第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
15 円環の蛇、黄昏の蛇 3
……誤報だった。
なんでも、防衛陣の外縁で警戒に当たっていたFFMの一隻が、自身に大型デブリが衝突して発生した爆発をミサイルかなんかの攻撃を受けたと勘違いしたらしい。
何というか、外縁部で警戒する重要な役割に就いていたんだから、もっとしっかりしてもらいたい。
そんな趣旨の愚痴を、現状の情報収集に忙しいベルナールに代わって、状況を教えてくれたゴートン艦長へこぼしたら、窘められた。
「それは、どこか気が抜けていた、俺達にも返ってくることだと思うよ?」
……確かに。
「ラインブルグ君、もっと、プラス思考でいこうよ。今回、俺達は運が良かったんだ。……実際にミサイルだったら、艦隊も降下部隊も、目も当てられないことになっていたはずだよ?」
「……ええ、そうですね」
うぅ、言われてみれば、自身も気を抜いていたのに、傲然と他人を批判するなんて、何様のつもりなんだというか……自分で言った事ながら、恥ずかしいな。
俺の羞恥を悟ったのだろう、ゴートン艦長もこれ以上は追及せず、話を進めてくれた。
「それにさ、今回の騒動、危機管理の演習としては、上等の部類だと思わないかい?」
「……はい、気が抜けてたところにいきなりでしたからね」
自身もそうだけど、危機対応の訓練は、真剣みがないとやっても意味がほとんどないからな。
「まぁ、それでも、今回の騒動が今後の糧に出来るか、出来ないかは、俺達自身の意識の持ちようだねぇ」
「そうですね」
今回の失敗を教訓に、俺も少しは成長できたら……いや、成長しないとな。
「……さて、じきに二種配置も解除する予定だけど、MS隊にはもう少し、コックピット内で待機しておいてほしい。以前のユニウスのようなことは、流石にそうあることじゃないとは思うけどさ、念のためにね」
「了解」
「それにしてもさ、自由な行動が制限される、こういう任務はやりたくないもんだよねぇ」
「本当ですよ。降下地点への突入タイミングまでは、ひたすらに待ちですからね。その間、艦隊は降下部隊が降下終了するまでは、盾になり続けないと駄目ですしね」
「だねぇ。……うん、それじゃ、もうしばらく頼むよ」
「アイ、艦長」
艦橋との通信を切り、艦長との会話を思い返して、己自身が持っていた慢心を再度、自戒する。
……とはいうものの、流石にハッチぐらいは開けていてもいいだろう。
格納庫内の空気が抜かれている状況とはいえ、閉鎖された空間で待つよりも遥かにマシだ。
「先輩、ハッチ、開けてもいいですか?」
「いいぞ。俺ももう開けた」
レナに了承を出し、ついでにデファンの機体を見てみれば、ハッチが開いた所だった。
そして、当のデファンからも小隊通信系を通じて声が届いた。
「……でも、先輩、今回の二種配置、間抜けな話っすよね」
「いや、俺としては間抜けな話でよかったよ」
本当に、ね。
「こんなところで戦闘になってみろ、下手すりゃ、地球っていう重力の井戸に引きずり込まれるんだぞ? 落ちたら最後、機体が途中で燃え尽きるか、推進剤が爆発するかして、後は綺麗な流れ星だぞ?」
「……な、流れ星」
「……た、確かに怖いっすね」
「だろ? なら、誤報で良かったって、思えて……ん?」
シゲさんがハッチから中を覗き込んでいる。
どうやら、何か用があるらしい。
「先輩?」
「ああ、すまん。ちょっとシゲさんと話をするから、通信から抜けるぞ?」
「わかったっす」
ヘルメット内臓ヘッドセットにリンクしているコックピットの通信機をオフにして、シゲさん達が使う艦内共通回線にヘルメット内蔵ヘッドセットの回線を合わせるが……つながらない。首をかしげてシゲさんを見ると、指で回線番号を示し始めた。
内密の話か、などと考えながら、提示された回線を合わせる。
「ああ、つながったみたいだね、アインちゃん」
「うん、大丈夫、つながったよ。……でも、どうしたの? 別回線でなんて穏やかじゃないね」
「ああ、穏やかでない情報が俺らのネットワークに入った」
「……?」
「前にアインちゃんに教えた新兵器、ニュートロンジャマーってあったろう?」
「ああ、あったね」
「……この作戦で、ついさっきね、地球全土にばら撒かれたらしいんだわ」
「へっ?」
ニュートロンジャマーを、地球に、ばら撒く?
「どうやって?」
「ニュートロンジャマーを発生させる装置にドリルをつけて、地中深くに埋め込むらしい」
「なんで?」
「……俺もその意味がわかんねぇんだわ」
「…………えっ、何それって……?」
…………えっ?
