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一部の表現があれだったので、今回からR-15です。
7 排球、それはバレーボール
「…え、えー、昨日の夜、商店街の本屋に強盗が入ったそうです。み…みなさん、夜は物騒ですので、出歩かないようにしましょう…ね?」


 転生二日目の朝。女教師によるSHRの第一声がそれだった。


 なんだ、ここら辺も物騒だな。本屋に強盗が入るなんて。星空は夜を出歩く悪い子ではないが、平和を愛する正義の心をブラウン管越しに受け取った、スーパーヒーロータイムを愛するニチアサキッズとして放ってはおけない。というか、あの商店街にもう一軒本屋があったのか。そこも今日、当たってみるとしよう。妹の行く末が描かれた漫画があるかも知れない。昨日の夜に、正義の裁き、もとい正義の八つ裂きを下した本屋の店主は知らなかったし、一体どこにあるのやら。というか、妹の行く末が描かれた漫画のジャンルはなんなのだろうか。まあ、少年漫画だろうが少女漫画だろうが青年漫画だろうがチェックするが。ただ、成人向けだった場合はどうすればいいんだろうか。どう、相手を八つ裂きにすればいいのだろうか。とりあえず、作者と担当編集と出版社と読者は八つ裂きにして全品回収のお触れを出すが、妹がギシギシアンアンしてる所をデフォルメタッチ越しで見るとか、兄として耐えられない。ちゃんとゴムを付けろ。NO MORE AIDS。……うわあ、妹の裸浮かべてたら、星空以外なら誰でもいいから八つ裂きにしたくなってきた……。気の利かない老害め。余計な事を考えたじゃないか……。陵辱とかNTRとかってこんな感じなのだろうか……、いやそれ以前に妹がいちゃいちゃちゅっちゅとか…、オエッ。


「ち…、ちなみに強盗犯は…」


 もー、“八輪鉤爪やりんかぎづめ”ってば今日も美人だね。
 一子かずこ二海ふたみ三恵みつえ四市よいち五輝いつき六火むつひ七里ななり八音やつみ
 みーんな大好き、ちゅっちゅ。うふふ、鉄の味。


「え……えと、はい。今日のSHRはこれで終わりにします……」


 はて? どうしたのみんなこっち向いて。
 特に女番長とか凄い形相じゃないか。
 先生の話はちゃんと聞けよ。



 
 ■




「銀次くんっ!! 私決めたっ!!」


 体育の授業が終わり、教室に戻ってきた所で星空は、その第一声を俺に放った。

 ……なんで、星空の顔がボール型に真っ赤なんだ? ああ、さっきの体育、女子はバレーだったもんな。恐らく、バレーボールを顔面でトスしてしまったんだろう。ドジッ娘属性がデフォルト装備な星空ならありえる。だからと言って、星空の属性に甘える奴は八つ裂きだな、例え女子でも。星空がライジングアルティメットウルトラハッピーを無償で提供する源にボールを叩き付けた大悪党なら容赦しない。昨日の朝に非実在動物がしでかしたものと同じ罪を重ねるとは。改めて言おう、顔面セーフではない、アウトだ。苦しくたって、悲しくったって、コートの中では兵器なの、“八輪鉤爪やりんかぎづめ”。ちなみに男子はバスケだったが、誰も俺にボールを回さなかった。涙が出ちゃう、男の子でも。だが、それは後回しにして、今は星空が何を決めたのか聞くとしよう。


「何をだ?」


「プリキュアだよ!!」


 え、プリキュアって星空が選ぶもんなのか。
 だいたい追加キャラって、自然にホイホイと現れるものかと思っていたが……。なるほど、プリキュアってそんな感じに増えていくのか。いや、待てよ。先日、最高の最終回を迎えた海賊戦隊ゴーカイジャーも最初の5人はキャプテン・マーベラスの気分次第で決まってたな。ホイホイ現れたのは、ゴーカイシルバーである伊狩鎧だけだ。羨ましいなぁ、あの方のシチュエーション。スーパー戦隊の世界に生まれて、スーパー戦隊になって、更にはスーパー戦隊の先輩方と出会って知り合いになるんだもんなぁ…。どんな高度なニチアサキッズであっても、あのシチュエーションには巡りあえない。彼はニチアサキッズの憧れの星だよ。ザンギャックの星の陥落、頑張ってください。異世界から応援しています。スーパーヒーロー大戦でも活躍も待ってます。あ、この世界じゃ上映できないんだった。死にたい。

 星空はビシッと一指し指を立てて、説明を続ける。ウィンク付き。


「運動神経抜群の日野さんに、優しい黄瀬さん!! あの二人ならきっとプリキュアになってくれるよ!!」


 え、あの関西弁をか。確か実家がお好み焼き屋だから、きっとお好み焼きに関連した必殺技を使うぞ。いくらなんでも、冒険スピリッツありすぎだろ東映さん。一体何がプレシャスなんだ。いや、でも動けばかっこいいって法則があるしなぁ…。侍戦隊シンケンジャーの追加戦士、シンケンゴールドの刀も魚型で、最初見た時は東映さんに殴りこみを掛けようとしたけど、あの逆手持ちの居合いを見た後には東映本社がある方に向かって一時間土下座したからなぁ…。いやはや、あの時の俺は若かった。岡元次郎さんマジぱないっす。でも、あの腹は頼むからやめてください。一人のニチアサキッズとして、次郎さん体型を拝めたのは至極恐悦になったのたけども、あのお腹だけはいただけないんです。あ、梅盛源太の寿司食べたいな。今日は寿司でも食べよう。梅盛源太の握る寿司には劣るだろうが。


「…えーと、日野は分かるが、黄瀬って誰だっけ?」


「ほら! 自己紹介の時に「気にしないでね」って言ってくれたあの子だよ!」


 ああ、あのリスみたいにかわいい、星空の次に出来た中学生の事か。
 あの金髪で白いカチューシャを着けた、プリキュアになれば黄色のポジションに就く事間違いなしの、あの、黄色の、














