第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
11 世界樹の落葉 5
突然だが、【世界樹】とは地球と月との平衡点であるL1に存在する、旧国連が管理運営していた国際スペースコロニーのことだ。
このコロニー、当初は月やL4、L5といった宇宙開発の足がかりとして建設されたのだが、月面都市やL4、L5にスペースコロニーが増えつつある現在では、地球-月……地球圏経済における物流や交通の一大拠点を担っている。
なんとなれば、L1という場所を考えたら明快だろう。
そして、このL1という地球圏における重要な地理的用件から、旧国連は宇宙艦隊を駐留させていた。
大元に帰れば、国際設定宇宙航路の保安、つまりは海賊やならず者等から航路を行き来する商船を守るための警備隊だったり、宇宙船が事故等で破損した時に救助する救難隊だったのだが、時代が下って、コーディネイターとナチュラルとの対立が深まるに連れて、反コーディネイター色を強めた大国の意向もあり、徐々に外征用に増強されてきたという経緯がある。
当初の警備隊や救難隊だけで十分なのに……。
まぁ、国連も大国の影響力は無視できなかったということだろうな。
……はぁ。
気を取りなおして、世界樹には、物流及び交通、軍事拠点としてのニーズに応える為に、五つの宇宙港と労働者や旅行者、滞在者、軍人のための居住区画が四つ存在している。
で、五つの宇宙港がある場所なのだが、直交座標系で説明するならば、地球と月を直線で結ぶラインをz軸、月の公転軌道面に平行してz軸に直交するラインをx軸、そして、z軸、x軸のそれぞれに直交するラインをy軸とすると、中心点(0.0.0)の位置に一つ、また、(1.0.0)、(-1.0.0)、(0.1.0)、(0.-1.0)の位置にそれぞれ一つずつ存在している。
その中で、一番大規模なのが、中心点に位置する地球-月ラインを結ぶ直線上に存在する中央総合宇宙港で、他の四つは、軍港や貨物港としての役割を主に担っているが、ほぼ同じ規模となっている。
これらの宇宙港は、中央総合宇宙港の管制室で制御されたリニアモーターレールによって連結されており、物資や人をそれぞれの目的に会った港に運ぶことが可能だ。
例えば、月からのコンテナをどこかに運ぶケースで説明すると、月のマスドライバーで打ち上げられた物資コンテナが、L1宙域外縁のキャッチャー群で受け取られて、運搬船で運ばれて来る。それが五つの中のどこかの港で降ろされると、目的地や荷主の指定に合った貨物船に割り振るために、リニアモーターレールに放り込まれて、別の宇宙港でコンテナを待つ貨物船へと届けられるのだ。
そして、当然のことながら、それらの宇宙港で働く労働者や駐留艦隊の軍人、旅行者の一時滞在、それらの人々に様々なサービスを提供する者達の居住空間が必要になってくる。
そのため、世界樹の居住区画は、先に挙げた中央総合宇宙港と他の宇宙港とを結ぶリニアモーターレールを中心軸とする密閉シリンダー型コロニーを計四つ、線対称でそれぞれ逆方向に回すことで歳差運動を抑え込みつつ、地球に近い擬似重力空間を生み出している。
俺自身は世界樹に行ったことがないので詳しくは知らないのだが、居住区画は密閉式であることを忘れさせる程に上手く運営されているそうで、宇宙を往来する船乗り達の貴重な憩いの場になっているとか。
後、世界樹の名の由来なのだが、公には宇宙に進出する人類の総合的な発展を願った思いも込められていると伝えられているが、俗には(1.1.0)や(-1.-1.0)といった方向に木の枝葉のように伸びた太陽光パネルや放熱パネルにあると言われているらしい。
……正直、雪の結晶の方があってるんじゃないかなぁ、なんて思ったが、建設当時の先人たちの想いと、世界樹での憩いについて、懐かしそうに説明してくれていたゴートン艦長に水を差すのは悪いと思って、言わないでおいた。
……。
……で、だ。
……。
今、その世界樹が……崩壊していっている。
……。
正直、ユニウス・セブン以来、こういう光景は、もう二度と見たくないと思っていた。
……。
思ってたんだけどなぁ。
「……先輩」
「宇宙に住んでいる者として、これほど……嫌なことは無いよな」
スペースコロニー【世界樹】はザフトに制圧される前に、世界樹の失陥を恐れた連合軍の手によって、構造体の要となっていた中央宇宙港の要所を破壊され、崩壊させられたのだ。
月方面へと撤退していく、連合軍艦隊の光点が憎らしい。
「……すまん、ちょっと感傷に浸ってしまった。これ以上、ここにいても無駄だから、帰艦する」
「「……了解」」
……艦長、沈んでるだろうなぁ。
