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日常回です。今回の話だけ小説の題名は「てんせい!」。
9 ニャンニャン、アヘ子の憂鬱
「            」



 待て、待ってくれ。
 なんでアヘ子が、彼ら(・・)を知っている。

 それは、この世界にないものだ。
 なんでそれが、この世界にあるというのだ。
 


 まさか……。




 ■




「おーっす!岸崎くん!」


「おい、呼び捨てはどうした」


 日野がキュアサニーとして覚醒し、バレーボール・アカンベェを撃退して次の日の朝。
 両腕の軽さにしんみりしつつ通学路を歩いて登校していたら、日野が話しかけてきた。
 本当に呼び捨てはどうしたんだよ。


「えっ! …いやあ、なんや、その……。……めっちゃ恥ずかしいやん……」


 はっ。朝っぱらから赤面するとは元気な奴め、更にウルウルした目を逸らすとは。かわいい。

 だいたい、名前を呼ぶくらい恥ずかしい事ではないだろう。俺と日野は友達だ。俺に関しては、新首相が就任したおかげでハイパーインフレからの脱出に成功し、生活に潤いが戻ったデリカシーを所有する身として、女性に対しては苗字で呼ぶのに留まっているだけの事。他意はない。別に、「日野」と呼ぶのが仮面ライダーオーズの後藤さんが主人公である火野映司を呼ぶ時の「火野」っぽいから気に入ってるとか。相手が女子中学生であっても、女の子なので名前を呼ぶのが恥ずかしくて仕方ないとか。とある女の子に向かって勇気を振り絞り、頑張って名前で呼んでみたら微笑み返されて、それが切欠で惚れてしまったとか。休日にブラブラしてたらその惚れた子が評判の悪いヤンキーと一緒に腕を組んで歩いてて、同じ微笑みをそのヤンキーに向かって放ち、そのまま30秒くらい生々しいペロチューしたとか。なぜか恍惚した表情となってヤンキーと2人で公園の公衆便所に消えていく所を見たとか。そういう思い出がトラウマ過ぎて、辛くて名前で呼べないとか。別にそんなんじゃないから。そんなんじゃないから。そんなんじゃ……ないから……。


「? どないしたん? 切ない表情浮かべて。…って言うか!! きし……、ギ…ギンジ……は! 怪我大丈夫なんか!? 浅かったとは言え昨日の今日やで!?」


 あ、そういえば普通に登校してちゃってた。
 昨日は狼男…、いやウルフルンとの大激闘だったのに。
 血を吐いて鼻血も出して大変だったな。


「ああ、全然大丈夫だ。俺は人より傷の治りが早い。別に、春休みに血の凍るような美しい吸血鬼に出会って、それからなんやかんやで吸血鬼もどきな人間になった挙句、影の中にロリっ子と化した吸血鬼の抜け殻が常に潜んで、ミスタードーナツを求めてるとかそんなんじゃないぞ?」


「なんやよう分からんけど……、それならええわ。変な事言う余裕があるみたいやし」


 まあぶっちゃけ、あの後死に掛けたのだけど。

 昨日、マンションに戻って一安心したら、口から激しく吐血した。
 どうやら治癒能力は怪我を治していた。ではなく、留めていた。という表現を用いるべきだったようで、ただ単に痛覚をシャットダウンして血が溢れないように留めていただけだったらしい。安堵したせいでそれが解除され、怪我の痛みが再発した。痛みと出血のせいで俺はその場で倒れたが、血を補給するために気力を絞って冷蔵庫まで這って行き、日野とのバレーの特訓の後に買ったステーキ肉をそのまま口に入れて食べた。今思えばなんでそんな事したんだ俺。とにかく、そこで意識を失った。生のステーキ肉を咥えたまま目が覚めると、体調は最高とまではいかないが回復はしていた。まだ所々の骨は軋むし、指先はひんやり冷たく、口の中は血の味しかしないが、普通に歩きまわれるくらいに治っていた。よかった、もしこのまま死んでいたら、マンションで謎の死体が発見されるところだった。玄関から廊下まで血塗れ。キッチンにはステーキ肉を咥えたままで謎の死を遂げた男子中学生。サスペンスドラマの帝王・船越英一郎も仕事を断る勢いのマヌケサスペンスだ。お昼のニュースで「何故、男子中学生はステーキを加えていた!?」という感じのお題目の元、専門家達に見当違いな事を色々語られたらもう一度死にたくなる。2chでネタにされてまとめブログに掲載される。ちなみにマンションの玄関は今現在、壮絶な状態になってるのだがどうしよう。真っ赤な液体が乾燥してドス黒い染みがベットリだ。星空をマンションに呼べないじゃないか。玄関の壁に血の手形があるぞ。怖ッ。そしてごめん。「星空をマンションに呼ぶ」というワードで不埒な妄想三昧をしてしまいました。それが罪なら、俺が背負ってやる。重過ぎて死ぬ。ていうか死ね。星空に出会ってから俺のエロ妄想回路がおかしい。


「で、だ。 日野、いい加減に呼び捨てにするのに慣れろ。お前が言い出した事だろうが。友達と友達の仲だぞ。遠慮するな」


「ええっ…! いや、あん時は場の雰囲気でついつい言うてしもうたというか……っええい!! 岸崎くんもうちの事呼び捨てにしてみぃや!! めっちゃ恥ずかしいねんで!」


「あかね」


「うっ…」


 くくく、呼び捨てにするのもされるのも恥ずかしいのか。赤面しやがって、かわいい。


 ってか、俺も恥ああぁぁぁずかしいぃいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃいいいいい。

 だが、俺の精神はターボレンジャーな高校生。学園青春メガレンジャーなお年頃。青春スイッチオンな年齢なのだ。俺にとって女子中学生はみんな妹のようなもの。実際、妹も中学生だし。妹の漫画探すの忘れてたあああああああああああ。くそっ、色々と衝撃的な事がありすぎて完全に忘却の彼方だった。すまない、我が妹よ。パンツ見たりお尻を鷲掴みにしたりギュっとされたりして忘れてた。いや、エロから離れろよ俺、むしろそれを忘れろ。ちゃんと探すぞ、今日から探す。でもどこにあるんだよ、妹の行く末が描かれた漫画。同じく忘れかけてた老害め、本当に気が利かない。俺の中で生活しているデリカシー達を見習え。漫画と巡り合う運命に設定しておけ。“八輪鉤爪やりんかぎづめ”とあの世で再会して八つ裂きにするぞ。いや、絶対する。指の先からジワジワと八つ裂き。

