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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
21  午後には優雅にお茶会を 1


 突然だが、俺は今、二週間の長期休暇を満喫している。

 いや、正確にはエルステッドの乗組員全員だから、俺達になるかな?

 とにかく、二月から戦い尽くめで、碌な休暇がなかったエルステッド乗組員へのザフトからの粋な報奨である。


 ……というのは表向けであり、実際は、単に先の激戦で損傷してしまったエルステッドの修理とニュートロンジャマー発生装置を取り付けるのが長引きそうだったために、暇を出されただけである。
 なにせ、連合の猛攻によって損傷艦が多数発生したため、先月完成したばかりのアプリリウス軍事衛星港の修理用ドックは満杯であり、中破判定を受けたエルステッドは後回しにされているのだ。
 まぁ、現在の情勢を踏まえれば、稼働戦力を増やすために損傷が軽微な艦を先に修理するのが正しいことは間違いないだろう。


 それに、俺も、この休暇で、心と身体のリフレッシュが出来るからなっ!


 そんなわけで、最早日課になっている体力維持、増強のためのトレーニングをこなす他は、家でゴロゴロとしたり、ミーアと食べ歩きに出かけたり、休暇期間を入院して過ごす羽目になっているレナをからか……もとい見舞いに行ったり、平積みしていた書籍の類を消化したり、先月に士官学校の教官になったユウキの愚痴を通信で聞いてやったり、最寄の保安局訓練施設で射撃や格闘の訓練をしたり、ラウと酒を飲んだりと、まぁ、楽しくさせてもらっている。


 で、今日なのだが……。


「おい、ラインブルグ。……ここ、なのか?」
「ああ、教えてもらった住所はここなんだけど……どうかしたか? あっ、ミーア、呼び鈴鳴らして」
「うん、わかった」
「ちょっ……まっ……」

 何だか、ユウキが慌てているが、どうしたんだろう?

「……はい、どちら様ですか?」
「あっ、どうも、こんにちは、ミズ。……本日、お招きに与りましたラインブルグと他二名です」
「ああ、アイン君ね。今、門扉を開けるから、少し、待ってちょうだいね?」

 とまぁ、以前、二月のユニウス・セブンの件でエルステッドが救助した救難艇に乗っていたご婦人、母の友人であるミズ……自宅に連絡をもらった時に、失礼を承知で名前を聞いたのだが、直接会うまで内緒なのも楽しいじゃないの、なんて何やら悪戯を目論む俺の母に似た顔で言われてしまい、教えてくれなかった……から、救助の礼と母の昔話がしたいと招待を受けたのだ。
 まぁ、救助の礼だけならば、あの時に救助に関わったは俺だけじゃないので行かなかったのだが、母の昔話が加わっている以上は、まぁ、行ってもいいかなと考えた。
 それならば、ついでにと、あの時、防衛隊で心身を磨り減らして事後対応をこなしたユウキにも、生の感謝の声を聞かせてやるのも良いかと思い、また、妹分ミーアにも、俺や家族には言えない悩みを聞いてくれそうな頼りになる大人の女性として引き合わせたいとも思って、図々しくも同行者二人を伴ないたいとお願いしたのだ。

 あっ、もちろん、ユウキは事後承諾である。

 もちろん、例の如く、かなり文句を言われたが、何だかんだと言いつつ、有休を取って来てくれた。

 やはり、こいつは生真面目でいい奴だ。

 で、本日、ミズの自宅があるというアプリリウス・ワンまでやってきたのだが……。

「アイン兄さん、大きい家ね」
「……ああ、ほんとになぁ」

 いやぁ、とても大きい家、いや、凄い邸宅だねぇ。

 目の前で門扉が開いていくのを見ると、ああ、自分が小市民なんだなぁとつくづく実感してしまうよ。

「……」
「……」
「……」

 で、三人とも何となく無言になったまま、玄関まで向かっていき、こちらは古風なノッカーだったので、代表してトントンと叩いてみる。


 ガチャリと重い音をたてて開いた扉から出てきたのは、ミズ……。




「君達かね? レノアが招いたという客人は?」




 ……ではなく、プラント最高評議会の議員であり、俺達が属するザフトの親玉でもある、親愛なる国防委員長殿だった。




「ず、ズラ委員長! ……ざ、ザフトのためにっっっ!!」
「……」
「……」
「……」

 ……。

「……君、今、何と言ったかね?」

 ……はっ!