「…………い、いや、ちょ、ちょっと待ってくれ……ニュートロンジャマーてあれ……だったよな。確か、核分裂を阻害したり、電波の類を妨害するんだよな」
「そうだよ」
「……そんなことしたら、地球全土で原子力発電所が止ってさ、大部分の電気が……エネルギーがなくなるし、日常で使ってる通信も繋がらなくなって、一般市民の生活がままならなくなって……」
「……ああ」
「え、ちょ、マジで? そんなバカナコトしたらさ、ち、地球上のさ……しゃ、社会基盤が……根底から……崩壊するんだよ?」
「……」
「う、嘘でしょ? シゲさん、今日がエイプリルフールだからって、俺のことをかついでるんでしょ?」
「……残念ながら、本当なんだよ」
シゲさんが真剣な表情がバイザー越しに見え、その表情こそがその情報が本当であることを肯定する。
俺は、それが、現実なのだと認識できた。
瞬間……目の前が、真っ暗になった。
自然、息が……荒く、苦しくなる。
「お、おいっ! アインちゃん! 大丈夫か! しっかりしろっ!」
シゲさんが何か言ってるが、よくわからない。
「平静を保つんだよっ!」
……平静などでいられるものか。
「気を、気をしっかり持つんだ!」
……気なんて失ってしまいたい。
……。
……嘘だろ?
……エネルギーの大部分を原子力に頼ってる地球に、ニュートロンジャマーなんて代物を無差別に撒き散らしたら……どれだけの人が死ぬと思ってるんだ?
……しかも、真っ先に死ぬのは……死ぬ人のほとんどが……プラントの権益や……プラントの独立なんてことは別世界の出来事な、まったく無関係な……明日を生きていくことすら大変な……弱者……なんだぞ?
……。
……これって、どう考えても、大量虐殺以外のナニモノでもないぞ?
……つまり、プラントは……ユニウス・セブンと同じ事を、いや、犠牲者の数や人類社会全体への影響を考えたら、それ以上のことをしようとしているんだぞ?
……いったい、なにを考えている、ザフトは?
……いったい、なにを狂っている、プラントは?
……。
「アインちゃんっ!」
……。
「……シゲさん」
「えっ?」
「なぁ、シゲさん……今日の……あまりに馬鹿げた暴挙……俺達がしたことなんだぜ?」
「……あ、アインちゃん?」
「く、くくくくっ、あはははっ!」
「おい、おいっ! アインちゃん!!」
「……ふ、ふふふ、シゲさん……あまりにもブザマで……あまりにもフザケてるよ」
「フザケすぎてるよっっっっっ!!!!!!!」
ああ、頭の中はこんなにも寒いのに、身体の底で溶鉱炉が生まれたように、煮えたぎっている。
全身の血流が冷たく沸騰している感じだ。
「なぁ、シゲさん……この戦争はさ……プラントの独立を達成するためにするんだろ? なら、ならなんでこんな馬鹿げたことするんだろ?」
「……アインちゃん」
「なにか? プラントの上層部は、ザフト上層部は、地球市民……いや、この場合はナチュラルを相手にしているつもりだろうから、ナチュラルか……そのナチュラルとコーディネイター、どちらかが根絶やしになるまで戦い続ける、殲滅戦がお望みなのか?」
……あまりにも思慮が足りない。
「シゲさん……俺さ、別に望んでザフトに入ったわけじゃないんだよ。……状況が、俺にそれを強いたんだ」
……。
「望んでもいない場所に来て、ナチュラルへの侮蔑を隠さない連中ばかりに囲まれてさ、俺の感性がおかしいんじゃないかって思ったこともあったよ」
……ラウがいなければ、ザフト最強思想なんてものに、洗脳されていたかもしれない。
「……でも、そんな中でもモビルスーツに乗るのは楽しかったし、友と呼べる存在が出来た。ここに配属されてからも尊敬できる上司に出会えたし、可愛い後輩もできたし、整備班みたいな楽しい連中とも仲良くなれた」
……。
「これなら何とかやっていけるって思ったら、戦争が起きて、……バレンタインの悲劇が目の前で起きた」
……。
「その時、思ったんだよ。コロニーの崩壊って、一つの世界が崩壊するってことと変わらないんだって……。宇宙に住んでる人間にとって……いや、住んでいる世界が崩壊するのって、人間にとって、一番、恐ろしくて怖いことだってさ」
だからこそ……。
「だったら、そんな悲劇を起こさせないように、少しでも戦争が早く終わるようにさ、全体で見れば、本当に微々たる力だろうけどさ、プラントを……いや、プラントに住む人を守るために、独立して戦争を終わらせるためにも、ザフトで頑張ろうって気にもなったんだよ」
……それなのに。
「なのに、今、俺が所属しているザフトが、プラントを独立させるために戦っているはずのザフトが、何故か、世界を破壊して、相手……地球から憎悪を引き出している」
……本末転倒だよ、これじゃ。
「なぁ、プラントじゃ、コーディネイターである自分達のことを進化した新種だ、人類の新種だってよく言って、ナチュラルのことを見下しているけどさ、なんのことはない、やってることは、まったく同じじゃないかっ! 核を撃ち込んだ奴等とまったく同じことをしているじゃないかっ!!」
……何が、新種だ。
「この暴挙のどこにっ! どこにっ!! ヒトの新種らしさが、どこにあるっていうんだよっっっ!!!」
……ほんとにさ、あまりにも、フザケすぎてるよ。
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