「………アヘ子?」


「へっ? 黄瀬さんの名前は“やよい”だよ?」


「あ、やよいって言うのか、そうかそうか」



 アヘ子いたあああああああああああああああああああ。
 やっぱりこの世界って「スマイルプリキュア」じゃねぇかああああああああ。

 まず最初に変身したプリキュア・キュアハッピーこと星空は、「笑顔スマイル」が象徴的なかわいい女子中学生だ。最初に変身したので、星空を核としたプリキュアとなるなら、タイトルが「スマイルプリキュア」になってもおかしくない。つまり、黄色→アヘ子、という方程式が通るじゃないか。おおう、プリキュア見てなかったからどのプリキュアかも分からないし、酷い場合は誰も見た事のないプリキュアシリーズの世界かと不安だったが、やっと晴れた。雲の間から出てきたのはアヘ子だった。アヘ子おおおおおおお!?。ちょ、マジでか、ネットでアヘ子のコラ画像見て、「はっ、スーパーヒーロータイムを前座扱いした報いだ」とか鼻で笑っちゃってたよ俺。ごめんアヘ子。もとい、黄瀬。俺が異次元の魔の手から護るから許して。お盆と年末にある、欲望渦巻きすぎてセルメダル稼ぎ放題なイベントも阻止するから。あれ?これだと、星空も魔の手に?マジで? そんな不埒な同人誌を作った奴は俺が八つ裂きにする。そして、俺が回収する。責任持って処理する。ごめん、また星空の姿で妄想した。殺して。


「とりあえず!! お昼ご飯の約束したから、銀次くんも来てね!! 絶対だよ!!」


「お、おう」


 そこにタイミングよくチャイムが鳴ったので、俺達は席に着いた。
 ア…、アヘ子かぁ…。



 
 ■




 昼休み。
 俺と星空、関西弁とアヘ子、それに追加して女番長は、中庭の屋根付きベンチで昼食をしていた。


 ここまでの状況になるのには、少々経緯を説明せねばなるまい。
 

 まず、俺は購買でパンを買うので少々遅れて中庭に来たのだが、アヘ子と関西弁が声を揃えて「用事を思い出した!」と言うのだ。せっかくの星空とのふわふわ時間タイムを蔑ろにするとは何事か。なので、俺の小粋なトークスキルを使って引きとめようと、“八輪鉤爪やりんかぎづめ”との夫婦漫才を披露しようとしたらアヘ子が泣きだした。おいおい、まだ何も語ってないぞ俺。落語の常連客は落語家の前話だけで、今日何を披露するのか察するとどこかのドラマで見た事があるけれど、ちょっとアヘ子の察し具合が半端ないぞ。ていうか、爆笑間違いなしの漫才をしようと思ってたのに何で泣くんだよ。折角、一番のネタを披露しようと思ったのに。物凄くじれっタイガー。更に、そこに女番長が現れて「ちょっとあんた、何してるのよ!!やよいちゃん怖がってるじゃない!!」と問い詰めてきた。何って漫才だよ。俺と“八輪鉤爪やりんかぎづめ”が織り成す愛の夫婦漫才だよ。どこに恐怖振りまく要素があるんだよ。デリカシーに満ち満ちているじゃないか。友達が少なさそうな声しやがって。で、「女番長、俺の一体どこに恐怖を感じさせる要素があるんだ?」と聞いてみると「女番長って呼ぶな!! ていうか、全部よ全部!!」と全否定された。さすがにちょっと怒った。まさかそんな、俺の全てが恐怖だと? テラーメモリ使った覚えねぇよ、あっても使わねぇよ。スーパーヒーロータイムを愛するニチアサキッズとしてありえない。まあ、ドーパントのガイアメモリの玩具は買ったけども。そこで、我らが絶対聖女である星空に、この愚かでどうしようもない女番長の言う意味を尋ねると、「えと……、そのハサミかな?」とお茶を濁すような返答をした。あれ、星空の様子がおかしいよ?どうしたの? 俺が頭に「?」を浮かべていると関西弁が「岸崎くん…、言おう言おうと思ってだけど…、そのハサミでクラスのみんな怯えとるで?」とぬかしおる。そんなまさか、こんなに愛くるしい学園武装が、怖いだと? 関西弁は一度大阪に戻って、笑いを研究し直した方がいいのではないか。事実だったら、全然笑えないのだが。俺は関西弁の間違いを正すため、星空に「愚問だが、星空も“八輪鉤爪やりんかぎづめ”が怖いのか? いやいや“八輪鉤爪やりんかぎづめ”はこんなに愛らしい姿をしているのだ、そんなわけないよな」と尋ねた。星空は「じ……実は……」と目を逸らして答えた。アヘ子に同じ質問を投げかけると「こ……こわいよぅ……」と答えた、というかまた泣いた。女番長も同じく「そんな物騒な物を可愛いって言うのは世界であんただけよ…」と呆れ顔で答える。まさかそんなバナナ。クラスにいる中学生達はてっきりシャイなあん畜生共だと思っていて、いずれは“八輪鉤爪やりんかぎづめ”の素晴らしき正当性に気が付いてあっちからホイホイと近付いてくると思っていたが、まさか。“八輪鉤爪やりんかぎづめ”の存在によって溝が出来ていたとは。が、俺は諦めず、叫ぶのはあまり好きではないのだが、声を高らかにして「この“八輪鉤爪やりんかぎづめ”が恐ろしく見える者は手を挙げろ!! 例え、どちらを選ぼうと八つ裂きは俺の慈悲で勘弁してやる!!」という質問を四方八方に投げかけると、俺の見える範囲にいる中学生達全員が気まずそうな顔で手を挙げていた。先生達はさすまたを持って駆けつけてきた。さすまたを八つ裂きにした。教師は逃げ出した。そして、よそよそしくなった星空とか衝撃の事実に耐え切れなくなって、俺は泣いた。これでもかってくらい泣いた。星空に謝った。土下座した。ごめんよ星空、まさか俺と“八輪鉤爪やりんかぎづめ”がウルトラハッピーを振りまく笑顔を崩していたなんて。学園武装を持つ男子中学生が泣きながら、女子中学生に土下座。我ながら何この状況。


