3.黙れ、関西弁ちょっと黙れ
「それでは、転校生を紹介します」
俺、…えーと名前なんだっけ?あ、俺こと岸崎銀次と星空みやきは2年2組の教壇に並んで立っていた。
■
あの未知との遭遇の後、俺と星空は急いで七色ヶ丘中学校に駆け込み職員室に転校の挨拶をしに行った。そこで、俺と星空は同じクラスである事が判明したのだ。
なんでも、この転校生受け入れの番が回ってくるのと同時に、とある生徒が親の都合で引っ越したとか。グッジョブとある生徒。オプーナを買う権利は全人類平等に持っているぞ。
登校時に、かわいい女子中学生に出会い。
非実在動物との接触を果たし。
出会った女子中学生と同じクラス。
なんだか、余計な下世話を老害がしたような、変な騒動へのフラグの気がするが、せっかく出来た初めての友人と同じクラスになれたのだ。今は手離して喜んでおこう。フォーゼ式友情の握手を交わしておきながら、クラスが違うからと疎遠になるのは寂しい。空しい。死にたくなってくる。
「やっぱりウルトラハッピーな日だね」
女教師を先頭に。教室に案内される途中で星空は俺にこそっと耳打ちした。
うん、そうだな。ウルトラハッピーだ。アルティメットを付け加えても構わない。否、その上を行くライジングアルティメットだ。俺は付け加える。ライジングアルティメットウルトラハッピーだ。星空も付けろ。一向に構わん。
だが、なんだろう、このモヤモヤは。
というかムラムラ?
ああ、老害を八つ裂きにしたい気持ちが燻ってるのか。
なんか違う気がするが、そういう事にしておこう。
…いや、うーん。なんだろう。
この嫌な予感は。
■
「さあ、岸崎くん、星空さん。自己紹介してください」
「あっ…はい!」
「はい」
どうやら星空は、見慣れぬ中学生達が浴びせる目線で緊張しているようだ。
星空を緊張させるとは、なんて奴らだ。万死に値する。小さい背の順で並べ。八つ裂きにしてやる。なーに、安心しろ。八つ裂きに関しては贔屓しない。男女差別しない。
いやいや、待て俺。COOLになれ。ここは星空の緊張をほぐすべきなのだ。
この教室にいる中学生の中に昔、離れ離れになった幼馴染がいるかも知れない。星空の生涯の友となるべくして生まれてきた奴がいるかも知れない。それを邪魔しよう者は、例え俺でも許さない。相棒よ、今はまだ寝ていてくれ。
どれ、ここは精神年齢的に先輩であるこの俺が場の空気を暖めて、凍りついた星空を優しく暖めてあげよう。俺ってばマジ紳士だってばよ。デリカシーを身体の一部かのように巧みに操るぜ。
コホンっ とわざとらしく、あざとく。…ん?あざとく?なんでこの言葉が引っかかるんだ?いや、今はどうでもいいか。とりあえず、これから学友になるであろうクラスメイト達の目がこちらを向いた。待ってろ星空。俺が道を切り開く。八つ裂きにしてでも。
「俺は岸崎銀次郎。あ、間違えた。朗いらないや、いや朗じゃなくて郎だった。俺の名前は銀次だ。スーパーヒーロータイムをこよなく愛する男にして中学二年生らしい。聞いて驚け、今日から同じクラスになった。好きな言葉は「Nobody's Perfect《完璧な人などいない》」。だがこの言葉に甘えて怠けるような奴は許さん。鳴海荘吉に謝れ。シンバルキックだけを食らって余生を過ごせ。俺は一向に構わんし、知らん、知った事ではない。先に一番重要な事を言っておくと、俺の前で仮面ライダー・スーパー戦隊・ウルトラマン等のヒーローに分類されるであろう物は侮辱しない方が身のためだ。男だろうが女だろうが容赦はしない。俺の手で地獄への引導を渡してやる。六文銭も引ん剥いてくれる。ヒーローに対する侮辱は即、極刑だ。それが俺の正義にして絶対の法。裁判が必要ならばあの世でやればいい。死んだ際には鳥人戦隊ジェットマンのブラックコンドルによろしく言っておいてくれ。これで以上、俺の自己紹介を終わりとする。文句のある者は遺書をしたためた後に申し出ろ、八つ裂きにしてやる。」