 し、しまった!

 つい、いつもの癖で!

 こ、ここここの危機的状況を乗り切る手は……っ!

「し、失礼、噛みまみた」
「……」
「……」
「……」
「まぁ、いい。……三人とも入りたまえ」

 あ、ありがとう!

 ありがとうっ、助かったよ、徘徊怪異幼女!




 ……それにしても今の眼光は……なかなかの猛者だな、委員長は。



 
 俺達三人は、ズラ……いや、これはしっかりと直さないといかんな、ザラ委員長の後ろについて行き、通されたのは日当たりのいい居間だった。そこで、以前にエルステッドでお会いしたご婦人、ミズ・ザラが待っていた。

 そして、開口一番。

「あら、どうしたの皆さん、顔色が変よ?」

 すいません、それ、俺の所為です。

「ふふふ、アイン君が何かやらかしたのね」

 ……何故にばれるのか?

「……おい、レノア」
「ああ、あなた、ごめんなさいね。まずは自己紹介をしましょう。……私の名前はレノア・ザラ。そして、隣が夫のパトリックよ。三人とも、今日は来てくれて、ありがとう」
「いえ、本日はお招きに与り光栄です、ミズ・ザラ。改めて、自己紹介させていただきます。お……私はザフト宇宙機動艦隊所属のアイン・ラインブルグです。こちらがザフト訓練校での同期で、今は士官学校で教官をしているレイ・ユウキ、そして、私の妹分でミーア・キャンベルです」
「……お、お初にお目にかかります、ミズ・ザラ」
「ほ、本日は……お招きいただき、ありがとうございます」

 何だか、固い動作でユウキとミーアが挨拶をする。

「ほら、あなた、そんな、無駄に威圧感を出してないで、お客様を席に案内して下さいな。私はお茶の準備をしますから」
「む。……ああ、わかったよ、レノア」

 ……むむむっ、今のやり取りで、だいたいの夫婦間の力関係が見えた気がするぞ?

「こっちだ。……三人ともかけなさい」
「では、失礼して……」
「……」
「……」

 ……?

「どうしたんだ、二人とも? なんか緊張しすぎてないか?」
「……」
「……」

 えっ、何ですか、二人ともその恨めしい目は?

「……君はラインブルグ君と言ったかね?」
「あ、はい、そうです」
「初めて来た家だ、緊張するのも無理なかろう」
「ああ、なるほど、そういうことですか」

 俺が緊張しなさすぎだって見方もあるが、さっき、あれだけ思いっきり殺気を中てられたんだ、もう、いまさらいまさら。

 そんな言い訳を考えつつ、一目で高価だとわかる応接ソファに、皆そろって腰を据える。

「んんっ、まずはレノアの夫として、妻を助けてくれたことに感謝する」
「……いえ、我々は当然の責務を全うしただけですから、本当ならコロニーへの攻撃を許した段階で感謝されるわけにはいかないのです」
「……そうか」
「はい」

 ザラ委員長の表情は形容しがたい色で染まってしまった。

 ……まぁ、私人としてとはいえ、軍事の責任者が部下に言う言葉じゃないもんなぁ。

「……」
「……」
「……」
「……」

 会話の種が見つからないよぅ、なんて考えてたら、ザラ委員長が再び口を開いた。

「……ユウキ君のことは士官学校時代からよく知っているのだが……すまないが、ラインブルグ君、君のことは名前だけしか憶えていないのだよ」
「いえ、トップガンであり、主席だったユウキならともかく、緑の俺を知らないのは当然ですよ」

 つか、できれば、名前も憶えていて欲しくなかったよ。

「ふむ、……君は、宇宙機動艦隊に所属していると聞いたが……ナチュラル共の軍と戦った感想はどうかね?」
「一言で言えば、強いですね」
「ほう、……精鋭であるザフトの一員でありながら、そう言うのかね?」
「ええ、言いますとも……あの物量は何よりの脅威です」
「……ふん、物量に頼る時点でナチュラルの劣等種たる所以が見えてこよう」
「い、いや……いやいや、委員長。戦いは基本的に数ですよ? 消耗戦になったら、プラントは絶対に勝てませんって」
「優良種たるコーディネイターならば、数の劣勢ぐらい、なんとでもできよう」

 おうっ!

