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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
17  ヤキン・ドゥーエ防衛線 1


 俺にとっては大きな衝撃があった先の第二次地球降下作戦によって、ザフトは地上拠点としてカーペンタリアを確保した。また同時に、降下部隊を迎え撃った地球連合軍の太平洋艦隊に大打撃を与えたことで、大洋州連合への圧力を減退させ、また、カーペンタリア周辺地域での行動の自由も獲得することになった。
 ちなみに、カーペンタリア沖での戦闘では、新型MSのディンが空中で華やかに活躍したそうである。今回、実戦投入を見送られてしまったという地味男なグーンの、伊達男なディンへの嫉妬の声が聞こえてきそうな話だ。

 さて、俺が乗組むエルステッドであるが、ゆっくりと休む間もなく、今度は月方面からの敵艦隊の侵攻に対処することになった。
 侵攻中の敵艦隊の戦力は、衛星で観測された推進機関等の熱源や光学からの情報……ニュートロンジャマーが効いている現状で、どれほどの精度なのかはわからないが、まぁ、ここはプラント脅威の技術力を信じよう……を信じるならば、先の世界樹で戦った艦隊よりも、かなり、増強されている。

 この点を加味すれば、自ずと今回の戦闘が、世界樹攻防戦よりも酷いものになると予想された。


 ◇ ◇ ◇


 4月16日。
 ザフト宇宙機動艦隊がプラントへと至る航路に網を張り終え、いつの間にかアプリリウス市からヤキン・ドゥーエと呼ばれる資源小惑星に司令部を移していたプラント防衛隊もまた、プラントを守るための傘を構築中である。
 エルステッドを含む宇宙機動艦隊の本隊は、月-L5を結ぶ航路上、月から見ればプラントの前面に位置して、連合軍の艦隊を待ち受けている。
 防衛ラインを構成するエルステッドでは、前と同じく、戦闘部門責任者による現状把握と迎撃作戦の概要及び本艦の作戦についての説明会議が行われようとしている。もちろん、今回はアシムもしっかり参加している。


「はいはい。時間は限られてるから有効に使おうよ」

 との艦長の言葉に従って、敬礼を解いた俺達は、それぞれが会議卓を見下ろせるように取り囲む。お誕生日席もとい上座とも呼べる会議卓の最奥に立った艦長は隣に立つ副長に一つ頷くと口を開いた。

「今回の戦力を見ると、奴さん達、かなり気張ってきてるみたいだねぇ。……副長、説明をお願いするよ」
「はっ」

 いつかと同じように副長が端末を操作すると、L5周辺宙域の状況展開図が映し出された。
 後方のコロニー群を守るように緑色の三角が一列に並び、また、幾つかの戦隊規模と思われる同色の三角もさらにその前に出ている形になっていた。そして、月と書かれた方向からは大きな赤い三角がこちらに向かってきていることを矢印で示している。

「現在、ザフト宇宙機動艦隊は第一種警戒態勢を発令しており、敵の攻撃に対する即応体制が完了している。プラントを守るために構築された防衛ラインは四つで、第一線は積極的防衛に出る五個戦隊FFM10隻と搭載MS60機が、第二線には司令部直属本隊を構成するFFM16隻と搭載MS96機が、第三線は後衛の四個戦隊FFM8隻と搭載MS48機が、第四線……つまり最終ラインには、資源小惑星ヤキン・ドゥーエを根拠地とするプラント防衛隊の四個MS中隊48機が、それぞれに配置されて敵戦力の迎撃にあたることになっている。また、予備戦力として、同じくヤキン・ドゥーエに艦隊のFFMが4隻と搭載MS24機、防衛隊の二個中隊24機が存在しているが、こちらは別方向からの突発的な侵攻の警戒や二月のような失態を避けるための保険的役割も持つ以上、出来うる限り動かしたくない」
「……副長、別方向からの侵攻があるのですか?」
「あくまで可能性だ。だが、可能性は潰した方が安心して戦えるだろう?」

