第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
20 ヤキン・ドゥーエ防衛線 4
艦隊へと絶え間なく攻撃を仕掛けてきていたメビウスは姿を消し、戦闘宙域には飛来するミサイル群を迎撃する、ザフト艦隊のビームやミサイル、MSによる迎撃射撃だけが、尚も盛んに撃ち放たれている。
そんな中、ベルナールの誘導の下、俺は全身を強打したことで痛み始めた身体を酷使して、なんとか、エルステッドに着艦することができた。
そして、格納庫内へのエアー急速充填後、出来る限り、周囲に悟られないよう、苦悶の表情が表に出ないように、冷や汗を流しつつ、歯を食いしばりながら、受け入れ準備をしていた衛生班にレナを預けた。
で、俺の後で降りたデファンやシゲさん達整備班と共に、レナが担架台に載せられて去っていくのを見送って、やれやれ、これで一安心と思って、つい気を抜いてしまったら、背中と脇腹の痛みが一気に襲い掛かってきてしまい、悶絶して倒れてしまった。
……急にふわふわと中空に浮かび上がる、顔を血塗れにした俺。
どう考えてもレナより重傷に見えたそうで、整備班とデファンには無駄に大騒ぎをさせてしまった。
いや、申し訳ない。
今は、反省している。
とにかく、俺もまた整備班員達によって、医務室へと文字通り担ぎ込まれてしまった。
で、医務室に詰めている軍医による非情な触診とレントゲン診察の結果……内臓損傷なしの単純打撲で全治五日だった。
デブリの衝突を受けた後、二人分の質量を引き受けて鋼鉄に叩きつけられたというのに、無駄に頑丈な身体である。
……いや、この場合は日頃の訓練とデブリを受けても破れる事もしなかったプラント脅威の技術力の体現であるパイロットスーツを褒めるべきだろう。
一方のレナだが、強烈なシートベルトの圧迫によって肋骨を数本折った上に心肺や内臓へのダメージが大きかったらしく、少なくとも全治三週間程度との簡易診察によって診断が出たが、まだ詳細な検査が終わっていないため、確定とはいえないらしい。
もっとも、俺から言わせれば、簡単な診察による診断とはいえ、骨折数本と内臓器への大ダメージだというのに、三週間で完治するとは驚きに値することだと思う。
いやはや、本当に、コーディネイターの回復力の凄さには驚くばかりである。
さて、何時の世も変わらぬ打撲治療剤の湿布(無臭)を患部に……というか全身に貼られた後、レナの詳細な検査を行うということで、女の園もとい医務室から追い出された俺は、とにかく、まずは戦況を知るために艦橋へと向かうことにした。
この際、背中や脇腹の痛みは我慢してみせるしかないだろう。
男とは何時の時代でも、少々のやせ我慢ぐらいは、見栄で、できないといけないのだ!
……なんてね。
はぁ、でも、正直、痛いなぁ。
患部が痛まないように、ギクシャクとした動きをしながら、一路、艦橋を目指すが……いつも通る道が封鎖されていたため、遠回りする羽目になった。
途上で擦れ違った見知りの主計班員に聞くと、どうやら、被弾した影響らしかった。
ついでに応急対応班に、怪我人が出たらしいことも聞いた。
……でも、医務室には、怪我人らしき姿はいなかったような?
そのことを不思議に思いながらも、迂回ルートを進み続け、艦橋へとたどり着いた。
邪魔になりそうだったら、すぐに引き揚げなければ、なんて考えつつ、艦橋へとつながる扉を開き、中を伺う。
案の定、艦橋は、まだ出撃中のアシム小隊と連絡を取っているらしいベルナールや索敵レーダー手と一緒にレーダーと睨めっこしているリュウ班長、操舵士に指示を出すゴートン艦長といった具合に、とっても忙しそうだった。
……これは間違いなく邪魔になりそうだった。
そんなわけで、ここは大人しく引き揚げようとしたら、扉の圧搾音でこちらに気が付いたらしいゴートン艦長に呼び止めらてしまった。
忙しい時に、余計な手間を掛けさせしまうことを申し訳なく思いながら、艦長の隣に立つ。
「ラインブルグ君、医務室じゃなかったの?」
「レナ……ラヴィネンの治療があると言われて放り出されました。エヴァ先生によると、俺の診断結果は全治五日ですが、多少の無理をさせればMSへの搭乗は可能、とのことです。後、ラヴィネンですが、骨折と内臓のダメージが酷くて、軽く診察した結果は少なくとも全治三週間で、これ以上の出撃は無理だそうです」
「……戦死されるより遥かにマシさ。それにしても……負傷者を放り出すなんて、相変わらず、男には厳しいねぇ、エヴァ先生は……」
「そうですかね?」
俺的には、衛生班の女の子に近づきたいがために仮病になってやってくる整備班員が尻を蹴り飛ばされたり、下剤を投与されるのは許容範囲だと思うのだが?
