第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
19 ヤキン・ドゥーエ防衛線 3
幸いなことと言うか、突入艦隊の周囲にMAの姿は存在しなかった。
おそらく、ここに至るまでの戦闘で消耗しきったのだろう、等と考えながら、後輩二人に指示を出す。
「MAは確認できないから、150m級にだけ集中する。真ん中の四隻は俺、前の三隻はレナ、後の三隻はデファンが担当する。意見は?」
「ありません」
「ないっす」
二人の返事に一つ頷いて、仕掛ける時の注意点も伝える。
「よし。これから仕掛けるが、レナ、デファン、襲撃機動中は絶対に止るなよ?」
「はいっ! こまめな回避機動も忘れない、でしたね」
「うっす、それに、時に鋭角に針路を変更することも加えれば、尚のこといい、だったっすね」
「よし、よく憶えていた。後、誘導が効き難くてもミサイルを撃ってくる場合もあるから、これにも注意が必要だからな? ……二人とも気張れよ」
「「了解!」」
ラウ達の小隊との協同作戦は簡略に、俺達の囮小隊が突入艦隊の左舷仰角方向から右舷俯角方向へ、一撃離脱的な動きで目立つように襲撃をかける。この時、少しでも指揮系統を動揺させて対応能力を落すために、敵艦の艦橋付近を重突撃機銃で集中的に狙う。
一方のラウ達の本命小隊は、俺達が襲撃を突入してから一瞬置いて、左舷俯角方向から右舷仰角方向へと突き上げる形で、対艦攻撃を仕掛ける。こちらは150m級の弱点である、推進部付近とミサイルランチャーを狙って、パルデュスや無反動砲を発射し、一撃での撃沈を目指す。
急場で作戦をし立てたが、ラウがいるんだから、きっと上手くいくはずだ。
今日、破壊されたと思しきMSやMAのデブリに紛れて、150m級で構成された小艦隊が接近してくるのを待ち……一呼吸して……MSの重突撃機銃を持っていない方の手でカウントダウンを示す。
4……3……2……1。
ゼロになった瞬間、小隊全機で一斉に飛び出し、重突撃機銃を乱射しながら、一気に敵艦に向けて加速して、自分達の存在を誇示する。
…………くっ、さすがに、ここまで突入してきただけあって、反応が早いっ!
突入艦隊の残存である十隻程の150m級が、組織的にかつ断続的に、近接砲火を撃ち放して弾幕を形成してくる。
しかも、以前とは異なり、150m級に搭載されている火砲の量が多い上、こちらの進路を塞ぐように計算されたかのような火線網に、恐怖心も自然、懐いてしまう。
だが、ここで立ち止まれば、本当に、ただの的だ。
ひたすらに回避行動を伴ないながら加速し、担当する四隻の艦橋付近を目掛けて重突撃銃をぶっ放す。
更に、さっきMSの残骸に隠れた時に拾っておいた重突撃機銃のマガジンを一つ取り出し、手近の150m級の艦橋に投げつけた。
そして、艦隊の中央部を突っ切り、遠ざかる。
「……きゃぁぁうぁっ!!」
後追いの弾幕の中、突き抜けた、と思った瞬間、レナの悲鳴が通信系に響き、一気に頭から血の気が引いた。
「デファン! ラウ達の戦果確認と支援は任せるぞっ!」
「了解!」
咄嗟にデファンにラウ達の戦果確認と支援を任せて、近接火砲が被弾したのだろう、破壊された背部メイン・スラスター付近がスパークしているレナ機の元へと急ぐ。
その間にも、レナ機や俺の機への、150m級からの更なる追い撃ちが来るかと冷や汗を流したが、そこはデファンの反転やラウ達の強襲が間に合ったらしく、敵艦隊はそちらへの対応を優先したようだった。
「レナッ! スラスターがまずい! 早く脱出しろ!」
「……ぅ」
「レナッ! しっかりしろっ!!」
通信からはレナの辛そうな呻き声だけが聞こえてくる。
背部メイン・スラスター付近に被弾している以上、いつ推進剤に引火してもおかしくない。
ならばと、目に付いた大型デブリ、主戦場から破壊されて流されてきたらしいメビウスの影に、150m級から見えないように、慎重に減速させたレナ機を引っ張りこんで…………躊躇する。
何故、俺はここまでするのだろう?
……本当に、何故だろうか?
自分が生き残りたいなら、見殺しにしたらいい。
……その方がきっと楽だろう。
自分が死ぬ危険性があって、他人を救うために危地に飛び込むのか?
……本当に、重い天秤だ。
……。
だが、救える可能性があるなら、見殺しになんて、できるものかっ!