 と、いうわけで今に至る。命の源ヤキソバパンがしょっぱい。
 アスファルトに咲く花が枯れるくらい、俺のSAN値はボドボドだ。


「一緒に、プリキュアやってほしいの!!」


「プリ…」「キュア…?」「って何?」


 関西弁、アヘ子、女番長の順である、何気に女番長も誘う星空、ぬかりない。


「世界を守る正義の味方だよ! ねえやろうよやろうよお願いぃー!」


「わわっ! なんやねんプリキュアって!?」


 星空は関西弁に抱きつき、頬をスリスリとして懇願する。

 ちなみに俺はヘコむのに忙しいので無言でぐったり。
 どうにもこうにも立ち直れないからウルトラマンが欲しい頃合だ。
 ヘコみ過ぎて、茂みが1人で歩いている幻覚が見える。
 しかも、その中から非実在動物が飛び出してくるとか、俺もいよいよって感じだ。



「って、何してやがる非実在動物」


「ぐるっ!?」


 ぐったりとベンチに身を預けていた俺は右足で、飛んできた非実在動物を止めた。
 またお前か、何を当然のように星空の顔面に突っ込もうとしてるんだ。俺の知る限り、次に星空の顔面に何か当たるのは三回目になる所だったぞ。安心戦隊ALSOK、4人目の戦士ことALSOKゴールドである俺を舐めるな。安心の星空セキュリティ。八つ裂きにしてやんよ、だからちょっと覚悟してろ。


「? なんや? その羊のぬいぐるみ、どっこから来たん?」


「ひつじぃ!? ひつじじゃもががっ!?」


「なんや今の!?」


 関西弁はスルーして、非実在動物がやかましいので、舌をコリコリ。
 いい加減、本当に引っこ抜いてやろうか。


「あ! キャンディ!」


「きゃんでぃ? それって星空さんの?」


「わあ、かわいい子豚さん…」


 え? ツッコミ入れたの関西弁だけ? 喋った事にツッコミを入れないの?
 プリキュアの世界の女子中学生って肝が座ってるなあ。

 非実在動物は俺の指を吐き出し、俺に向かってヒソヒソ喋り出す。


「プ……プリキュアのことはひみつくる……、それにだれでもプリキュアになれるわけじゃないくる……」


 あ、俺とした事がいっけねぇ。
 最近のヒーロー達は「正体は秘密」ってセオリーを破りつつあるから、俺もそっちにシフトしてた。やっぱりヒーローってのは正体秘密ってのがいいよね。ウルトラマンメビウスの中盤で正体がバレるって展開も涎ものだったけど。というか、『誰にでもなれる訳じゃない』って奴でキュアナイトの件をキャンセル出来ないか?自分で大風呂敷広げておいてなんだが。

 とりあえず、ここはフォローをする。
 非実在動物にまでデリカシーを使用するとは、俺も落ちたものだ。


「というわけで、俺の異常性アブノーマル福話術ラッキートーク』の成した非実在動物わざだったのさ。別にこの非実在動物が絵本の国の妖精だとか、プリキュアの事は秘密だとか、プリキュアは誰にでもなれるわけじゃないとか、そんなんじゃないから」


「アブ…? ってそうなの!? あ、いや、そ…そうそう!! いやー、岸崎くんって色々出来て凄いよね! みんな!」


 よっしゃああああああああああああああああああ。
 よく分かんない内に星空に褒められたああああああああああああ。
 俺の元気はスカウターがあれば核爆発する程に上がったああああああああああああ。


「まあよく分からんけど…、キリプアっちゅー奴、うちパスするわ。今はバレー部の事で頭一杯やねん。絶対、エースアタッカーになりたいからな!!」


「私もサッカー部とか弟達の事もあるし……、演劇はちょっとね」


「わ……私も人前に出るのはちょっと……」


 いつの間にか演劇だと思われている? 女子中学生の補完能力ってすげぇ。
 でも、補完が行き過ぎて過度な妄想になったりして、「ちょっとー、あんたA君に手ぇ出したでしょー」とかいう感じなイジメに発展すると想像したらちょっとショボンとなるな。そういう感じな事を星空にしたら、星空のいない所で男子だろうが女子だろうが八つ裂きだ。当然だよね。


「うううううん!!いいよいいよ!! 日野さん、エースアタッカーって凄いねぇ!」


「お? うちの活躍でも見に来るか?」


「いいの!? 行く行く!!」


「ちょっとあかね、抜け駆けは許さないわよ。私だってサッカー部のレギュラーなんだから!」


「え!? 緑川さんも!!」


「なおちゃんは、一年生の頃からレギュラーなんだよ」


「うわーっ!! 試合の時は呼んでね! お弁当作って応援に行くよー!」


 きゃっきゃ、うふふ。
 これが百合って奴なのか。……百合くらいの想像はいいよ…ね?
 
