第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
16 円環の蛇、黄昏の蛇 4
シゲさんに醜態を晒したことでようやく落ち着いた俺は、シゲさんからの無言の労わりに感謝しつつ、独り、コックピットに篭ってる。
レナやデファンには、二種配置が解除された後、コックピットで調整があると伝えておいた。二人とも何となく、俺に何かがあったということは察してくれたようで、黙って従ってくれたようだった。
そして、俺は……まったく、取り乱すとは、いい大人がらしくないことをしたものだ、等と、格好をつけながら、コックピット内で一人、さっき見せてしまった自身の醜態に身悶えしている。
……。
ま、まぁ、そこは俺も人間ということで、そういうこともあるということだ。
……あんまりすぐに出たら、かっこ悪いからちょっと時機を待っているだけなのは、ここだけの内緒である。
……。
うん、もう、今回の被害は……もう、矢が放たれてしまった以上は、どうすることもできないんだ。
これから、俺は、大量虐殺の実行者として、罪咎を背負っていかないといけない。
……ほんとに、背負いたくもない重荷が突然降ってきて、一気に体に圧し掛かってきたって感じがするよ。
もし、この作戦の立案者や、こんなことを俺達にさせた責任者に会ったら、絶対にぶん殴ってやる。
……。
……まだ、さっきの衝撃や憤激の残滓はまだ残っているようだが、直にこういったものも過ぎ去っていくだろう。
俺が考えるに、本当に大切なのはさっきみたいな一時の激情の後に絶対的に残るもの……胸の裡に燻ったり、残っているものをどうするか、なのだと思う。
今、俺の胸の裡には、今回の暴挙に対して、何もすることが出来なかったという悔いが大きく残っている。だが、これは最早、起こってしまったことであり、時間でも遡らないことには、どうしようもないことなのだ。
ならば、今回の失敗を次に起きるかもしれない同じような事で繰り返さなければいい、と割り切るほういいだろう。
高ストレス社会であるプラントで生きてきて、俺が最も実感してきた経験則に則り、ここでグズグズと引き摺らずに割り切らなければならないのだ。
そう、今、現在こそ、開き直る時なのだ!
そうさ、人間、お天道様に顔向けできないことさえしなければ、堂々として、何事にも、基本、あん、それがどうしたってんだ?
俺は俺だ!
そんな精神でいけばいいのだ!
……。
お前、お天道様に顔向けできないことに加担しただろって、突っ込まれると苦しいというか、そんなことされたら、本当に心が折れる以上に、きっと、砕けるだろうなぁ。
って、……俺は何を熱く考え込んでいるんだろうか?
と、とにかく、今回みたいな馬鹿なことは二度と、俺の前では起こさせない。
もしも、そんなことが目の前で起きそうならば、持てる力を振り絞り、何とかして見せてやる。
キリッ!
……。
……こういう決意って、俺には似合わないなぁ。
……。
まぁ、こんな事は人に言うもんじゃない、自分だけがわかって持っていればいいことさ。
さて、腹も空いたし……外に出るとしよう。
◇ ◇ ◇
で、外に出たのはいいのだが、シゲさんの進言なのだろう、艦長から直々にちょっと休むようにと言われてしまい、スクランブル待機から外されてしまった。
さすがにアレだけ取り乱したのだから、仕方がないのかもしれない。
そんなわけで、俺は艦内の展望休憩室から地球を眺めている。
太陽の光を反射して、明るく青く輝く昼の地球。
人工の光を灯して、人の営みを感じる夜の地球。
前に、ここに来た時は、そんな光景がここにはあった。
けれど、今は……。
「寂しいねぇ」
「……艦長」
「艦橋をリュウ班長にしばらく任せたんだよ。……俺も少し落ち着きたくてね」
そう言うと艦長が、俺の隣に立った。
「今回の事……艦長は御存知だったんですか?」
「いや、俺も、投下後に届いた通達で知ったよ。……相変わらずの秘密主義って奴さ」
「……なるほど、あの使途不明な艦艇群が馬鹿の巣窟ですか。今からでも無反動砲を撃ち込んでやろうかな」
「おやおや、過激なこと言うねぇ」
「もちろん、冗談ですよ」
心情的には、特火重粒子砲なり、キャニスの大型ミサイルなりでも撃ち込んでやりたい気分だけどね……。
「……落ち着いてるね、ラインブルグ君」
「ええ、実のところ、コックピット内で散々に取り乱しましたから、今は、もう、ほとんど落ち着いてますよ」
「おや、まぁ。なんとも頑強な精神だこと」
目を丸くする艦長なんて、珍しいものを見た。
まぁ、こちとらそこらの若者とは、生まれというか、毛色というか、スタートラインが違うからなぁ。
「それで、艦内に変化はありましたか?」
「……一部で非常に取り乱す者が出た他は、どちらかと言えば、平穏だねぇ」
……俺のことですね。
「いや、ラインブルグ君だけじゃないよ。副長は卒倒しかけたし、リュウ班長は眩暈を起こしてスラスターをオンにしかけたし、ガンドルフィ班長なんて、CICの計器類にコーヒーを噴出して、今頃はチェック中だよ」
だ、大丈夫なのか、エルステッドは?