これからクラスメイトになるであろう生徒達は、俺の素晴らしき自己紹介に凍った。
…おかしい、俺の素敵で小粋な自己紹介を理解できないとは。
しかも見ろ、星空まで目が点となり、あんぐりと口を開けているではないか。お前達のセンスのなさに呆れて物が言えなくなっているではないか。よろしい、女教師よそこをどけ、一時限目は俺が教壇に立つ。科目は“国語”。テーマは“辞世の句”。者共、藁半紙と鉛筆を持て。
「あかん!あかんてー!そんな自己紹介じゃ友達出来へんよー!」
凍りついた教室で、俺に異論を述べる関西弁が飛んできた。
窓際、前から四番目の席に座る女子中学生から発せられたようだ。
無知とは罪だ。残念ながら俺の隣には友人がいるのだよ。ねー、星空ー。
その関西弁の女子中学生はおもむろに席を立ち、俺と星空の立つ教壇に近付いてくる。
オレンジ掛かった髪をピンで留め、後ろ髪をゴムでまとめて尻尾のようにピンとさせている女子中学生だ。なんだこいつは。
「最初の自分の名前間違えるとこまではよかったんやけど、その後がダメダメやわー。これじゃせっかくの自己紹介が台無しやん?ほら、星空さんも凍っとるわー。ヒーロー好きなんわ、よーわかった。口出しせーへんから安心しーや?な?」
俺の自己紹介を無粋にも否定しつつ、その女子中学生は背中をバンバン叩いてきた。
早いな、もう遺書を書いてきたのか。しかし、これが“窮鼠猫を噛む”という奴だろうか。その意気や良し、まずはてめぇからだ関西弁。人間国宝の指定を待つばかりの八つ裂きの技術を魅せてやろう。
「あ、ちなみにうちは日野あかね。去年、大阪から引っ越してきたんよ。だから転校生の気持ちはよく分かんねーん…。実家はお好み焼き屋してるから、いつでも来て構わへんで!うちのお好み焼きは絶品や!」
「あかね…、あんたが自己紹介してどうするのよ…」
と、黄色いリボンで髪を括ったポニーテールの女子中学生が頭を抱えつつツッコミを入れる。
それでようやく教室が笑いに包まれ暖かくなった。ていうか持ってかれた。関西弁許すまじ。「ナーイスツッコミ」じゃねぇ、サムズアップしてんじゃねぇ。俺の怒りでブラックホールが吹き荒れるぞ。
「ささ、場も暖まった事やし、星空さんも自己紹介自己紹介!」
「へえっ!?えっと!!ほほ…星空みゆきです!!あの…!!私…!!えっと…!!ととととととにかくよろしくお願いしますっ!!」
ほれみろ関西弁。いきなり星空に振るから無難にも程がある自己紹介になったじゃないか。
否、連帯責任だ。そもそも俺の自己紹介で固まった中学生共が悪い。どうやら、人に対して使うべきではないと封印していた奥義、「紅華葬霧」を開放するべき時が来たようだ。星空、そこをどけ。そいつら八つ裂けない。
「えっ?それで終わり? …あかーん、あんたもオチないやーん」
「待て関西弁、俺のはオチがあっただろう。八つ裂きは俺のお家芸だぞ。」
自己紹介にオチを求めるな。なんならお前をオチにしてやってもいいぞ関西弁。
どういうオチにしてやろうか考えてくれる。笑点の時間だ。山田クン、座布団用意して。
「あかんあかん!お天道様が許しても、そんな凶悪なオチはうちが許さへんで!自己紹介ゆーんは第一印象を決める大事な場面!これにオチつけてドッと笑わせなん箔が付かへんで?よっしゃ!ほんなら、うちが代わりに星空さんの自己紹介したる!」
「ほぇ?」
「待て関西弁、そのりくつはおかしい」
本気でおかしい。最近の女子中学生という奴はおかしい。
もしかして、ここにいる中学生達は中学生の皮を被った別の何かなのだろうか。
