第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
13 円環の蛇、黄昏の蛇 1
3月に入って、ザフトは地球への降下作戦を発動した。
目標はアフリカ、南アフリカ統一機構領内にあるマス・ドライバーを擁するビクトリア宇宙港だ。上層部は、ここの打ち上げ施設を確保することで、敵……地球連合軍の地球への封じ込めを図り、また、プラントへの水、食料の安定供給線を構築するつもりらしい。
……敵戦力の封じ込めなんてかっこいいこと言ってるけど、実際は、後者の目的が主なんだよなぁ。
簡単な話、農業生産コロニーであったユニウス・セブンが核攻撃で崩壊してしまって、食料自給率が計画当初の予想よりも大幅に下がってしまったがために、この作戦が発動されたわけなのだ。
上層部に受けがいいユウキがそう言っていたから、間違いないだろう。
そして、実際に降下するのは新たに編成されたザフト地上軍なのだが……俺は正直、この作戦に不安を懐いている。
なにしろ、今回の作戦は、遥かな過去となってしまった第二次世界大戦での、クレタ島空挺作戦やマーケット・ガーデン作戦、それにインドシナ戦争のディエンビエンフーを思い起こさせるのだ。
しかも、地上には、降下部隊を支援する友軍は存在しない。
そんなわけで、なんか始まる前から、絶対に失敗しそうな匂いがプンプンとしているのだ。
まぁ、他人には、言ってないけどね……。
で、俺が所属している宇宙機動艦隊は、この地上軍が地球に降下するまで護衛することになっていて、先の戦闘で損失が非常に軽微だったエルステッドも参加することになった。
◇ ◇ ◇
第一種警戒態勢が発令済みのため、俺達MSパイロットはいつもの如く、スクランブル待機兼整備員休憩所で屯している。先の戦闘以来、アシム達とも話すようになっており、今日もパイロット連中と休憩している整備員で駄弁っている状況だ。
「最近、難しい顔をしているな、アシム」
「ラインブルグか。……ふん、補充で入ってきた新入りが言うことを聞かんのだ。今もここで待機していろと言ったんだが、まったく聞かずに、コックピットに篭ってる」
なるほど、言うことを聞かない新入りに腹を立てているというか、手を焼いているってところか。
「いや、アシムさん、あいつ、何とかしてくださいよ」
「整備の邪魔になるんだってばよ」
「俺なんて、夜直の時に、無人だと思ってたコックピットからいきなりあいつが出てきて、腰抜かしたこともあるんだぜ」
「むぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
整備員からも困惑と迷惑の声が上がって、さらにアシムが唸る唸る。
そこに、デファンが重々しい声で、切り出してきた。
「……俺、同期に聞いたッすけど、あの新入り、リーは……親をユニウス・セブンで亡くしてるそうっす」
「……」
「……」
「……」
なんとも……それは……。
「でも、今からそんなに力入れすぎてたら……」
「ああ、使いもんにならないだろうな」
レナの言葉に同意したのはアシム小隊のもう一人、緑暗色の短髪を持つガイル・マクスウェルだ。こいつも仲間が目の前で死んでしまってから、少し変わった。傲慢さが少し弱まり、どこか謙虚さが見え始めたのだ。
「むぅぅぅぅぅぅ」
「難しいっすね」
「どうすれば……」
「……気持ちはわかるがな」
パイロット連中が揃って同じ問題に真剣に悩んでいる姿は……グエン・リーには悪いが……良い傾向だと思う。共同で何かを為す時、人には必ず仲間意識が生まれてくるからだ。もちろん、派閥といったこともマイナス面もあるが、無視しあっていた関係よりもよっぽど健全だ。
……無論、以前、大人気なく無関心でいた俺も反省すべきだろう。
「……」
「……」
「……」
「……」
気が付いたら、何故か、パイロット連中から視線を集めていた。
「……」
「……」
「……」
しかも、整備員の連中も何故か、俺を見ている。
「な、なんだ?」
「……アイン先輩、何とか出来ませんか?」
「えっ?」
「ラインブルグさん、俺、もう、同僚を死なせたくないんですよ。アシムさんもそう考えてますよ」
「……む、むむぅ、まぁ、な」
アシムがデレタっ!
