2.驚愕、非実在動物は夢じゃなかった
岸崎銀次。
交通事故で両親と妹を亡くして独り身。
親戚に引き取られる事を拒み、新天地で一人暮らしを始める中学生。
保険金による貯蓄は約8000万円。
親戚に名義だけを借りてマンションを借りている。
…親戚はいらねぇって言ったのに親戚がいるじゃねぇか。
俺の指示も真っ当にこなせない老害は八つ裂きにしておくべきだったな。
布団の上で見知らぬ天井を睨みながら、俺はそう思った。
岸崎銀次。
どうやらこれが、転生してからの俺の名前らしい。
上のプロフィールらしきものは、「転生した俺はどうなったんだ?」と考えると自然に浮かんできた。「憑依か?」と考えると、「それは違う」と答える。どうやら老害が作った転生システムの恩恵らしい。自問自答をすると返答がしてくるとか、きめぇ。
起き上がってみるとベッドの上。
部屋は俺が使っていた部屋がそっくりそのまま再現されている。
…と思いきや、俺がバイトの給料を使って集めた仮面ライダーのS.H.Figuartsが消えてる。
………気が利かない老害だ、八つ裂きにするべきだった。
限定品である仮面ライダーW、サイクロンサイクロンとジョーカージョーカーのフィギュアはお気に入りなのに。更にSR超合金のシンケンオー、ゴーカイオーまでも…。老害許すまじ。
枕元にある携帯を開いてみると、仮面ライダーWの待ち受けも消えており、初期設定のまま。
電話帳を開くと、転生先での親戚の名前だけが載っていた。削除。
時間は午前6時。
「今日は何の日だ?」と自問自答すると、今日は俺の転校初日らしい。
学校の名前は七色ヶ丘中学校。そこが俺が登校する中学校か。面倒だが、この世界が何なのかヒントがあるかも知れない。しばらく登校してみよう。
ベッドから出て立ち上がってみる。どうやら身長が減ったようだ。目線が少し低く感じる。身長が中学時代に戻っているようだ。
中学生の設定なのに高校生の容姿ってのもあれだもんな、元のままだったら老害を八つ裂きでは済まさない。ちょっと惜しい気がする。
寝室を出て、リビングへ行く。誰もいない。
…ちっ、老害はいないか。のこのこ説明しに現れたら八つ裂きにしてやろうかと思ったのに。
とりあえず、俺の相棒だけでも確認しておこう。
洗面台を探して鏡の前に立つと、不機嫌な顔をした中学時代の俺が立っていた。
パジャマの上着を脱いで上半身を確認すると、元の俺よりも筋肉があるように思える。
チートの恩恵だろうか、筋力が上がっているみたいだ。
試しに陶器のコップを持ち、力を込めてみた。
パリンッ という音を立て、コップは粉砕。
コップの破片で手の肉を切り血が滴る。痛い。
チートを試すべく、傷に向かって「治れ」と念じてみる。
…少しずつ、くちゅくちゅと音を立てて痛みが引いていき、1分程でまっさらな状態に戻った。
ふむ…、ちゃんとチートしてるな…。
次は浮遊する感覚を想像しつつ「浮け!」と強く念じる。
…が、どんなに背伸びをしても浮かない。
どうやら、今の状態は人間としてのスペックを少々オーバーしている程度らしい。
…まあ、能力なんて、世界の元ネタが分からないと調整できないからな。
というか、転生した俺の第一目標は「妹の今後の確認」だ。これは絶対に揺るがない。
もし、妹の運命が携帯小説のようなものだったら作者を八つ裂きにしなければいけない。
いや、八つ裂きにする前に作者を脅してストーリーを変えさせるべきか。
八つ裂きにするのはその後でいい。
とりあえず、それが出来る程度の能力でも構わない。
…腹減ったな。
■
台所にあったカップラーメンを引き出し、お湯を沸かす。
やかんを浮かせようとしたり、やかんの水を朝露から集めたり、やかんの水を一瞬で沸騰させようと試してみたがどれもダメだった。まだチートが覚醒していないのか。はたまた老害の職務怠慢なのか。どっちにしろ老害八つ裂きの運命は変わらんが。
