「地層処分研究開発第２次取りまとめ」を批判する��
放射能封じ込めの役に立たないガラス固化体
原子力資料情報室通信312号（2000/5/30）より
「地層処分研究開発第２次取りまとめ」を批判する��
放射能封じ込めの役に立たないガラス固化体
地層処分問題研究グループ・高木学校 秋津 進
高レベル放射性廃棄物は、私たちにも身近なガラスの中に混ぜて固められた「ガラス固化体」として、地層に処分される計画です。このときガラス固化体には、一定のレベルに減衰するまで放射能を保持する役割が課せられています。核燃料サイクル開発機構の『第２次取りまとめ』によると、地層中のガラス固化体は、それを取り囲む鋼鉄製の容器である「オーバーパック」の働きによって、処分後1,000年以上の間、周囲と完全に隔離されることになっています（図１）。さらにオーバーパックが壊れ、地下水がガラス固化体と接するようになっても、粘土の「緩衝材」の働きによって、ガラスから放射能が溶け出す速度には強いブレーキがかけられるというのです。その結果、ガラス固化体１本が地下水によって完全に溶かされるまでには、７万年もの時間を要することになっています。
放射能は時間が経てば弱くなるため、この数字は、『第２次取りまとめ』の主題である「地層処分の安全性」を示す重要な根拠です。本稿では、ガラス固化体が、このような長期間にわたって本当に放射能を閉じ込めておけるのかを再検討します。
放射性廃液をガラスで固体に
原子炉で燃やされる核燃料は、やがて強い放射能を帯びた使用済み燃料となって取り出されます。いわゆる「核燃料サイクル」を前提とした日本の処理方式の場合、プルトニウムなどを分離する作業のため、使用済み燃料は硝酸によって溶かされ、高レベル放射性廃液が作られます。燃料１トンごとに約1,000リットル発生するこの廃液は、放射壊変のエネルギーのために常に発熱し、強い酸を含むために容器を腐食させることもあります。これは置いておくだけでも非常に危険な、言わば究極のゴミであり、処分はおろか運ぶことも非常に困難な物質です。まずは固めなければ何もできないわけですが、単純に蒸発させて水分を抜こうとすると、体積が減る分だけ放射能も濃集するため、扱いがさらに難しくなります。また原子力発電が経済的に成立するという建前を維持するためには、固めるためのコストもできるだけ押さえなければなりません。そこでガラスに廃液を混ぜて固めるという手法が採用されることになったのです。ガラス固化体は、高レベル放射性廃棄物を長期間保管するための最も安全なかたちではありません。その選択の理由は、安全性よりも、工程の単純さと低コストだということです。
ガラス固化体の性質
ガラスは様々な元素を多量に溶かし込むことができる物質です。その理由は、原子がつくるミクロな構造の柔軟さにあります。ガラスをつくる原子は、一般的な固体とは異なり、不規則に絡み合った網の目のように結びつけられています。この網の目のすき間が、混ぜられた元素の場所になります。この性質を利用すると、例えばひとつのガラスに混合する元素を変えることにより、カラフルな色ガラスをつくることができます。放射性元素も元素であり、その１種類をガラスに溶かすと、ガラスに色がつくこともあります。これが数十種類、しかも高濃度になると、元素の色は混じり、ガラスはどの色の光も通さなくなります。つまりガラス固化体は黒い色をしています。
フランスのコジェマ社によるガラス固化体の製造工程では、まずホウ酸や二酸化ケイ素などのガラスの材料を1,000℃以上にまで加熱して融かし、そこに高レベル廃液を乾燥させたものを混合します。廃液の主成分である水分や硝酸は、ヨウ素などの揮発性の放射性元素とともに、廃液を乾燥させる段階で蒸発します。
熱せられて融けたガラスの中では、原子が活発に動きまわり、原子を結びつける化学結合が、切れたり繋がったりを繰り返しています。ここに放射性元素が混ぜられると、それを大きく取り囲むようなかご状の構造がつくられます（図２）。混合が終わると、融けたガラスはキャニスターという容器に流し込まれ、冷却されます。冷えるに従って動き回っていた原子は止まり、かごをつくる化学結合は固定され、ガラスは固まります。このようにして、1,000リットルの高レベル廃液から、1016ベクレル以上の放射能を帯びた、110リットルのガラス固化体１本が製造されます。廃液よりも放射能が濃集するため、ガラス固化体は強く発熱します。このためガラス固化体は、地層に埋められる前に数十年間にわたって冷却されなければなりません。
地下水との反応で溶けてゆくガラス
高レベル放射性廃棄物の輸送および貯蔵を行なうためには、ガラス固化体は、廃液よりも放射能が漏れにくいかたちです。しかし、ガラス固化体を地層へ処分したのち、数千年から数万年にわたって放射能を閉じ込める役割は、単なる輸送や貯蔵のための役割とは質が異なります。最も重要な違いは、ガラスを溶かす地下水が、地層中を常に流れていることです。