……話がそれ始めてるな、修正修正。
「それで艦長……今の戦況は?」
「うん、何とか、こちらの粘り勝ち、といったところかな?」
今現在も、ミサイル迎撃のために艦隊からビーム砲が絶え間なく撃たれているのが艦橋から見えるのだが、帰艦した頃に比べれば、その本数は減っている。付け加えれば、あれだけいたMAの姿も、本当に、跡形もなく消えてしまっている。
「敵艦隊は撤退を開始しているよ。今のミサイル攻撃は在庫一掃ないし、こちらの追撃阻止を狙ったものみたいだ。で、今現在、判明しているだけで、出撃してきた敵MAの3/4程度を撃墜し、特攻を図った小艦隊……ラインブルグ君達が対応した150m級群も全て撃沈している。……どうやら、先の特攻艦隊が全艦撃沈されたことで、敵は撤退を決断したようだよ」
それが今回の攻撃での本命だった、ということかな?
……。
いや、それよりもだ……。
「プラントへの……コロニーへの被害は?」
「迎撃で発生したデブリが幾つか衝突したけど、直接的な被弾による被害は出てないよ」
「……艦隊の迎撃態勢は限界に近かったみたいですけど?」
「いや、防衛隊がかなり頑張ってくれたんだよ。特にヤキン・ドゥーエに据えられた作業用MS砲台群は大活躍さ」
……なら、あの最悪の想定は役に立ったということだな。
「もっとも、艦隊はかなりやられたけどね」
「……どれくらいですか?」
「概算で、第一防衛ラインを担った部隊の八割が損失、第二防衛ラインの本隊も二隻が沈んで、八隻が大破ないし中破しているし、小破判定はほぼ全艦。それに、第三防衛ラインでも二隻が、コロニーへの直撃コースに入ったミサイル群からコロニーを守るために、盾代わりになって被弾して、大破判定を受けているよ。当然、MSの損失も……それ相応の数が落ちたよ」
……それ相応、か。
一つ、頭を振り、話を進める。
「着艦する時にも気が付いたんですが……エルステッドも被弾したんですね」
「うん。流石にミサイル迎撃とMAの相手を同時にするには骨が折れたからね。ちょっとした隙を突かれて、艦本体推進部付近にMAのレールガンを喰らって小破、左舷推進ユニットには、これもMAの対艦ミサイルが入って大破、後、飛来したミサイルの迎撃に失敗して、近距離で敵艦載ミサイルが爆発した影響で、ビーム砲一門とレールガン一門が中破。……まぁ、幸いにも、全てのケースで、エネルギーカットや応急対応班が間に合って、爆発することはなかったよ。怪我人も、応急対応班から少し出ただけですんだしね」
「そう、ですか」
かなり、危ない橋を渡っていたようだ。
「まぁ、うちも艦隊も、受けた被害は大きかったけど、敵の侵攻を食い止めたという点では、防衛作戦は成功したと考えてもいいんじゃないかな」
「プラント防衛に成功した、ということですか」
「ああ、そう言ってもいいね」
少し、肩から力が抜けた気がした。
「そんなわけで、損傷したうちは追撃戦に加わらないからさ、ゆっくり身体を休めてよ」
「……わかりました。お言葉に甘えますよ、艦長」
「うん、それだけのことをしたんだよ、君達はさ」
艦長の褒め言葉に軽く笑みを返した後、俺は敬礼して、これ以上の指揮の邪魔にならないように医務室に戻ることにした。
その医務室へと戻る道中に少し考える。
今回のレナ機の被弾とそれ以降のことで、前々から感じていたことが確信に変わった。
パイロットを保護する機能……特に脱出装置がないジンは……異常な機体だ。
皆は、MAへの優位性ばかりに気を取られているが、パイロットの生存性が、あまりにお粗末すぎる。
設計者は機体が危険になれば、コックピットハッチを開放して、デブリやビーム粒子が飛び交う中に飛び出せとでも言うつもりなのだろうか?
……まったく、実際にやった身から言わせてもらえば、冗談ではない、の一言だ。
一度、自分でやってみろってんだ!