◇ ◇ ◇
23日の昼過ぎに終わった先のL1宙域外縁での戦闘で、二個艦隊に大打撃を受けた連合軍は、駐留地である世界樹に戻らず、月の根拠地、おそらくはプトレマイオス基地へと航路を取った。
一方のザフトも、いくら頑強なコーディネイターとはいえ、短期間に激戦を二度行ったことで疲労が著しい。
そのため、逃げ出した残存艦隊への追撃は断念して、世界樹の制圧に乗り出したのだが……その行動を読んでいたかのように、中央総合宇宙港付近で複数回の大規模な爆発が確認され、世界樹の崩壊が始まってしまった。
コロニー構造体の要を破壊された以上は、もはや手遅れであり、世界樹の崩壊を止めることは出来なかった。
そして、制圧のために世界樹へと接近していた俺達の小隊は……俺は、再び一つの世界が崩壊する姿を目前で見る羽目になった。
やりきれない思いを抱えたまま、帰艦する。
コロニー、それも通常型コロニーよりも更に大型である世界樹が崩壊してしまった以上は、大量のデブリが発生するだろうから、敵艦隊への追撃は、とてもじゃないが、不可能だろう。
今後、出撃はしばらくはないだろうな、なんてことを考えながら、機付整備員に機体を委ねて、身体を艦本体へと繋がる通路方面へと流す。
「お疲れさん」
「……ああ、シゲさん」
気が付かなかった。
……コロニー崩壊の衝撃で疲労しきった精神が、周囲への注意を疎かにしてしまったんだろう。
通路出入口付近で班員に指示を出していたシゲさんが機体情報レポートを片手に声をかけてきた。
「……いやになるよ」
「……そうだねぇ」
宇宙という人が住めない場所で、住処となってくれる存在をどうして簡単に破壊できるのだろうか?
正直、俺には理解できないし、したくもない。
「シゲさん、俺、艦長に帰艦報告をしに行くから、デファンとレナに待機室で待ってろ、って伝えてくれないか?」
「うん、わかったよ。後、整備の方はいつでも機体を出せるようにだけしておくよ」
「ああ、頼むよ」
シゲさんに後を任せて、俺は艦橋へと向かった。
艦橋に入ると常では考えられないぐらいに酷く重苦しい雰囲気が漂っていた。
ドアのスライドで生まれた圧搾空気で気が付いたのだろう、ベルナールがこちらを振り返った。
……その顔色は優れない上に曇ってる。
そして、俺に何か言おうとして……やめた。
何となく俺はそんな顔の原因を思い当たり、艦長シートに近づく。
「……」
「……」
艦橋を重苦しくしているのはゴートン艦長、その人だった。
艦長はじっとメインモニターを見詰めたまま、シートに沈み込んで、むっつりと黙り込んでいた。
俺は、なんとなく、その隣に立ってメインモニターに映し出されている世界樹の散っていく様を共に眺める。
非常に不謹慎なことだが、朽ち折れた木の枝のように、ゆっくりと様々なものを剥離させながら分離していく居住ブロックや、枝葉から落葉するように、太陽光を反射する太陽光発電パネルがキラキラ散っていく光景は幽愁の美しさを感じさせた。
「あの世界樹には、初めて宇宙に出た時から、つい最近まで、随分とお世話になっていたよ」
「……」
「ほんと、貨物船で宇宙を行き来してる時でさ、唯一気が抜ける場所だったんだよ」
「……」
「まったく、なんで、あんなにいいものを壊しちゃうんだろう」
艦長はそういって帽子を中空に置くと、オールバックにした髪をクシャクシャと掻き乱す。その下に見える目は無くしてしまった場所を想ってか、寂寥の色が強い。
「……今日のことも、この戦争で起きた数ある悲劇の一つってことになるんだろうな」
「……」
「……ああ、ごめんごめん。ちょっと愚痴りたくなったよ」
「艦長にそう言ってもらえるとは……、とても光栄なことだと思っておきますよ」
「あはははは、まぁ、そういうことにしておいてくれるぅ」
どうやら、いつもの艦長"らしさ"を取り戻し始めたようだ。
ゴートン艦長は心配げにこちらを見ていたリュウ班長に軽く頷いて見せると口を開いた。
「皆、このデブリだ、追撃戦は恐らく行われないだろう。本作戦の目標であったL1拠点、世界樹の制圧、確保には失敗したが、敵戦力の排除ということには成功している。……まぁ、今回の作戦はこれで終了だろうって事さ。直に、戦闘配置が解除されるはずだから、その時まで、今しばらく、頑張って欲しい」
「「「……」」」
艦橋スタッフが艦長に対して無言で敬礼すると、珍しいことに、艦長も立ち上がって答礼を返した。
……うん、如何に艦長が、皆の心を掴んでいるか、わかる光景だよね。
……。
あれ、何か、俺、最後になって空気になってない?
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。