 というか、なんというか。
 仲良しな女子中学生たちの中に、片手にぬいぐるみを持った男子中学生。


「……ぎんじ、ばちがいくる」


「難しい言葉を知ってるな、非実在動物。そんなに宇宙に行きたいか。フルスイング、オン」


「くるぅーーーーーーーーッ!?」




 ■




 全ての授業が終わり放課後。
 俺は星空に「日野さんの応援に行こう!」と誘われ、再び涙した。
 よかった、星空は俺を見捨ててなかった。

 星空に情けなく慰められつつ、今日の体育で星空が不名誉な顔面トスを食らった、屋外のバレーコートへとやってきた。そういえば犯人、犯人はどこだ。

 バレーコートの脇、座席にも階段にもなる場所に腰掛けて応援する星空。それと俺。


「日野さん、ファイトぉー!!」


 ああもう、星空かわいいな。
 星空に応援されたら、海の上を走って南極に行ける気がする。

 バレーコートでは、女子バレー部であろう女子中学生が試合形式でバレーボールを打ち合っている。
 無論、エースアタッカーにうちはなる!な関西弁も。






「……あれ?」


 が、その肝心な関西弁が負けていた。
 上級生のアタックに間に合わなかったり、プロックしようとしたら読まれたり、関西弁のアタックを止められたり、その他もろもろでボトボド。


「……日野の腕が悪いって感じじゃないな。あの上級生?が日野の動きを読んで、先回りしてるって感じだ」


「そうなの?」


「そうだ」


 俺は伊達に学園戦争を生き抜いたわけじゃない。
 突然襲い掛かってくる敵生徒に対応するのが日常茶飯事だ。
 冷静な状況把握が学園戦争で生き抜くための鍵となる。
 ましてや、こんなのんびりしつつ俯瞰から見渡せば一目瞭然。







 バレーの部活が終わり解散。
 関西弁はそのままの調子で部活を終えて、俺と星空に何も言わずに帰ってしまった。

 やっぱり八つ裂きにしておくべきだったか。



 ……いや、さすがに気持ちは察するので冗談だが…。…冗談だよ?




 ■




 俺と星空は、3年B組が集合しそうな鉄橋が見える川辺の堤防の上を一緒に歩く。
 実は何気に、俺と星空の帰る道は一緒なのだ。これは嬉しい誤算、ほっほぅ。夕日が綺麗だ。

 が、関西弁の事が気に掛かってるのか、星空の口数は少なく、顔は沈んだままだった。
 これは悲しい誤算、ほっほぅ……。夕日が目に染みるぜ……。


「日野さん…、くやしそうだったなあ……」


 と、星空は肩を落としながら呟く。

 いかん、ウルトラハッピーの需要供給が断たれようとしている。
 あれがないと俺は一日を生きられない。まだ転生して二日目だけど。
 …あれ? 休日はどうやって生きよう? スーパーヒーロータイムがあるから大丈夫か?
 いや、自分の心配より星空の心配だ。デリカシースイッチ、オン。リミットブレイク。


「星空、“くやしい”という感情は使い方によっては悪くない感情だぞ。新鮮な食品と言ってもいい。それは本人がまだ諦めていないという証拠だ。それをバネに、日野が“くやしい”を正しく処理すればスキルアップへと繋がる大事な部品になる。まあ……、放置したら腐ってえらい事になるが……」


「……うん」


 はい、はずしたああああああああああああ。
 俺が今まで蓄えたデリカシーって何なの? 伊達だったの?
 ハイパーインフレ起こして紙クズ同然なの?
 燃やせばほら、明るくなっただろうなの? 本当に燃えればいいのに。
 星空を笑顔に出来ないデリカシーなんか大っ嫌いだふぁいっきえーが馬鹿ヴぁーか。おっぱいぷる~んぷるん。畜生め。

 何か星空を笑顔にする策はないかと、四苦八苦していると。
 先程まで聞いていた、バレーボールの跳ねる音が聞こえてきた。





「……見ろ星空、日野は正しく“くやしい”を使おうとしてるぞ」


「へ? ……あ」


 電車の鉄橋の下で、体操着の関西弁は何度も何度もバレーボールを叩いていた。
 まるで今日のくやしさを吹き飛ばそうとするように。


 さすがに部活から更に自主練で疲れたのか、今は膝の上に手を置いて身体を支えている。
 ポタポタと落ちる汗が、夕日に反射し、まるでダイヤモンドのように輝いていた。


「泣いてる…。……うん!ここは私が!」


「はて? 今の汗「おーーーい!! 日野さーーーーん!!」


 星空はピョンピョンと跳ねて、橋の下にいる関西弁を呼ぶ。
 健気な子だよね、星空。まじかわいい。
 俺の発言なんてどうでもいいよね? あれ、また涙が。

 が、星空は突き出た石を運悪く踏み、バランスを崩した。


「おぉ!?」


「危ないぞ星空」


 俺は星空の左手を掴む。







 ここで一緒に転んで、くんずほぐれつになると思った?
 星空が「銀次くんのエッチー!!」となると思った?
 残念ながらそんなベタな事は、俺の体重+“八輪鉤爪やりんかぎづめ”の重さ(80kg)によって起こらない。本当に残念だが、残念だが。

 それに学園戦争で反射神経を培った俺には、星空の左手を掴んで俺の胸に引き寄せる事くらい、俺の胸に引き寄せる事くらい、俺の胸に引き寄せる事くらい、俺の胸に引き寄せる事くらい、俺の胸に引き寄せる事くらい、俺の胸に引き寄せる事くらい、俺の胸に引き寄せる事くらい、俺の胸に引き寄せる事くらい、俺の胸に引き寄せる事くらい、俺の胸に引き寄せる事くらい、俺の胸に引き寄せる事くらい、俺の胸に引き寄せる事くらい、ハッ、またバグった。ファミコン世代じゃないのに。

 星空の方を見ると顔が真っ赤だった。
 ラノベ主人公の鈍感スキルなんて持っていない俺は、すぐに意味を理解する。


「あ……ありがとう」


「星空、赤面するな。こっちが恥ずかしいだろう」


「ええ!? そ…そんな事言っても…」


 星空かわいいなおいいいいいいいいいいいいいいいい。
 ちょっと星空の新たな一面、もとい赤面が見れて俺のハートがハッスルハッスル。
 ほわああああああああああああああああ。

 なんだか星空に出会ってから俺のテンションがおかしい。なんでだ。


「なんやお二人さーん、仲がよろしいんやねぇー」


「ちちちちち違っ…じゃなくて!」


 星空は関西弁の元へ向かおうと急斜面を降りる。
 
 …が、結局星空は転んでゴロゴロと堤防を降りた。というか転び落ちた。




 ……そして、学園戦争で反射神経を培った俺には見えてしまった。拝んでしまった。
 早く殺せ、死神まで職務怠慢なのか。

 心の中で星空に向かって土下寝+大反省をしつつ、俺も堤防を降りる。
 関西弁も星空の元へと駆け寄ってきた。


「ちょっと、大丈夫かいな!」


「へーきへーき……、それより日野さん! 元気出して!」


「へ?」


「泣いてるとハッピーが逃げちゃうよ! スマイルスマイル♪」


 星空は笑顔で両手の一指し指をえくぼに当て、関西弁にウルトラハッピーを供給する。
 よかったな関西弁。なんなら俺の紙クズ同然のデリカシーと交換しない?良く燃えるよ?