「デファン、レナが負傷していて、脱出できないようだ! 救助のために外に出るから、余裕があればでいい、周辺の警戒も頼むぞ!」
「っく! 了解! 先輩! 人間、やってやれないことはないっすよっ!!」
デファンの自身への、あるいは俺への鼓舞を耳にしつつ、コックピットハッチを開放する。
……ああ、まったく、ビーム粒子やデブリが飛び交う中、宇宙遊泳する羽目になるとは思いもしなかったよ。
なんてことを考えながら、あえて恐怖を飼い慣らすために口元に笑みを形作り、ワイヤーガンをレナ機のコックピットハッチ付近に撃ち込む。
そして、自身の身体を飛び出させると同時に、ワイヤーを巻き上げた。
………………。
……ふ、ふぅぅぅぅぅ、じゅ、寿命が縮むわぁ。
って、い、急いでハッチを開放させないと……。
……よし、開いた。
……。
はぁ、もう一回、今の恐怖を味あわないといけないって考えると……鬱になるなぁ。
と、どこか冷静に物事を見据える自分がいて、さっきとは別種の笑み、苦笑を浮かべてしまう。
こういう非常時に、保安局時代に叩き込まれた心得や動作が生きてくるあたり、人生の面白さがあるみたいだな、なんて、シートにもたれてぐったりとしているレナのシートベルトを非常用ナイフで切り裂きながら思う。
「レナ!」
「……ぅ」
返事がないことに危機感を覚えつつ、レナの様子を探るべく、ヘルメット越しに覗き込む。
……口元から血が出ている。
骨折か何かで、内臓か肺を傷つけたかと推測し、気付く。
もしかしたら、血が滞留して、気管を塞いでいるのではと……。
吐き出す力があればいいが、意識を失いかけている今のレナには不可能なようだ。
瞬間、胸部を圧迫させて血を吐かせることが思い浮かんだが、胸部を強く圧迫されているとわかる以上は、できるだけ身体に負担をかけたくない。
つまり、窒息を回避するためには、早急に滞留している血の固まりを吸い出す必要がある。
……だが、今すぐ爆発してもおかしくないレナ機の状況ではのんびりとしてはいられない。
レナの治療をするためにも、また、危地から脱するためにも、早急に自機へと戻らなければならない。
よって、俺は、大きく深呼吸してから、再びワイヤーガンを自機の開放したままのコックピットハッチ付近に撃ち込む。
そして、レナを後生大事に抱きかかえて、虚空へと飛び出した。
………………っ!!!
……えっぐっ、と、突然、横から脇腹に何かゴスッて、いたぁぁあって、体が……回転して、め、目が……回って……脇がえぐれてって、MSが迫ってっ、ぬぅぅう、せ、せめて、レナだけはっ!
……ごふっっふぇへぇぇぇっっ!!!!
いたたたっ、いたすぎっ、背中というか、全身を、ジン頭部のトサカに叩きつけられた!
トサカの癖に、何という優しくない固さだっ!
まったく、トサカにくるぞっ!
……。
なんだか、色々な意味で、かなり、いたすぎるが、さっきのデブリらしきものがって……。
……。
……おお、脇腹、あるよ!
パイロットスーツ、破れてないよっ!
さ、流石は、プラント脅威の技術力っ!!
それに、よくよく考えたら、今のが、ビーム粒子じゃなかっただけ、マシ……なのか?
等と様々に考えながら、九死に一生を得た心持で、何とかワイヤーを巻いてコックピットに潜り込み、ハッチを閉鎖する。
これでようやく、一安心だが、背中と脇腹が非常に痛い上にまだ目が回ってる。
……って、それよりも今はレナだった!!
コックピットに気密が確保されたのを確認して、自身のヘルメットとレナのヘルメットを急いで取る。
ヘルメット内に溜まっていた血の塊が俺の頬にぶつかるが、気にしてはいられない。
「……ぅ」
レナの呻きから察するに、さっきの衝撃で少し血を吐き出したようだが……。
「……すまん、レナ」
一言謝罪して、レナの気道を確保した後、己の唇とレナの唇を合わせた。
そして、気管に溜まっていた血を大きく吸い出しては、エアクリーナー付近に吐き出す。
「……」
「……ぅ、……すぅ」
味覚に鉄の味を感じながら、二度、三度と、吸い出すとレナの口に自然な呼気が戻った。
だが、依然として顔色が悪い。
「……ぅ、う、ぐっ、うぅぅ、……あ、……せ、んぱ、い?」
「ああ、レナ、もう大丈夫だ」
「う、あ……?」
「落ち着け、もう大丈夫だから、安心しろ」
意識が混濁している状態のレナに安心するように言い置いてから、そっと背面から抱きかかえて、ラウやデファンとの通信を開いて状況を聞く。
「ラウ、デファン、状況は?」
「アインか、宙域の敵艦は全て排除した。……状況は聞いている。彼女は無事かね?」
「……流石に容態は詳しくはわからんが、血を吐いている」
「ふむ……ならば、早急に母艦に戻るべきだな」
「ああ、そうするよ、ラウ。……それと、すまなかったな、あまり掩護ができなかった」
「いや、君の小隊の残り一人……デファンと言ったか、彼が上手く機を作ってくれた。……私の隊に欲しいくらいの腕だよ、アレは」
こんな状況だが、育ててきた後輩が褒められて、うれしく感じる。
「アイン、今は時間が惜しかろう。早く行け」
「ああ、感謝する、ラウ。……落されるなよ」
「当然だ」
ラウが不敵な笑みを浮かべるが……俺と違って、すんごい似合うわぁ。
「先輩! 今なら、宙域の状況が落ち着いてるっすよ。今のうちにっ!」
「ということらしいから、行くわ」
「ああ、また、プラントで会おう」
「ああ、プラントで」
プラントでの再会を約束して、ラウとの通信を切った。モニターに映ったラウのジンが軽く"無事を祈る"とのハンドサインを出したので、こちらも"幸運を"とのハンドサインを返す。
すると、ラウ機が自身の小隊を連れて、戦域へと去っていくのがわかった。
さて、こちらもエルステッドに戻ろう。
「デファン、エスコートを頼むぞ」
「了解っす! 後、エルステッドにも連絡を入れておいたっすよ!」
「おお、流石だな、デファン」
ゆっくりと、出来るだけ負傷しているレナの負担にならないように機体を進ませ始める。
……背後で、俺達が離れるのを待っていたかのように、レナのジンが、破損したスラスターのスパークが遂に推進剤に引火したのだろう、爆発して散っていった。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/07/18 誤字修正。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。