お湯を入れたカップラーメンを持ちつつ、先程電源を付けたデスクトップパソコンがある机の前に座る。インターネットプラウザを起動させ、先程から気になっていた事を調べる始める。
…どうやら、この世界には仮面ライダーとスーパー戦隊シリーズは放送されていないようだ。
正確に言うならば、仮面ライダーはBLACKRXまで、戦隊はガオレンジャーまで、だ。
なんて事だ。この世界にスーパーヒーロータイム(日曜の朝7時半~8時半、聖なる時間)がないとは、世界中にいるニチアサキッズを路頭に迷わせるとは許すまじき、腐れ老害め。腐れ外道衆の一味か、成敗してやる。六人組のリンチの後、巨大ロボで。勝利の一本締めは忘れない。
更に調べてみると、どうやらイナズマンやキカイダー・宇宙刑事シリーズ等の続編に当たる作品が放送されているらしい。
よかった…、この世のニチアサキッズ達は新たな導きへと進んでいたようだ…。本当に、よかった…。とりあえず最近始まった「宇宙刑事デカイダーF」はチェックしておこう。玩具も買おう。S.H.Figuartsも出たら集めよう…。
更に俺は調べを進める。
カップラーメンを食い終わり、スープが冷めてきた頃。俺はある法則を発見した。
どうやら、俺が能力にしようと企んだ作品は、この世界にはないらしい。
ISのインフィニット・ストラトスは目立つから×。
と考えていたのでISのラノベ・アニメはある。
めだかボックスの「大嘘憑き」は使い勝手がいいから○。
西尾維新先生はジャンプで連載を持っていなかった。
H×Hの念能力は…、そもそも読んだ事ないから×。
単行本の30巻が久々に出たらしい。
とある~シリーズの能力はどれでもいいから使ってみたいから○。
鎌池和馬先生の代表作がヘヴィーオブジェクトになっていた。
こんな感じに、俺自身が能力にしようと思ったものは綺麗にこの世界になかった。
「…パクって投稿すればお金持ち?」と考えるとラノベや漫画の内容がこと細かく出てきたが、そんな無粋な真似はしたくないので即、やめた。作品は作者の物だ。誰のものでもない。
…あれ?ここがどっかの作品の世界だったら無粋な真似をしてる事になるのか?
うわ、死にたくなってきた。いや、殺したくなってきた。老害を。八つ裂きにして。
ふと、時計を見ると8時を刺している。
自問自答で学校までの登校時間を尋ねると、「歩いて30分」と答えた。
遅刻だ。
■
俺は、岸崎銀次。
スーパーヒーロタイムをこよなく愛して愛でる中学二年生になった。
転生初日にして、転校初日にも関わらず、いきなり遅刻しそうで焦っている。
空はいい天気で春日和、にも関わらず気分は最悪だ。
それなりに不思議な展開が起こるかも知れない。
とりあえず、不思議な展開といえば不思議な展開だろう。
全力で走ってみると足が速い。かなり速い。
しかも息切れせず、汗もそれほど掻いてない。
…さっき確認して確信した事だから、大して不思議じゃないな。身体能力。
時間に余裕が出来たので、湖が見える、桜並木の綺麗な曲がり角で一息つく。
校舎らしき建物が見え、自問自答が「七色ヶ丘中学校」と答えた。
あれが俺の新天地となる学校か。
…そう思うと不安になってきた。
俺は転生前、一度も転校した事がない、し引っ越していない。
小学校と中学校は隣合った形になっているので、友達は変わらなかったし、高校も小・中学校の通学路にあったので、同じく変わらず。教室で石を投げれば“幼馴染”と呼べるような奴に必ず当たる程だ。
そんな俺が、見ず知らずで、しかも中学生を相手にしないといけない。
友人が出来るか、もの凄く不安だ、というか鬱だ。そもそも友人として認められるのか?
……あれ?欝だっけ?鬱だっけ?