「ああ、大丈夫大丈夫、全員、一時のことだから」
「……」
「……」
「……三人とも、これからのことを考えて?」
「おそらく、そうだろうねぇ」
今日のこの行動は、戦争を終結させる道を、プラントの選択肢を大いに狭めたのだ。
「ザフト上層部は、今日のことをユニウスの仇だと、しきりに吹聴しているよ」
「なんと、まぁ、情熱と戦意に満ちていることで……」
自然、皮肉が漏れ出てしまうよ。
「わざわざ、相手の土俵に乗る必要なんてないのになぁ」
「俺も、そう思うよ。……先の核攻撃とは対照的な行動をこちらが取れば、和平への切っ掛けが出来ると思ってたんだけどねぇ」
「……そうでしょうね。少々の脅しと逃げ道を用意すれば良かったんですよ」
「……けれど、それは為されず……自らを貶めた、か」
艦長と二人揃って、ため息をついてしまった。
「きっと俺達みたいな考えは、プラントやザフトでは少数派なんだろうね」
「でしょうね」
「まったく、こんな時はタバコでも吸って、気分を落ち着けたいもんだよ」
「それは何とも贅沢な悪癖ですね。……宇宙では空気は有限です、それを汚すタバコは厳禁です……なんて言われませんでしたか、艦長?」
「そうなんだよねぇ。地球上じゃ、マナーを守れば、そこまで気にしなくても良かったんだけどねぇ」
どうやら、艦長は地球に住んでいたことがあるようだ。
「真面目な話、ラインブルグ君は、これから、どうするの? ……ザフトを抜けるのかい?」
「……退役も戦争が終わるまではするつもりはないですし、当然、脱走なんてこともしませんよ。俺には、既に、後輩への責任がありますからね」
……後、殺した相手への責任もな。
「そうかい。少なくとも戦争が終わるまではいてくれるみたいだから、俺としても助かるよ」
「そうですか?」
「うん、考え方があう貴重な人材だし、頼りにもなるからね」
面と向って評価をされることは、プラントでは少なかったために、照れてしまう。
「……さて、どうやら、ラインブルグ君は大丈夫なようだし、直に戻ってもらおうかね」
「アイ、艦長」
「もうすぐ、降下部隊がカーペンタリアへの降下を開始する予定だから、ラインブルグ君の小隊には厳重警戒のために哨戒に出てもらうつもりだ。よろしく頼むよ」
「わかりました」
艦橋へと戻って行く艦長を見送った後、俺はもう一度、夜の地球を眺める。
そこは、文明の灯りがほとんど存在していない、寂しく暗い世界だった。
その暗さから連想される、今現在の混乱と、これから起きるだろう地上の惨劇を想像しかけるが、頭を振ることで振り払い、MS格納庫へと足を向けた。
この後、行われた降下作戦は恙無く成功し、ザフトは地球上に拠点を得ることになった。
地球市民の憎悪と共に……。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/02/14 誤記修正。
11/12/23 誤字修正。
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