「あーーー…えっと、うち…、泣いてへんけど?」


「へっ!? でも、さっき地面にポタポタポターって」


「星空、汗だ汗」


「そそ、岸崎くんの言うとお……。岸崎くん、なんで鼻血出しとんの?」


「え」


 手を顔に当てると、俺は鼻から血を出していた。
 え、なんでこのタイミングで。
 これから星空と関西弁の友情劇の始まりっぽかっただろうが。
 怪物倒してから汁流し過ぎだろ俺。
 というか老害、なんでこんな余計な属性をわざわざ追加したんだよ。
 のび太くんだってあまり出さないぞ、鼻血。俺はどこの世代の主人公だ。
 絶対にバレるだろ、星空のおパンツ様を拝んだ事バレるだろ。
 やだぁー、ラノベの主人公なんてなりたくない。おっことぬしさまー。


「はっはぁ~ん、さては星空さんのパンツ見たんやなぁ?」


 ね? バレたでしょう? 


「おいおい待て待て、俺が星空のおパンツ様を拝んだだと? はっ、笑わせるなよ関西弁、関西圏なだけに。むしろ俺は、星空のおパンツ様を護る立場だ。いや、見守るではなく護る、な。漢字は難しい方の護る。誰にも星空のおパンツ様は拝ませない。何故なら、星空のおパンツ様だからだ。星空のおパンツ様を見る事は例え仮面ライダー・スーパー戦隊であろうと許しはしない。たかが淡いピンクの布だろう、と笑わば笑え。俺は絶対に、星空のおパンツ「銀次くんのエッチーーーッ!!!」サヴァンッ」


 異世界にいるかもしれない、俺の素晴らしき英雄伝の読者諸君。これで満足か。誰に需要あるんだ。
 プリキュアなのに深夜アニメのノリになってしまったぞ。話も逸れたぞ。
 ちなみに、星空に怒りの平手を食らったはずなのに、俺は満足だ。


「もう!銀次くんのバカァ! …って、何の話だったっけ?」


「星空さんが忘れて、どないすんねんっ! …汗を涙と見間違えたって話や」


「そうだった! 私てっきり試合の事で落ち込んでるのかと…」


「なんやそれかいな! うちは落ち込んだりせぇへん!! 今、必要なんは特訓や特訓!!」


 とりあえず、鼻にティッシュを入れて血を止める。
 これ以上話に水を差す、もとい鼻血を差すわけにはいかない。
 このままだと放置される。それだけは勘弁していただきたい。


「それなら私も手伝う!!」


 と星空は関西弁の両手を握るが、関西弁はそれを払う。 もしかして→八つ裂き?


「『うちは誰にも頼らん!』……ってぇ、いつもなら言うんやけど……。お願いしようかな!」


 夕日と鉄橋をバックに関西弁はにひひーっと笑いそう答え、星空は「うほほーーい!」と両手を挙げて喜んだ。


 ……今がチャンス、これを逃したら星空の好感度を上げるイベントがない気がする。


「ならば、俺も手伝おう。なーに、礼はいらないさ」


「ああ、星空さんに、ええとこ見せて挽回せなあかんもんなー? どうしよっかなー?」


「日野様、この卑しい私しめにお手伝いをさせてください。お願いします」


「ぎ……銀次くん……」


 ほらあああああああ、星空引いてるだろうがあああああああああ。
 もうこの関西弁、プリキュアじゃないと分かったら八つ裂きだ。


「さあ、特訓だ特訓。俺が相手役をしてやるから、ガンガン来い」


「あ、そういや気になってたんやけど」


「なんだ?」










「岸崎くんって、全然笑わへんよなぁ?」
















「よく言われる。が、付き合いが長くなれば、自然と見分けられる。これでも俺は笑ってるんだぞ」


「ほーかぁ、ならええけど」







 ………言えない、言えるものか。
 転生してから俺は、全然笑えなくなってるなんて。
 星空が聞いたら悲しむだろうが。




 ■




 次の日の放課後、俺と星空は再び屋外のバレーコートへやってきた。
 昨日と同じく、バレーコートの周りにある階段にも座席にもなる場所に座りつつ応援。


「日野さーーーん!! 頑張ってーーー!!」


 星空が口から放つ、ウルトラハッピーボイスに応えるように、関西弁は笑顔でサムズアップした。
 今日は関西弁に勝ってもらわねば困る。何せ星空が特訓に付き合い、俺も特訓に付き合ったのだ。
 掴み取れ関西弁、エースアタッカーを。

 そしてプリキュアを断って、俺に八つ裂きにされろ。昨日の恨みは忘れてない。
 星空は忘れていてくれた、マジ天使。


「日野さん…、大丈夫かな?」


「昨日と違って、日野は“くやしい”を吹き飛ばした顔をしてる。それに、昨日の日野は状況を冷静に見れてなかっただけだ。今日は行けるさ」


「っうん! そうだね!」


「プリキュアさがしは、どうなったくる…?」


「茶々を挟む非実在動物は、どんどんしまっちゃおうねー」


 星空の鞄の中で悲鳴を上げる非実在動物をよそに、関西弁はアタックを飛ばして点数を稼いでいく。
 いいぞ、八つ裂きまで後ちょっとだ。ステンバーイ、ステンバーイ。












 
 そんな、八つ裂きまでのカウントダウンを数えていると、突然空が黒く染まり満月が浮かぶ。
 バレーコート付近にいる中学生達が膝を付いてネガな言葉とネガな光を垂れ流し始めた。