漢字どっちだっけ?
あ、鬱は欝の略字体だからどっちでもいいのか。
こういう使い方も出来るんだな自問自答。便利だな。七つ裂きで勘弁してやろう老害。
あ、老害って言葉も本来は、世代交代が図れず老朽化した『組織』に向けて使われる言葉なのか。ある意味、俺の使い方は間違ってない。うん、八つ裂きだな。
なんて、新たな学び屋に進めずにいると。
後方からタタンッタタンッと、リズムのよいスキップを音が聞こえてきた。
「ドタバタ登校に曲がり角っ♪とっても素敵なぁっ!出会いの予感っ!」
俺は後ろを振り返ると、女子中学生らしき人物が輝く笑顔で両手を広げ、ブレーキをかけて俺の5m先で止まった。輝く笑顔で。輝く笑顔で。大事な事なので二回言いましたはもう古い予感。
赤みの掛かった髪。黄色いリボンで左右にお団子…じゃない、とぐろ?クロワッサン?チックにまとめ、ピンクのネクタイが印象的な制服に身を包んだ中学生。
一瞬、空気が止まったような気がした。
湖のほとりの桜並木。
おてんば(我ながら表現古いな)な性格であろう女子中学生と、不機嫌にしかめた顔だけを女子中学生に向ける男子中学生。どう考えても素敵じゃありません。本当にありがとうございましたっていう言い回しも古い予感。
「………なーんて、絵本みたいにはイカナイカー」
女子中学生らしき…。あ、七色ヶ丘中学校の女子の制服なのかあれ。
女子中学生は、顔を赤面させてロボットのように姿勢を直した。
「…そもそも絵本に、曲がり角でぶつかって素敵な出会いっというのがあるのか?あるなら紹介してくれ、言い値で買おう」
とりあえず、俺が素敵ではない。というのを暗喩した言い回しをこの女子中学生はしたが、勘弁しておいてやろう。なにせ相手は中学生だ。人によってはロリともババアとも呼ばれる微妙なお年頃なのだ。ちなみに俺の考えでは、中学生はロリに分類するとする。Yesロリータ・NOタッチ・GODキルユー。Yesロリータと言ったが俺はロリコンではない。けどロリコンは罪じゃない。だが、手を出すロリコンは死ね。例外なく死ね。迷惑かけずに死ね。子供は地球のお宝だ。
女子中学生は「あははー」と赤面した状態でお茶を濁す。
「わ…私、星空みゆき!今日から七色ヶ丘中学校に転校してきた、絵本大好きな中学二年生!よろしくねっ!」
どぎまぎしつつも、女子中学生は自己紹介を始めて体制を立て直した。
ふむ…、妹が家に呼んだ友達を見て「最近の中学生は…ッ!!!」と思っていたが、どうやら彼女は良い女子中学生らしい。感心した。というか転校生なの?
「俺は…、えーとなんだっけ…、そう。岸崎銀次。同じく今日から七色ヶ丘中学校に転校してきた、スーパーヒーロータイムをこよなく愛する中学二年生だ」
とりあえず、「名前を聞く前に、名乗るのが礼儀でしょう?」なやり取りをせずに済んだので、こちらも丁寧かつ、中学生らしく砕けた感じに自己紹介した。
「えっ!それってすっごい偶然!(※)転校生同士が転校初日に会うなんて!早速、今日はウルトラハッピーな事が起こったよー!」
彼女は眼をキラキラさせて(※のとこで)手を叩いたかと思うと、手を広げながらヒラリと廻って輝く笑顔をこちらに向けてきた。
すいません、ちょっと頭の方がダメな中学生かも知れない。
いや、これがカルチャーギャップという奴なのか?
たった四年程でこれ程に差が開くなんてまさにヤック・デカルチャー。
ゼントラーディとマイクロンだ。
転生した身なので、俺がゼントラーディという事にしておこう。
ヤック・デカルチャー。
…はて?このテンション。どっかで見た事あるような、ないような。
自問自答が答えないって事は気のせいかな?