 おうおうおうっ!

 おっさん、あんまり無茶言うなやっ!

 おっさんは後ろにいて、あんまりわからんだろうが、苦労するのはいつも現場だってのっ!

「では、委員長はこのままの状態で、プラントが地球連合に勝てると考えているのですか?」
「我々コーディネイターで構成された国であるプラントが、ナチュラル共の寄り合いに過ぎない連合に勝つなど、当然のことだろう。……君はそう思わないのかね?」
「……思えません。と言いますか、このままだと、間違いなく、プラントは負けますよ」
「お、おいっ! ラインブルグ! なんてことをっ!」

 今まで黙っていたユウキが制止の声を上げるが、俺は断固として無視するぞ。

「ふ、ふふ、この私に面と向かって……面白いことを言うではないか……若造」
「……い、委員長こそ、ほんとに考えていやがるんでございますか? 実は何も考えてねぇんじゃないんですか?」

 視界の片隅に、ミーアの不安そうな顔が見えた。

 ……。

 ごめんな、ミーア。

 でもね、ちょっと、ここは引き下がれないんだよ。

「委員長、無礼を承知で言いますが、ちょっと考えればわかることでしょう? コーディネイターは確かに、単体としての生命体として見れば優秀です。ナチュラルと対比してみれば、間違いなく優れているでしょう。ですが、その出生数の少なさ故に、あまりに数が……あまりにも少ない。対するナチュラルは単体としてならば、一般的なコーディネイターよりも生命体として能力面で劣るでしょう。ですが、それを補うだけの数が、出生率の高さによる数量が存在します。単体能力差でコーディネイター優勢として、ナチュラルとの消耗比を1:100で考えたとしても、地球の1/500しか人口がいないプラントが先に磨り減って、滅ぶのは道理でしょう?」
「それぐらいのことは考えている。だからこそ、私はシーゲルが提示した案を、ニュートロンジャマーによる地球上の核エネルギー供給源の根絶を容認したのだ」

 ……まさか。

「そ、それは元より原油や石炭といった化石燃料資源が枯渇しつつある地球で、原子力が社会を支えるエネルギーの大部分となっていたことを承知の上で、ニュートロンジャマーを落とした、ってことですか?」
「そうだ。社会を支えるエネルギー源を奪ってしまえば、自然、ナチュラル共の数も労せず大きく減ると、我々とナチュラルとの人口比の差が縮まるだろうと考えたからこそ、私は、核による報復案を押し通さなかったのだ」
「なん……だと?」

 驚愕の事実が今、発覚したっ!

「ふん、若造、もう一度、言ってやろう。……ニュートロンジャマーは、旧種であるナチュラルを効率的に減らすために、最も簡単で有効だからこそ落したのだ」
「……お、おいおい、委員長さんよ……ナチュラルを効率的に減らすために、だと? そんなことで……そんなことが目的で、地球にニュートロンジャマーを落したってのか!」
「その通りだ! 全てはナチュラルを効率的に減らすためっ! 奴らを滅ぼさんがためだっ!」
「……えっ? ………………ナチュラルを…………滅ぼす?」
「そうだっ!」

 滅ぼすって、おっさん、マジで言ってんのか?