水はガラスと反応しやすい物質の代表です。ビーカーを水で洗った程度でも、ごく微量ながらガラスの成分は水に溶け出します。地層へ処分された後のガラス固化体は、放射能により加熱されながら、非常に長い時間にわたって地下水と接しつづけることになります。水がガラスを溶かす反応は、加熱されると著しく速くなります。水の分子がガラスと反応するごとに、放射性元素を包むガラスの網の目は切断され、かごが開いてしまうと、放射性元素は地下水に溶けて周囲へと運ばれてゆきます。
水はガラスを表面から溶かしてゆくため、表面積がわかっているガラスを水に浸し、溶け出した元素の量や、ガラス重量の減少量を測定する実験が行なわれています。バーンズら（1982）によると、100℃の熱湯を常に入れ替えながら行なうソックスレー法による実験では、表面積１平方センチあたり、１日に１ミリグラムの溶解速度が得られています。この条件では、10年で１センチの厚さだけガラスが溶けることになります。また日本の電力中央研究所が1985年に行なった実験では、90℃の少量の湯を入れ替えずにガラスと接触させた結果、ソックスレー法よりも１〜２桁遅い速度が得られています（図３）。この電力中央研究所の結果を、仮にガラス固化体にそのまま当てはめてみましょう。『第２次取りまとめ』に従って、ガラスの内部に冷却による割れ目が入り、ガラスと水が接する面積が、ガラス固化体製造時の10倍になったとすると、１本が溶けきるまでの時間は、約200年になります。
内部照射による損傷
ガラス固化体は、時間がたつにつれて内部で発生する放射線による損傷を受け、性質を劣化させます。放射線のうちアルファ線が発生するときには、原子核がアルファ粒子と残りの部分の二つに割れるため、反動によってアルファ線と反対方向に原子核が飛び出す「反跳」という現象が起きます。飛び出した原子核は、ケイ素や酸素といったガラスの主成分元素よりも重いためにブレーキがかかりにくく、止まるまでに多数の玉突き衝突を起こして、ガラスの骨格をつくる原子をはじき飛ばします。軽いアルファ粒子も同様に玉突き衝突を起こします。バーンズらは、アルファ崩壊１回あたりの平均で、反跳原子核によって1,200個、アルファ粒子によって180個の原子核が弾き飛ばされると計算しています。ここから考えると、100年程度の間に、ガラス全体の数〜数十パーセントの原子が元の場所から動かされることになります。さらにベータ線やガンマ線の発生により、ケイ素や酸素をお互いに結びつけている電子も弾き飛ばされてゆきます。
このような放射線による内部損傷によって、ガラス固化体が地下水へと溶ける速度は、さきに記した値よりもさらに大きくなります。プルトニウムなどのアルファ線源をガラスに混ぜて行なった実験では２〜５倍、反跳原子核を模擬したイオンをガラスに照射した実験では最大50倍の溶解速度増加が報告されており、無視できない影響があるといえます。
「バリア」にならないガラス
このようにガラスは水と反応しやすく、放射能にも弱いために、高レベルの放射能を長期にわたって閉じこめる能力は持ちません。高レベル放射性廃棄物の処分のためにガラス固化を行なう利点は、比較的簡単に廃液を固化できるために、処分する場所まで運ぶことが易しくなる、という程度に過ぎません。ガラスより放射能保持能力に優れた素材はありますが、製造コストなどのために地層処分計画には採用されていません。弱いガラスを地層に埋め捨てにしようとすると、容器で包んで地下水に触れさせないこと、および触れてしまった地下水の動きを止めることが、どうしても必要になります。
冒頭に述べた７万年というガラス固化体の溶解期間は、この２つの条件が、いずれもきちんと実現される、という仮定の上に立って計算された数字です。“オーバーパックは、放射能が強く温度も高い、処分後の最初の1,000年間にわたって、地下水をガラスに触れさせない。緩衝材は、その後も継続的に地下水の動きを止める。地下水が動かなければ、ガラスが水に溶ける速度は大きく下がる”
このようなシナリオのもとに、図３の100分の１以下という低い溶解速度が計算に使われているのです。
ガラス固化体、オーバーパック、緩衝材には、まとめて「人工バリア」という名前がつけられています。しかし人工バリアの一部であるはずのガラスは、単独ではほぼ役に立たない、というのが今回の結論です。実は残りの二つも、見通しが極めて不透明な技術であり、第二次取りまとめが述べているような仕様のものを本当に作れるのかどうか、また作ったとしても実際に能力を示すのかどうかについては、強い疑問を持たざるを得ません。この点については今後の連載で詳しく述べます。