 それはさておき、赤面しつつもプライドが許さないのか。
 日野は更に反抗してきた。それならそれで、俺は対抗するだけだが。


「ギ…ギンジ…!」

「あかね」


 くくく、頭なでなでしたくなる顔しやがって。


「くっ…! ギンジ!!」

「あかね」


 ははは、ちょこざいな。そろそろやめていいんだぞ。


「ギンジ!!」

「アッカネーン」


 もうやめてください、恥ずかしいです。


「お2人とも~、朝から仲がよろしいようで~」


 俺の日野は揃って悲鳴を上げた。
 後ろに振り返ってみると、そろそろ偶像崇拝を進言しようと思える程にかわいい、我らがウルトラハッピー教の聖女・星空みゆきがに立っていた。凄く変なとこ見られた。なんでジト目でフフフと笑いつつ指先を口の前に添えてるの? なんで口の形をω(オメガ)にしてるの? いつものニコニコはどこに行ったの? 俺の星空を返して。

 日野はわたわたと言い訳を始める。


「い、いや!ちゃうねんで、みゆき! ただ、岸崎くんが呼び捨てにしろ言うからで!」


「へぇ~♪」


「勘違いするな星空。俺は日野に呼び捨てにされたいだけだ。ごめん、今の発言は誤解を招くような気がする。忘れてくれ。正確に言うならば、日野と友達になった時、日野は俺を呼び捨てにした。だからそのまま呼び捨てにしろ、という事だ。他意はない」


 ふぅー、危ない危ない。セーフだな。
 このままだとラノベの主人公みたいに、変なフラグを建設したと思われるところだった。


「フフフー、ほーんとーかなぁー?」


 ダメでした。星空の目にはフラグが見えてるようです。それ幻だから。幻影だから。ニヨニヨしながらこっち見ないで。ウルトラハッピーがうまく供給できない。

 星空の鞄の中からモゴモゴと動いたと思うと非実在動物が不満そうな表情で顔を出す。
 なんだ、星空の鞄の中が狭いとか文句を言うつもりか。星空の使ってる鞄だぞ。俺が妖精だったら、そこにウルトラハッピー教国を作りたいというのに、なんだその顔は。“八輪鉤爪やりんかぎづめ”を失ったからと言って、八つ裂きにしないできないなヘタレではないぞ。プロは道具を選ばない。
 

「みゆき……、がっこうにちこくするから、はしってたんじゃないくる?」


「「え」」


「いっけない!そうだった! 銀次くん!あかねちゃん!遅刻しちゃうよ早く早く!」


 ハッと気がつけば、学校の方から予鈴が響いている。
 俺と星空と日野はダッシュで教室に向かった。




 ■




 午前の授業が終わり昼休み。

 俺と星空と日野、それに不本意ながらおまけして非実在動物は、プリキュアの事についての作戦会議のために、屋上で昼食を取る事になった。星空と日野はベンチに座ってお弁当。俺はベンチの迎い側にある手摺に腰を置いて購買のメロンパン。非実在動物は、星空と日野が座っているベンチの背もたれの上。非実在動物の立ち位置にジェラシー。嫉妬。略してジェラシット。


「みゆきのお母さんの卵焼き最高やなぁー!」


「お母さんに言っとくー!」


「星空、このメロンパンを全て捧げるから、卵焼きをちょっと分けてくれないか。1cmだって構わない」


「あ、ごめん。もう卵焼きないや」


「マジでか」


「岸崎くーん、どんだけみゆきの事好きやねぇーん?」


「ああ! 今朝の仕返しだぁ! はっぷっぷーぅ」


 星空は頬を膨らませてそっぽを向いて、日野のニシシーと笑い、俺は卵焼きを食べられなかった事に絶望する。

 そんな感じの昼休み。
 プリキュアの世界っていいよね。うふふ。
 でも日野、苗字じゃなくて名前で呼べよ。恥ずかしいけど嬉しくもあるんだぞ俺。

 ベンチの背もたれの上に乗る非実在動物は「みゆき、みゆき」と肩を引っ張る。星空は「あ、そういえば」と何かに気づいて、学生鞄のアクセサリーと化しているスマイルパクトを取り出した。俺はおもむろに立ち上がり、華麗なる昼食を邪魔した非実在動物にアイアンクロー。そろそろ新技が欲しい季節。


「い゛い゛い゛い゛い゛い゛!! な゛ん゛でぐる゛う゛う゛う゛!!」


「だからキャンディをいじめちゃダメだってば! …えーと…、薔薇デコルをスマイルパクトにセットすると…!」


 星空がバレーボール・アカンベェから剥いだ薔薇型のキュアデコルをセットする。 


『LET’S GO!! BA・RA!!』


 軽快な音楽と光と共に、スマイルパクトから手の平サイズの小さな薔薇の花束が現れた。
 
 星空は薔薇の花束を手に取りスゥーっと匂いをかぐ。
 俺も匂いをかぎたい、星空の。ハッ、またやっちまった。
 今日もクロワッサンみたいな髪がかわいいよ、食べたい。ハッ、懲りないな俺。


「わぁー! 癒されるぅーって感じ!」


 俺もそんな星空を見て癒されるぅーって感じ。ウルトラハッピー、ごちそうさまです。


「キュアデコルって、そんな事もできるんやな」


「イマイチ武器とか装備とかにはならないがな」


 地面の上でアイアンクローの痛みを抑えるように頭を抱える非実在動物が、涙目で俺の顔を見上げる。なんだその目は、躾が足らないのか。


「ちみのはっそうは、いちいちぶっそうくる!! キュアデコルは、メルヘンランドをすくうたからものくる!!」


「そのために戦うのが俺と星空と日野だろうが。雷の力とか、光輝への目覚めとか、サバイブのカードとか、トランクボックス型トランスジェネレーターとか、スペードのキングのカードとか、音撃増幅剣とか、ハイパーカブトムシとか、携帯電話とか、黄金色の龍の改造モンスターとか、タッチパネル式携帯電話とか、鳥とか、メダルとか、割って刺す携帯電話とか。そういうのはないのか、そういうのは。あんまり出し惜しみすると八つ裂きだぞ」