 思わず立ち上がって、おっさんを睨みつけ、今まで以上の大声で問い詰める。

「おい、おっさん! この戦争はプラントが独立するために始めたんじゃないのかよっ!!」
「……若造がなにを甘いことをっ! この戦争の目的はプラント独立以上に、旧種であるナチュラルを滅ぼし、新種であるコーディネイターが新たな世界を構築するために決まっているだろうっ!!」

 おっさんも吼えると、立ち上がって、俺を睨みつけてきた。

「おっさんこそ、フザケたことをほざくんじゃねぇぞっ!! あのニュートロンジャマーの散布で死ぬのは、プラントとはまったく無関係で、富や財とは無縁な、弱者だろうがっ! しかも、全土に散布するなんて、何考えてんだ!? この戦争に関与していなかった、中立国まで巻き込むなんて、どう考えても、自分で自分の首を絞めたとしか思えない、おかしいことだぞっ!」
「ふんっ! それがどうしたというのだっ! どの道、滅ぼすのだ、地球に住む劣等種たるナチュラルが幾ら死のうが、知ったことではないわっ!」
「んだとっ! ナチュラル、ナチュラルって、全てを一括りにするんじゃねぇ! それにだっ! 自分達がやったことぐらい、どんなことか、どういうことなのか、考えたら、わかるだろうっ!」
「考える必要もないっ!」
「考えるつもりがないなら、俺達が為したことから目を逸らすつもりなら、教えてやるよっ!」

 ひたと、こちらを睨むおっさんを見据えて、後を続ける。

「簡単なことさっ! あんたが黙認してやったことは、旧種旧種って侮蔑しているナチュラルが、ユニウス・セブンにやったことと、武器も持たないプラント市民を殺したってことと、社会を、世界を破壊したってことと、まったく同じことをやったんだよっ!!! そんなことをしておいて、どこが旧種と違うっ! どこに旧種との違いがあるっ!! どこに人類の新種らしさがあるってんだっ!!!」
「っ! 新種が旧種を殺して、淘汰して、何が悪いっと言っているっ!」
「悪いに決まってるだろうっ! 新種だろうが旧種だろうが、同じ人間だろうがっ!」

 ……何となく、閃くものがあった。

「……はんっ、あんたこそ、どうせ、若い時にでも受けた差別に、コーディネイターだからって受けた差別に、コーディネイターは新種だ、って縁にすがって、ただナチュラルに反発したいだけなんだろうっ!?」
「っ!」
「いい大人なら、何時までも小さいことを引き摺って、(けつ)の孔が小さいところを見せるんじゃねぇよっ!」
「っぐっ!! ほざいたなっ、若造っっ!!!! どれほどの労苦の末に! 我々コーディネイターがっ! このコロニーをっ! このプラントを建設したか、貴様にはわかるまいっ! そして、我々が全身全霊をかけて造り上げた、このコロニー群でっ! 理事国にっ! ナチュラル共にっ! どれだけ好き勝手されてきたかをっ! 多くの同胞がただコーディネイターであると言うだけで傷つけられっ! 殺されたかをっ! それに対抗しようにもっ! 絶え間ない監視の目と無慈悲な暴力から、護る為の手段を縛られてっ! どれほどの屈辱を味わってきたのかをっ!!!」

 ……確かに、俺達、若い奴が知らない、苦難の歴史があったのかもしれないさ。

 だがっ!

「だからといって、ナチュラルだからって理由だけで、滅ぼそうとして良いのかってんだっ!!」
「良いに決まっているっ! 自分達で優れた存在としてのコーディネイターを生み出しておいて、後になれば、勝手に我々を羨望し、妬み、そして、憎むようなナチュラルなどっ、滅ぼしてしまえばよいのだっ!」
「そういうコーディネイターもっ! 能力が低いからってだけで、ナチュラルを見下してきたんじゃないのかっ!」
「それだけの権利が、我々にはあるということだっ!!」
「そんな決定をする権利が、あんたにあるのかよっ!!」

 がるるるるるるるるるるるるっ!

「……これ以上の問答は不要だッ!!」
「おう、上等だっ! おっさんっ! 表に出ろっっ!!」
「っ! その言葉、後悔するなよっ! 若造っ!」
「はんっ! おっさんこそっ、後悔すんなよっ!」




「お、おいっ ラインブルグッ!」
「兄さんっ!」
「あの人ったら……」




 ……俺、茶会に来たはずなのに……何してるのかなぁ。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/02/14 誤記及び表記修正。


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