8 相棒との別れ、熱血の戦士キュアサニー登場
余計な話をすると、“八輪鉤爪”は俺の相棒だ。
小学校6年生の時、俺は虐めに虐められてた。
踏まれ、蹴られ、殴られ、叩かれ、罵詈雑言を浴びせられた。
だが、俺は必死に我慢した。
中学校では学園戦争まで行かずとも、決闘は許される。
つまり、堂々と奴らに復讐できるチャンスが生まれるのだ。
だから、中学校に上がって“学園武装”を手に入れるのが待ち遠しかった。
が。
中学校に入学して学園武装を選ぶ日、いじめっ子達に学園武装の購入費を奪われた挙句、俺は大遅刻した。粗方の学園武装は購入・予約がされ、入荷待ち。いじめっ子達は俺の購入費を分けて、高級な学園武装を予約したとかなんとか。
いつ振り返っても、この時の事には反吐が出る。
いじめっ子達にも、弱い俺にも。
だが、力が物を言うこの社会で、俺は逆らえずに、下を向いて押し黙った。
俺は我慢する事に慣れはじめてきたのだ。
そんな時。
俺の唯一の味方である、駄菓子屋の包帯お姉さんが、俺に学園武装を譲ると言いはじめた。
包帯お姉さんは駄菓子屋の裏倉庫で埃を被りつつ、アタッシュケースを俺の前まで引き摺り、ロックを解除して開けた。
それが“八輪鉤爪”との出会い。
お姉さんは、懐かしそうに“八輪鉤爪”を見つめながら、話を始めた。
お姉さんの家は貧乏な家で、まともな学園武装が買えなかった。
そんな時に出会ったのが、“八輪鉤爪”。
扱いの難しさ故に、学園武装専門店の奥で眠っていたものだとか。
店主の話では、どこかの学園武装製造会社が、社運を賭けて製作した学園武装らしい。
が、その賭けは失敗した。
日本刀のように鋭い刃に接続部、鋏の制御装置、特殊ギミック等で、一つの重さが10kgもあり、更にそれが八つ。極端に言えば、人間1人を振り回すようなものだ。
包帯のお姉さんはそれを譲り受けたが、結局全部は制御できなかったとか。
受け取るのを迷う俺に、包帯のお姉さんは俺にこう言った。
「色々と“くやしい”って思いが詰まった曰く憑きだけどねィ、その分ぱぅわーは半端ないのよィ。“くやしい”って感情は心に溜めたままじゃダメさィ、あちしみたいに腐っちめぅよィ。あ、いや、あの趣味はあの趣味で満足してるんだがねィ。ところで偶然にも短パンを持ってるんだか履いてみないかィ? あ、いい? そうかィ…。まぁなんだィ。下手すりゃお前ちゃんの“くやしい”って奴が倍増する大博打だがねィ、男だったら一度くらい打ってみやがれって感じなわけさィ。お前ちゃんの弱気なとこはあちしのツボだがねィ、それがズル剥けるとこにも興味があるんだィ。まあ、勝てば憎いあん畜生に大穴喰らわしちやれるぜィ。まあ、負けたらそいつは予定調和っちゅーことで諦めなィ。もっかい言っておくけど、こいつの扱いは難しいぜィ。あちしはか弱いおにゃのこだから二つまでで諦めっちった。まあ、いい機会だからお前ちゃんに色々と託すっちゅーわけだィ。 ん?重いってィ?そりゃ重いだろィ。あちしの“くやしい”だけじゃなく、そいつを作った会社の社長ちゃんの“くやしい”も背負い込むんだらねィ…、なんでも社長さんは首吊り自殺しちまったらしいよィ。ま、あちしには関係のない事だがねィ。こんな学園武装さ、無理は言わないよィ。そいつの重圧から逃げるも良しさィ、ぶっちゃけそっちが当然の帰結だからねィ。けど敢えて逆らうのは尚良しさィ。男ならズル剥けやがれってんだィ。ま、あちしが何と言おうと、結局決めるのはお前ちゃんだしィ、これを逃げたって思い込むのもお前ちゃんの勝手さィ。あちしはどっちを選んでも軽蔑しないぜィ。ヘタレだろうが、強気になろうが、あちしの中ではお前ちゃんは受けのままだよィ。まあぶっちゃけ、あちしはこれを口実にお前ちゃんと話をしたかっただけだしィ、恩を着せて短パンを履かせたいだけだィ。あとは好きにやんなィ。………あー、もう辛抱たまらん、お姉さんとちょっと倉庫でいい事しないかィ? さっきから古傷がビンビンに疼いてるんだよィ。なーに、痛いのはあちしだけさ。やったねお前ちゃん、家族が増えるかもだよィ」
余計な事ばかりだったし、危うく貞操の危機だったが、そういう事だ。
俺は決心した。
その日から“八輪鉤爪”と行動を共にし始める。
持ち運ぶのはまず一つ、慣れたら二つ、もっと慣れたら三つ。
まずは持ち運ぶ事を重視した。
一つ目の時は馬鹿にされた。が、諦めなかった。
二つ目の時は傷が耐えなかった。が、だんだん扱えるようになった。
三つ目の時は腕に刺さった。が、初めて決闘に勝利した。
四つ目の時は重さで疲労骨折した。が、中学校で出来た友達が救急車を呼んでくれた。
五つ目の時は友達が離れていった。が、いじめっ子達を八つ裂きに出来た。
六つ目の時は死ぬ寸前まで行った。が、ロリコンから妹を守れた。
七つ目の時は高校に入学して沢山負けた。が、俺は初めて背中をまかせられる戦友が出来た。
八つ目の時は包帯お姉さんが結婚した。2人で「おめでとう」と言い合った。
そんな、“くやしい”という思いを共有させながら、俺と“八輪鉤爪”はすくすくと育っていったのだ。
ここまで話せば、俺がいかに“八輪鉤爪”と共に歩んできたか分かるだろう。
だから、プリキュアの世界に転生しても。
こいつがいてくれたのなら。
俺達はずっとこのままで。
チート能力なんて使わないと思っていた。
■
総重量80kgの“八輪鉤爪”を失ったにも関わらず、俺の身体は急に重くなっていく。
視界もモノクロへと変化していき、頭が考える事を放棄しはじめた。
「なんだ…、出るじゃねぇかバッドエナジー! しかも、今までに見た中で最高の奴が!」
「銀次くん! しっかりしてぇ!」
銀次? それ誰だっけ? たしか間違った正義を押し付ける最低な奴だった気がする。
そもそも背中に密着して尚且つ、お尻が俺の右手に当たってるこの子って誰だっけ?