 俺は非実在動物を軽く踏み、袖口から今朝の登校中に買った業務用のハサミを取り出しチラつかせる。うーん、やっぱり軽いし脆いし、開閉のし易さに難あり。やっぱりこれじゃダメだな。おい、暴れるな、暴れた数だけ優しくすると思ったら大間違いだぞ。むしろ暴れた数だけ強くするぞ、八つ裂き。


「うわっ!! 銀次くんが普通のハサミ出した!!」


「驚くとこそこかいな!? ってか岸崎くんもハサミを持ってへんと落ち着かんのか!?」


「落ち着かない。という事もないが、八つ裂きは俺のアイデンティティーだ。これを失ったら肉のないハンバーガー。製造方法不明の原液がないコーラ。ジャガイモがないポテト。仮面ライダーが出てこないガンバライド。スーパー戦隊が出てこないダイスオーDXだ。というか日野、苗字じゃなく名前で呼べ。名前は星空がいつも呼んでるから覚えてきたが、苗字は一瞬「え?誰それ?」ってなるから。あれ?そういえば俺の名前なんだっけ? 確かサスペンスドラマの帝王と同姓同名だったような気がする」


 ちなみに、火曜サスペンス劇場は2005年に終わった。ばあちゃんが居間で気絶してた。


「ツッコミが追いつかんわーーーッ!! あれ?じゃあ、スーパーヒーロータイムっちゅーんは一体何なん?」


「はっ、愚問だな。それは俺の命。なかったら死ぬ。例外なく死ぬ。すぐ死ぬ。そして、死ぬ」


「死ぬんか!?」


 何を当たり前の事を言っているんだ。この世界からスーパーヒーロータイムが消えたら、世界中のニチアサキッズが息を引き取って、世界は少子高齢化社会の闇に包まれて日本が真っ先滅ぶぞ。魚から水を奪うようなものだ、陸に上がったかの如く痙攣する自信が俺にはある。ああ、俺の知らない宇宙刑事シリーズを放送しているとは言え、スーパーヒーロータイムがある世界に転生してよかったー。ゼロの使い魔の世界に転生したら、奇声を上げて塔から身を投げてるな、俺。

 そこに星空が気まずそうに質問してくる。


「えと……、銀次くん大丈夫かな……? 銀次くんは、あの大きなハサミさんを使って戦ってたみたいだけど……」


 “八輪鉤爪やりんかぎづめ”を『大きなハサミさん』と呼んだ星空に萌え萌えキュン。
 
 確かに俺は今まで“八輪鉤爪やりんかぎづめ”を使って戦ってきた。
 よくよく考えてみると“八輪鉤爪やりんかぎづめ”を使わずに勝利を手にした事は一度もない。
 

 だが。


「それについては安心しろ、俺にも新たな力が目覚めつつある」


「……? あ! あのでっかいバレーボールのアカンベェを持ち上げた時と、悪い狼さんゆー奴と戦った時に使った、あれやな!」


「ああ!そういえば! 銀次くん、あの力って……」


 そう、スーパーヒーロータイムの花形であるスーパー戦隊・仮面ライダーの力を借りたあの力だ。
 能力を借りたいヒーローと、自分を重ね合わせるイメージを作り、そこから力を出力する能力。

 ……うーん、でもあれ。いちいちイメージするのが大変なんだよなぁ。
 今朝、制服に着替える時。9つの仮面ライダーの力を持つ仮面ライダーディケイドの変身アイテム『ディケイドライバー』か、35のスーパー戦隊の力が使える海賊戦隊ゴーカイジャーの変身アイテム『モバイレーツ』を作ってイメージする過程を省略しようと思ったが、いまいちうまく出来ない。バックルや携帯自体は光の中から出てきたが、形だけの抜け殻だったし。はあ…、奇声を上げて飛び跳ねて、くっつきかけたアバラをバキ折って損したな。どうにかならないものか。このままだとチートが迷子だ。チート転生者としてそれはどうなんだ。しかし、贅沢な悩みだな、これ。転生者の醍醐味だ。うふふ、ディケイドとゴーカイジャー、どっちにしようかな。げへへ。じゅるり。


「プリキュアの力なんだね!!」












「「ええええええええええええええええええ」ッ!?」


 「!?」を付けた方が非実在動物、付けてない方が俺である。
 俺は喉が弱いので叫ぶのは好きではない。昨日は人生で一番叫んだので、ちょっと喉がガラガラ。転生前の俺であれば、次の日まともに声が出ないはずだ。きっと治癒能力のおまけで強化されたのだろう。

 いや、というか、突然の星空の発言に超ビックリした。
 まだ引っ張ってたのかそのネタ。
 うわっ、凄い目がキラキラしてる。ウルトラハッピー補充班、前へ。一つも零すな。


「なんや、ちゃうんか? てっきり岸崎くんもプリキュアかと思うてたで、うち。『なんで変身せんかったんやろなー?』って」


「ううん!違わないよ、あかねちゃん! 銀次くんは3人目のプリキュア……、あれ? あかねちゃんが後からだから2人目? それともあかねちゃんが先に変身したから3人目? どっちでもいいやぁ!! 銀次くんはプリキュア!! 正義の騎士キュアナイト!! プリキュアもあと2人!!」


 星空、空を仰ぎながら拳を握って演説しないで。
 だんだんと引き返せなくなってきてる。


「はー、そらかっこええな! てか、プリキュアって全部で5人なん?」


「うん! 全部で5人いるんだって! あかねちゃん、一緒に探そぉー!!」


「よっしゃ! うちにまかせときー!」


 いや、あの、暢気に会話しないで2人共。マジで。
 俺は今、仮面ライダーかスーパー戦隊どちらに変身しようという、贅沢な悩みで涎を垂らしている最中なんです。それだと俺のビジュアルが天装戦隊ゴセイジャーの追加戦士ゴセイナイト縛りになる気がする。いや、好きだけどゴセイナイト。名乗りのシーンでバックに流れる「オォー↑♪オォー↓♪オォー→♪」ってのがたまらないけど。でも……申し訳ないけど……、ビジュアル的にディケイドかゴーカイジャーじゃないとダメな気がする……。俺の能力……。ごめん、ゴセイナイト。地球を守ってくれたのに。

 そんな感じに浮かれる2人に、非実在動物が異議を唱えた。



「みゆき!あかね! ぎんじのちからは、プリキュアのちからじゃないくる!」


「へ? そうなの?」


 ナイスフォローだ非実在動物、これでプリキュアにならずに済む。
 あとでビスケットをあげよう。


「じゃあ岸崎くんの力って何なん?」


 バッドフォローだ非実在動物、なんでそんな事言ったんだ。
 あとで八つ裂きにしてあげよう。


「キャンディにもよくわからないくる……。ぎんじ、ちみはいったいなにものくる?」


 デッドエンドだ馬鹿野郎おおおおおおおおお!!!
 核心突いてどうするのおおおおおおお!!?