「いきなり元気だな。まあ、確かに。転校初日にしては幸先がいいと俺も思う」
「でしょでしょ!よろくね!銀次くん!」
そう言って星空は手を差し出し握手を求めてくる。
いきなり下の名前か。うん、いいよ、かわいいから許す。お兄さん嬉しい。
嬉しいからついでだ。
俺は手を握り、その握った手を少し上に上げて握り返す。
パッと離して、手をグーにし、正面、上、下と叩く。
仮面ライダーフォーゼ、如月弦太郎印の握手だ。
「こいつは友情の握手。星空、今日からよろしくな。…クラスは違うかも知れんが」
一瞬、星空はキョトンとした顔をしたが。パッと花が咲いたような笑顔になった。
「うん!やっぱり今日はウルトラハッピーな日だよ!いきなり素敵なお友達が出来たんだもん!」
星空は俺の両手を握り、ぶんぶんと上下に振る。
素敵なお友達。
なんということでしょう。
星空に対する俺の評価が劇的ビフォーアフターしたよ。
この子は聖女だな。きっとそうだ。そうに違いない。
異議を唱える者は前に出ろ、八つ裂きにしてやる。
「…えと、嬉しく…なかった、かな?」
気不味そうに星空は俺の顔を伺ってくる。
はて?そんな表情してた俺?
「おいおい、そんなわけがないだろう。俺は星空と同意見だ。言葉を借りるならウルトラハッピーだ。転s…ゲフンッ。転校初日に素敵な友人が出来た。俺は転校した事がなかったからな。新たな土地で友達が出来るか不安だったんだ。だが、杞憂だった。一歩が踏み出せた気がする。大いなる一歩だ。ありがとう星空」
一応、精神年齢は高校3年生なのだが。
俺はこの素敵な女子中学生、星空みゆきに感謝して胸がウキウキしていた。今、老害が目の前に現れたら麻酔を掛けた上で八つ裂きにしてあげる慈悲の心を持つだろう。まるで聖人君子。否、まさに聖人君子だ。崇めろ。傅け。奉れ。
「っならいいんだ!銀次くんが笑わないのがちょっと気になっちゃって」
「えへへ」と星空は後頭部を掻く。
笑わない?
そんな馬鹿な事があるだろうか?
星空をよくよく見てみるとかわいい。相当にかわいい。これはかわいい。かわいい。俺は鼻の下を伸ばさないように筋肉を締め付けつつ、俺なりに爽やかな笑顔を星空に捧げているというのに。
俺は右手で口付近の状態をペチペチと調べる。
…はて?
「くぅるぅー!!」
それは唐突に。
どこからか甲高い声が聞こえてきた。
「お?」
「ん?来るって何が?宇宙?」
うっかり「生理?」と言いそうになった俺をぶっ殺したい。
デリカシーが足りないとかそういうレベルじゃない。
男子たる者、デリカシーの携帯義務を怠るべきではない。
足りなくても構わない、でも出来るだけ持つべきである。
…いや、そうでなくて。
「何?えっ?どこ?」
星空も謎の甲高い声をキョロキョロと探していた。
どうやら星空が出した声ではないらしい。
てっきり星空が何かのリアクションをした時に言う口癖かと思ってしまったではないか。
出したら出したで、俺の星空に対する評価が再び劇的ビフォーアフターしてしまう。
それだけは勘弁していただきたい。この子は良い子なんです。素敵な子なんです。
「くぅーーるぅーー!!」
再び声が上がる。
今度はハッキリと方角を捉えた。
…空?
