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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
23  午後には優雅にお茶会を 3


 初夏の穏やかな日差しが降り注ぐ環境は、ここがスペースコロニーであることを疑わせる程に素晴らしいものがある。
 本来ならば、この贅沢な環境の中で、優雅にお茶会を楽しんでいるはずが……ザラ夫人は俯いたまま何か考え込んでいるし、その旦那さんは床とお友達だし、ユウキも腕を組んで考え込んでいるし、ミーアは曇った顔でお茶飲んでるし……。

 いや、もうね、全然、雰囲気が優雅なお茶会って感じじゃないよ。


 ……とはいえ、ねぇ。


 現在のプラントを取巻く厳しい社会状況を鑑みると、こうなってしまうのも仕方がないよなぁ。

 でも、ザフトに所属している俺が戦争終結のためにできることなんて、せいぜい、プラントを攻撃から守ることぐらいだしねぇ。

「……」

 ちらりとザラ委員長を伺ってみる。

 相変わらず、顔面蒼白で倒れたままだ。


 まったく、このおっさん達が、もう少しマトモだったら、この戦争も目的……プラントの独立を達成して、かつ、早期終結が叶ったはずなのになぁ。


 なんて考えた後、よくよく考えたら、お茶会に来たはずなのに、まだお茶を一口も飲んでいなかったを思い出した。国防委員長という役職に加え、これだけの家に住んでいるのだから、きっと上質の茶葉を使っているに違いないと想像しながら、お茶を飲もうと手を伸ばしたら、ユウキが再び問いかけてきた。

 えーと、これは地味な嫌がらせですか?

「ラインブルグ、ザフトは今後どう動くべきだと考える?」
「それは今後のザフトが採る方策か?」
「うむ、やはり、ザフトが一番に行うべきことはプラントへの脅威を排除することか?」
「そうだな。ユウキの言う通り、プラントに攻撃をしかけてくる戦力の排除を一番の目標にすべきだな。プラントの安全を確保するためにも、月とL4にまだ残っている、連合軍の艦隊戦力を特に何とかしないといけない」

 それにしても、連合軍の艦隊戦力、三度に渡る大規模な戦闘で、結構、叩いたはずなのに、まだまだ戦力が残っているなんて、凄いよね。

「……ふむ、それなら、艦隊戦力の他にも、拠点、特に大規模な月のプトレマイオスも排除しなければならないか」
「ああ、大規模な艦艇生産ドックを備えていて、物資補給や艦隊編成ができる拠点は、潰せるなら潰してしまいたい。それに先の防衛戦でもコロニーが狙われただろ? なら、今度は月のマスドライバーを使った戦略攻撃があるかもしれない」
「それに関しては、防衛隊でも以前より常に警戒していた」
「うん。……まぁ、それらを何とかするために、ラウ達がさ、昨日、出撃していったよ」
「クルーゼが?」
「ああ、三日程前、一緒に酒を飲んだら教えてくれてね。だから、入院している後輩の見舞いついでに、軍事衛星港に寄って見送ってきた」
「そうか……奴は元気だったか?」
「元気だったよ」

 ラウの奴……最近、サングラス姿が良く似合うようになってきて、その上、少々の若皺がアクセントになって、同世代では魅せられない渋さが出ていたよ。

 ほんと、美男はこれだから……って、嫉妬する位なら、自分を磨くことにエネルギーを使った方がいいや。

 うん、話題転換。

「そういうお前はどうなんだ? アカデミーの教官として、今の候補生はどうなんだ?」
「む、私が担当している者達は、筋がいいというか、能力は非常に高いのだが……」
「高いのだが?」
「生意気だ」
「……そうか、お前も苦労してるって言ってたもんなぁ」
「ああ、特に……」

 ユウキは、ちらりと、ザラ委員長を見やる。その視線で、何となく、ユウキが自分に言いたいことがあることを察したのだろう、委員長はようやく崩れ落ちていた床から立ち上がって、のろのろと椅子に腰掛けた。

 そして、今更のような気がするのだが、机の上で両手を組んで頬杖をつくと、偉そうにして見せた。

 もう、威厳なんて……ないような?

「……かまわん。ユウキ君、言いなさい」
「では……評議会議員のご子息達は飛びぬけて優秀なのですが……それ故に、どうしても、天狗になってしまうのです」
「……」
「あ、いえ、アスラン君にはそういう面はないのですが……」
「……そうか。君には苦労をかけるな、ユウキ君」

 委員長に向かって出た固有名を聞くに、ザラ夫婦の息子さんはアスランというらしい。

 でも、生意気に天狗って……。

「うーん、ユウキ、そのゴシソク達は、あれか……挫折を知らない世代?」
「む、そういう考え方もできるか」
「……でも、優秀すぎるってのも、考え物だと思うけどねぇ。……いざ、心が折れた時、あまりにも脆いだろうからな」
「心が折れた時に脆い、か……」
「ああ。それに比べて俺なんて、挫折挫折の連続で、どれだけ苦闘してきたことか……」

