第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
09 世界樹の落葉 3
「いいですか、先輩っ! エルステッドに帰艦したらっ、さっきの無謀な行動に関してっ、始末書を書いてっ、艦長に提出してくださいっ!」
いやいや、レナよ、実戦なんだから、多少の無理は当然であって、流石に始末書はないんで……はい、わかりましたから……目を見せないでうつむき加減に、少し……OHANASIしようか、なんて言わないで下さい。
そのスタイルを見せられると、せ、戦慄というか、背中に怖気が走るんだよ!
「レナ、何やってるっすか、先輩の機体が損傷してるんだから、はやく戻るっすよ」
おおっ、ナイスな助け舟だ、デファン!
「でも……」
「物足りないかもしれないっすけど、説教は後回しっす。今はエルステッドに連絡を入れる方が先っすよ」
「うんうん、そうだよな」
「う~」
……レナ、ハイティーンなんだからさ、そんな風に唸るなって。
まぁ、突っ込んだら、確実に再噴火するだろうから、突っ込まないけどな。
それよりも、前線が落ち着いているうちに、エルステッドに連絡を入れよう。
「エルステッド、エルステッド……?」
あれ、繋がらないな……被弾による故障か?
「すまん。どうも、機体の通信系が壊れたみたいでな、デファンかレナ、どちらでもいいから、連絡を入れてくれ」
「……わかりました。んんっ、エルステッド、エルステッド、……サリア? 聞こえないの、サリア?」
「あれ? レナの通信も、つながらないっすか?」
おかしい。
……何か、起きているのか?
「とりあえず、後方……艦隊に引き揚げよう。悪いがデファン、俺の機をエスコートしてくれ。レナは周囲の警戒を頼む」
「了解っす」
「わかりました」
最悪の想定は、エルステッドが沈んだって事だが、前衛部隊ならともかく、流石に本隊に属しているエルステッドが沈むとは考えにくい。
前線を見ると……連合のメビウス部隊は撤退を開始しているし、こっちのジンも、追撃に出ているのは一部だけで、大部分は引き揚げ始めている。
後は…………ん、んん?
連合軍の艦隊……300m級や250m級あたりの艦列が乱れてる?
「……ルグ小隊! ああ、やっ……繋がっ……。 ラインブ……さん、……域に我々……新兵器が投……れたそうです」
唐突に通信系からベルナールの声が、途切れ途切れに聞こえてきた。
通信が入ってきたことを考えると、どうやら、俺の機体の通信系は壊れていなかったようだ。
「ベルナール、何が……あ、いや、今はいい。……俺の機が被弾した。小隊も補給も兼ねて帰艦するから、整備班の受け入れ準備をよろしく頼む」
「……傷ですね。わかりました。……、整備班の……受け入れ準備を開始します」
少し、明瞭になった気がするが、ほんとになんなんだ?
「そういえば、レーダーの調子も悪いっすね」
「あっ、本当だ」
レーダーの調子が悪い。
……通信も機能低下。
……。
……これに近いような症状を……どこかで………………あっ!
あれだ、MINO粉だ!
……って、これって、MINO粉なのか?
◇ ◇ ◇
三人揃って、通信やレーダーの機能低下という不可解な事象に混乱したまま、しばらくして回復した通信によってエルステッドの座標を把握し、ベルナールの誘導で帰艦した。
格納庫に入ってすぐに、ジンを修理区画へと運んでもらい、懸架台に固定した所でコックピット・ハッチを開放させる。
ハッチを開放する時にいつも感じることだが、密閉空間が開放されるというのは気持ちがいい。
それはそうとして、整備班に機体の整備と……装備の換装も依頼しておくか。
格納庫の壁面にある、格納庫内の気密状態を示すランプがグリーンであることを確認して、バイザーを開ける。艦内も当然、ジンと同じく循環空気なのだが……ジンのものに比べれば、美味く感じる。
一時の開放感の後、俺はハッチから身を乗り出して、大声を張り上げる。
「シゲさん! 悪いがこいつの修理を早く頼む! ……後、三機とも、M68系のD装と無反動砲に換装してくれ!」
「あいよぉ!」
作業機械の動作音や整備班のやり取りといった様々な喧騒の中、俺はシゲさんの返事が聞こえた方向へと身を投げる。
シゲさんもまた、俺が近づいてくるのに気が付いたのだろう、こちらを向いて苦笑に似た表情を見せた。
「アインちゃん、こりゃまた、結構、やられてるねぇ」
「……ごめん。かなり無謀なことをさせちゃったよ」
「いや、アインちゃんが全力を尽くしているのはわかってるから、別に責めてるわけじゃないんだ。ただ、コレを見たら、しっかりしてるアインちゃんでも、こういうことになるんだなぁ、って感じちゃったんだよ」
……シゲさん、どうかしたんだろうか?