逃げるぞ星空。黒幕は学園長だ。きっと目が真っ赤になるに違いない。逃走スイッチオン。
「まっ!ええからええから!うちにまかしとき!…うーん、せやなー…。見た感じ、おっちょこちょいやけど芯はしっかりしてる」
「なんだ、意外に見る目があるな。星空からは今朝からの付き合いだが、それは確実だ」
「ほぇ?銀次くん? え?え?え?」
「ほんでぇ、星を見るんが大好きな弟がおってー、名前はせやなー…、星空見太郎ぉー!!」
「…オチをつける前に落ち着けよ?」
ドッ、と再び教室は笑いに包まれる。今のどこに笑う要素があったというのだ。
ハッ、いかん、八つ裂きにするのを忘れてツッコミを入れてしまったのか俺は。「見敵必斬」が座右の銘である俺のアイディンティティーが崩壊寸前だ。何でもいい。八つ裂きにさせろ。俺が俺であるために、八つ裂き続けなければならない。
「ほっほー、うちのボケを持ってくとは、中々やるやん!見直したで転校生!」
「転校生と呼ぶな。俺には…なんだっけ?ああそう、如月弦太郎という名前が…いや、違う。しかも原型留めてない」
再びドッ、と教室が沸いた。お前ら教育がなってない。自分の名前を間違えるなんて、転生した俺にとってはありがちな事だぞ。俺は親に貰った本当の名前を大事にしている。四六時中一緒にいる程に仲がいい。ちなみに如月弦太郎に会ったら即友達になりたい。肩を並べて戦いたい。
「天丼もできるんかー!なかなか腕が立つんやね!よしわかった!これから岸崎くんと呼ばせてもらうわ!うちの事も関西弁やのーて、名前で呼んでもらおかー。き・し・ざ・き・く・ん?」
なにこの関西弁きもい。てかこわい。何?気にしてたの?おいおい、幾ら俺がデリカシーを他人に配布できるくらい持っているからって甘えてもらっては困る。
「ちょっとあかねー。程々にしておきなさいよ。星空さん困ってるじゃない。岸崎くんもちょっと悪ノリしすぎ」
先程、関西弁にツッコミを入れたポニーテールの女子中学生が更にツッコミを入れる。そうだ、星空が困ってるじゃないか。関西弁、貴様はこの教室で最も罪深い女だ。お前の罪を数えろ。
「そうですよ。それに、挨拶は自分でしないと」
落ち着いた、というかその周りにいれば落ち着かずにはいられない程に落ち着いた雰囲気を醸し出し垂れ流す、青みがかった髪をさらりと背中まで落とした女子中学生を諭す。きっと委員長に違いない。
「はいはいっ!ちょうどええから、あの二人を自己紹介するわ」
「星空の自己紹介は?」
俺のさりげないツッコミを無視して関西弁は、先程の二人を俺と星空に紹介し始めた。
「あっちから緑川なお。スポーツ万能で、おまけに義理固くって情に脆い!女番長って感じやな!」
「ばっ番長ぅ!?」
「ば…ばんちょう?」
ポニーテールがギョギョっとした顔をする。星空が呆れてるじゃないか。いひひひーって笑うんじゃない関西弁。
「ほんで、こっちのお嬢様が青木れいか。クラス委員で副会長、勉強もできて男子にモッテモテ!惚れたらライバル多いで、岸崎くん?」
「モテモテ…?」
「一言多いわ。そして、ライバルなんぞ関係ない。障害があるなら切り開くだけだ。八つ裂きにしてな」
「おっ!八つ裂きは余計やけど、ええ男やねぇ岸崎くん!」
「はーい、そこまで。日野さん、ありがとう。さ、席に戻って」
と、女教師が関西弁を止めに掛かる。
ふむ、関西弁のせいで余計な時間を食ったな。罪を一つ追加しておけ、数えるのを忘れるな。詳しい罪状と反省分は明日朝一番に提出しろ。これは宿題だ。
「えへへー、お後がよろしいようで!センキューセンキュー!メルスィーボークゥ!」
女教師に注意され、へらへらと笑いながら関西弁は席に戻る。