ていうか、そもそも誰って何だっけ?
なんで俺は考えてるんだっけ、何を考えてたんだっけ。
「ウルッフッフッフ! 絶望しろ! 希望なんて捨てちまえ! 未来をバッドエンドに染めろ! それが悪の皇帝ピエーロ様を蘇らせるのだ!!」
先程から浮いてる狼男がやかましい。
だいたい名前に捻りがないだろ悪の皇帝。
道化が皇帝ってどういう事だってばよ。道化で皇帝、略して童貞。プッ。
まあそんな事は、どうでもいいか。
どうせ人間いつか死ぬんだ。
ていうか、もう死んだし。
この世界で1人ぼっちだし。
特命戦隊ゴーバスターズ観れないし。
仮面ライダーフォーゼも途中で観れなくなったし。
どうでもいいや。
「……銀次くん……、そんな顔しちゃ……ダメだよ」
その声に釣られて首を左に捻ると、背中が密着している女子が俺と同じく、首を精一杯捻って、涙目になりつつこちらを見ていた。
「……はて? 俺はどんな顔だったかな。鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのは誰?とかどうでもいいから俺の顔を映せ。鏡として正しい役割を果たせ。というか、よくよく考えたらこの鏡、盗撮魔じゃねぇか。これは欲しいな。世界で一番おっぱいが綺麗な女とか写してくれちゃったりするのか。グーグルさんも吃驚・告訴・勝訴・賠償金のヘンタイビューだ。いや、しかし突然映像が切れて、黒い画面にハアハアしてる自分の顔が映っちゃったりしたら、凄くやるせない気持ちになるな……。そんな危ない鏡は割れろ、というか俺が……」
というか俺が……。
あれ? この先に続く言葉を口癖のように、というか無理矢理なキャラ付けの如くいつも言っていたような気がする。なんだっけ? というかいつもならもっと長ったらしく台詞を言えた気がする。
まあ、どうでもいいか。死のう。
「これから……、これから色んなハッピーが銀次くんのところにやってくるの……。だから、そんな顔しちゃダメだよ! ハッピーが逃げちゃう!」
なんだかよく分からないが、この女子は俺を諭そうとしているらしい。
いや、今ヘコむのに凄く忙しいので邪魔しないでくれるだろうか。
涙目になっている彼女は、精一杯頬の筋肉を上げた。
「……スマイル、スマイル!」
…何を言ってんの、こいつ?
だいたい笑顔だけで幸せが掴めるなら、とっくに笑ってるっつーの。ていうか、転生して笑えなくなった俺に対するあてつけなのか? いやだなぁ、この女子中学生嫌いだよ、大嫌いだ。鳥肌が立つ。吐き気がする。嫌気が差す。笑って幸せになるなら、全人類抱腹絶倒して死んじまえよ。俺は生まれつき喉が弱いからあんまり大きな声とか上げたくないけど、それが本当なら大声だして笑ってやるよ。そういえばさっきから喉がガラガラする、なんか叫んだっけ? ああ、そうだそうだ。俺の相棒がさっき、狼男の鋭い爪でバラバラにされたんだった。その時に凄い叫んだんだった。あれって意外に精密機械だから、メンテはまだ自分で出来るけども、修理とかになると大変なんだな。作った会社潰れているし。転生前は学園武装職人の息子である友達に修理とかしてもらったけど、プリキュアの世界に学園武装専門の職人なんていないだろうから無理だろうなあ。ああ悪い、すまねぇ、ごめん、許してくれ“八輪鉤爪”。俺が無力だったばっかりに、星空も守れずに見殺しにしてしまった。あーあ、また死ぬのか、死ぬのは久振りだ…。あれ?前もこのネタやんなかったっけ?ああ、星空がプリキュアに変身した時に考えた時に思ったな。いやはやしかし、改めこの世界がプリキュアの世界だとは驚きだ。まさかあんなにかわいい女子中学生・星空がプリキュアに変身して、更にかわいくなったんだもの。東映さんって凄ぇ。星空を生んでくれてありがとう。いや、もうプリキュアの世界に転生した事だし、星空の両親に感謝しておこう。ありがとう、星空パパ、星空ママ。特に星空ママの手料理は最高でした。星空の笑顔から自然発生する、天然モノのウルトラハッピーを生み出す大事なエネルギーだと俺は考えています。いやあ、また食いたいなぁ。でも、よその男子中学生が女子中学生の家の食卓にずかずか上がるのはあれだな。ハイパーインフレに負けないデリカシーを持つ俺としては考えものだ。ここは日本人らしく、遠慮しておくのが妥当だろう。星空ママに俺のデリカシーを打倒してもらって食卓に招かれたい気持ちもあるのだが。大丈夫、俺は星空のウルトラハッピーな笑顔があれば3日は飲まず食わずで生きていられます。ほーら、今だって星空がバレーボール・アカンベェに潰されかけつつ、俺と背中に密着させながらウルトラハッピーを俺に浴びせているじゃありませんか。おかげで俺はウルトラハッピーだ。ライジングアルティメットウルトラハッピーだ。でもなんで涙目?