……。
ごめん、自重する。
なんか皆から期待されたから、前から考えていた生意気な野郎や復讐鬼への対処方法を開陳してみる。
「一番原始的な方法、とりあえず、一時でもいいから、死んだ家族のことを忘れさせるってのはどうだろうか?」
「……どうやるっすか?」
「そうだなぁ……普段、俺達の小隊がやっている訓練メニューの……三、いや五倍あたりをやらせるとか?」
うん、この方法、絶対にいいと思うんだが、如何なものか?
「そそそそそれはっ、し、ししししししs、死んじゃいますよぅ!」
「そそそそそそそ、そうっす、ししししし、死んじまいますって!」
「いやいや、人間、そう簡単には死なないようにできているさ。特にコーディネイターなら、なおさらな……」
フフフフッ、全ては泥臭い訓練こそが精神を頑強に鍛え、肉体の血肉になり、その者を生き残らせるのだよ。
俺が過去から現在まで、自分の肉体と精神を鍛えるために、どれだけ、生と死の狭間を漂いながら、己の限界に挑み続けていることか……。
「ぬぅぅぅうぅおぅぅう、何だ、この怖気はっ!」
「うわっ、と、鳥肌が勝手に!」
「うわっととっ、ああっ、1/100BOuRUの部品がっ!」
「ああっ! MS用武装のアイデアを書き溜めてきたメモが破れたっ!」
「……へ、へへ、よせって、こんなところで、皆が見てるだろう?」
何か、変なのが一人?
っていうか、皆、どうしたんだ?
何故に、俺から目を逸らす?
……まぁ、いいか。
「とにかく、グエンをとことん訓練で追い詰めてさ、何にも考えられなくしてやろうよ。あいつも、途中からきっと気持ちよくなってきて、ヘブン状態になって少しは気が楽になるだろうからさ」
俺が提案すると、皆してブンブンと盛大に首を縦に振ってくれる。
いやぁ、皆、仲間想いだなぁ。
そう思って感動していたら、壁掛の艦内通信機が呼び出し音を上げたので、通信に出る。
「あっ、ラインブルグ君かい? ちょっと艦橋にあがってくれないかな?」
「アイ、艦長。今から行きますよ」
「うん、お願い」
そんなわけでこの場をアシムに任せて、艦橋に上がることにした。
「お、俺は、あ、あんな化け物に……喧嘩を売ってたのか?」
なんて、後ろから聞こえた気がしたが……気のせいだろう。
◇ ◇ ◇
「艦長、入りますよ」
「はいはい」
艦橋に入ってから、俺が言った言葉に軽く返事した艦長の傍まで跳ぶ。青い光を下から浴びて照らし出されてたザフトの艦艇群が艦橋から見える。
いやいや、今日は敵の艦隊が出てきてない上に、それなりに数が揃ってるから、のんびりかつ安心してられるよ。
「ねぇ、班長。さっき、ラインブルグさん、入りますって言った時にはもう入ってましたよね」
「……ベルナール、余計なことを気にする必要は無いわ。それよりも、しっかりと周囲との通信ラインを確保していなさい」
「は~い」
ほら、艦橋の管制官にも余裕があるよ。
そんな俺の感慨に気が付いたのだろう、艦長も苦笑を浮かべた。
「何にもないって、いいよねぇ」
「ほんとですよ。ドンパチは出来るだけ避けてもらいたいですよ」
「……まったくだよ」
シートに腰掛けている艦長が見ているのは……ザフト地上軍のMS部隊が搭載されている降下カプセルを艦体下部に吊るした輸送艦だ。
それが降下する地上軍のために2隻用意され、計84機のジンが搭載されており、これが降下第一陣を構成する。他に支援部隊や歩兵部隊が搭載されたものがもう1隻用意されているのだが、これは降下第二陣で、降下第一陣のMS部隊が目標となるビクトリア宇宙港周辺を確保してからの降下となっている。
「今回の作戦……ラインブルグ君はどう思う?」
「……ここで言ってもいいんですか?」
「なるほど……リュウ班長、ちょっと、艦長室で話をするわ」
「わかりました。何かありましたら、連絡します」
「うん、お願い」
艦長に随って、艦橋を出てすぐにある艦長室に移動する。
……特にこれといった私物が置かれていない殺風景な部屋だった。
「ああ、殺風景だろう?」
「……はい」
「持込が面倒だから、全部支給品で賄っていてね。私物は全部、宇宙港に預けてあるんだ」
「……」
……宇宙港?