 ほんと、どれだけ血と汗と涙を呑んできたことか……。

 まぁ、そのお陰で泥臭く努力することを厭わなくなったけどさ。


 ……。


 ……さて、ザラ委員長が復活したな。


 ……。


 うん、もう一度、しっかり、この戦争の目的を聞かせてもらおう。

 それで、その答えで、今後、俺が取るべき道、脱走するか、現状維持するかも、見えてくるだろうからな。


 そう考え、俺は、ザラ委員長に面と向って対峙する。

 対する委員長も、俺を、俺の目を油断なく見据えてくる。


「……委員長、若造が、また生意気なことを言わせてもらいますが、俺達、ザフトが戦う目的は、プラントの独立ですか、それとも、ナチュラルの殲滅ですか?」
「……」
「戦争する以上は……目的だけは、これだけは、絶対に、はっきりとさせて貰いたいんですよ」


 ……嘘は、絶対に、許さない。


 瞳に力を入れて、睨むように委員長の返事を待っていると、ザラ委員長は視線を逸らさずに、答えではなく、質問を返して来た。

「貴様は……」

 ザラ委員長の眼光もきつく、それでいて、鋭い。

「貴様は……何故、能力に劣るナチュラルと共存できると考えられる?」
「……そうですね。……それぞれが持つ能力に優劣差が存在していたとも、ナチュラルもコーディネイターも同じ人だと考えているからでしょう」
「では、何故、……我々コーディネイターを奴らと同じ人だと考える?」
「……単純に考えれば、ナチュラルもコーディネイターも共に、人として同じく様々な感情を、同じように喜怒哀楽を表現するからでしょうか? ……両者共に、人として持つ精神性に差異はなく、人としての本質に変わりはないと思うんですよ」
「……そうか」

 俺の答えを聞いたザラ委員長が目を閉ざした。


 ……。

 でも、これで、戦争の目的は、ナチュラルの殲滅だー、なんて答えられたら……どうしようかなぁ。

 ……とりあえず、ザフトを脱走して、アメノミハシラにでも逃げるとするか。

 だが、ナチュラルを殲滅するなんて、非常な大事はどうすればいいのか?

 ……。

 ああ、だ、誰か! か、神さまっ! 私を、悩める私を助けて下さいっ!

 ……。

 なんて、助けを求めても、機械仕掛けの神様は光臨しないだろうし……。

 むぅぅぅ。


 俺が、委員長からの最悪の衝撃に備えていたら、委員長が答えを告げた。

「……私人としての私は、ナチュラルを滅ぼすべきだと考えている」
「あなたっ! まだ……」
「ミズ・ザラ……今は委員長の答えを聞かせて欲しい」
「……アイン君」

 ザラ夫人が思わずと言う感じで、委員長に詰め寄ろうとしたので止めた。

 ……私人としてといったのだから、公人としての答えがあるのだろう。


「……だが、公人として……プラント最高評議会の国防委員長としては……プラントの独立が第一であると答えよう」


 なるほど、そうきたか。

 ……。

「それは……先のニュートロンジャマー散布のようなことを、二度としないと約束する、ってことですか?」
「……確約などできん。もしも、ザフトの指導者、プラントの指導者として……プラント独立達成のために、ニュートロンジャマーを地球に落とすようなことが必要であると判断すれば、私は決断することに躊躇しないだろう。……だが、その決断に私人としての感情を入れることは二度とするまい」



 ……。

 この答え、どう取る?

 戦時指導者に必要なのは、目的達成、つまりは勝利のために、それこそ、自身も含めて敵味方を問わず、犠牲を厭わずに貫徹する冷徹な意志だということはわかっている。

 けれども、その犠牲には……非武装の市民が含まれる可能性もある。

 どこからか、市民の犠牲が出ない戦争などない、戦争なのだから犠牲が出るのは当たり前だ、と囁く声が聞こえてくる。

 その声を受け入れながら、さらに考える。

 ならば、無辜の犠牲を出したくないという理想を懐くことは駄目なことだろうか?

 囁き声の主、理性が……現実の中で理想は常に輝いているが、理想は理想だけに現実の中で叶うことはないだろう、と教えてくれる。

 ならば、それを、理想を追い求め、努力することは虚しいことだろうか?

 否である、と再び答えがあった。

 ……。

 そうだよな。

 確かに、戦争での犠牲は少ない方がいいって、ずっと考え続けてきたからこそ、運が非常に多分にあったとはいえ、現に今、ただの平軍人が一国の指導者に無駄な犠牲を減らせだなんて、生意気でかつ傲慢な直訴ができる僥倖を得ているしね。


 それにだ。

 委員長の立場を考えれば、さっきの答え以上の答えを望めるだろうか?

 ……それこそ、否だろう。


 ならば、ここが自身の感情と理性との折り合いを付ける所、ここが俺にとっても落し所なのだろう。


 後は、委員長の今の言葉……私人としての考えを公人としての考えに反映させないっていう言葉を信じるか、信じないかだが……疑えばキリがないんだし……ここは、信じるしかないよなぁ。



「……そこが妥協点なのですね、委員長?」
「……ああ、今のが私人としても、公人としても、限界点だ」
「確かに……委員長の立場を考えれば、それがギリギリですもんね。……なら、後は、プラント独立という目的を達成するために、極力、無駄な犠牲を出さないように、頑張って政戦両方から上手いこと筋道を立ててくださいよ? 俺も一兵卒として、精々、頑張らせてもらいますから」
「ふんっ! 貴様のような生意気な若造にっ! 言われるまでもないわっ!」

 お、おおっ、ザラ委員長にさっきまでは感じなかった威厳が復活したぞっ。

 くっ、これが一国を率いる者のカリスマなのかっ!

