格納庫近くの整備班長室にお邪魔することになった。

「まぁ、散らかってるけど、そこらへんにスペースを作ってよ」
「ああ、んじゃ、お言葉に甘えて……」
「こ、ここに……?」

 レナは何やら、恐ろしいものを見たと言わんばかりに、様々なモノで溢れ返って身の置き場がない班長室を見渡している。

「おいおい、そんなに驚くなって、男の部屋はこれ位は当たり前だって」
「せ、先輩も……ですか?」
「俺? いや、俺はミーアがいつの間にか片付けてくれてるから、ここまでじゃないよ」
「……ミーアちゃん……ですか」

 な、何か、レナの半目が、何、年頃の女の子を自分の部屋に平気で入れてんだっ、このロリコンの性犯罪者がっ、って感じのことを言っていた気がする。

「あ、ああ、前に一緒に見舞いに行っただろ?」
「……ええ、ええ、しっかりとミーアちゃんのことは憶えてますよ。とーーーっても、"いい"子でしたよ。先輩が席を外した時に、"いろいろ"とお話しましたから……ね」

 ……な、何を話したんだよっ!

「れ、レナ、その時に、な、何か、ミーアが、その、気に触ることでも言ったのか?」
「……いえ、あれは女同士の話でしたから……先輩は気にしなくて良いです」
「いや、その顔は何も言ってないなんて顔じゃ……」
「先輩はっ、気にしなくてもいいことですっ!」
「あ~、お二人さん、お取り込み中の所、申し訳ないが……話をしてもいいかい?」

 た、助かった!

 非常にナイスな介入だっ、シゲさん!

「あ、ああ、シゲさん。……それで、前にお願いしたことなんだけど、どうかな、できそうかな?」
「むーー、アインちゃんに頼りにしてもらっておいてなんだけどさ、ジンじゃ、本格的な脱出装置は付けられないよ」
「……そうか」

 ガッカリ感に頭を押さえつけられた気分だ。

 そんな俺の隣になんとかスペースを確保したレナは首を傾げている。

「……脱出装置、ですか?」
「ああ、そうなんだよ、レナちゃん。前にレナちゃんが被弾した時さ、かなり、やばい状況だったろ? あの後、アインちゃんから、ジンに脱出装置を取り付けられないかって、聞かれてさ、色々と調べたり、考えたりしていたのよ」
「……先輩」
「い、いや、ジンのバイタルエリア……特にパイロットを保護する機能が弱いって、以前から感じていたんだよ。そこにレナが被弾して、かなり危ない橋を渡っただろ? それで、シゲさんにお願いしたんだよ」
「……」

 い、いや、そんなに熱い目で見ないで下さい。

 いくらなんでも、そんな目で見られたら、流石の俺も恥ずかしいのですよ。

「んんっ、それで……シゲさん、やっぱりジンには脱出機構を装備できるような余裕はなかったのか?」
「ああ、アインちゃん、ジンの設計に余裕は、一応、あるこたぁあるんだけどね……コックピット周りには、あんまりなかったよ」
「そうか」
「……まぁ、これはプラント製品全般に言えることなんだけどね、どうにも必要以上に、複雑に作りすぎなんだよねぇ。性能は確かにいいかもしれないけど、これ見よがしにさ、技術を見せびらかすような作り方なんだよなぁ」
「あっ、そういえば、通常整備も大変だって、シゲ班長、いつも言ってますもんね」
「いや、弄ってる時は楽しいんだけどね? どうしても、作業単位が長くなっちゃて、効率的とは……ねぇ」
「ああ、それでいつもツナギ姿だったんですね」
「……」

 いや、レナよ……シゲさんがいつもツナギ姿なのは……絶対に趣味だ。

「まぁ、そんなわけでよ、俺達整備班で出来たのは、ハッチが開かなくなった時に、強制的にハッチをパージする機能を取り付けるぐらいだったよ」
「……いや、それだけでも、かなりマシになるよ。いざ、脱出って時にハッチが開きませんでしたじゃ、死んでも死に切れないよ」
「……そう言ってくれるなら、俺達も少しは気が楽になるよ」
「いや、こちらこそ、ありがとうって言いたいよ、シゲさん」
「ええ、先輩の言うとおりです! ありがとうございますっ! シゲ班長!」
「い、いやぁぁぁ、そんなに感謝されっと、……うれしいねぇぇ」

 相好を崩すシゲさんを見ていると、こちらも自然と笑みが浮かぶ。

「さて、シゲさん、聞きたいことも聞いたし、俺達は少し休むことにするよ。……デファンも適当な時間になったら、休憩室の椅子にでも縛り付けて強制的に休ませておいて」
「ああ、了解了解」
「じゃ、上がるわ」
「失礼しますね、シゲ班長!」
「うんうん、ゆっくり休みなよ~」

 シゲさんの言葉に見送られて、班長室を出た。

 いつもと変わらず様々な喧騒で満ちている格納庫内を二人連れ立って進んでいく。隣を歩くレナも、さっきの話を聞いて、少し元気が戻ったようだった。

 でも、まぁ、一応、本人に大丈夫なのか、聞いておこうか。

「レナ、あと二日もすれば、また戦闘になる」
「はい」
「……怖く、ないか?」
「……正直に言えば……怖い、とても、怖い、です」
「……そうか」

 ……死にかけたんだ、当然だな。

「でも、怖いのは、別に今回だけのことじゃなくて、いつものことなんです」
「……」
「だから、何とかできますっ! 今までちゃんと、恐怖を乗り越えてきたんですから、今回だって乗り越えて見せます! 整備班の人達や先輩が、少しでも生き残れるように工夫したり努力してくれているんですから、私も絶対に生き残ってみせます! ……だから、先輩、私は大丈夫です」
「……そうか」

 ……強いなぁ。

「……レナは強いなぁ」
「先輩のお陰で強くなったんですよ、きっと」
「ははっ、違う違う、レナが努力したからだよ」
「そんなことないです!」

 剥きになって、俺に食って掛かって来る後輩がとても可愛くて、思わず、ポンポンと頭を軽く叩いてしまった。

 それから、首を竦めて、俺を見上げているレナに言う。

「……生き残ろうな」
「……はい」



 そして、二日後の6月13日。
 エルステッドを含めたザフト新星攻略艦隊は、光学観測で新星及びL4コロニー群を捕捉。同時に、新星付近に展開している連合軍艦隊を確認することとなった。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。