どうやらこのクラスでは関西弁は人気なようで、途中女子生徒とハイタッチしていた。
そこに…。
「気にしないでくださいね。あかねちゃんは星空さんの緊張をほぐそうと思ってふざけただけだから」
と、最前列の席に座る。ふわふわの金髪にカチャーシュをつけた背の低い、リスのような女子中学生がそっと星空に言った。ふむ…、関西弁のフォローをし、星空を気遣う。この中学生は良く訓練された中学生らしい。感心する。
「その子は黄瀬やよい。めっちゃ泣き虫で、ちょーっとツッコンだだけで泣いてまうねーん。その子の前では物騒なネタ転がしたらあかんでー?まーた泣いてまうわー」
関西弁、その口は今すぐに縫うべきだと思うぞ。
幸いな事に俺の友人には裁縫が馬鹿みたいに長けた奴が…、あ、この世界にはいないか。
そういえば、さっきの俺の自己紹介をした時に、この訓練された中学生は目をキラキラさせたと思ったら、急に眉を潜めて目尻に涙を浮かべていた。きっと俺の自己紹介に感動したんだろう。星空の次によく出来た中学生だ。いずれフォーゼ式握手をしてあげよう。
「よ、余計な事言わないでよ!泣いたのは…、たったの3回だけだもん…」
うぅ~っと、訓練された中学生は頬を膨らませる。
よし、ロリコンをぶっ殺そう。
こんなに愛らしい中学生を狙う不届きな輩はきっとこの世界にもいるに違いない、妹がロリコンに狙われた時、それはそれは兄として奮闘したものだ。転生前に培った知識と技術をここでも使う事になろうとはな。だが、この子を守れるならどんな強敵だって八つ裂きにしてみせる。誓おう、この子のために。ロリコンを八つ裂きにする。
「みんな、ありがとう。みなさんのおかげで緊張が解けました。…銀次くんもありがとう」
どうやら、星空の緊張が解れて暖まったらしい。
言うなよ恥ずかしい。俺は紳士として当然にして必然の事をしたまでだ。
…おい、関西弁。何、「ヒュー!」って言ってんだ、その後にチッチッチッチッチッとやるのか、お前が世界で一番だとでも言いたいのか。いい加減にしないと八つ裂きにした後に晒すぞ。ズバッとやるぞ。ズバッと惨状、ズバッと解決。
「改めまして、星空みゆきです。私は絵本が大好きで、小さい頃から沢山読んでいます!絵本のお話って、必ずハッピーエンドになるのが素敵だなぁって思ってて、私も毎日、そんなハッピーを探しています!」
「それってどんなーん?」
「え?」
「星空さんにとっての、ハッピーてどんなんかなー?って」
もう、この、関西弁め。星空が自己紹介をしているというのに茶々を入れるんじゃない。
いいか、星空のハッピーってのはな…。ハッピーってのは…、えーと。うん。
星空さん、お願いします。
「ええーっと…口では説明しにくいんですけど…、ハッピーってこうなんか、この辺がキラキラして!胸がワクワクして…。うーん、とにかくウルトラハッピィーっ!!て感じの事なんです!!」
星空は身振り手振りでハッピーを表現する。
ふむ、その気持ちはわからんでもない。わからんが。
「なんやー、よーわからんけど…」
「でも、なんだか分かります」
だよねー。委員長ー。
大丈夫だ星空。俺が一番先に理解してやる。他の奴らに先を越されん。横一列のチェイスは怯んだら負けだ。八つ裂きにしたもん勝ちだ。
「そんなわけで!よろしくお願いします!」
「ん?あ、俺もよろしく頼む」
星空につられて、俺も揃って深々と頭を下げる。
教室に拍手が巻き起こる。どうやら歓迎してくれたようだ。星空に笑顔が戻った。歓迎しなかったら八つ裂きにするしかなかったな…。そこに俺と星空が通う教室を作る。ああ、リスみたいな女子中学生も特別に入れてあげよう。もちろん関西弁は吊るす。
「それではー、岸崎くんと星空さんの席はー…」
「はいはーい!私の後ろ二つ空いてまーす!」