あ。
「「……星空?」さん?」
気がつけば、俺は相変わらずバレーボール・アカンベェに握りつぶされかかっていた。
が、視界と思考はクリアに戻り、なんでさっきまでネガ形態だったのか不思議だ。
右手には星空のお尻があるというのに。
…ごめん、不純でした。俺の罪を数えます。今更数え切れるかッ。
「はあ!?へぇ!? なんやこれ!?」
「! その声は…日野か?」
普通の人間ならばバッドエナジー垂れ流しで、ネガティブな言葉しか発する事が出来ないこの空間で関西弁は目覚めたらしい、なんでだ。
声は聞こえるが、角度的に関西弁がいる方向が見えない。
「その声は岸崎く……、ってなんや!?あのでっかいバレーボール!? …あれ? 岸崎くんと一緒におるの、星空さんなん?」
「あっ…はい! はっ、返事しちゃった! それは秘密なの!」
ああもう、ドジっ娘冥利に尽きる子だな星空、かわいい。
秘密とかどうでもいいよ、星空がかわいければそれでいいよ。
「ええっ!? そりゃそうですって言ってるようなもんやん!!ってか、その怪物なんなん!?」
「……こいつは、そこにいる狼男が召還した怪物“アカンベェ”だ。バレーボールを基盤にしているので、この怪物の呼称は“バレーボール・アカンベェ”とする。ネーミングセンスにツッコミを入れたい気持ちは良く分かるが今は関西人の血を抑えろ。なんでも、悪の皇帝ピエーロとか言う奴がキュアデコルのパワーをバッドエンド変えて生み出したとか。というか、悪の皇帝なのに名前が道化っておかしいよな。道化で皇帝。略せば童貞だ。プッ。いだだだだだだだだだだだだ、出る。生まれる。口からなんか出る。ピッコロ大魔王ってあだ名を付けられいだだだだだだだだだだだだ」
「ぜ! 全然分からへんよ!!」
なら聞くなよ。
「とにかく逃げてぇーーーー!!」
星空は精一杯声を上げて、関西弁に逃げるように指示する。
……星空が叫ぶ際に、身体に力を込めるわけで、身体を弛緩させるわけで、キュっと持ち上がるわけで、俺の指に肉が食い込むわけで、うん。死なずに生きて苦しめというわけか、なるほど。
「なんだぁ、あいつ?」
シュっと音がしたかと思うと、さっきまで関西弁を観察していたであろう狼男が消えた。
ここからは見えないが、恐らく関西弁の元に素早く移動したのだろう。
その証拠に関西弁の「うわっ!」っという声が聞こえた。
「逃げて!!日野さん!! ぐっ…!」
「ぐっ、あああああああっ……!!」
まるで「余計な事を喋るな」と言わんばかりに、バレーボール・アカンベェは握る力を強くした。
おかげで、俺の体内で骨が折れる音が響く。
「っ!! 銀次くん!? 今の音って…」
「……ポケットの中に入れてたビスケットが増えただけだが何か?」
五臓六府のどこかに固いものが刺さる感触が痛みとなってクラクラする上に、喉から生温かいものがこみ上げてくるが、これ以上星空の顔を歪めたくない俺は全て飲み込む。星空の顔をこれ以上歪ませたら、俺は本当に死なねばならない。
「星空さん!! 岸崎くん!!」
「鬱陶しい奴が増えたな……、バッドエナジーを出さない人間は、消えろ」
全然見えないから状況把握が出来ていないが、もしかして関西弁がピンチなのか?
「っ! やめてぇ!! 日野さんは……、日野さんは私の大事な友達なんだからぁー!!」
星空、あんまり力んで叫ばないでくれ。
俺の罪がねずみ算式に増えてく。
…ああ、もういいや。右手の感覚に身を委ねよう。川の流れのように。
「あぁ?友達だぁ? …くだらん。友達だの、一生懸命だの、バッドエンドの世界にそんなもの必要ないんだよ」
「友達はくだらなくなんかないよ!! 楽しい時…、嬉しい時…、友達がいれば二倍も三倍もハッピーになれるし、悲しい時、辛い時は傍にいてくれる! とっても大切なモノなのぉーーーッ!!」
ははは、星空のお尻あったけぇ、やわらけぇ。
「つまりお前は、友達がいないと何も出来ない弱虫野郎って事かぁ?」
……否、まだ諦める時間ではなかった。
こんな状況でも、星空は関西弁の事を思って叫んでいるのだ。
しかも、それを絶滅危惧種風情が考えなしに批判している。それを見過ごすわけにはいかない。
俺は川から上がる。星空のお尻の柔らかさを堪能している場合ではないのだ。
俺だって、黙っているわけにはいかない。
「……お前は何を聞いていたんだ狼男。耳にノミでも詰まってるのか」
「あぁ?」
狼男がどんな顔をしているのか全く分からないが、俺は構わず続ける。
「全く、これだから絶滅危惧種は困る。交配する相手がいないからと言って、そう悲観的に構えて悲劇の動物でも演じているのか。映画にでもする気なのか。前売り券には“ふわふわ・狼男ストラップ”でも付ける気なのか。どこの会社に企画持ち込む気なんだ。東映だったら、動物愛護団体が竹ヤリを持つ程に容赦しないぞ。お前の考えは、星空の前ではくだらない愚考にしか過ぎない。机上の空論だ、気丈に振舞っても空論だ。非常に見苦しい空論だ。「友達がいないと何も出来ない弱虫野郎」? お前の目は節穴か、ノミに食われてしまったのか。俺がタンスにゴンでも突っ込んでやろうか。どう観ても俺がいるだろうが。星空の背中に俺がいるだろうが。俺と星空は友達だ。そんでもって、星空と日野も友達だ。この際だから、日野も俺の友達だ。異論は例外なく却下。ほら見ろ、いるだろうが友達。そんな星空が、何も出来ないわけがないだろうが。そして俺も……、最愛の相棒“八輪鉤爪”がいなくなっても、俺にはまだ友達がいる、いてくれる。マジで俺ってばリア充だな。隣人部から陰湿ないじめを繰り出してくるくらいにリア充だ。星空が、日野が、俺の友達でいてくれる限り、俺だって何でも出来る。……だから、“八輪鉤爪”がいなくても、俺はこの台詞を堂々と吐ける」
だから“八輪鉤爪”。
ゆっくり休め。暇を出す。お前クビ。故郷へ帰れ。
そんでもって、あの世でお前を作った社長に、どんな活躍をしてきたか報告してろ。
きっと、あの世で社長も笑顔を取り戻して、ウルトラハッピーになるさ。
お前の相棒が言ってるんだ、間違いない。
俺は溢れる血を押しのけて息を吸い、力の限りを狼男にぶつける。
「狼男ォォォーーーー!!!てめぇは八つ裂きだァァァーーーーーー!!!
ぶはっ!!げほっげほっ!!お゛え゛っ!!」
「銀次くん、口から血が出てるぅーーー!!」
ごめん“八輪鉤爪”。土壇場、決められませんでした。
これは社長にはナイショの話で、君の知らない物語で。相棒からのお願い。
あ゛ー、喉痛い。しかも血の味が気持ち悪い。
「はっ…ほざいてろ。トドメだ!!アカンベェ!!」
バレーボール・アカンベェは更に握力を強めた。
チート身体能力で少々頑丈になったとはいえ、これ以上は身体が持たない。
考えたくはないが、プリキュアになった星空にも限界はある。
……今すぐ、チートを覚醒させなければ。
そこにトスッ、と。
突然、この場の雰囲気に似合わない。
軽いものが当たる音が聞こえた。
音のする方向を見ると、バレーボールが宙に舞っている。
「…なんのつもりだぁ?」
「うちの友達に…、何してくれてんねん!!」
……関西弁? さっきのバレーボールはもしかして、関西弁のサーブ?