 それは確かに……。

「……それで、本艦だが……このプラント防衛ラインを構成する第二線の……ここに配置されている」

 副長が指し示したのは四つある線の中で、外から二番目にある線を構成している一つの三角だ。

「次に敵戦力についてだが、偵察情報から大凡二個ないし三個艦隊程度だと推測されている。実数で示すなら、300m級が3ないし5、250m級が20から30、150m級が80から100といった艦艇群と、これらが搭載していると予想される機動戦力が450から600程度である。この有力な敵艦隊が国際設定航路上を月からL5のプラントへと侵攻しつつあるのが現状だ」

 なんか、連合軍艦隊の構成数が、以前より物凄く増えてるんですが……。

「積極的防衛に出る第一線の会敵予想日は明日、我々の第二線も敵の進行速度が落ちなかった場合、明日の午後遅くか明後日深夜に会敵すると予想されている。司令部からの命令では敵機動戦力の迎撃を第一とし、敵艦隊への突入は戦況に余裕ができてからということになっている。新兵器であるニュートロンジャマーは核攻撃を完全阻止するため、プラントでの常時稼動分の他に艦隊及びヤキン・ドゥーエの装置も起動される」

 ……敵の数が増える、敵の数が多い、敵大量、大軍。

「では、こちらもレーダーが大幅に制限されるということですか?」
「そういうことになるな、リュウ班長。もっとも、悪いことだけではないぞ」
「確かに、敵のレーダーや強力な誘導兵器も無効化できますね」

 ……レーダーはどちらも無効、誘導兵器も無効。

「ならば、ミサイル攻撃の危険は少ないということになりますか」
「いや、ガンドルフィ班長、俺達MS隊にはちょっとした脅威だ。あまり油断は出来ん」
「ああ、確かに。世界樹の時は凄まじかったな」

 ……ミサイル攻撃は危険で脅威。

「そうね。あの時はMAとの連携が驚くほど精緻にできてました」
「……ああ、あの火砲の網は酷かった」
「……すいません、アシム。あなたの気持ちを考えもせずに」
「いや、リュウ班長、気にしなくていい」

 ……。

「……以前のユニウスの時のように、デブリに紛れるようなことはないだろうか?」
「ありえるかもしれませんが、防衛隊が一定以上の大きさを持つデブリを監視して、徹底的に排除していますから、可能性自体は低いのでは?」
「……俺達ザフトは、二度とユニウスのような悲劇を起こせさせるわけにはいかんからな」

 ……デブリは排除、ユニウスの悲劇……コロニーへの攻撃……。

「……」

 うーん、単語を聞いていたら、保安局時代に鍛えられた脳内最悪状況想定機能が勝手に働いてしまう。

「……」
「……ラインブルグ君、何か、気になることでもあるのかい?」
「……えっ?」
「いや、さっきから黙りっぱなしじゃないか」

 ……どうも、長いこと考え事をしてしまったようだ。

「いや、なんとなく、最悪っていうか、危機想定が浮かんできたんですけど……」
「ふむ……ちょっと、話してみてよ」
「……」

 他の四人を見ると、こちらを見ていて全員が頷いて見せた。

「……ザフトというか、プラントにとって最悪の想定って、コロニーが破壊されることですよね?」
「うん、そうだね。俺達の住処であり、生きている世界を破壊されるのが一番恐ろしい」
「なら、もしも、この連合の艦隊がコロニーを破壊するために行動するなら、どのようなことをするでしょうか?」
「そりゃあ、ラインブルグ、手っ取り早く、装備しているビームや艦砲、ミサイルを何発も撃ち……こん……で……」
「そうなんだよ、アシム。別に核じゃなくても艦艇が装備している装備……艦砲や大型ミサイル、対宙魚雷なら……」
「一発では不可能でも複数発なら、コロニーは破壊できる、ということね」