もういい、夜道に気をつけろよ関西弁。今夜の俺は一味違う。
「そうですね、星空さんの席は窓側。岸崎くんはその隣で」
「はい!」
「はい」
クラスで一番後ろの席に向かう。
左斜め前に関西弁がいるのが気に喰わないが、星空が隣に座るので勘弁しておいてやろう。
だが忘れるな、俺の射程は108mまであるぞ。嘘だが。
「日野さん、よろしくね」
「こっちこそよろしくな!岸崎くんも!」
「ああ、よろしく頼む」
「それではHRを始めます」という女教師の言葉で、星空はプシューっと風船のように緊張が抜けてふにゃんとなる。まあ、俺もなんだが。女教師は校内美化週間のためのポスターについて語り始めた。
「はぁ~、緊張したねぇ銀次くん…、挨拶頑張れてよかったぁ~」
「そうだなぁ…、だが自己紹介は大成功だ。今日はとことん幸先…が…」
星空の顔の向こう、どこかで見たようなシルエットをした非実在動物が空を駆け回っていた。
星空は俺の不可解な表情に気が付いたのか、俺が向ける目線の先を追った。
「キャンディ!?」「非実在動物!?」
驚きの余り、二人揃って立ち上がってしまった。
教室の中学生達が「なんだなんだ?」とこちらに顔を向ける。
「キャンディだよ!銀次くん!ほら!」
星空の声空しく。窓を改めてみるとなんら変わりのない日常的な風景だった。
あれ?たしかにいたよな?しかも、電柱の上を駆け回れる脚力。そうとうの強者と見た。
通学路で八つ裂きにしなかったのはもしかしたら幸運かも知れない。いや、どんな難敵であろうと八つ裂きにするが。
「…あれ?」
「なんもおらんで?」
女教師が話しを止めて、「どうかしたの?」と尋ねてきた。
しまった、これではただの怪しい転校生ではないか。ごまかさねば。
「いえ、なんでもありません。すいません、見間違いです。聞き違いです。幻覚と幻聴だったようです。二つで一つの集団催眠のようなものです。たまたま、星空とは奇遇にも同じタイミングで発症したようです。ですが、俺と星空の健康は正常と言えるでしょう。つまり、犯人はこの中にいます。すいません、今のは言ってみたかっただけです。こんな素晴らしいクラスに犯人等ありえません。有り得たとしたら俺が責任を持って八つ裂きにしてみせましょう。俺の“八輪鉤爪”は伊達ではありません。不届き者は成敗します」
俺は右手を勢いよく下に振り、袖口から俺の相棒“八輪鉤爪”を出して、クラスメイト達の安心を促すために高々と上げる。
“八輪鉤爪”
手を鉤爪のような形にしてセットする俺の学園武装。
一見、根っこが繋がった、5つのハサミに見えるだろう。
親指。一指し指。中指。薬指。小指。
それぞれの指一本につき、一つ分のハサミの開閉を制御する。指の内側に締めればハサミが閉まり、指を開けばハサミが開く仕組みだ。扱いは難しいが、俺程に鍛えれば、さらりと撫でるだけでどんな人であろうが物であろうが、即、八つの大輪を咲かせる。峰打ちも可能だ。重さは10kgあるが、それと呼応するようにハサミの部分も頑丈で、コーヒーの次に親しき、俺の相棒である。ブラック飲めないけど。
「な…なんやのそれ!?」
ん?どうやら、とんでもない世間知らずの関西弁がいるようだ。
さすが大阪合衆国出身。
学園武装なんて珍しくもないだろう。まあ、確かに“八輪鉤爪”を使っているのは俺だけだったが。
…はて?なぜにこの教室に存在する全ての人間は身を引いているんだろうか。
あれ?星空も引いてる?なんで?わけわかんない。なんだか死にたい。
「が…学校に危ないものを持ち込んではいけません!!それは没収します!!」
は?本気で言っているのかこの女教師?
学園武装なしでどうやって学校生活を生きるというの?装備なしとかバカだよ?死ぬよ?