さすがは星空の友達、逃げずに戦うとは。
「日野さん来ちゃダメ!!」
「うおりゅあああーーーーーっ!!」
掛け声のする方に精一杯首を向けると、そこにはバレーボール・アカンベェの足にしがみつく関西弁がいた。必死に巨大な足を引っ張り、状況を打破しようと奮闘している。
「星空さんは、うちを励まして応援してくれた!! 岸崎くんも、うちの練習に日が暮れるまで付き合おうてくれた!! 次は……、うちが助ける番やぁーーー!!」
精一杯叫び、どう考えても動かせるはずのない巨大な足を引っ張る関西弁。
……いや、日野。
「そぉんな弱っちい奴、助けて何になる?」
「弱っちいやとぉ!? うちの大切なもん! 馬鹿にするんは……、絶対許さへんでぇーー!!」
バレーボール・アカンベェは、まるで足についた虫を払うが如く、日野が張り付いた足を上げた。
日野が危ない。
「日野さん!!」
「日野!!」
「人間如きがアカンベェに勝てると思ったかぁ?」
そう、勝てない。
勝てるわけがない。
だが、日野は声を大にして叫ぶ。
「関係……、あるかぁぁーーーーーーーーーーーい!!!」
その叫びが鍵になったように。
日野の元にオレンジ色の光が降り、周りを包み込む。
その衝撃でバレーボール・アカンベェは吹き飛ばされ、俺と星空は肉の壁から脱出した。
「あれは…!!」
「2人目のプリキュア……」
「プリキュアきたくるぅーーー!!」
「ちょっと待て、色々と言いたい事があるなぁ非実在動物。アカンベェに捕まって、星空のお尻を鷲掴みして、大事な相棒である“八輪鉤爪”を失って、更にはバッドエナジー垂れ流して、星空のお尻を堪能して、骨もバッキボキに折れた。そんな危機的状況に陥ったぞ。で、お前は何をしていた? お菓子でも食ってたのか? 誠に申し訳あるが、当館は飲食物の持ち込みはご遠慮させていただいております。最寄の売店でお買い求めください。それがお前の最後の晩餐だ。死ね。八つ裂きだ」
「ごごごごごごごめ゛んぐる゛う゛う゛う゛う゛!!!」
もう職務怠慢な奴には懲り懲りなので、今までで最高のアイアンクローをお見舞いする。
星空は当然の事として、日野とは友達になったがお前とは友達じゃねえ。
ただの害獣だ。猟友会に狩られても致し方ないぞ。むしろ俺が呼ぶぞ、猟友会。
「……色々と八つ裂きにしてやりたいが、まずは日野のとこで解説してこい」
「くるぅーーーーーーーーー!?」
アイアンクローしたまま、大きく振りかぶって。
俺は非実在動物を光の中心へと投げる。ストラィーク。アウト。非実在動物が。あとで皮を剥ぐ。
「げふっ……いだだだだだ」
「あわわわわ!! 銀次くん大丈夫!?」
無理な投球フォームをしたせいで俺は膝をついた。
まだ近くにはバレーボール・アカンベェがいるので、早く距離を取らなければならない。
が、星空には少し待ってほしい。
膝を付いたその場所に、俺の相棒の亡骸が転がっていたからだ。
「銀次くん……」
「…………大丈夫だ星空、すぐに距離を取るぞ」
俺と星空、もとい俺とキュアハッピーはオレンジ色の光に紛れて、その場を脱出した。
■
「プリキュア!!スマルイチャージ!!」
『GO!! GO!GO! LET’S GO SUNNY!!』
激しいオレンジ色の光。
日野の変身の掛け声がバレーコートに響くと同時に、熱風が吹き荒れる。
まるでメキシコに吹く熱風、名前はキュアサンタナ。ごめん、言ってみただけ。
炎とも思えるオレンジ色の光が弾けたかと思うと、2人目のプリキュアへと変身した日野が現れた。
「太陽サンサン…、熱血バワー!! キュアサニー!!」
オレンジ掛かった髪が更にオレンジ色に染まり、つむじの部分でお団子を作った髪型。
太陽を思わせるオレンジと白のコスチュームが眩しい。
プリキュアが実写であれば、特技監督が遠慮なくナパームを使うであろう、二人目のプリキュアにして熱血の戦士キュアサニーの登場だった。
「凄い…! 変身しちゃった!」
「何ッ!! こいつも変身できるのか!!」
日野はノリノリで変身したにも関わらず、星空と狼男の言葉で頭に「?」を浮かべる。
「……変身? うわっ!? なんやこれ!! ホンマに変身してもうた!! しかも……、“太陽サンサン、キュアサニー!”って……、めっちゃ恥ずかしいやぁーーーん!!」
「日野さぁーん!!」
身体のあちこちを調べて困惑する日野に対して、星空は目を輝かせて日野の元へと駆けつけて抱きついた。よかったな日野、ウルトラハッピーの直接注入だ。あ、なんか百合い。これがゆるゆりって奴か。
「星空さん?」
「キュアサニー、すっごくカッコイイよ! 太陽サンサンも、情熱たっぷりな日野さんにぴったり!!」
星空はウルトラハッピーな笑顔を日野に供給する。
いいなあ、俺にはさっきから心配して顔しか供給されてないだぜ星空ってば。
ちょっとばかし、俺にも回してくれよ。星空はみんなの聖女だよ。
「え!ホンマ!? …せやな! 確かに太陽が似合うんは、このキュアサニーかスーパーヒーローくらいなもんや!!」
「そうだな、スーパーヒーローに太陽は似合うな。太陽とスーパーヒーローの関連性を言うのならば、スーパーヒーロータイムを愛するニチアサキッズとしてまずは、太陽戦隊サンバルカンを上げるのは必然的だろう。スーパー戦隊シリーズで初めての3人、しかも3人とも男性だ。更にレッド役が途中で交代になったのもこの作品が初だ。その際に、名乗りポーズ、必殺技も変わっている。更に更に、この太陽戦隊サンバルカンは作品ごとに世界観をリセットするスーパー戦隊シリーズでは珍しい、電子戦隊デンジマンの世界観を引き継いだ作品だ。まあ、これが唯一の症例なのだが。更にだ、スーパー戦隊シリーズで初めて複数のメカが合体してロボットが完成するという。この作品に込められたチャレンジ精神は、ゆとり世代ながら賛美を贈りたげぶっごほっがはっ!!!」
「ちょ!? 岸崎くんなんでこっち来たん!? 身体ボロボロやん!!」
「はっ」
日野が発したスーパーヒーローという言葉に釣られてしまった。