ほんと……生存性から言えば、傑作機どころか欠陥機だよ。
……よし、このことはシゲさんに相談しよう。
整備員として情熱と誇りを持っているシゲさんなら、俺が言いたいことがわかってくれるはずだ。
そう結論付けた所で、医務室に到着した。
……思考をまとめるのと目的地に到着するのを同期させるなんて、我ながら、なかなかにうまく出来ている身体だと思う。
まぁ、自画自賛は程々にしておいて、とりあえず、医務室のインターフォンを押して、中に入っていいかのお伺いだ。
「誰だ?」
「ラインブルグです。エヴァ先生、入っていいですか?」
「……入るがいい」
相も変らぬ愛想も素気もないドライな返事である。
まぁ、それがいいって奴が整備班にはちらほらといるのだがな……。
エヴァ先生の下僕になりたい奴らの顔を、二、三、思い浮かべながら中に入ると、燃えるような赤髪を背中まで伸ばした、背が低くければ母性も小さいという、白衣を着たエヴァ先生が椅子から立ち上がって、こちらを振り向いたところだった。
先生の怜悧なアイスブルーの瞳が俺を射抜く。
それはもう、マが付く人ならば、喜んで全てを奉げそうなほどのものである。
とはいえ、俺にはその気はないので、気にするほどのものではない。
後、当然ながら、そんな鋭い目を持つ以上は、カエル顔でもない。
「エヴァ先生、レナの様子はどうですか?」
「……ああ、ラヴィネンの具合だが、幸い、折れた骨は内臓を傷つけてはいなかった。それに、綺麗な折れ方だったから、下手に触らず、そのままにして、コルセットで固定するだけにした。後、吐血……いや、喀血だが、被弾の際の激しい衝撃と急激な加重によって、肺の肺胞が圧迫されて発生した出血からだった。今は出血を抑える薬とカルシウム増強剤を投与してあるし、経過もしっかりと観察しているから、安心しろ」
「そう、ですかぁ」
これで、本当に安心である。
「しかし、貴様は頑丈というか、悪運が強いな、ラインブルグ」
「はい?」
「……貴様が私に話した状況では、単純打撲ですまないはずなのだ」
そりゃ、アレだけ激しく叩きつけられたもんなぁ。
「そりゃ、あれですよ、プラント脅威の技術力の恩恵を与ったということでいいんじゃないですか?」
「ふん、そういうことにしておいてやろう」
いやいや、そんな、それ以外ないって……。
「で、レナの様子……見てもいいですか?」
「ああ、好きにしろ。ただし、私の管理する部屋で、患者に悪戯でもしてみろ……切り落とすからな?」
「……な、ナニヲデセウ?」
「ナニに決まっておろう」
……この人、怖すぎ。
背後の気配に、戦々恐々としながらも、衛生班員に挨拶しながら、レナの様子を伺うため、ベッドが並ぶ方向へと向かう。
ベッドの一つに横たわるレナは、どこか虚ろな……生気が薄くなった目でぼんやりと中空を見つめていた。
……。
普通で、いいか。
「よ、気がついたみたいだな」
「…………あ……せ、んぱ、い?」
「ああ、そうだ、レナ」
たぶん、今のレナは、自分がどういう状況に陥り、どんな状態になったのかを把握し始めているのだろう。
そして、現状を把握するに伴なって……死の恐怖も、ぶり返してきているはずだ。
「大丈夫だぞ、レナ。お前はちゃんと生きている。何、ちょっとだけ、怪我をしただけさ」
「……え、ぅ……」
レナの瞳に生気が戻るにつれて、その身体が震え始めた。
俺は、傍らに立ち、そっと、レナの手を握ってやる。
「……わ、わた……し……も、もう、すこ……し、で……」
恐らくは様々な感情、圧倒的な死への恐怖、今、生きている喜び、落とされた悔しさ、みたいなものが、飽和したのだろう、レナの滲み出した瞳から涙が次々と零れ始め、宙を漂い始める。
「……先生、何か拭くもんないですか?」
「……き、貴様という奴は……まったく……ほれ」
「ありがとうございます」
いや、だってさ、自分のハンカチ、顔に付いた血をふき取ったりした時に使ったから、もう……ねぇ。
なんて、内心で言い訳をしつつ、エヴァ先生から受け取ったガーゼ……この人もさ、人のこと、言えなくない?
でも、ナニを切り落とされるかもしれない危険を回避するために、口には出さない。
「ほれ……レナ、今は存分に泣け」
「うぅぁ、う……ぅぁぅぅうぅ……」
「……ベッドに固定されて、思うように手が動かんようだから、拭いてやるよ」
ついでに、昔、ミーアにしてやったように、頭を撫でてやる。
「……うう、ぅぁぅうぅぅ……」
……掌に伝わる髪の感触と、ガーゼに滲みる暖かい涙、それに生きていることを証明する、止まる事のない嗚咽に……助けられてよかったと、つくづく実感できた一時だった。
4月19日。
ザフトは月へと撤退する連合軍の艦隊への追撃を断念する。
これにより、連合軍の侵攻から始まったプラント巡る一連の防衛戦は終わりを告げた。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/02/14 誤記修正。
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