いつ別のクラスの生徒が襲ってくるかもわかんないんだよ?まあ、念のために逃走経路と追い込み経路の把握は既にしてあるけどさ。
「はて?うちの学校では学園武装の所持は義務化されてるのだが…」
俺は、“八輪鉤爪”を刃を親指から順番に、波のようにシャリンシャリンと鳴かせる。もはやこの学園武装は俺の身体の一部だ。
「どこの学校やそれは!!ここやないわ!!」
はあぁ~~~~~~ッ???
なにこの関西弁。学園武装は世間常識以前の常識…。
あ。
転生してたの忘れてた。うっかりしてた。どこの八兵衛だ俺は。
もしかして、この世界に学園戦争なんてないのか。
…え?ないの?嘘だろ?むしろ中学校から学園武装の携帯が許されるじゃん。
生徒会長とかどうやって決めてんの?物事決められないじゃないか。戦る以外の方法ってあるっけ?ないよなぁ…。
…え?投票?マジで?そんなんで決まるの?そんなんで決まっちゃっていいの?
バグってるんじゃないかこの自問自答。学園武装なしで校内歩くとか、それこそ転生でもしたのかと勘ぐっちゃうんだけど。え?ないの?マジで?本当に?ええええええええええええええええ。
女教師はおそるおそる俺に近付き、「そ…そのハサミを渡しないさい!」と強要してきた。
…ありえねぇ…。この世界マジでありえねぇ…。教師が学園武装取り上げるか?PTAに訴えたら即クビだぞそれ…。郷に入れば郷に従えって事?…でも、えええええええええ???
俺は渋々右腕に四つ、左腕に四つ仕込んでいた、計八つの“八輪鉤爪”を袖口から出し、机の上に置いた。腕が軽すぎて落ち着かねぇ…。敵が攻めてきたらどうするんだよ…。
「ひ…昼休みに職員室まで来るようにっ!!!」
女教師はまるで、今日来た転校生が頭のイってる凶悪な犯罪者だった。という目で俺を見て怯み。そそくさと教壇に戻った。
関西弁が「や…八つ裂きってほんまだったんか…?」と呟いている。今夜分かるさ。
■
腕の軽さに落ち着かないまま、全ての授業を終えた。
どことなく、星空がよそよそしくなったのがショックだ。仮にも頭脳は高校生なので、分からない所があればすぐに教える準備をしていたが、空振りだった。1アウトしてしまったような感覚。これは死にたい。今すぐ死にたい。ていうか星空だけじゃなく誰も近付かない。2アウトなのか。
女教師も貴重な昼休みに呼び出した癖に終始しどろもどろした話方だったし、一体なんだというのか。時間を返せ。デンライナーを呼べ。
それに、身の回りも不可解だ。
何故、机に鉄板が仕込まれていない、盾に出来ないじゃないか。強度が足りない。
何故、黒板は脆弱な作りなのだ、侵入口を閉鎖できないじゃないか。それに何故はずせない。
何故、窓は防弾ではない、外からスナイプされたら死ぬぞ。ビューテホーって呟かれる。
何故、カーテンや制服に鉄線が仕込まれていない、ナイフで一発だ。その前に八つ裂きだが。
何故、小学生が使うような普通の文房具を使う、サブの携帯も義務だろう。俺は使わないけど。
とんでもない世界に来てしまった…。鬱だ、鬱々真っ盛りだ。心を八つ裂きにされた気分だ。
星空は隣で荷物をまとめている。
俺は机に頭をうずめて、静かなる鬱のポーズ。
「ん?もう帰るん?なんやったら学校ん中案内しようか? …き…岸崎くんも…」
どうした関西弁、今朝の威勢はどうした。どこかに落っことしたというのか、元気がないじゃないか。すぐに元気の捜索隊を派遣しろ。まるでクラスに危ない奴が転校して来たけど、どうすればいいか分からない。星空に学校案内を提案した手前、俺を誘わなければならない、みたいじゃないか。やめろ、お前が俺にそんな慈悲を掛けるなんて、自分が情けなくなりすぎて死にたくなる。ここで八つ裂きにしてしまえばいいだろうが、学園武装を持たない相手とやり合うなんて言語道断だ。俺は悪魔ではない。むしろ天使だ、護星天使だ。星空を護るは、天使の使命だ。それに、学園武装を持たない中学生を八つ裂きにするのは俺のポリシーに反する。まあ今夜、八つ裂きに行くけどな。ポリシーとか掟とか法とかってのは、必要な時に必要なものを使うものだと、俺は思う。