「そもそもさ……」
「?」
「そもそも、俺達、整備班はさ……ここから送り出した奴が生きて帰って来るだけで……それだけで、十分に嬉しいんだよ」
そう言いながら、シゲさんが視線でジンが並ぶ一角を示す。
……数が一機分足りていなかった。
「……エリオットが落ちたよ」
「……そうか」
顔を合わせたり、話をした仲とは、あまり言えないが、同じ艦のクルーである。
俺は、しばらく目をつぶり、エリオットの冥福を祈る。
それに付き合ってくれたシゲさんも、独り言のように、俺に囁くのがわかった。
「……二十歳にもならない、若い奴が死ぬってのは、堪えるもんだねぇ」
「……ああ、そうだね」
人は必ず死ぬ存在だが、戦争で死ぬのは、本当に悲しいことだと思う。
……まぁ、俺が言えた義理じゃないけどね。
「いやいや、ごめんよ、アインちゃん。今は、感傷に浸ってる場合じゃないわな。……機体の修理と装備の換装は二時間以内にやるから、少しでも休んできなよ」
「うん、後は頼むよ、シゲさん」
俺はシゲさんに軽く頭を下げ、デファンとレナに、特にレナは念入りに宥めてから、スクランブル待機室で適当に休憩するように言い置いて、帰艦報告と戦況確認、そして、先程の奇妙な状態を生み出した新兵器について知るために、一度、艦橋にあがってみることにした。
「やあ、早速あがってきたね、ラインブルグ君」
「……えと、艦長、今、大丈夫なんですか?」
「うちの新兵器なるものが投入されて、相手さんの動きがかなり制限されているみたいだからねぇ。この場を離れない限り、大丈夫だよ」
シートに腰掛けているゴートン艦長が、リュウ班長に敵の動きに、十分注意を払うようにと伝えるとこちらに顔を向けた。
「では、お言葉に甘えて……。うちの小隊は俺の機が損傷した以外は無傷で、機体の修理自体は二時間程度で終わるそうです。また、小隊による敵撃墜数は、ゼロ型が二、通常型が五でした」
「うん、少しやられたとはいえ、全員が戻ってきて、かつ、ゼロを退治したんだから、お釣りがきてるよ。……アシム小隊のことは?」
「……エリオットが落されたと聞きました」
「……この艦初の戦死者だよ。いつかはこうなるだろうと覚悟はしていたけど…………堪えるねぇ」
艦長はそう言うと帽子をとって、髪を撫で上げ、再び帽子を被る。
……その時、艦長の眉間に、以前には存在していなかった、縦皺が刻まれているのがわかった。
艦長として、八十人近く存在するエルステッドのクルーに対して責任を負うということは、大変なことなのだと悟らざるを得ない。
なるべく、艦長の負担を減らすように動かないといけない、なんてことを考えながら、一名欠けたアシム小隊について尋ねる。
「今後のアシム小隊は?」
「この作戦が終わるまでは、二人で頑張ってもらうよ。ここでの補充は、流石に無理だしね」
確かに。
……後は、MINO粉らしき、新兵器についても聞いておかないとな。
「後、さっきの新兵器ってのは、なんですか?」
「あれかい? 実は、突然のことだったから、俺も詳しくは知らないんだよねぇ。さっきも、これより新兵器を起動させる、なんて司令部から一方的な通告だけさ」
それは……なんと、まぁ……。
「その通告の後、突然、通信がつながり難くなっちゃってさぁ。ほんとにいきなり過ぎて、まいったよ。……秘密主義も機密確保に必要なことなんだろうけどさぁ、もう少し、末端にも情報を入れておいてほしいよねぇ」
俺も、艦長の意見に同意する。
いや、ほんと、切実に、ちょっとした隙が命取りになる戦場で、味方が混乱するようなやり方はやめて欲しいと思う。
……。
にしても、新兵器の使用は、作戦らしい作戦ではなかった作戦に折込済みだったのか?