「「「じぃーーーーーーーーーーーー………っ」」」



「こここここ声に出すなっ、ここここ声に」


 ややややっちゃた会話、噛みまくり。
 気まずい沈黙まみむめも。心の中までかみまみた。

 2人と1匹がジト目で俺に迫る。

 落ち着け俺、クールになるんだ。まだ慌てるような時間じゃない。
 “にじファン”で鍛えた、キャラクターの行動を読む力を今こそ使うんだ。



 ~『実は俺、宇宙人なんだ』の場合。~
 「えええ!?宇宙人なの!?すっごぉーい!! ねえどんな星から来たの!?」
 「電話や!NASAに電話や! あと、テレビ局!!」
 はいダメ。だいたい宇宙の事は知らない。月面にラビットハッチがあるくらいしか知らない。
 
 ~『実は俺、未来人なんだ』の場合。~
 「えええ!?未来人なの!?すっごぉーい!! ねえ私は誰と結婚したの!?」
 「電話や! …どこに電話すればええんや? とにかく、テレビ局!!」
 はいダメ。未来の事全く知らない。タイムレンジャーと電王とアクアがいる事くらいしか知らない。

 ~『実は俺、超能力者なんだ』の場合。~
 「えええ!?超能力者なの!?すっごぉーい!! ねえこのスプーン曲げてみて!?」
 「電話や! …どこに電話すればええんや? とにかく、テレビ局!!」
 はいダメ。だいたい合ってるけど超能力者になる予定はない。アギトになれる可能性はあるけども。

 ~『実は俺、異世界人なんだ』の場合。~
 「えええ!?異世界人なの!?すっごぉーい!! ねえどんな世界から来たの!?」
 「電話や! …どこに電話すればええんや? とにかく、テレビ局!!」
 はいダメ。ぶっちゃけすぎ。にじファンの小説ではおいしい展開で、俺は好きだけど。

 ~『実は俺、仮面ライダーなんだ』の場合。~
 「え?」
 「はい?」
 はいダメ。星空と日野の「何言ってるのコイツ」な顔でメンタルがやばい。泣きたい。

 ~『実は俺、スーパー戦隊なんだ』の場合。~
 「え?」
 「はい?」
 はいダメ。星空と日野の「何言ってるのコイツ」な顔でメンタルが崩壊寸前。泣いていい?


 結論。俺は“にじファン”に小説を投稿するべきではない。

 いや、そうじゃねえよおおおおおおおお。




 「あ」
 
 「お?」


 日野の声で、星空は日野が目を向けている視線の先を追っていた。
 俺もそれに釣られて、その視線の先を追う。

 そこには、俺と星空と日野がわいわいと騒いでいたにも関わらず、背を向けて座っている女子中学生がいた。背中をまるめた、ふわふわした髪が金髪の小さなリスのような女子中学生。



 ……アヘ子?



 ……あれ?名前なんだったっけ?
 もうアヘ子でいいや。
 というか、3人目のプリキュアいるじゃないか。


 俺と星空と日野はそろりそろりと、忍び足で近付く。
 非実在動物が俺のズボンの裾を掴み「まだはなしはおわってないくる!」と言いそうだったので、音もなく蹴り飛ばした。うん、新技開発できた。よかったよかった。

 更に近付くと、アヘ子は右手を動かして何かをしているようで、俺と星空と日野はそーっと後ろから覗き込む。


「! すごい黄瀬さん!」

「おぉ~~~……」

「これは上手いな」


 そこにはスケッチブックがあり、アヘ子は絵を描いていた。
 かわいらしい女の子とスーパーヒーローらしき姿をした男の絵。スーパーヒーローの方は少しアメコミっぽい。そういえば俺、日本のヒーローばかりで海外のヒーローに手を出してなかったな。最近は実写映画も多数公開されているが、映画はだいたい仮面ライダーかスーパー戦隊、年に一度のウルトラマンくらいだ。たまに妹に付き合って別の映画も見ていたが、アメコミヒーローは見ていない。うーん、せっかく高校生から中学生に転生したし、映画行ってみるかなぁ。映画代安いし。


「わあーーーっ! 見ちゃダメぇーーーっ! ……って岸崎くん!? …………う…」


 俺達に気がつき、驚いた顔をしたアヘ子は一旦恥ずかしそうに身を縮めてスケッチブックを隠したが、顔だけ振り向かせて俺の存在を確認したと思うと、涙目になった。
 そうでした。一昨日泣かせたんでした。


「ままままままままま待て待て待て待て待て、もう大丈夫だ。“八輪鉤爪やりんかぎづめ”で怖がらせて悪かった。謝る。反省する。反省だけなら猿にも出来る。つまり俺にも出来る。反省している。それに良く聞け、“八輪鉤爪やりんかぎづめ”は昨日、天寿を全うしてヴァルハラへと導かれた。きっと今頃、製造した社長と共に隠居生活をしている事だろう。父と子、家族団欒だ。だから学園武装はもう持っていない。というかそもそも、俺は学園武装でむやみやたらに人を傷つけたりしない。だから落ち着け。俺はお前を傷つけない。むしろ、俺は、お前を、守「やよいが怖がっとるやろがい!!」しゃりばんっ」


 俺は日野のツッコミによって横から蹴られ、ゴロゴロと転がりコンクリートの柵に激突した。あ、キスしちゃった。いや、敏感になってるんだ俺。相手はコンクリートたぞ。鉄コン筋クリート。包帯お姉さんに激しくペロ入れられてファーストキッスを奪われた時の事でも思い出しあああああああああああああああ。