「あ…ありがとう!でも日野さん部活でしょう?私は一人で大丈夫!」
一人で大丈夫。一人で大丈夫。強調した事らしいのでエコーしました。俺の中で。
やばい、星空だけが俺のオアシスだというのに離れて行く。俺と星空の友情は蜃気楼だったというのか。消えないでくれ、頼む。膝を付く。土下座する。焼いた鉄板の上で平伏す。どうか俺の目の届くところにいてくれ。手は届かなくてもいいんだ、星空なだけに。プッ。
「さよなら~!」
俺の心の悲鳴空しく、星空はそそくさと教室を後にした。行ってしまわれた…。
「…なあ、関西弁。いや日野と呼ばせてもらおう。一体全体、俺のどこが悪かったんだろうか…」
「…いや、あんなもん持っといて、それ言うか?」
うんダメだこの関西弁。フォローしろよ。慰めろよ。生きる最後のチャンスだったのに。
廊下から「うおっしゃー!学校の中を探検だぁー!」という星空の元気な声が聞こえてきた。
いってらっしゃい。敵が現れたらすぐに叫ぶんだよ。例え嫌われていても、星空は俺が守る。
いっけね、忘れてた。
老害も八つ裂きな。
“八つ裂き”
これを敢えて、一言で表現するならば「芸術」である。無論、それだけでは表現が足りない。
縦に均等に八分割、横に均等に八分割、中央から均等に八分割。
ここで素人さんは「八分割」が重要であると思うだろうが、重きを置くべきは「均等」だ。
対象の比率を瞬時に細かく分析し、いかに八つ裂きにすれば均等になるか、そして、それをいかに早く、瞬時に出切るかが腕の魅せ所である。我ながらうまい事言ったな。山田くん、座布団を好きなだけ持ってきたまへ。
“ライジングアルティメットウルトラハッピー”
星空が節々で口にする「ウルトラハッピー」の究極形態。劇場版限定フォーム。
“究極”の名を冠し、“雷”の属性が付属される事によって歴代「ウルトラハッピー」の中で最強を誇る。が、かと言って「スーパー」「MEGAMAX」の存在を侮ってはいけない。ちなみに今の俺の心境は「HEART∞BREAKER」。帰ってきて、星空。
“Nobody's Perfect《完璧な人などいない》”
仮面ライダーWの登場人物、鳴海荘吉(仮面ライダースカル)の放った偉大な名言である。
きっとこの言葉がなければ、俺はただの八つ裂き魔になっていただろう。誰も完璧ではないだけ、ただそれだけで八つ裂きにするなぞ、おやっさんにシンバルキックされても、トレーラーの下敷きになってるのに見捨てられても、それは致し方ない事なのだ。
ちなみに、鳴海荘吉を演じる吉川晃司がこれと同名のバラードを番組に提供し、挿入歌にしてED曲となっている。寝る前にはiPodで「一曲リピート」に設定し、起きるまでこれを聞き続けるのはニチアサキッズとして当然の嗜み。ハードボルイドの子守唄は良く眠れるのだ。この世界にないのが至極残念である。
“八輪鉤爪”
俺としては説明するに値する事ではない、というか今更説明する必要あるの?需要あるの?
これは学生として当然にして必然の、携帯義務が課せられる“学園武装”の一つである。
“学園武装”の中では扱いが難しいが、使いこなせば汎用性の高い武器となる。
八つで一つの学園武装であり、八つ全てを輪のように繋げてこそ、真の力を発揮する。
奥義は「紅華葬霧」。霧と化す程に均等に八つ裂きにされ、残るのは紅い霧のみ。まだ生き物に試した事はない、今夜試すとしよう。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。