いや、だって太陽の似合うスーパーヒーローって言われたら、太陽戦隊サンバルカンだろうが。海賊戦隊ゴーカイジャーでゴーカイイエローことルカ・ミルフィが変身したバルパンサーが可愛いだろうが。「ニャン♪」って反則だろうが。しかも、メイド回にして我らが坂本浩一監督回。さすがエロいな監督、監督エロい。ルカ姉さんと1+2+サンバルカンしたい。その回によって俺は一年間、ルカ姉さんに愛を捧げる事を決めたのだ。まあ、アバレンジャー回でもゴーカイピンクであるアイム・ド・ファミーユの「抱っこしてキスして♪」の時は浮気しそうになった、というか浮気をしてしまったが。くっ、改めて伊狩鎧のシチュエーションが羨ましい。ザンギャックの怪人を誘き出すためとはいえ、アイムさんと擬似カップルになるなんて。俺も侍戦隊シンケンジャー・シンケンイエローの花織ことはさんとお付き合いしたい。京都弁で「よう、しゃあないなぁ」と笑顔で言われて頭をなでなでされたい。スーパーヒーロータイムに関連していないものは買わないのが俺の主義だったのに、気がつけは花織ことは役である森田涼花さんの写真集を買ってしまってたぞ。しかもブログを頼りに映画・ドラマ・バラエティ・ラジオも追っかけたぞ。なんという魔力。おかげで、ゴセイジャーの玩具を買うのが遅れて苦汁を飲んだ。森田涼花、恐ろしい子。でも、釣られたい。
「なんなんだてめぇは……」
狼男はグルルル…と唸りながら、かなり不機嫌そうな顔で日野を見ていた。
なんだよ、邪魔するなよ。俺はこれから太陽が似合うヒーローの仮面ライダー部門、仮面ライダーBLACKRXについて日野に講演しなければならないのだが。
「うわっ! なんやねん、あの狼!!」
狼男の怖さに、日野は俺を盾にするような形で引っ込んだ。
いや、男としてやぶかさではなく、むしろ嬉しいけど肩掴まないで。そこ折れてる。
チートで治療しようと意識を集中してるんだから、ちょっと離れて。
「せかいをバッドエンドにしようとしている、わるいおおかみさんくる!」
「悪い狼さん…?」
「そんでもって、盛った絶滅危惧種だ」
「絶滅危惧種!? …てか、盛ってるて…」
いや、ここ赤面する所じゃないぞ日野、もといキュアサニー。
時々、野良猫が「ホワ゛ァーーオ……」とか鳴いてるだろうが。あれ発情してるんだぞ。
「悪い狼さんでも絶滅危惧種でも結構……、って俺は盛ってねぇ!! 行け!!アカンベェ!!」
日野のプリキュアとしての覚醒の際に発生した衝撃で気絶していたバレーボール・アカンベェが狼男の声で意識を取り戻し、バレーボール型の身体を起こし、後ろに飛んだ。
ようやく、自分の上司がどんな奴なのか気がついてハローワークに行く決意でもしたのだろうか。
「アッカン……ッ!!」
かと思いきや。
バレーボール・アカンベェは、バレーコートを思いっきり踏みつけ、先日のレンガ…、ハウス…、はて?レンガを元にしたからレンガ・アカンベェにするべきか? それともレンガの家の形をしていたからハウス・アカンベェにするべきか? もうレンガハウス・アカンベェでいいか。
とにかく、レンガハウス・アカンベェ同様。巨体も諸共せずに大砲の玉、ボール状なので文字通り大砲の玉のように空へと飛び、こちらに落ちてきた。
落ちてきた?
「アカァーーーーーーーーーー………!!!」
「「う、うわあぁーーーーーーー!?」」
まずい、星空はハッピーシャワーで体力を使った上に、先程まで握り潰されかけた身。日野はまだ、プリキュアに慣れていない新参者。
このままでは2人が危ない。
そう、このままでは。
頭はクラクラして、腹の中が妙に温かい割りに指先は氷のように冷たい。
だが、ヒーローが目覚めるには打ってつけのシチュエーション。
俺は今まで見てきた、スーパーヒーロータイムを思い出す。
巨大な敵が突進して来た場合、それを受け止めた戦士を。
その力を俺は借りる事にする。
……あれ?思いつかない?
あ、というかそもそも、巨大な敵に踏まれそうになった時ってだいたい転がって避けてるよな。
くっ、まさかスーパーヒーロータイムにはないシチュエーションに出くわすとは。
いや、スーパーヒーロータイムを愛したニチアサキッズとして、こんな状況だからこそ自分で考えて行動しなければならない。
うわっ、もう時間がない。
後、3秒すれば俺も星空も日野もぺしゃんこだ。
最近の奴、最近の奴でいい。
とにかく巨大な力を受け止められる、力持ちのヒーロー。
それは…。
「ベェェェーーーーーー!!」
バレーボール・アカンベェは隕石の如く、俺達の元へと落下した。
■
巨体の自然落下による衝撃が俺と星空と日野を襲う。
その衝撃で、一瞬にして辺りは粉塵に包まれた。
「………あれ? っ銀次くん!?」
「………へっ? うちまだ生きてる? ……って岸崎くん、何やのそれ!!」
激しい重みが俺の身体を更に痛める。
が、まだ生きている証拠だ。
間に合った。
俺の頭、両腕、足。
それぞれが白、銀、黒の光に包まれ、そこから得た力でバレーボール・アカンベェの鼻先を、両腕で掴み持ち上げていた。
最近の放送されたもので最も力があると思えるヒーロー。
仮面ライダーオーズ・サゴーゾコンボの力。
サイ・ゴリラ・ゾウのコアメダルで変身する仮面ライダーオーズの形態の一つ。
サイヘッドは強力な頭突き攻撃を得意とし、ゴリラアームは桁外れの筋力を持って尚且つ、巨大な篭手を発射させる事ができ、ゾウレッグは地上・地下にいる敵を察知できるソナーとなる。
そして、何より秀でているのが、ドラミングによる重力操作。
本来ならはドラミングして重力を操りたい所なのだが、そんな余裕はない。
というか……、まだ力が中途半端なようで……。
「…………日野……」
「なっなんや!?」
「すまん、代わってくれ」
力がすぐに霧散した。
身体に纏った光が消えたかと思うと、停止していたバレーボール・アカンベェの身体が重力に従い、再び俺達を潰そうと迫ってきた。
「うわああっ!! ……っくくく」
日野はすかさず立ち上がり、真っ赤な鼻先を支えてバレーボール・アカンベェが地面にキスすることを邪魔される。おお、無理だと分かってつい交代してもらったが、持ち上げられるじゃないか。
「も……持ち上げてしもうたぁ~……、うちにこんな力あったんか……?」
「すごい……、キュアサニーの力だよ!!サニー!!」
バレーボール・アカンベェは「アカンベェ!?アカンベェ!?」と喚きながら手足をバタバタさせ、この不気味な状態を拭い去るために抵抗する。
「何が……、アカンベェやぁぁーーーーー!!」
日野ことキュアサニーは鼻先をしっかりと掴み、バレーボール・アカンベェを振り回し始めた。
……日野、というかキュアサニーってサゴーゾコンボより強いの? まあ、「技の一号、力の二号」という言葉もあるのだけど、すごいなプリキュア。仮面ライダーとコラボしても引けを取らないかも知れない。いや、コラボってどうするんだ。実写なのかアニメなのか、それとも実写パートとアニメパート?うわあ、混沌だ。でも白倉プロデューサーと米村正二さんが手を組めば出来ない映画ではない。逆に怖い。なにそれこわい。