「全く……。大丈夫やで、やよい。岸崎くん、見た目より怖ぁない奴や!うちが保障する!」


「ほ……本当?」


「おお! やよいに手ぇ出そうとしたら、うちがどついたる!」


「そもそも、手を出さんと言っているだろうが」


 日野が少々余計な事を言っていたが、誤解が解けたようなので良しとする。
 俺はトラウマを振り払ってコンクリートの床から立ち上がり、アヘ子の絵を再び眺める。


「それより、やよい。絵、めっちゃうまいやん!」


「うんうん!」


「俺も上手いと思うぞ」


「えっ? 本当に?」


「お世辞ちゃう!」


「それ、自分で考えたの?」


「その女の子の後ろに立っているヒーローの名前を教えてくれ」


「え、えーと……」


 アヘ子をベタ褒めする俺と星空と日野。
 いや、しかし本当にうまいな。女性は精神年齢が高く、絵の上達が早いとどこかで聞いた事があるが、まさかこれ程とはな。俺もかつてはオリジナルの仮面ライダーを描こうと意気揚々と鉛筆を握ったが、中国産のパチモンの方がマシなのが出来てヘコんだ事がある。スーパー戦隊でも同じ事をして、結果は同じだった。むしろ、女性戦士も描いて「あ!こいつおっぱい描いてるー!へんたいだー!」と、それまで友達だった奴が……、ああああああああああああああああ。

 もう八つ裂きにした事だ、昔の事はどうでもいい。
 今はアヘ子。


「…私、こういう絵を描くのが好きなの。でも……、子供っぽいよね……」


 自信さなげに、アヘ子はスケッチブックを抱きかかえたまま俯いてしまった。
 「子供っぽい」というワードに反応して、俺は咄嗟に口を挟む。


「……はて?聞き捨てならないな。何を言うんだ? いいじゃないか、ヒーロー。俺だってスーパーヒーロータイムを愛するニチアサキッズだぞ。子供っぽいどころか、子供だ、子供に還る。特撮は素晴らしい。OPのメロディを口ずさむと少年ハートを思い出させてくれる。俺は例え何歳になってもヒーロー達を信じる心は変わらないだろう。むしろ、その先へと成長して行く。監督・脚本・俳優・スーツアクター・VFXと知識を広げていき、楽しむ要素が増える一方だ、現在進行形で。その過程で好きなスタッフが参加している回は待ち遠しすぎて夜更かししてしまい、最終的にはスーパーヒーロータイムを楽しんだ後に寝るというのをよくやる。というか、今となってはそれが平常運転。そして何より、好きなものってのはファッションじゃないんだ。それが好きだからカッコイイとか、それが好きだからダサイとか、そういう他人の声なんて気にするもんじゃない。構うな。好きなものは好きと堂々と宣言すればいい」


「そうそう! 銀次くんの言う通り! 私だって絵本が大好きだし! 好きな作家さんの絵本も集めてるよ!」


 やった、やったよ。星空が同意してくれたよ。
 これが日々の生きるセルメダルとなる。


「やよいにこんな特技があったなんて知らんかったわー」


「クラスのみんなに見せればいいのにー」


「そうだそうだ。クラスのみんなに魅せつけろ。俺のように高らかと、堂々と、胸を張って」


 と、俺と星空と日野がヨイショを再開。
 
 だが、俺と星空と日野の褒め言葉から逃げるように、アヘ子は困った顔をして立ち上がって数歩離れてしまった。


「はっ…恥ずかしいよ! どうせ、からかわれるもん……。3人共、みんなには言わないでよね!」


「待て待て、そんな素晴らしい絵を馬鹿にする奴は俺が例外なく八つ裂き……」


 引き止める言葉を無視して、アヘ子は走って屋上から出て行ってしまった。
 しかも、最後は耳を押さえてダッシュ。
 うーむ、恥ずかしがり屋さんめ。ちゃんと顧客に回さないと自分の中でパンクしてしまうぞ。
 独占禁止法って奴だぞ。はて?使い方あってる?

 ……へー、資本主義の市場経済において、健全で公正な競争状態を維持するために独占的、協調的、あるいは競争方法として不公正な行動を防ぐことを目的とする法令の事なんだ。恥ずかしがり屋さんは他にもいるから、それは適用されないな。そもそも売ってないし。習ったけど忘れてた。というか、まるでwikipediaからそのまま引用したような文だな、これ。お前の事もすっかり忘れてたな、自問自答。寂しさで死んでるかと思ってた。チッ。



 ふと気がつくと、両脇から視線を感じる。


「「……じーーーーーーーーーーーっ」」


「はて?どうした2人共。ジト目で俺を見て」


「銀次くん」「八つ裂き言うの禁止や」


 え?なんで?マジで?
 俺は一体何を口癖に会話すればいいんだ。







「あれ?そういえばキャンディは? キャンディー!キャンディー!」


 泣きめそなんてさよなら、ねっ!な少女がどうかしたか星空。




 ■




 昼休みが終わり、午後の授業が始まる。今日は週に一度のLHR。
 委員会のお知らせや、行事に関する決め事を伝達したりする授業だ。


「みなさーん、お静かに」


 教壇には、ギスギスした空気もたちまち落ち着いた空気に清浄してくれる能力を保有し、常時発動状態を維持する委員長。あと七三メガネ。


「校内美化週間ポスターのコンクールまで、あと僅かです。どなたか、描いてくださる方いませんか?」


 黒板にはデカデカと「クラス対抗校内美化週間ポスター」と書かれている。
 そう、うちのクラスは未だにポスターを描く生徒が決まっていない。おかげで緊急の職員会議で決まったという「危険物を所持した不審者への対策と生徒の安全管理」と銘打たれたLHRの授業が押している。来週は校庭で、さすまたモドキの扱い方を全校生徒で学ぶとか、なんとか。怖いな、不審者。まだ商店街の本屋を襲った強盗犯が捕まっていないらしいし。“八輪鉤爪やりんかぎづめ”を失った俺はどう対処すればいいのやら。いや、出来る限り八つ裂……おっと、これは星空の日野に今日は禁止されたんだった。えーと、とりあえず代用表現として……、ニャンニャン。本屋を襲った強盗犯は出来る限りニャンニャンするがな。うん、そうだな、天国にいる“八輪鉤爪やりんかぎづめ”が安心できるように、強盗犯をニャンニャンしよう。俺も独り立ちする時が来たのだ。頑張るよ“八輪鉤爪やりんかぎづめ”。草葉の陰から、社長と一緒に見守っててくれ。ニャンニャンしてやる。


 教室の中はザワつきつつも、挙手しようとする生徒はいない。
 それどころか茶髪天パーメガネが「誰でもいいんじゃなーい?」とかホザいてやがる。
 それを女番長が「じゃあ、あんたやりなさいよ」と咎めているが。