原子力資料情報室通信312号（2000/5/30）より
「地層処分研究開発第２次取りまとめ」を批判する��
放射能封じ込めの役に立たないガラス固化体
地層処分問題研究グループ・高木学校 秋津 進
高レベル放射性廃棄物は、私たちにも身近なガラスの中に混ぜて固められた「ガラス固化体」として、地層に処分される計画です。このときガラス固化体には、一定のレベルに減衰するまで放射能を保持する役割が課せられています。核燃料サイクル開発機構の『第２次取りまとめ』によると、地層中のガラス固化体は、それを取り囲む鋼鉄製の容器である「オーバーパック」の働きによって、処分後1,000年以上の間、周囲と完全に隔離されることになっています（図１）。さらにオーバーパックが壊れ、地下水がガラス固化体と接するようになっても、粘土の「緩衝材」の働きによって、ガラスから放射能が溶け出す速度には強いブレーキがかけられるというのです。その結果、ガラス固化体１本が地下水によって完全に溶かされるまでには、７万年もの時間を要することになっています。
放射能は時間が経てば弱くなるため、この数字は、『第２次取りまとめ』の主題である「地層処分の安全性」を示す重要な根拠です。本稿では、ガラス固化体が、このような長期間にわたって本当に放射能を閉じ込めておけるのかを再検討します。
放射性廃液をガラスで固体に
原子炉で燃やされる核燃料は、やがて強い放射能を帯びた使用済み燃料となって取り出されます。いわゆる「核燃料サイクル」を前提とした日本の処理方式の場合、プルトニウムなどを分離する作業のため、使用済み燃料は硝酸によって溶かされ、高レベル放射性廃液が作られます。燃料１トンごとに約1,000リットル発生するこの廃液は、放射壊変のエネルギーのために常に発熱し、強い酸を含むために容器を腐食させることもあります。これは置いておくだけでも非常に危険な、言わば究極のゴミであり、処分はおろか運ぶことも非常に困難な物質です。まずは固めなければ何もできないわけですが、単純に蒸発させて水分を抜こうとすると、体積が減る分だけ放射能も濃集するため、扱いがさらに難しくなります。また原子力発電が経済的に成立するという建前を維持するためには、固めるためのコストもできるだけ押さえなければなりません。そこでガラスに廃液を混ぜて固めるという手法が採用されることになったのです。ガラス固化体は、高レベル放射性廃棄物を長期間保管するための最も安全なかたちではありません。その選択の理由は、安全性よりも、工程の単純さと低コストだということです。
ガラス固化体の性質
ガラスは様々な元素を多量に溶かし込むことができる物質です。その理由は、原子がつくるミクロな構造の柔軟さにあります。ガラスをつくる原子は、一般的な固体とは異なり、不規則に絡み合った網の目のように結びつけられています。この網の目のすき間が、混ぜられた元素の場所になります。この性質を利用すると、例えばひとつのガラスに混合する元素を変えることにより、カラフルな色ガラスをつくることができます。放射性元素も元素であり、その１種類をガラスに溶かすと、ガラスに色がつくこともあります。これが数十種類、しかも高濃度になると、元素の色は混じり、ガラスはどの色の光も通さなくなります。つまりガラス固化体は黒い色をしています。
フランスのコジェマ社によるガラス固化体の製造工程では、まずホウ酸や二酸化ケイ素などのガラスの材料を1,000℃以上にまで加熱して融かし、そこに高レベル廃液を乾燥させたものを混合します。廃液の主成分である水分や硝酸は、ヨウ素などの揮発性の放射性元素とともに、廃液を乾燥させる段階で蒸発します。
熱せられて融けたガラスの中では、原子が活発に動きまわり、原子を結びつける化学結合が、切れたり繋がったりを繰り返しています。ここに放射性元素が混ぜられると、それを大きく取り囲むようなかご状の構造がつくられます（図２）。混合が終わると、融けたガラスはキャニスターという容器に流し込まれ、冷却されます。冷えるに従って動き回っていた原子は止まり、かごをつくる化学結合は固定され、ガラスは固まります。このようにして、1,000リットルの高レベル廃液から、1016ベクレル以上の放射能を帯びた、110リットルのガラス固化体１本が製造されます。廃液よりも放射能が濃集するため、ガラス固化体は強く発熱します。このためガラス固化体は、地層に埋められる前に数十年間にわたって冷却されなければなりません。
地下水との反応で溶けてゆくガラス
高レベル放射性廃棄物の輸送および貯蔵を行なうためには、ガラス固化体は、廃液よりも放射能が漏れにくいかたちです。しかし、ガラス固化体を地層へ処分したのち、数千年から数万年にわたって放射能を閉じ込める役割は、単なる輸送や貯蔵のための役割とは質が異なります。最も重要な違いは、ガラスを溶かす地下水が、地層中を常に流れていることです。