「星空。空だ。太陽の方。」
「えっ?」
バッサバッサと羽ばたく音が聞こえる。
太陽を背にしてるため、姿がはっきり見えない。
「…鳥? …カラス? ん゛ん~っ」
星空も目を凝らして太陽を背負って飛んでくる鳥?を見つめる。
…カラスにしても鳥にしても、あの形状は少しおかしい。
綺麗な長方形の形をした翼?を上下に動かし、こちらに段々と近付いてくる。
あれはまるで…。
「「本?」 …ってぇ!こっちに近付いてくるぅ!?」
紛れもなく、本だった。
ピンク色のカバーを用いた、ハードカバーを思わせる形をした本。
本が、飛んでいた。
本は身体を捻り、見開きのページを前にすると、羊を思わせるかわいらしいマスコットが、ギュギューッと音を立てて本から飛び出してきた。
「くるぅーーーー!!」
いや、来るな。こっち来るな。
「えええええええええええええっ がっ!?」
「ぶっ!」
運の悪い事に、本から飛び出してきた非実在動物は星空の顔面に直撃。
同じく非実在動物も顔面を強打し、コンクリートの道路にぼてっと落ちた。
「っててて~」
星空は強打した顔を右手で押さえる。
羊型の非実在動物とはいえ、顔面に当たれば痛いものは痛いらしい。
顔面セーフではない、アウトだ。
マトン肉にしてやろうこの非実在動物めが。
俺は焼いてからタレに漬けて食べる派だ。
「おい。星空、大丈夫か。」
とりあえず、ご飯にはまだ早い。
デリカシーの携帯を忘れない紳士な俺はまず、星空の安否を心配する。
こういうおてんばな娘はすぐに鼻血を出すからな。いや、それはそれでかわいくて需要があると思うのだが、非実在動物の分際で聖女に血を流させるというのが問題なのだ。断罪だ。処刑だ。八つ裂きだ。牛裂きの八つ裂きだのだ。今宵の相棒は血を欲しておる。
「うん、なんとか… へっ?」
「くるぅ?」
星空が向ける視線を辿ると、非実在動物もこちらを向いていた。
うーん、色が派手すぎる。合成着色料の使いすぎだ。これでは喰えないじゃないか。まだ土地勘がないからスーパーの場所を確認してないんだぞ俺は。まあ、背に腹は変えられないか。とりあえずここで血抜きしてさばいて、腸類等は捨ててしまおう。幸いな事に、目の前に湖がある。そこにフルスイングすればいい。
なんて無駄な事を考えていると、非実在動物は二本の後ろ足で立った。
なんてこった。突然変異か。
これはさすがに手が出せない。いや、手は出すが喰えない。
ミュータントアピールで命の危機を脱するとは食えない奴め、こやつめ。はは。こやつめ。
「あっ」
「クルゥ?」
非実在動物は再び疑問系のイントネーションを含んだ泣き声を上げる。
ちなみに最初の「くるぅ?」は「く↑るぅ↑?」だが、次の奴は「く↓るぅ↑?」。
そんな使い分けをしてもダメだ、突然変異体型の非実在動物よ。
俺に媚を売っても買わない。むしろ喧嘩を売っているのか。
ああ、それなら買おう。言い値で買おう。
この星を支配している生命体が誰なのか、あの世でじーーーっくり考えるがいい。
ん?よくよく見てみるとまた既視感が…。
こういう非実在動物の類が、どっかにいたようなー………。
いや、待て。それ以前に本から出てきたぞ、この非実在動物。
「うわああああああっ☆☆☆!!」
「くるぅーーーーっ!?」
はてさて、参った事になった。
転生、もとい転校初日に出来た初めての友人(しかも、かわいい)が
非実在動物を抱き上げ、顔をすりすりしつつ愛で始めたのだ。これでは手が出せない。
ま。よかったな、最後に良い思い出が出来て。
「かわいいぃーーーっ! ほら銀次くんも触ってみなよ!この子すっごぉーーーーくやわらかーーーーい!!! あなたはいぬさん?ねこさん?たぬきさん?お名前は!?」
犬も猫も食えないなぁ…。狸は食えたっけ?
あ、喰えるの。そうなの。生姜とにんにくをたくさん入れてお味噌汁にすれば臭くないのか。
へぇ~。
いや、どうみても羊だろう。突然変異の。どこ産だろうか。
とりあえず毛はクッションにでもするか。そして、目の前の聖女に献上しよう。
利用価値を見出されつつある非実在動物は、星空の腕を抜けコンクリートの地面に綺麗に着地した。
「なまえはキャンディくるぅ!」
………ああ。UMAなんだね。馬じゃなくて、ユーマ。
Unidentified Mysterious Animal. 略してUMA。
これは日本人が作った造語だから英語圏には通じないから注意しよう。
メリケンに伝えたい場合は、Cryptid.