 いや、というか委員長。
 あなたの目の前に適任者がいるのだが。
 席の最前列ながらも、スケットブックにラクガキしている、リスみたいにかわいい女子中学生。
 見えてないの? いやしかし、アヘ子も結構大胆な事するな。授業中にスケブって。


 そこに教師が手を叩き、教室のザワつきを鎮める。


「今日中に決めないと、間に合わないですよー」


 ふむ、ここは精神年齢が高校生で、みんなのお兄さん的存在である俺が道を切り開くとするか。
 俺は高々と手を挙げる。


「はい。ひっ! ……岸崎……くん」


 ……はて?どうしたんだ女教師。ひっ!なんて声を上げて。目の前にスカイフィッシュでも通ったの?それ虫の残像だからね?
 俺は立ち上がり、委員長に提案する。


「委員長、その校内美化週間ポスターというのは推薦でも構わないのか?」


「はい、大丈夫ですよ。描いてくれそうな方に心当たりがあるのですか?」


 うん、さすが委員長。
 教壇に上がって緊張しているのか、俺が挙手した瞬間に顔を引きつらせた七三メガネとは違う。
 七三メガネ。もうちょっと委員長の役に立てよ。いや、お前も委員長っぽい顔で委員長だが。


「ああ、こういうのに打ってつけなのがいる。えーと……、ほら、なんだ。名前なんだっけ?」


 指差してはいるのだが、名前がアヘ子としか浮かばないので指先をくるくる回す。
 うわあ、推薦とか自分で言っておいて恥ずかしくなってきた。


「黄瀬さんがいいと思います!!」


 そこに、隣の席の星空がすかさず立ち上がり、フォローしてくれた。
 顔を向けると星空がウィンクを返す。右クリ保存。プリントスクリーン。高画質で保存。
 さすが星空、気遣いが出来る子。気遣われて俺嬉しい。


「そうそう、その……えー」


「うちも賛成ぇー!」


 更に日野も同意してくれた。さすが日野、…うん日野。

 肝心のアヘ子は、「え?え?えええええ?」と顔をこちらに向けてきた。俺はそれに頷きで返しておく。絵描きは見せたがりが多い。と聞いた事があるので、生活が潤って近隣諸国に食料を支援できる程に力が舞い戻ったデリカシーを俺は正しく使えたのだろう。よくやった、よくハイパーインフレから立ち直った。完全復活だ。給付金を配布してもいいぞ。


「他に意見はありませんかー?」


 委員長の声に、クラスメイトは無言の肯定で返す。

 だよな、これで「ええー黄瀬ぇー、マジありえないんですけどー」と文句を垂れたら、そいつの身体はニャンニャンされていた事だろう。なにそれ気持ち良さそう。

 クラスの意志を確認した委員長は、目線のクラス全体からアヘ子に移した。


「黄瀬さん、引き受けてくださいますか?」


「あっ……、あーーーー…………」


 ここからでは見えないが、委員長は何も応えないアヘ子の意志を察したように微笑み、「はい、では黄瀬さんにお願いします」と透き通った声でクラスに伝達した。しかし綺麗な声だな、実は両肩に大きな翼でも隠してそうだ。

 クラス全員、賛同の拍手をアヘ子に贈る。
 俺と星空と日野は向き合い、サムズアップ。やったね。



「え、えー……では、不審者対策についての授業を始めます……」



 女教師の言葉でクラスの空気が一瞬でシリアスになった。

 おお、みんな真剣者シンケンジャーになった。守りたい人がいるんだなあ。俺ってばちょっと感動したよ。
 このクラスに来れてよかった。本当によかった。

 でも、なんでみんなこっち見てるの?
 なんだか「逃げの一手だよなぁ……」って声が聞こえた気がする。
 お前ら、先生の話はちゃんと聞けよ。




 ■




 やたら熱が篭ってみんな真剣だった不審者対策の授業が終わり、放課後。

 教室にはアヘ子の席を中心にして俺、星空、日野、席に座るアヘ子だけとなった。
  

「あの……岸崎くん……、どうして私を推薦したの?」


 「う~~~……」とウルウルした瞳で俺を見上げるアヘ子。
 なんだろう、これが父性という奴なのだろうか。うさぎみたいに寂しさで死にそうだし。


「だってぇ! 黄瀬さん、絵が上手いじゃない!」


「やよいなら、きっと優勝できる!」


「星空、日野。俺の台詞持ってくな。そういう事だが」


 が、キラキラとした表情の星空と日野に対してアヘ子は下を向いて俯いた。
 どうした、寂しくなったのか。死ぬのか。生きろ。そなたかわいい。


「3人共……、何も知らないからそんな事が言えるんだよ……」


 ふむ、どうやらアヘ子には何かしらの障害があるようだ。
 ここはアヘ子を励ますのが、デリカシー帝国の玉座に座る者としての役目。


「何か、お前を邪魔する物があるのか? 大丈夫だ、俺がすぐにニャンニャンしてやる」




「「「……ニャンニャン?」」」




 ヒャッハー、汚物はニャンニャンだ。




 ■




 アヘ子に案内されて、俺と星空と日野は美術室にやって来た。
 美術部員らしき中学生達は、制服の上にエプロンを掛けた天パーアフロの筆裁きに魅入っている。


芸術アートはぁ、爆裂だァァァーーーーーーーーーッ!!!」


「「「おおおーーーー!!」」」


 もしかして、その頭に抱えている天パーアフロも芸術アートなのか。
 俺、芸術家舐めてたわ。身体まで芸術って凄ぇ。その頭は見習わないけど。


「蘇我くんは美術部の部長で、コンクールで入選した事のある天才」


「へぇー、自分を出品したのか、芸術家って凄ぇ」


「いやー…、あれは違うやろ?」


「え?どこが?」




 更にアヘ子に案内されてとある教室。
 アフロと同じく、中学生達が集まり見物客になっていた。
 漫画家になる者は例外なく被るであろうベレー帽を被り、プロデューザー風にセーターを肩に掛けている眼鏡の女子生徒が、真剣な面持ちで黒板に少女マンガ風の絵を描いている。……はて?またいつぞやの既視感が……。はっ、まさか彼女がプリキュア?