「最悪の結末よ……」


「もう、夢も希望もない……」


「バレーなんて……、どうでもいい」






 奴だ。






「はっ…何!?」


「ウルフルンが、せかいのみらいをバッドエンドにかえようとしてるくる!」


「星空、スマイルパクトを準備しろ。変なタイミングで現れやがった」


「ええぇ!?」



 俺は袖口で寝ていた“八輪鉤爪やりんかぎづめ”に緊急招集を掛け、合体させる。

 右に四つ、左に四つ。それぞれ合体させたものを逆手に持つ。
 一昨日使った“八輪鉤爪やりんかぎづめ兜鋸かぶとのこぎり”の別バージョン。

 “八輪鉤爪やりんかぎづめ蟷螂かまきり”。

 攻撃と防御、攻撃と攻撃、防御と防御。
 様々な攻撃に対応できる“八輪鉤爪やりんかぎづめ”の形態フォームの一つ。
 一応、言っておくと分身はしない。




 商店街の時と同じく、ズシィンと言う音が狼男の登場を確信させた。
 俺は星空を庇うようにして、階段の上に着地した狼男を睨む。


「人間の絶望した顔程、愉快な物はない……。見ろ、あの絶望の顔を。努力など無駄なだけなのに、馬鹿な奴らだ……」


「またお前か狼男。相変わらず世間知らずな頭で、知ったような口を喋りやがって。胸糞悪い」


 狼男は「ああん?」と顔をこちらに向け、まるで獲物を見つけたかのように笑った。


「ウルッフッフッフ! 世間知らずはどっちだァ? てめぇは何か努力して報われた事あるのかァ? 結局は、全部無駄になったんだろう? バッドエンドを迎えたお前なら分かるはずだ。努力ってのは無駄な労力なんだよ!! 人間ってのはおとなしく、悪の皇帝ピエーロ様を蘇らせるためにバッドエンドに染まればいいんだよ!!」