 だ、だが、このまま屈するアイン・ラインブルグではない!

「後は……ミズ・ザラにしっかりと説教してもらって、私人としての考えを改めてくださいね」
「……むっ」

 ほんとに、ザラ夫人のSEKKYOUは、さぞ、見ものなんだろうなぁ。

 ……。

 ああ、いかん思わず、ニヤニヤと笑ってしまったよ。

「ええ、アイン君、それが私の為すべきことなのでしょうね。しっかりと請け負うわ」
「ミズ・ザラ、期待させてもらいますよ」
「……む、むぅ」

 ふふふ、ザラ委員長、しっかりとした奥様で良かったですねぇ。

 これであんたも真人間になること、間違いなしですよ。

 ……ああ、何か、楽しくなってきたよ、俺。

「ぐっ、き、貴様、何だ、その気持ちの悪い笑みはっ!」
「いいえぇ~、べつにぃ~、なんでもありませんよぉ~」
「ならば、その気持ちの悪い笑みをやめろっ!」

 いやですよ、お偉いさんをからかえる機会なんて、もう、二度とないに違いないんだからさ。

 くくく、ここは大いに楽しませてもらおうか。

「いやいや、ザラ委員長が奥様に愛されていることがよくわかって、男冥利に尽きていることを寿ぎたいだけですよ」
「あら、やだ、恥ずかしいことを、アイン君ったら」
「それに聞きましたよぅ、委員長。……ご子息を作る時の話……」
「な、なっ、れ、レノア! なんということを話しているんだ!」
「い、いいじゃないですか。私達がどれほどの熱愛の末に、アスランを生むに至ったかを知ってもらいたかったんです」

 おうおう、二人して真っ赤になっちゃて、もう熱々ですね、お二人さん。

「に、兄さん!」
「えっ、どうかしたか、ミーア」
「あ、あの、その、そういう話は……」

 ……もっとも、ザラ夫人が照れと羞恥の赤で、委員長のは怒りと羞恥の赤なんだけどね。

「いやいや、ミーアも後学のために是非とも夫人に話を聞かせてもらえよ。ねぇ、構いませんよね、ミズ」
「え、ええ、そうね。……ミーアちゃんも女の子なんだから、こういうことを知っておくほうが良いわね。私がしっかりと教えてあげるわ」
「こ、こらっ! レノアッ! な、何を……」

 委員長がザラ夫人を遮ろうとするが、それを許すアイン・ラインブルグではない!

「ふふふ、俺、聞いたんですよ、委員長。……ご子息のご懐妊が判明するまでに、委員長の体重、20キロ近くも落ちたそうですね」
「なっ、なにぃっ! ……ら、ラインブルグ……それは……本当、なのか?」

 おや、ユウキが口を挟むとは、意外な所から食い付いてきたな。

「ああ、御本人から聞いたんだ。それはもう、毎晩毎晩、凄く、激しかったらしいぞ。……いやぁ、男としては、本当に羨ましいよなぁ」
「……そ、それは確かに……う、羨ましいな」

 男馬鹿二人で、ザラ委員長と夫人を交互に注視してやる。

「こ、こらっ!! 貴様ら、人の妻に向かって、なんて目をっ!」
「あらまぁ、あなたったら」

 おほほほほ、なんて、笑いながらザラ委員長を、しかも俺が殴った箇所をはたく夫人。

 悶絶する委員長を他所に、夫人は何度もはたき続ける。

 ついでに、ミーアも、俺の言葉から何を想像したのか真っ赤である。

「いいじゃないですか、若い人達とこういう話をするのも楽しいじゃないの」
「ぐぬぅっ、だ、だがっ!」
「人と人が、愛し合うのは自然のことじゃないですか」
「む、むぐぅぅぅ、そ、それは……そうだがっ!」
「だったら、聞かせてあげましょうよ。私達の目くるめいた愛の日々をっ!」

 ああっ、ザラ夫人が暴走をはじめたっ!

 おおおおっ、なんてことだっ!

 もっとやれっ!

「うふふ、そうね、まずは……私とこの人の出会いから……」




 と、まぁ、その後は暴走を始めたザラ夫人による"愛"についての独演会となった。

 様々な意味で、非常に勉強になったと言っておこう。

 俺達がザラ邸を辞する時には、今にも襲い掛かりそうだったのが非常に印象的だった。

 ……どちらがどちらというのは……だいたい想像できると思う。





 ……。





 ……ザラ夫人、旦那さんがこれ以上、馬鹿な暴走をしないように、監視と教育をしっかりお願いします。

 本当に、頼みますよ?
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/02/27 誤字修正。


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