日野がバレーボール・アカンベェに与えた遠心力がMAXとなり、日野はそのままバレーコート脇の階段へと投げ捨てた。一瞬、3D映画でも観てるんじゃないかと思える程にダイナミックに。
「なんだとぉ!?」
「サニーすぉごい!!」
驚愕する狼男を他所に、星空は日野のスーパーパワーに感動していた。
それは力を持つ張本人も同じ事。
「プリキュアの力って……、凄いな」
「サニーファイヤーで、じょうかするくるぅ!!」
「なんやそれ?」
存在がいちいち薄い非実在動物は笑顔で新たなプリキュアを見つけた嬉しさを表そうとパタパタ跳ねていた。
確かに、いきなり必殺技の名前を先に言われても分からないだろう。相変わらず気が利かないな非実在動物め、さっき日野の元へ解説役として派遣しただろうが。またか、もう何度めだ、職務怠慢。例え名のある書道家が書いた素晴らしい文字でも、「職務怠慢」と書かれていたら奇声を上げながら八つ裂きにしてしまうくらいに飽き飽きだ。
「腰にあるスマイルパクトに気合とか根性とか熱血とか、そういう気持ちを込め続けろ。例え疲れても気にするな。それがお前の必殺技の力になる」
さっきまで八つ裂き対象だったとは言え、もうすでに日野とは友達認定をした仲だ。
俺はデリカシーを存分に使用して日野に解説する。ぶっちゃけ、非実在動物と大差がない気がする。
「よう分からんけど……、やったるでぇ!!」
日野は右足を地面に打ちつけ、拳を強く握り、スマイルパクトに気合を込めていく。
ここまで来れば、後は彼女達がやってくれるだろう。
「あとはまかせたぞ」
「銀次くん!? どこ行くの!?」
軋む骨と悲鳴を上げる肉を無視して、俺は背を向けたまま応える。
止めるな星空、俺にはやらねばならない事がある。
「“八輪鉤爪”の弔いだ」
■
先程覚醒した、ヒーロー力を借りる感覚を思い出す。
スーパーヒーローの姿を強く思い描き、自分の身体と一体化させるイメージ。
治癒でほんの少しずつ身体の痛みは引いているが、俺の身体はほとんど気力で持っているようなモノだ。
あいつの元へ走っていくのは無理だろう。
ならば、別の方法で走ればいい。
足を動かさず、構えた状態で。
イメージは、二の腕と脹脛に装着するイメージ。
タイヤの輪、高速回転。
それが前へ進む力となる。
蜃気楼のように思える薄い光が、二の腕の脹脛を包んでタイヤのような影に変化した。
これが、炎神戦隊ゴーオンジャーの高速移動の力。
「何ィ!?」
足の裏が炎で炙られるような感覚がしたと思うと、俺は足を地面に密着させた状態で風を切り、バレーコートを駆けていた。
狼男の驚愕する顔が俺の近くに迫る。
消えそうな意識を感情で保つ。
その醜い狼の顔に、怒りの鉄拳を。鉄の拳を。あいつの顔に。
俺は足を摩擦熱で焼きながら、拳と拳を擦った。
イメージは、硬い鉄が擦りあい火花を散らす感覚。
電子戦隊デンジマンの、デンジパンチだ。
「うおりゃあ!!」
精一杯固めた拳に銀色の光が纏う。
その鉄の拳は狼男の腹に直撃。五臓六腑がぐりゅんと動く感覚。
クリーンヒットした。
狼男の身体が、俺のデンジパンチで宙に浮く。
「ぐはぁっ!!」
が、まだ終わらない。
拳が腹に触れたままで、更にダメージを。
それが出来るヒーローはつい最近出会ったばかりだ。
右の拳を狼男の腹に収めたまま、俺は更に力を込める。
今度のイメージはとびっきりの質量を持った星。
コズミックエナジーを内側に秘めた、太陽系第五惑星。
仮面ライダーメテオがメテオギャラクシーを用いて使用する技、ジュピターハンマー。
「ハッ!!」
「ごはっ…!!」
薄い茶色の丸い光が、俺の右の拳で炸裂する。
その力で、狼男は激しく吹き飛ばされた。
狼男は顔を苦痛で歪ませながらも、空中で後転して地面へ綺麗に着地。
両手を地面に着きつつ、怒りで痙攣し歪んだ顔を上げる狼男。
「いい気になるなよ…、小僧!!!」
狼男は腕の力と足の力で地面を強く押し、一拍子で俺に迫る。
鋭い爪が、俺の顔に喰らいつこうと迫る。
だが、罠だ。
先程回収した、“八輪鉤爪”の残骸。
一子、二海、三恵、四市、五輝、六火、七里、八音。
それぞれの部品を右ポケットから乱暴に掴み取り、狼男に向かって投げた。
「小賢しいッ!!」
こちらに向かって飛んで来る狼男は、両手の鋭い爪を使い、一撫でしただけで残骸を全てなぎ払う。
それでいて、バランスを崩さず、真っ直ぐに俺の元へと飛んできた。
が、運はこちらの味方。
罠の時間だ。
「プリキュア!! サニーファイヤァーーーー!!」
右側の方から、強くも赤い光が炸裂。
日野が必殺技をバレーボール・アカンベェに放ったのだ。
その光で、狼男は一瞬目を潜めた。
これが、“八輪鉤爪”との最後の罠。
潜ませていた“八輪鉤爪”の刃を乱暴に、左ポケットの中で指と指の間に挟んだ、瞬時に構える。
包帯お姉さんが学園戦争で使用したものを俺が受け継ぎ、最初の勝利の決め手となった、最初の必殺技を狼男に贈る。
ただ、敵を待ち、突く。
居合いの要領を用いた必殺。
これで決まりだ。
「“八輪鉤爪・穿華一閃”!!!」
俺の顔の右側に、鋭く熱いものが横切った。
左から繰り出した俺の“八輪鉤爪”が狼男の胸を刺し。
狼男が左から出した鋭い爪が、俺の顔の肉を裂く。
狼男はダメージで姿勢を崩して俺の身体にぶつかり、俺もそのままバランスを崩して転がった。
俺と狼男は、両腕で地面を押して飛び、両足で着地して睨み合う。
お互い満身創痍なのは言うまでもない。
「ごはっ……、人間の分際で……、俺に傷を負わせやがったな……」
「げふっ……、狼の分際で……、俺の顔を裂きやがったな……」
お互い、口から血を流して宿敵を睨み合う。
決して許してはならない宿敵を。
「……俺はウルフルン、悪の皇帝ピエーロ様の三幹部が一人」
「……俺は岸崎銀次、スーパーヒーロータイムを愛するニチアサキッズの一人」
「てめぇは…」
「俺が…」
「「絶対ぇ、倒す!!!」」
シュっと音がしたかと思うと狼男が消えた。
それを合図にしたかのように空が晴れ、世界がオレンジ色に染まった。
俺の意識は、そこで途絶えてしまう。
■
目が覚めると、知らない天井。
そういえば、この台詞は学園戦争の後にみんな使ってたな。
あれ? ていうかマジでここどこ? 何してたんだっけ? ていうか俺誰だっけ?