 また変なとこで「バッドエンドを迎えた」って奴を使ってくるなこの絶滅危惧種。
 過激な環境保護団体が迎えに来る前に八つ裂きにしてやろうか。


 星空は狼男の言葉に怒ったのか、関西弁の傍へ行き、守るように両手を広げた。


「無駄なんかじゃない!! 目標に向かって頑張ってる日野さんを…、それを手伝ってくれた銀次くんを…、馬鹿にするなんて絶対許さないんだからぁ!!」


 ……本当に星空っていい娘だな。
 これだから、星空の傍にいるはやめられない。


「そのいきくる! プリキュアにへんしんするくる!」


「変身中に攻撃なんて外道な真似は俺がさせん、…星空!!」



 星空は力強く頷き、スマイルパクトを取り出してマゼンタ色でリボン型のキュアデコルをセットした。



『READY?』



 スマイルパクトを一撫でして、星空は高らかに叫ぶ。



「プリキュア!! スマイルチャージ!!」



『GO!!』




 星空はマゼンタの光に包まれ、変身を開始した。




 ■





「また現れやがったか、プリキュアめ……」


「お前の相手はこっちだ」


 星空の放った光を背にして、俺は階段を駆け抜け“八輪鉤爪やりんかぎづめ蟷螂かまきり”で攻撃を開始した。アカンベェとか言う怪物を出させる隙は与えない。


「はっ!! この前みたいな遅れを取ると思うなよ!!」


 右から放った“八輪鉤爪やりんかぎづめ”を、狼男は鋭い爪を巧みに使って左手で受け止める。
 
 が、これは俺の仕掛けたブラフ
 
 予め、狼男に放った右の“八輪鉤爪やりんかぎづめ蟷螂かまきり”の接続部ジョイントは緩くしてあったのだ。
 
 四つの内の一つ、俺が手に持つ“八輪鉤爪やりんかぎづめ”が分離パージしたのと同時に、押す力を無理矢理引き戻し、狼男の腹へと食らい掛かる。

 が、狼男はそれを読み、少し身を引いて避け、空いている右手の鋭い爪で俺を襲う。

 が、それこそが本当のブラフ

 左手に余しておいた“八輪鉤爪やりんかぎづめ蟷螂かまきり”でそれをプロック。
 狼男が寸前の所で動きを止めた所に、俺の左足が狼男の腹を貫く。


 狼男は商店街の時と同様、身体の力を抜いて蹴りの勢いに身をまかせた。
 これだとダメージが浅い、またかよ。

 狼男は俺の蹴りの勢いに自分の勢いを足し、連続の側転で距離を取った。


「ちっ!! 小賢しい真似しやがって!!」


「わーいわーい、俺の日々の努力が報われたぞー。ペーロペーロバァァーーカ」


「てめぇ…っ、ふざけてんのかッ!!」


「ふざける余裕があるからな」


 狼男は毛に覆われた顔をヒクヒクさせ、左手に持っていた“八輪鉤爪やりんかぎづめ”を捨てた。

 …さて、発破を掛けて冷静さを失わせるのは作戦成功と言えるだろうが…。
 この狼男、実はなかなか強いぞ。参ったな。降参はしないが。

 俺だけの力で倒すには骨が折れる。
 むしろ、骨だけ済めばいいが。


「…てめぇの顔見てると、傷が塞がったはずの左腕が疼きやがるぜ…、人間!!!」


「狼らしく舐めて治せよ。そんでバイ菌に感染しろ、死ね」


 右手に一つだけになった“八輪鉤爪やりんかぎづめ”を左手に持つ四つと合体させ、少々短めの“八輪鉤爪やりんかぎづめ兜鋸かぶとのこぎり”に変身させる。

 狼男が両手の鋭い爪を使って、俺を切り裂こうとするので“八輪鉤爪やりんかぎづめ兜鋸かぶとのこぎり”ブロック。




 なーんてことはせず、“八輪鉤爪やりんかぎづめ兜鋸かぶとのこぎり”を横にして狼男にパス。はい、ブラフ

 驚愕しながらも“八輪鉤爪やりんかぎづめ兜鋸かぶとのこぎり”を弾いた狼男の鼻先に、俺は右足で一直線に鋭い蹴りを送り込む。これは完全に直撃。狼男の鼻先が潰れる感触。

 俺は素早く足を引っ込めて、狼男の横を通り過ぎるような形で転がり、狼男に弾かれて宙を舞っていた“八輪鉤爪やりんかぎづめ兜鋸かぶとのこぎり”を回収する。


「くっ…がぁっ、てめえ!!」


 地面から起き上がりつつ、鼻先を押さえてこちらを睨む狼男。


「俺がただのヤツザキロマンチストだと思ったか? これだから素人さんは困る。俺が八つ裂きにするのは肉でもなく、骨でもない。 悪の心だよ」


「ぎんじ、すごいくる!」


「ふはははは、もっと言えもっと言え」






 タイミング良く、マゼンタの光が解けキュアハッピーへと変身した星空が現れる。



「キラキラ輝く、未来の光! キュアハッピー!!」



 左手を上に、右手を下に。
 マゼンタとピンクの色が特徴的な、そしてプリキュアな星空がポーズを決めた。
 いよっ、待ってました。ヒューヒュー。


「ハッピーきたくるぅ!!」


「ちっ! 次から次へと! アカンベェーーーー!!」


 ハッ、しまった、プリキュアな星空に見蕩れすぎた。
 お前も何、暢気に鞄の上で跳ねてるんだよ非実在動物。

 狼男は鼻先を押さえつつ、血のように赤い球を空に掲げて怪物を呼んだ。
 赤と黒のオーラが転がっていたバレーボールに纏わり憑き、あっと言う間に怪物と化す。


「アカンベェーーーッ!!!」


 バレーボールに手足が生え、真ん中にはピエロの顔。
 バレーボール・アカンベェが出現した。

 あ、このネーミング親しみやすい。今日からこれを使おう。

 バレーボール・アカンベェを出現させるや否や、狼男は地面を強く蹴り退散。
 俺も星空ことキュアハッピーを援護するために、狼男に投げ捨てられた三つ連なる“八輪鉤爪やりんかぎづめ”を回収し、星空の元へ移動を開始する。
 星空は強気な面持ちで怪物に構えを取る。が…。


「やっぱり、こわいかも……」


「がんばるくるぅー!! みんなにきぼうのスマイルをとりもどすくるぅーー!!」


 星空の元へ駆け寄り、俺もささやかな声援を送る。


「そうだ、それだけは星空にしか出来ない事だからな。まかせる」


「…希望の笑顔スマイル…、うん!! 怖いけど頑張るっ!!」


 怯えた顔を振り切って、笑顔の戦士キュアハッピーの強い意志が宿った顔になる星空。
 そうだ、それでこそ星空だ。プリキュアだ。



「アカァァーーーーーーーーンッ……ベエエエエエ!!!」



 バレーボール・ドーパント、間違えたバレーボール・アカンベェは息を深く吸い込んだかと思うと、口からバレーボールを強く吐き出した。スーパーヒーロータイムを愛するニチアサキッズな俺はすぐに検討が付く。

 ああいうのはだいたい、爆弾だ。


「左に逃げろ星空」


「ひゃああああああ!!」


 俺と星空は、まだ逃げるスペースがある左側へと走り出す。
 また追いかけっこなの?


「無理!無理!絶対無理いいーーーーー!!!」


「大丈夫だ星空、俺が隙を作っ……!!」


 バレーボール型の爆弾に追いつかれ、俺と星空は爆風に煽られて飛んだ。

 俺は重心を整えて着地する。
 が、足が縺れたのか、星空は俺より後方で顔面からこけていた。
 まさか三度目の顔面アタックが地球とは、予想GUYです。もとい予想GIRL。なにそれ。


「アカーンっ…ベッ!!!」


 起き上がろうとする星空に、バレーボール・ヤミー、間違えた、どこ属性メダルだよ。バレーボール・アカンベェは容赦なくバレーボール爆弾を吐き出す。


「ひゃあああああああああああ!?!?!?」


 着弾点が微妙にズレたのか、星空は爆風で校舎の方へと飛ばされた。
 しかし、プリキュアになった恩恵なのか、星空は悲鳴を上げながらも重心を変え、校舎の壁に着地する。あ、こんなシーンを昔、妹と一緒に見た気がする。OPで。

 何が起こったのか?と星空は一瞬呆けた顔になったが、瞬時に理解して校舎を踏み、バレーボール・アカンベェに向かってライダーキックをお見舞いした。



「とあああああああああっ!!!」


「アカッ…ンベェ!?!?」



 星空のライダーキック、もといプリキュアキックはパレーボール・アカンベェの赤い鼻っ柱を直撃し、その勢いに押されてバレーコート脇の階段に直撃した。激しくコンクリートの粉塵が舞う。