「美川さんは少女漫画を描くのが得意な、学校のカリスマ」


「少女漫画で、みんなの心をハートキャッチしてるわけだな」


「銀次くん…、ハートが二つ被ってる…」


「わお」




 今度は俺達の教室へと戻り、窓から中庭を覗く。
 髪の長いイケメンが女子に囲まれながら、木の傍でポーズを決める女子中学生をスケッチブックに描いていた。周りからは「真理子すっごくかわいく描いてもらってるぅー」「みんな素敵ぃー」「成島くん、私も描いてぇー」と黄色い声援を浴びている。幸せの黄色い声援。


「成島くんは……、女子を美人に描くのでモテモテ……」


「ちょっとニャンニャンしてくる。もしくは俺の嫉妬を込めたタマシーボンバー」


「ええっ!? ダ…ダメだよぉ!」


「ええ加減にせんかい!!」



 と、言った感じに。


 アヘ子が校内美化週間ポスターで優勝するには、彼ら四天王を倒さないといけないらしい。いや、あと一人誰だよ。堂々と名乗りを上げろ。俺がニャンニャンしてやる。俺のニャンニャンはゴージャス・デリシャス・デカルチャーだぞ。そういえば転生前の学校では美術道具型の学園武装を使う4人の使い手がいたなぁ……。堂々とラクガキ四天王と名乗り上げて、俺と戦友達の前に現れた。呆れる程に弱かったが。


「確かに、強豪揃いやなー…」


 ツッコミとして俺に拳骨した日野の言う通り。
 芸術・少女漫画・美化と、どいつもこいつも絵の個性が無駄に強い。
 もしかして不利な状況? アヘ子も個性あるじゃん。リスみたいでかわいいじゃん。

 アヘ子はスケッチブックを抱きかかえたまま俯き、自信のなさを顔に表していた。


「……私なんか、絶対無理だもん」


「やる前から諦めるなんて勿体無いよ! 頑張ってやってみようよー!」


「でも私…、泣き虫だし、自信ないし、本番に弱いし……」


 いや、アヘ子自身にも問題があるのか。このままでは、アヘ子が死んでしまう。
 ここは近隣諸国が頭を垂れる、支持率(LOVE)1000%のデリカシー帝王であるこの俺がアヘ子を元気付けなければ。俺ってぱマジ紳士だな。イギリスも頭を垂れるんじゃないかな。あー、もう垂れてたわー。地面に擦りつけてたわー。俺知らなかったわー。


 ……はて? そういえば星空の激励を否定されているのに、どうして俺は怒らないんだ?
 まあ、いいか。


 俺はアヘ子のスケッチブックを取り上げ、描かれてる絵をパラパラと見る。演出って大事。


「ふぇ!? き…岸崎くん?」


「ふむ、俺がこの絵を見る限りでは、お前は弱虫でもないし、自信もあるし、本番では新たな力が覚醒するタイプだと思うが?」


「? どういうこっちゃ?」


 そういうこっちゃだ、日野。
 俺はかわいい女の子と、是非名前を教えて欲しい……、と言うかむしろ名付け親になりたいアメコミヒーローが描かれたページを見つけて、星空と日野とアヘ子に見せる。


「この絵から『私は弱虫で自信がなくて本番に弱いです。ショボーン』なんて事は伝わって来ない。むしろ、『私はとっても頑張り屋さんで勇気があります。そして、ヒーローが大好きなニチアサキッズです。シャキーン』と言う事が伝わってくる。絵…、というか芸術と言うのは、作者の人格や込められた思いが伝わってくるものだ。モナリザはレオナルド・ダ・ヴィンチの『やべぇー、こいつ美人だわ。めっちゃ綺麗に描きたいわ。ついでに趣味の暗号も載せちゃえ。うふふ』って思いが伝わる作品だし、ムンクの叫び……、正式な題名は『叫び』だが、エドヴァルド・ムンクの『子供の時に母ちゃん死ぬわ…、思春期に姉ちゃんも死ぬわ…、もう散々だわ…。これからの未来がマジ不安。キョー!』って思いが伝わる作品だし、古代ギリシャ人が作ったミロのヴィーナス像は『おほぉっ、女性の肌ってめっちゃ柔らけぇ。この気持ちを童貞達に伝えてぇ。おほぉっ……うっ……。ふぅ、いっちょやってみるか』って思いが「アホかぁーー!!」しゃいだーっ。 ……あの…ごめん、でも今色々と話してるから、ちょっとツッコミ抑えて。関西人の血を静めて。……まあ、そんな感じに思いが伝わるわけだ。もちろんこれはあくまで、みんなが知っている芸術品を、先に例えに上げただけで何かしら作品を作ろうとする人間には全て共通する事だ。敢えて、自分の思いとは逆方向の事を作品に込めるクリエイターはあれだ。『お前らはこうなるなよ?』って事を伝えてるから、結局は自分の思いを込めてる。漫画とかで死ぬ程ムカついて、ニャンニャンしてやりたいような悪役がいるだろう?それが『逆の思い』って奴の一種だ。だから、例えアマチュアであっても、作品を作ればそれは言える事。幼稚園児が描いたジャガイモみたいなお父さんの似顔絵にも、『パパってこんなかんじ』って思いが詰まってる。ゼロの使い魔のファンフィクション小説にも『ルイズかわいいよルイズくんかくんか』って思いが……。日野、わかったから。もう変な事言わないからその拳を納めルイズッ。 ……という感じにだ、お前の『私は弱虫で自信がなくて本番に弱いです。ショボーン』って気持ちは絵には乗らない。いや、お前の心粋しだいでは乗るかも知れないが大丈夫だ。いつものように楽しく夢中に描けば『私はとっても頑張り屋さんで勇気があります。そして、ヒーローが大好きなニチアサキッズです。シャキーン』という気持ちが伝わるし、『みんな!今週は美化週間だよ!学校を綺麗にしようね!』って思いを込めれば、みんなに伝わるはずだ。だから頑張れ、黄瀬。俺は黄瀬の思いのこもったポスターを楽しみにしてるぞ。同じニチアサキッズとしてな」



 俯いた顔のまま聞いていた……えーと。ああ、一瞬で名前飛んだ。いい事を喋りながら必死で思い出してたのに。……とにかく、俯いた顔のまま聞いていたアヘ子はだんだんと顔を上げ、最後には瞳の奥に強い輝きをもって聞いていた。ほっほぅ。さすが俺。実はデリカシーを使用するために、国土全体の地下に穴を掘って、デリカシーの練成陣を描いているだけの事はある。俺ってば、もはや賢者だな。デリカシーの結晶体の名前は賢者の石だな。