 リュウ班長の言葉に俺は頷く。

 それに対して、彼女の反対側に立っていたガンドルフィ班長が疑問を呈する。

「だが、プラントを自国の資産と見ている理事国がそのようなことを許すか?」
「既に二月の戦闘で、擬態した敵がコロニーに攻撃を仕掛けたり、実際にコロニーへの核攻撃が為されています。その上に、先の地上へのこちらの新兵器……ニュートロンジャマーを使った無差別攻撃の件もありますから」
「しかし……」
「そういったことを踏まえて、地球上を無茶苦茶にした復讐を兼ねて、返ってこないならば破壊してしまえ、なんて癇癪を爆発させる可能性は考えられませんか? ……それにコロニーを破壊するといっても全てを破壊する必要はないんですよ。一部を破壊するだけでも、十分に、効果があるはずです。コロニーへの攻撃自体がプラントへの相応の圧力になりますし、市民に生命の危険を味あわせることで、コロニーを守れなかったザフトや戦争を指導するプラント最高評議会とプラント市民との間に、世界規模のネットワークを利用したり、市民レベルでの噂を流したりするような宣伝工作戦で、楔を打ち込んで乖離させられます。例え、最高評議会が徹底抗戦を叫んでいて、社会がそれを認めていても……攻撃に晒されれば、命の方が大切と思う人間が出てきてもおかしくないでしょう?」
「……」

 ガンドルフィ班長が黙り込んだら、今度は副長が口を開いた。

「だが、ニュートロンジャマーが効いている以上はミサイルの誘導など、出来んはずだぞ?」
「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる、的な発想ならどうですか? コロニーの位置はわかってる上に、動きは少ないですから大きな的になります。別に誘導なんかが効かなくても一直線に撃ったら、直撃コースから外れることはないと思いませんか?」
「……物量によって、コロニーへ飽和攻撃を仕掛けるということか?」
「というような想定が一番最悪じゃないかなって思い浮かんだんですよ」
「……なるほどねぇ。あれだけ大量の艦艇と、以前と大きく違う社会状況ならば……ありえるねぇ」
「はい、それにこちらがミサイルといったものの迎撃に忙殺されている間にMAや艦隊が突入してくる可能性も……」

 ……連想と思いつきでの発言だったんだが、何となく、自分でもありえそうだと思えてきた。

「こちらの艦隊はビーム砲やミサイルでひたすら弾幕を張ってミサイルや艦砲弾を撃墜して、MAにはMSが対処して、味方艦隊への突入を阻止。ミサイルや艦砲弾の撃ち洩らしは防衛隊に委ねる、か。……だが、敵艦隊が突撃してきた場合はどうする?」

 艦長は瞑目して腕を組むと、独り言のように呟く。

 あまりに真剣だから、一応、一言は断っておこう。

「あの、艦長、今のは俺が言ったことはあくまで最悪を想定した想像というか、可能性ですからね?」
「……最悪に備えたら、大概のことはなんとかなるんだからさ、対処を考えるのは無駄じゃないよ。それに現実は往々にして、最悪をというか、想定の斜め上を突き進んで行くからね」

 そう俺に答えた艦長が、俺達を見据えて指示を出し始める。

「副長とガンドルフィ班長はCICで敵の飽和攻撃に対処する本艦の行動計画を至急作成して欲しい。リュウ班長は索敵と敵艦隊の動向観測をより密に、そして、何か動きがあったらすぐに知らせて欲しい。また、MS小隊長の二人は、いざという時のために各々の小隊員に最悪の想定を話しておくように」
「はっ、了解です」
「大至急に取り掛かります」
「わかりました」
「了解です」
「了解です、艦長」

 艦長は俺達の返事に一つ頷いてから、急にうんざりしたような表情に変えて、ぼやく。

「俺は……防衛隊と艦隊のエライさんに、この攻撃の可能性と危険性を講義するよ」


 ……きっと、分からず屋な教え子になると思いますが、頑張ってください、艦長。


 ほんと、涙無くしては語れない艦長の姿だった。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。


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