えーと、発見した場合はどこに連絡すればいいんだろう。
…警察? いや、なんで疑問系だよ。ここで役に立てよ自問自答。
とりあえず名前はなんて付けようか、いやキャンディか。
キャンディゴートで決定か。いやいや、星空と俺が発見したから…。
…俺の名前なんだっけ?ああ、岸崎銀次だ。そうだそうだ。
うーん、俺と星空の名前の一部を取って、「シルバースターゴート」かな?
銀の星の羊、いいねー。いや、ダメだ。恥ずかしい。殺して。
「キャンディはえほんのくに、メルヘンランドのよう・せい・さんくるっ!」
「絵本の国!?妖精さん!?」
………ああ。どうやらここら辺は幻覚症状を起こす毒ガスが漏れているらしい。
火山は近くに見えないが、きっと湖のそこがそれっぽいのに通じてるんだろう。
ああ、なんて事だ。まだ顔も知らない学友達を助けなければ。
いや、その前に星空だけでも逃がさねば。むしろ、星空だけ逃がそう。
いや、もしかして星空は有毒ガスによる幻覚なのか?
「ひゃああああ!!絵本好きな私にやってきたよ素敵な出会いー!!妖精さんだって妖精さあああん!!」
なんてことだ、俺も堕ちたものだよ。
こんな唐突な事をあっさり信じてしまう女の子を生み出してしまうなんて。
ああ、きっとこれも幻覚に引きずり込まれる罠のようだ。
でもね…、こっちで出来た初めての友達なんだ…。
たとえ幻覚だとしても、構わない。俺はここに残って、星空と一緒にいるよ。
輪廻の輪に加わった父さん母さん。別世界に生きる妹。
どうやら俺は、社会的にここまでのようだ。
妹の将来だけが気がかりだが、輪廻転生の輪でずっと見守っているよ。
今、会いに逝きます。老害を殺します。
「はっ!こうしちゃいられないくる!」
実在を許された非実在動物は、用事を思い出したようだ。小さな後ろ足でてこてこ走っていく。
「はっ!ていうか」「しゃべったな」
前半は星空、後半は俺である。
「ねぇあなた!私とお友達… あれぇ?キャンディ?キャンディは?」
「…いなくなったな、非実在動物」
はて、どこから夢でどこから現実なのだろうか。
もしかして転生とかも夢?うっわー、八つ裂きにしたい。老害を。
…いやいや待て待て。まだあわてるような時間じゃない予感。
「あれぇ?夢ぇ? …あっぷっぷぅー」
「…あっぷっぷぅーだなぁ」
うん、夢だよ。現実に頬を膨らませて「あっぷっぷー」なんていう女子なんていません。
いたとしても、それはただの痛い子です。保護してあげるのが良いでしょう。
適度に腐ったBL小説を上げると喜ぶかも知れません。
それと、会話をする際にけっして否定してはいけません。肯定一択で貫きましょう。
話の内容が愚痴だった場合、怒りの矛先が自分に向けられて、大変危険な状態になる可能性があります。管理に気をつけて、責任を持って保護しましょう。
「ん?これって…」
星空はきついピンクのハードカバーの本を拾う。
「あれ?まだ夢の中なのか?ああ、明析夢か珍しい。早く夢から覚めないものか、なんだったらインセプションしてくれても一向に構わない。好きにしろ。星空と出会えただけでも行幸だ。十分だ。幸せだ。早く『水に流して』を流すんだ。俺は起きる。夢に導いた犯人に告ぐ、起きたらこの事は水に流してあげよう。八つ裂きにしてな」
「はああっ!夢じゃない!銀次くん!夢じゃないんだよ!」
「え?マジで?」
まさか、そんな馬鹿な。いきなり絵本がどうたらこうたら言う痛い女子中学生も、突然変異にして非実在動物が出現したのか?実在したのか?というかそもそも、別世界に中学生として転生したってのも夢?ははっ、夢の奴め、かぶきおる。