「なんや岸崎くん、めっちゃええ事言うやん!珍しく!」


「日野、倒置法が余計だ。あと俺が良い話している時のツッコミも。(まあ、受け売りなんだがな、ラキガキ四天王の。最後まで聞いておいてよかった。ニャンニャンしたけど)というか、俺がアカンベェに捕まってた時にもの凄くいい事言っただろうが。星空のお尻を掴んでたけどっ……いや、あの、なんでもなタバサッ」


 やっちまったぜ。

 教室に景気のいい平手の音が響いた。
 しかも二つ。叩かれたのは俺、叩いたのは星空と日野。
 うん、これでちょっと楽になった。罪悪感がちょっと拭われた。もうエロ妄想しない、という言葉でまたエロ妄想した俺の馬鹿。しかも、星空と日野をセットで。どこの敏感サラリーマンだ。エスカリボルグで殺してくれ。


「ア、アカンベェ……? 捕まってた……?」


 はっ、つい言ってしまった。アヘ子が頭に「?」を浮かべて目が点だ。
 今の発言は秘密を守り通す異常性アブノーマルが常時装備される転生者としてあるまじき行為。
 今こそ、劇場版デリカシー×アブノーマル・MOVIE大戦EXを公開する時。


「……赤辺のおばさん、通称アカンベェと呼ばれている。絶対インチキな宗教に勇往盲信するおばさんだ。俺がそいつに捕まってた時の話さ」


 ……いや、自分で言っててどんなシチュエーションだよ。
 インチキ宗教に勧誘されてる時にどういい事言うんだよ。
 もう何もかも崩壊したよ。デリカシーが近隣諸国から侵略されるよ。映画も爆死。

 そもそも、アヘ子はプリキュアの内定はすでに貰っているんだから隠さなくてよかったんだった。
 くそっ、さっさとウルフルン来いよ。アヘ子の覚醒ついでにニャンニャンしてやるから。狼なのにニャンニャン。

 恥ずかしさに顔を染める星空は「銀次くんのエッチ…、はっぷっぷーぅ」と一息して、テンションを平常に戻してアヘ子に語りかける。


「……ねぇ、黄瀬さん。私も……銀次くんの言ってる事、正しいと思うの。黄瀬さんは、確かにちょっぴり泣き虫かも知れないけど…。とっても優しくて、思いやりたっぷりで、だから、そんなかっこいいヒーローの絵が描けるんだと思う」


「みゆきの言う通りや」


「え、俺は?」


 スルーするなよ。寂しさで俺が死んでしまう。あれ?今度は俺がバニーちゃん?

 え、ちょ、やばい、さっきから星空が全然こっち見ない。
 許さないというボディランゲージ? 気遣う優しさでアヘ子に夢中?
 半信半疑あっちこっち。

 何でもないような言葉で泣いたりしそうな程に弱った俺を他所に、星空は話を進める。


「確かに結果は分からないけど……、もし、黄瀬さんが少しでもやってみたいなら!」


「私、やってみたい!!」


 目の奥に炎を宿したアヘ子は即答だった。
 やっぱり凄いなぁ、星空って。気弱な子を励ましちゃったよ。
 俺なんて足元にも及ばないから許して。

 アヘ子がポスターを描く決意をした事に、星空も日野も顔を輝かせて喜んだ。


「よっしゃーー!! やよいがその気なら!!」


「私たちも手伝うね!!」


「“私たち”には俺も含まれている。つまり、俺も手伝う」


 あ、遂言っちゃった。妹の漫画どうするの俺。
 いやでも、デリカシー帝王としての責務を果たさねば。
 大いなる力には大いなる責任が伴う、とどこかで聞いた事があるし。
 ごめん、妹よ。今日のところは、こちらで出来た友人達と青春してます。
 ちゃんと見つけるからね。お兄ちゃん頑張るからね。待っててね。


「3人共……、ありがとう……」


「えっ!? ああああえと!」


「ホンマに泣き虫やなぁ…」


 アヘ子は、星空と日野……と、多分俺の優しさで目をウルウルさせた。
 ちょっと俺の自信がなくなってきてる。デリカシー帝国が傾き始めてる。あ、地図から消滅した。
“船越英一郎”
「サスペンスドラマの帝王」と呼ばれる俳優。
他にも「2時間ドラマの帝王」」「ミスター2時間ドラマ」等と呼ばれている。
数々のサスペンスで主役を務めており、ばあちゃんがファンで追っかけをしていた。
ドラマ「マンハッタンラブストーリー」では本人役で出るという、小粋な面もある。
ちなみに俺の転生前の世界で、まだ生きてるであろう婆ちゃんは2時間サスペンス狂で、サスペンスを見ていない間は激しくボケる。逆にサスペンスを見ている時だけ意識がハッキリしている。ちなみに再放送でも同じ事が可能。病院に連れて行ったらボケた。家に戻した。俺の老後もあんな気がする。


“業務用のハサミ”
行きがけのコンビニで買ったハサミ。名前はいらない。
切れ味を試そうと、星空の出会った場所である桜並木の桜を切断しようとしたが半分程しか切れず、しかも挟まって取れなかった。仕方なくそれは放置して、またコンビニへと赴きハサミを買った。俺にとって最高の相棒である“八輪鉤爪やりんかぎづめ”を越えられるハサミはないだろうが、日常的にニャンニャンするには何かと必要である。もう解除していいかな、ニャンニャン。


“ディケイドライバー”
仮面ライダーディケイドが使用する変身バックル。
カードを使用する事で攻撃したり、別の仮面ライダーに変身したり、別の仮面ライダーを変形させたり、「俺、参上」「フンフフンフフ~ン♪ 答えは聞いてなぁい」と場の空気を凍らせる事が出来る。


“モバイレーツ”
海賊戦隊ゴーカイジャーが使用する変身携帯。
スーパー戦隊の戦士を象った鍵であるレンジャーキーを使用し、どんなスーパー戦隊にも変身できる。たま、レンジャーキーを元の持ち主に返して力を取り戻させたり、レンジャーキーを合体させてオリジナルのコスチュームを作る事も可能。ちなみに、2012年3月10日に音声を色々と追加した完全版モバイレーツ「レジェンドモバイレーツ」が発売される。当然プリキュアの世界にはない。くっ。


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