「! 銀次くん!! 目が覚めた!?」
「しっかりせぇ!! 傷は浅いで!!」
「ぎんじ! しんじゃダメくる!」
ああ、思い出した。俺の名前はルカ・ミルフィ。元泥棒の宇宙海賊よ。って馬鹿。もはや性別まで違うじゃないか。入れ替わったとかそういう問題ではない。いつぞやの回でルカと中身が入れ替わったゴーカイグリーンことハカセが羨ましい。
知らない天井を遮るように、星空と日野の顔が現れた。日野の頭には非実在動物。
わーい、星空の顔がめっちゃ近いぞ。おまけに日野も。くんかくんか。
……いや、さっきも近かったな。バレーボール・アカンベェに掴まった時。
あ、星空のお尻の感触思いだした。そのまま一息にナイフを喉に突き立ててくれないだろうか。
「あー…、ここは保健室か?」
俺は痛覚がクレームを上げるのを無視して体を起こした。
「はぁ~、よかったぁ~。……せやで、ここは保健室や。空が晴れたと思ったら岸崎くん、身体が血塗れやん? うちもみゆきもビックリしたで! せやから、ここまで運んだんや。保健の先生留守で助かったわー……。狼男と戦ってましたー、言うても信じてもらえへんやろうし。まあでも、思ったより傷が浅くてよかったわ!」
気がつけば、身体中包帯だらけで、ベッドの横には散らばった医療器具があった。
スーパーヒーローの自覚に目覚めた日野の配慮か、デリカシーを使役する立場の俺がデリカシーを使用されるのは面目ないが、正直助かるな。傷が浅いというのは、チート身体能力が一段階アップした賜物だろう。このまま病院に運ばれたら怪我の治りが早すぎて、医者が赤いトマトでも見たかのように顔が青くなる。医者が辞表を出す。病院が逃げた。
「……そうか、俺達勝ったのか。凄いなキュアサニー。もとい、日野」
「いひひー、せやろせやろ? いやー、うちの活躍見せたかったわー! ほら! キュアデコルっちゅー奴もちゃんとゲットしたで? うちはやるでぇプリキュア!! 世界の一つや二つ守ったる!!」
日野は気合をフンフンと出しながら、体操着のポケットから薔薇型のキュアデコルを取り出して俺に見せた。
どうやら、日野がキュアサニーに変身したのは夢ではないらしい。
おっと、俺は別に心の中で「チッ」と舌打ちなんかしてないぜ。別に八つ裂きにできない事を悔やんでなんかいないぜ。もう日野と俺は友達になったのだから、さっさとフォーゼ式の握手を交わしたいくらいだ。本当だよ。本当だからね?本当なのか?本当だといいなあ。本当だと願ってる。
「あの……銀次くん、これ」
その言葉を切欠に、星空と日野はアイコタクトを交わして頷く。
2人はダンボールを俺の膝の上に置いた。
慣れ親しんだ重さのするダンボール箱。
「銀次くんの大事なものだから……、保健室に運んだ後に、あかねちゃんと集めたの」
封を開けるとダンボールの中には、“八輪鉤爪”の残骸があり、よく見ると星空と日野の手には所々絆創膏が貼られていた。きっと夕暮れの中で、白魚のような指を傷付けながらも俺のことを思って集めてくれたんだろう。星空と日野の優しさで俺の涙腺がヤバイ。
「ごめんね……、私が不甲斐ないばっかりに……」
あ、俺の涙腺の前に星空の涙腺がヤバイ。
一滴でも零れたら俺は死ぬ。今度こそ死ぬ。というか死ね。今度こそ死ね。
「いいんだ星空、俺の相棒は役目を果たした。意外とスッキリした気分になってる」
「へ?」
…ん?
言っておいてなんだが、そんな言葉が出たのに自分で驚いた。口からデリカシーを贅沢に使用したものを出そうとしたら、誤って本心が出てきてしまった。何?デリカシーの奴ってばハイパーインフレにキレてストライキ起こしてるの? 俺から生まれた癖に生意気な。いや、というかこれ本心なの?マジで?
俺はデリカシーに構わず、言葉を続ける。
「俺の相棒は…、“八輪鉤爪”は色々と曰く付きでな。かなりの無念が篭った学園武装なんだ。それを俺が受け継いで、今まで戦ってきた。かなり扱いにくくて、ここに来る前に俺はようやくコイツの全てを扱えるようになったくらいだ。だから、ずっと埃を被っていた。でも、そんな“八輪鉤爪”が、全てを振り払って戦えたんだ。学園武装冥利に尽きるぜって顔してる。俺には分かる。こいつは戦士として戦って、戦士として死んだ。立派で一人前の学園武装だ。気にするな。もう“くやしい”って感情は、“八輪鉤爪”にはない。星空、日野、こいつの亡骸を集めてくれてありがとう」
悲しい顔をしていた2人は顔を緩めて、笑顔になった。
そうさ、“八輪鉤爪”は役目を終えた。ワルキューレが重役待遇で迎え入れ、ヴゥルハラで歓迎パレードを開く勢いだ。そしてサプライズとして“八輪鉤爪”を製造した社長が登場して感動の再開を果たす事だろう。間違いない。
……はて?そういえば、さっきから変な違和感が?