水はガラスと反応しやすい物質の代表です。ビーカーを水で洗った程度でも、ごく微量ながらガラスの成分は水に溶け出します。地層へ処分された後のガラス固化体は、放射能により加熱されながら、非常に長い時間にわたって地下水と接しつづけることになります。水がガラスを溶かす反応は、加熱されると著しく速くなります。水の分子がガラスと反応するごとに、放射性元素を包むガラスの網の目は切断され、かごが開いてしまうと、放射性元素は地下水に溶けて周囲へと運ばれてゆきます。
水はガラスを表面から溶かしてゆくため、表面積がわかっているガラスを水に浸し、溶け出した元素の量や、ガラス重量の減少量を測定する実験が行なわれています。バーンズら（1982）によると、100℃の熱湯を常に入れ替えながら行なうソックスレー法による実験では、表面積１平方センチあたり、１日に１ミリグラムの溶解速度が得られています。この条件では、10年で１センチの厚さだけガラスが溶けることになります。また日本の電力中央研究所が1985年に行なった実験では、90℃の少量の湯を入れ替えずにガラスと接触させた結果、ソックスレー法よりも１〜２桁遅い速度が得られています（図３）。この電力中央研究所の結果を、仮にガラス固化体にそのまま当てはめてみましょう。『第２次取りまとめ』に従って、ガラスの内部に冷却による割れ目が入り、ガラスと水が接する面積が、ガラス固化体製造時の10倍になったとすると、１本が溶けきるまでの時間は、約200年になります。
内部照射による損傷
ガラス固化体は、時間がたつにつれて内部で発生する放射線による損傷を受け、性質を劣化させます。放射線のうちアルファ線が発生するときには、原子核がアルファ粒子と残りの部分の二つに割れるため、反動によってアルファ線と反対方向に原子核が飛び出す「反跳」という現象が起きます。飛び出した原子核は、ケイ素や酸素といったガラスの主成分元素よりも重いためにブレーキがかかりにくく、止まるまでに多数の玉突き衝突を起こして、ガラスの骨格をつくる原子をはじき飛ばします。軽いアルファ粒子も同様に玉突き衝突を起こします。バーンズらは、アルファ崩壊１回あたりの平均で、反跳原子核によって1,200個、アルファ粒子によって180個の原子核が弾き飛ばされると計算しています。ここから考えると、100年程度の間に、ガラス全体の数〜数十パーセントの原子が元の場所から動かされることになります。さらにベータ線やガンマ線の発生により、ケイ素や酸素をお互いに結びつけている電子も弾き飛ばされてゆきます。
このような放射線による内部損傷によって、ガラス固化体が地下水へと溶ける速度は、さきに記した値よりもさらに大きくなります。プルトニウムなどのアルファ線源をガラスに混ぜて行なった実験では２〜５倍、反跳原子核を模擬したイオンをガラスに照射した実験では最大50倍の溶解速度増加が報告されており、無視できない影響があるといえます。
「バリア」にならないガラス
このようにガラスは水と反応しやすく、放射能にも弱いために、高レベルの放射能を長期にわたって閉じこめる能力は持ちません。高レベル放射性廃棄物の処分のためにガラス固化を行なう利点は、比較的簡単に廃液を固化できるために、処分する場所まで運ぶことが易しくなる、という程度に過ぎません。ガラスより放射能保持能力に優れた素材はありますが、製造コストなどのために地層処分計画には採用されていません。弱いガラスを地層に埋め捨てにしようとすると、容器で包んで地下水に触れさせないこと、および触れてしまった地下水の動きを止めることが、どうしても必要になります。
冒頭に述べた７万年というガラス固化体の溶解期間は、この２つの条件が、いずれもきちんと実現される、という仮定の上に立って計算された数字です。“オーバーパックは、放射能が強く温度も高い、処分後の最初の1,000年間にわたって、地下水をガラスに触れさせない。緩衝材は、その後も継続的に地下水の動きを止める。地下水が動かなければ、ガラスが水に溶ける速度は大きく下がる”
このようなシナリオのもとに、図３の100分の１以下という低い溶解速度が計算に使われているのです。
ガラス固化体、オーバーパック、緩衝材には、まとめて「人工バリア」という名前がつけられています。しかし人工バリアの一部であるはずのガラスは、単独ではほぼ役に立たない、というのが今回の結論です。実は残りの二つも、見通しが極めて不透明な技術であり、第二次取りまとめが述べているような仕様のものを本当に作れるのかどうか、また作ったとしても実際に能力を示すのかどうかについては、強い疑問を持たざるを得ません。この点については今後の連載で詳しく述べます。
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