「ホントにホントにホーーーーッントに!夢じゃないんだよ!」
星空は満面の笑みで、これは現実だと諭してきた。
夢の奴め、我の夢ながらなかなかに戯けた戯言を吐きおるわ。
「ははははっ戯けた事を抜かす小娘がいたもんだ。どれ小娘、余の頬を抓ってみよ。ほんの余興だ。近う寄る事を寛大に許してくれようぞ。ははははっ」
「ぎ…銀次くん?しっかりしてえええ!」
星空は俺の頬を思いっきり抓った。
はははっ夢の奴め、やりおるわ。まさか我に痛みを与えるとは、なかなか芸達者な奴がいだだだだだだだだだだだだだだ。
「………夢ではないみたいだ。うん、ごめん」
「あっちょっと強く抓りすぎたかな?ごめん…」
「いやいや、ありがとう。これは現実だ。ていうかごめん」
「…なんで謝ってるの?」
だって痛い子とか言っちゃったんだよ俺。
死ねよ俺。
死んだけど。
七色ヶ丘中学校らしき建物から、かつて聞き馴染んだチャイムのような音が鳴り響いてきた。
やばい。
「「遅刻だ」!」
星空の鞄を拾い、星空の走るスピードに合わせて
桜並木を走る。
どうやら、これは現実らしい。
両親が死んだのも、俺が死んだのも。
職務怠慢な老害がいた事も。
職務怠慢な老害を八つ裂きにし損ねた事も。
俺が別世界に転生した事も。
妹が一人ぼっちになったのも。
全部、現実らしい。
けれど隣を走る、異世界での初めての友人、星空みゆきもまた、現実なのだ。
今はそれを、大事にしておこう。
敵が来たら八つ裂きにしよう。
老害が来たら八つ裂きにしよう。
なんだろう、これから飛び切り、とんでもない事が始まる気がする。
“岸崎銀次”
転生した世界での俺の名前らしい。
本来の自分の名前は、念を入れて家を出る際にメモに書きなぐった。
本名を忘れると自分が分からなくなるってのが千と千尋であったからな。
けれど、早く新しい名前にも早く慣れなければ。
“宇宙刑事ガンズバンF”
この世界でのスーパーヒーロタイムの花形。宇宙刑事シリーズ最新作。
「パッと見るとダサイ、動くとカッコイイ」はこの世界にも通じる法則のようだ。だっせぇ。
が、ピカピカのボディがきっとたまらなくなるんだろうと思うとワクワクする。
タイトルの“F”が何を表しているかは、観てのお楽しみらしい。
“自問自答”
老害が作った、転生者専用のシステムっぽいもの。
自問自答する事で知識を教えてくれる、簡易版で廉価版の「地球の本棚」。
ただし、「明日の天気は?」「今後の株価の上昇具合は?」「あの子のパンツの色は?」等、未来の事は分からない。分かってたまるか。星空はピンクに違いない。ごめん、殺して。
“非実在動物”
実際には実在しない動物である。
キツネリス等の創作物からスカイ・フィッシュ等のUMAを指し、幅広い面で使える言葉である。
ちなみにスカイ・フィッシュの正体は、虫の残像が生み出したものだ。
本当にいるなら八つ裂きにする。そして、パンにはさんで食べる。
“水に流して”
映画「インセプション」で主人公達が目覚める時に使われるあの曲である。
その曲をゆっくり流すと「インセプション」特有のあのテーマになる。
デーンデーン。デーンデーン。デーンデーン。
“星空みゆき”
元気でおてんばな転校生。
素敵な笑顔とウルトラハッピーな立ち振る舞いは俺の心をポカポカにしてくれる。
知った人間のいない、この世界で出来た初めて友人。
今更ながら、女子とお友達になるなんて俺も肝が座ったもんだ。
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