 星空はかなりの高さにも関わらず綺麗に着地。10点あげちゃう。


「っとと! …うわあ…すごいキック…」


「星空、ハッピーシャワーであいつを浄化だ」


「! うん! ……って、どうするんだっけ?」


 もう、星空ったらマジドジっ娘ちゃん。100点あげちゃう。
 非実在動物は必死に星空に向かって叫ぶ。


「スマイルパクトくるぅーーー!!」


「そうでした! ううぅーーーっ…気合だ気合ぃーーーッ!!!」


 星空は身体をギューッとして力を込めて、スマイルパクトに気合を集める。
 光がどんどん大きくなり、星空の「気合だーーーーーッ!!」という叫びで頂点に達する。

 光を両手に集めてハートを描き、それをハートを作った手でキャッチ。
 それをバレーボール・アカンベェに向かって放つ。
 これがキュアハッピーの必殺技。




「プリキュア!!ハッピィーー……、シャワーーーーー!!!」




 眩しい光が星空の手から飛び出し、バレーボール・アカンベェを…。













 浄化できなかった。というか、はずした。


「嘘ぉ!? はずしちゃったぁ~……」


 ええええええええええええええええええええええええええええええ。
 またか、またタトバキックなのか。もう呪われてるんじゃないかタトバキック。
 もとい、ハッピーハッピー・ハッピーシャワー。

 力を使い果たしたのか、星空はガックリと膝を付く。


「づがれだっ……」


 そのダミ声は星空として、女子中学生としてどうなんだ星空。
 まあ、俺は受け入れるが。


「がんばるくるぅーーー!! もういっかいくるぅーーー!!」


「そうだ星空、お前の必殺技じゃないとバレーボール・ゾディアーツを浄化できない。間違えた、バレーボール・アカンベェを浄化できない。」


「もう一回!? …しょうがないなぁ~」


 バレーボール座ってどんな星座だよ。

 星空は再びスマイルパクトを輝かせ、一連の動作で必殺技を放つ。
 帰りに甘いものでも買ってあげるから。頑張れ星空。





「プリキュア!!ハッピィーー……、シャワーーーーー!!!」









 不発。


 「「「えええええええええええええええええ」!?」!?」


 またかよ、またタトバキックなのかよ。
 いや、まさか俺がタトバキックとか比喩したせい?
 マジで? 俺のせい? これが“運命石の扉(シュタインズ・ゲート)”の選択? 頭かち割るぞ。


「もしかして! へんしんいっかいにつき、いっかいしかだせないくる!?」


「そんなの聞いてないよぉーーーー!!」


「そういう事は早めに言え、非実在動物」


「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!!」



 空いてる手でアイアンクロー。

 お前はどんだけ役に立たない子なんだ。
 最近の仮面ライダーによく出てくる用途不明なサブアイテムの方がよっぽど役に立つぞ。
 お前はちょっと、三条陸さんの所で修行してこい。あの人、アイテムの使い方凄くうまいから。


「アッカン、ベエエーーーーーーッ!!!」


 そんなやり取りに構わず、バレーボール・アカンベェは俺と星空と非実在動物を潰そうと、左の拳を放ってきた。
 俺と星空はそれに反応し、両手で受け止める。


「ぐっ」「きゃっ!!」


 勢いで受け止めてしまってものの、やはり体躯に比例して拳が重い。
 俺と星空|(どこ行った非実在動物)が支えてるものの、ほとんどはプリキュアである星空が拳を抱えているようなものだ。

 追い討ちを掛けるように、バレーボール・アカンベェは右の手の平をこちらに向かって放つ。



 回避行動が間に合わない。



「いやああああああああ!!」

「ぐああっ」



 俺と星空はバレーボール・アカンベェの右手に掴まれる状態になってしまった。


 幸い、“八輪鉤爪やりんかぎづめ兜鋸かぶとのこぎり”を持つ左腕は外に出ている。
 踏ん張りを利かせれば、バレーボール・アカンベェの手を刺す事が可能かも知れない。

 もう一方の右腕は、一方の右腕は、一方の右腕は、一方の右腕は、一方の右腕は、一方の右腕は、一方の右腕は、一方の右腕は、一方の右腕は、一方の右腕は、一方の右腕は?



 ぷにぷに?




「ひゃっ!! ちょ!?ちょっと銀次くん!! そこは私のお尻ぃぃーーーーーー!!」


「ごめええええええん、星空ああああああああああああ」




 一瞬、何があるのかとニギニギしたら、星空のお尻でした。死すら生温いぞ、俺。でも死ね。

 俺は“八輪鉤爪やりんかぎづめ兜鋸かぶとのこぎり”でバレーボール・アカンベェの手を刺そうともがくが、右手に星空のお尻様があるため踏ん張れず、うまく扱えない。



「所詮この程度か」



 そこに、撤退したはずの狼男が戻ってきた。
 なんでこんなタイミングで戻ってくるんだよ。部下の手柄でも奪う気なのかよ。
 バレーボール・アカンベェ、今すぐに電話しろ。オー、人事。オー、人事。
 その手に電話を掴め、テレフォン・オン・ユア・ハンド。



「さて…、小僧。さっきはよくもやってくれたな」



「……はーて、なんの事やら…。俺は自分の名前も思い出せない程に記憶力が悪くってね……」



 強気で啖呵を切ってみるも、俺はいつ内臓を吐き出してもおかしくない状況だ。
 少しでも力を緩めれば、日曜の朝どころが深夜アニメも追い出されて、Blu-ray&DVDでしか見せられないグロいアニメになってしまう。プリキュアに限ってそんな事はありえないし、ありえてはいけない。



「はっ、ほざいてろ。まあ、人間にしちゃあよくやった方だが、ここまでだな」



 狼男は鋭い爪で、バレーボール・アカンベェから逃れた左腕を掴む。
 爪が肉に深く食い込み、激痛が走る。



「ぐっ…、あああああ!!!」



「銀次くん!!」



 狼男は俺の緩んだ手から“八輪鉤爪やりんかぎづめ兜鋸かぶとのこぎり”を奪った。



「こんな憎たらしいもん、持ち歩きやがって…」



 狼男が“八輪鉤爪やりんかぎづめ兜鋸かぶとのこぎり”を宙に投げたかと思うと、ヒュっ、と風を切る音を奏でた。






 チートで成長した、俺の動体視力は捉えてしまう。















 死んで転生しながらも、俺の傍にいてくれた相棒が。


 目の前で、狼男の爪によって惨殺される瞬間を。









「てめえぇぇーーーーーーッ!!!!!!」


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