……。
そういえば、艦長の普段って知らないよなぁ。
……って、おいおい、それはプライベートだろうが、俺!
深入りしたら失礼だろう!
「さて、ラインブルグ君、今回の作戦についてなんだけど……」
「あっ、はい。……私見ですが、おそらく今回の降下作戦は失敗するでしょうね」
「……君もそう思うか」
その反応は、他の人にも聞いたのか?
「んっ? ああ、君以外に副長と二人の班長、ガンドルフィ君とリュウ君に聞いたんだよ」
「……三人はなんと?」
「それなりの打撃を与えることはできるだろうが、援軍が見込めない上に、補給もままならないことから、施設を制圧するには至らないだろう、とのことだ」
「そうでしょうね。しかも、相手は周囲からの援軍が期待出来ますしね」
「うーん、やっぱり、そうかぁ」
艦長は帽子を取ると髪を撫で上げた。そして、手にした帽子をくるくると弄んでいる。
回転する帽子の動きを眺めながら、俺はさらに意見を連ねてみる。
「……降下作戦といいますか、こういう空挺作戦は類すれば奇襲に属するものです。それこそ大量の物資と共に大軍を丸ごと落すなら話は別ですが、今回の作戦だと、100機にも満たないMSだけですからね。一時は敵を混乱させられるでしょうが……所詮は寡兵であり、最初から孤立している降下部隊は敵に取り囲まれては、文字通り全滅するしかないでしょう」
「……」
「もしも、この作戦を成功させたいのなら、絶対に、攻撃の主軸となる地上軍が他に必要だと思いますよ、俺は」
断固たる意志というか、自分達の能力に自信があるのもいいが……もっと、現実を見た方がいいと思う。
「……つまり、今回は無駄な犠牲が出て失敗に終わるってことだね」
「おそらく。……実際、俺が知ることができたように、過去に似たような前例があるんですから、もう少し、ザフト上層部は作戦を練って練って練りまくらないと……命を賭けてる現場は堪ったもんじゃありませんよ」
「……ほんとだよねぇ」
そう言った艦長の顔は憂いの色を見せていたが、帽子を被ると、いつもの飄々とした表情に戻っていた。
「ラインブルグ君、今回は出撃がないと思うから、まぁ、ゆっくりしといてね」
「……そうさせてもらいますよ、艦長」
「うん。……後、話は参考になったよ、感謝する」
「光栄ですよ、艦長」
そう言って、俺は艦長に敬礼して、艦長室を後にした。
待機室でリー用の特別訓練メニューでも作るか、なんて考えることで、これから発生する無駄な戦闘と付随する犠牲者達から、目を逸らしながら……。
後に、【第一次ビクトリア攻防戦】と呼ばれることになる第一次降下作戦は、ザフト降下MS部隊が孤軍奮闘するも、各個撃破されていき、最終的には全機が撃破されて全滅するという結果となり、ザフトの敗北で終わった。
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