「艦長、司令部が作戦らしい作戦を策定しなかったは、この新兵器の使用を想定していたからだと思いますか?」
「うーん……もしも、あらかじめ、使用することを想定していたなら、普通、真っ先に投入すると思わないかい?」
「それは……確かに」
「上の連中が考えていることなんて、場末……じゃなかった、現場にいる俺らじゃあ、きっと想像も出来ないだろうさ」
とは言っているものの、艦長の口元は皮肉げに歪んでいる。
「まぁ、上層部の考えはともかく、戦況がこちらに傾いているのは間違いない。よって、ラインブルグ君達にはもう一働きしてもらう必要があるんだわ」
「L1宙域からの敵戦力の排除、ですね」
「うん。この戦域に進出していた敵艦隊は、今日の戦闘でかなり機動戦力をすり減らして、L1宙域に撤退中だけど、世界樹で留守番していた、もう一個艦隊はまだまだ健在だから、それなりの戦力は維持していると予測できる。……とはいえ、阻止戦力であるMAの数は大幅に減っていることには違いないから、MS隊の任務は艦隊への対艦攻撃が主になることは間違いないだろうね」
うん、やっぱり、そうなるだろうな。
「そのつもりで、整備班には準備してもらってます」
「うん、それなら、再出撃するにしても、少し間があるだろうから、しっかりと休んで欲しい。……即応待機状態でだけどね」
「アイ、艦長」
報告と知りたいことを知った俺は、これ以上、艦長の仕事の邪魔をしないため、敬礼後、待機室に撤収することにした。
で、MS格納庫傍のスクランブル待機兼整備班休憩室に入ったら、レナに説教を喰らった。
延々と切れ目無く、如何に俺が先の戦闘で無謀なことをしたかということから始まり、途中で最近の俺のレナに対する取扱いが非常に粗雑だという文句が入り、俺が課す訓練の影響からかご飯が美味しすぎて、食べ過ぎていた所、最近、横に伸びたね、なんてベルナールに指摘されて涙したとか、何故か、直接関係無いことまでをこんこんと……タップリ、正座をさせられた上で喰らいました。
……とはいいつつも、実は正座はあくまで形だけなんだけどね。
休憩室に休憩に入ってくる整備班の連中はニヤニヤと、同じ小隊のデファンはデファンで、携帯食を齧りながら、こればっかりは仕方がねぇっすよと、知らん顔である。同室していたアシム小隊の二人は、苦々しげにレナの説教を見ていたが、何も言わなかった。
……いや、お前ら、少なくとも、仲間が落されたんだからさ……この場合はアシム小隊の二人の反応が正しいだろう?
なんて思いながら、助けを求める意味合いも含めて、横目で周囲を見回すとアシムと目が合った、
「おい、ラインブルグ! エリオットが死んじまったのは、ラヴィネンが言っている無謀を、メビウスと艦砲の網を強引に抜けようとした無謀の所為だった! ……てめぇも小隊のリーダーならよ、ゼロ型と一対一なんて、無謀で馬鹿なことはするんじゃねぇよ!」
……俺は夢でも見てるんだろうか?
あ、あのアシムが、俺を心配してるよ……。
案の定、アシムは室内にいた全員から一斉に注目を浴びて、居心地が悪そうだ。
「……」
「……」
「……」
だが同時に、アシムの口から死んだパイロット、エリオットの名が出たことで、部屋の中が暗く、重苦しくなってしまった。
レナもエンドレス説教をやめて椅子に座り込み、俯いてしまった。見れば、皆、沈鬱な表情を浮かべて、肩を落としている。
……皆、空元気だったんだな。
……。
……でも、どうしようか、この空気。
……。
……。
……誰か、なんとか、してくれないかな?
……。
……。
……。
結局、艦長から、パイロット搭乗の命が下るまで、部屋の雰囲気は暗いままだった。
……なんだか、気分的に足が痺れたような気がするよ。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/02/27 若干の内容修正。
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