なんだっけ? 俺の名前なんだっけ? 確かスーパー戦隊をこよなく愛する地球人で、交通事故で死亡したが3人のスーパー戦隊の大いなる力を受け取って蘇り、6人目のゴーカイジャーになった気がする。
いや、そうじゃなくて。
「……2人とも、いつの間に名前で呼び合う仲に?」
そうだそうだ、さっきから日野は我らが聖女様である星空を下の名前で呼んでるじゃないか。もしかしてガチ百合ったのか。
おい起きろ“八輪鉤爪”。まだだ、まだ終わってなどいない。聖女様を慣れ慣れしく呼んで、いちゃいちゃちゅっちゅっする不届き者を八つ裂きにせねば。え?もう無理? 馬鹿かお前。お前は機械仕掛けだろうが。直せば動くだろうが。学園武装の癖に偉そうにしやがって。気合でどうにかしろ気合で。「おっ、キリストじゃ~んwww 磔にされてどしたのwww?罰ゲームwww?」とか慣れ慣れしく喋ったら、キリスト教の方々がキレるだろう? 「ブッタの奴、また寝た振りかよwww お前マジKYだからwww」とか慣れ慣れしく喋ったら仏教の方々がキレるだろう? つまりはそういう事だ。八つ裂きだ。
そんな俺を他所に、星空はニコニコとした顔でウルトラハッピーを振りまいて。
日野は恥ずかしそうに頬をポリポリと指で掻いた。
「う…うちとみゆきはもう友達やし…な…。それと……、岸崎くんも、うちの友達やろ?」
あ、そうだった。
星空のお尻を鷲掴みながら、俺は一方的に決めたのだった。
いや一方的だったが、日野は受け入れてくれたようだ。
「…ああ、そうだな。友達だ。俺と日野は友達だ。「男女間に友情はない」と言う輩もいるが、俺が思うにそれは人それぞれだ。俺は男女間の友情が芽生える男だ。日野も君付けせずに好きに呼べばいいさ。ハイパーインフレを起こしてストライキし、国家転覆を狙う反政府組織が立ち上がりつつあるデリカシーだが、俺はそんなデリカシーでも思いやる男だ。なので、俺は相変わらず「日野」と呼ばせてもらう。よろしくな、日野」
俺は右手を差し出す。
それを日野が掴み、フォーゼ式握手。
「へへっ、こちらこそよろしくな、ギンジ!」
え、いきなり呼び捨てかよ。
中学生ってズカズカ来るんだな、いいけど。
ていうか、自分で言っておいて赤面するなよ日野。
こっちが恥ずかしいだろうが。
■
その後、俺はジャージに着替えて帰路に着いた。
もちろん、星空と日野も一緒に。
他愛もない話をしている途中、俺は日野が特訓していた河原に寄り道し、“八輪鉤爪”の一部を埋めて墓を作った。故郷の世界に埋められないのが心残りだが、俺がいるので安心して欲しい。
手を合わせて合掌すると、星空も日野も一緒に手を合わせてくれた。
2人共、マジ優しい。いい子だ。
俺は再び泣いた。咽び泣いた。星空がギュっとしてくれた。鼻血が出た。台無しだった。あああああああもおおおおおおお。
もう一生涙腺が機能しないんじゃないか、というくらいに泣いた後、“八輪鉤爪”の墓を一撫でして立ち上がる。
俺は感謝を込めて、満天の星が浮かぶ空を見上げた。
よくやった“八輪鉤爪”。
ありがとう“八輪鉤爪”。
お疲れ様“八輪鉤爪”。
そしてあばよ、“八輪鉤爪”。
俺は前に進む。
““八輪鉤爪”との夫婦漫才”
“八輪鉤爪”を扱う過程で包帯お姉さんから出題された課題。
「相思相愛であれィ。さすれば擬人化、あちしウハウハ」というスローガンの元、三日三晩“八輪鉤爪”と対話して完成した漫才。俺の持ちネタ。
包帯お姉さんに披露したら「恥ずかしがってギコちない感じがGOODだィ!!」と褒められた。服を破かれた。お姉さんも服を脱いだ。泣きながらダッシュで逃げた。一ヶ月駄菓子屋に行かなかった。
“おパンツ様”
女性として身に着ける事が必須の聖なる城壁。
見る事すら罪となるそれは、多くの男性達を翻弄してきた。
だが男達は諦めずに、果敢にタフにチャレンジしてその聖域を一目見ようと努力する。
スカートと戦う者は気をつけるがいい。桃色のおパンツ様を覗き込む時、おパンツ様もまたおまえを覗き込む。そんで警察に通報する。
“お尻”
女性として身に着けている事が必然の聖なる桃源郷。
見る事すら罪となるそれは、多くの男性達を翻弄してきた。
だが男達は諦めずに、果敢にタフにチャレンジしてその聖域を一目見ようと努力する。
おパンツ様と戦う者は気をつけるがいい。桃色のお尻に触る時、お尻もまたおまえに触れている。そんで警察に通報する。
“包帯お姉さん”
いつも駄菓子屋の店番をしている女性。
俺に“八輪鉤爪”を譲ってくれた大恩人。
俺のために色々な事を教えてくれたのはありがたいが、痴女な部分をどうにかして欲しい。
隙あらば俺の貞操を狙っていたが、高校に上がる頃になってぱったりと止まった。「うーん、顔立ちが攻めっぽくなったのよィ」 全くもって意味不明である。
“八輪鉤爪”を全て扱えるようになった頃、かつての幼馴染とめでたく結婚。
挨拶に行ったら婿さんがゲッソリして包帯お姉さんがツヤツヤしていた。目を逸らした。
“日野あかね”
プリキュアの世界に転生して出来た二人目の友人。
一年前、大阪から引っ越してきた関西弁を巧みに扱う熱血バレー少女。少女ファイト。
実家がお好み焼き屋をしているので、晩御飯が面倒な時はお邪魔する事を約束した。
ぶっちゃけ、もんじゃ派なのだがお好み焼きも悪くない。
■
と、いう訳でスマイルプリキュアの第二話に当たる話はこれでおしまい。
日野あかねの話とか言いつつ、八輪鉤爪回になってしまいました。どうしてこうなった。
更に縮める事を目標にしてたはずが長くなりました。どうしてこうなった。
次回は主人公の完全覚醒と僕らのキュアピースこと黄瀬やよいちゃん回。どうしてこんなにかわいいのか。
さて、感想欄でも聞かれる主人公の能力ですが、だいたい決まりました。
どんなものかは次回をお楽しみに。また文章が長くなるな。
ちなみにパロディネタの在庫が切れつつあるのは君と僕の秘密。
それとバイトの面接に落ち続けた事にヘコんで、書くのが遅れたのも君と僕の秘密。
※追記※
後半の一部に表現を足しました。
※更に追記※
名前の呼び方に一部間違いがありました。
布団でバタバタして休日を潰します。
+注意+
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