第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
06 鎮魂と、独立と
『先の2月14日。聖バレンタインディに、地球連合軍によって為された非道な核攻撃で、我々はユニウス・セブンと23万5638人の同胞を失いました。……プラントの皆さん、まず、この攻撃の犠牲者である同胞達の鎮魂を願い、冥福の祈りをささげましょう』
俺は今、自宅のソファにだらしなく凭れながら、酒を飲みつつ、テレビに映るユニウス・セブンの犠牲者の国葬……追悼式典を見ている。
式典会場に並んだ喪服の黒が整然と並んでいるのを見るのは、正直に言えば、かなり気が滅入るのだが、これもコロニーを守りきれなかった己に課せられた一つの義務なのだと自身に言い聞かせながら……。
まぁ、それでも素面では……酒を飲まないと見ていられないんだがな。
……。
うん、普段とは違い、異常に早いペースで飲酒を続けているせいか、身体が変に燃えてる上に、頭もいつも以上に熱が篭っている感じがする。
……。
でも、こんな風に飲むなんてことは滅多に無いことなんだから、たまにはいいだろうさ。
そんな言い訳を自身にしつつ、プラント最高評議会の最高評議会議長……同時にザフトの偉いさんでもある、しげるなんとか……面倒だな、髭のおっさんでいいや……髭のおっさんを酔った目で眺めながら、二日前のことを思い返す。
16日に、ザフト機動艦隊が母港として、アプリリウス市のコロニー群から間借りしている宇宙港の一つに帰港したエルステッドは、機動艦隊司令部から19日までの休暇を与えられた。
俺も、戦闘を乗り越えてプラントに無事に生還できた喜びとプラントを守りきれなかった悔いとが複雑に入り混じった気持ちでその休暇のことを聞いたことを憶えている。
それと、宇宙港で下船する前に、プラント政府関係者がユニウス・セブンの犠牲者を引き取りに来た時に、乗組員総出で敬礼して見送ったことも、脳裏に刻み込まれている。
後に、救難艇から救助された人達の犠牲者達を見つめる、何とも言えない目があったから、正直、辛かった。
……はぁ。
生と死を分けたのは、一体、なんなんだろうな。
……。
あっ、見送りで思い出したが、あの綺麗な人妻お姉さんの名前を聞くことができないままだった。
うん、ほんとに綺麗な人だったよなぁ。
何か、久しぶりに我が母の在りし日の姿を思い出したよ。
それに、なにより、立派な母性をお持ちだったし。
是非とも、あの胸ではs……あ~、俺、結構、酔ってきてるかなぁ?
一瞬、素面に戻って考えるものの、頭の片隅で残業していた理性が、今日だけはまぁ、見逃してやるとわざとらしくソッポをむいてくれたので、安物のウイスキーを新たにグラスへと注ぐ。
琥珀色の液体をグラスに注いだのだが……水がない。
あ~、う~、どうにも、水がない。
……。
ん~、けど、氷の山がすぐ傍にある。
……。
ならば、ロックで……。
「あっ、アイン兄さん! もう、これ以上は、無茶な飲み方をしたら駄目だよっ!」
……俺の行為を見咎めたらしいミーアにグラスを取り上げられた。
「……飲みたいと思うけど、駄目だよ」
う~、う~。
「……」
……いえ、なんでもありません、すいませんでした。
だから、そんな目で俺を見るのは止めてください。
こう、自分が悪いことをしているみたいで、良心がざっくりと切られちゃうから……。
「でも、兄さんが無茶な呑み方をするから……」
うん、それはごめんとしか、言えない。
……けどね、ミーア。
今日はね、もう少し、酔いたい気分なんですよ。
ほんとに、ミーアには見苦しいかもしれないけど、ほんとに、飲んで酔いたい気分なんです。
「……なら、水割りで、後、少しだけね」
おおっ、感謝します、ミーア大明神様ぁ。
「待っててね、水を入れてくるから……」
……うん。
…………いつも思うけど、本当に、どちらが年上か、わからなくなるよ。
「はい」
どうも、って、ミーアさん、いきなり、なにを……、って、いたたた、狭いんですけど?
「……むぅ」
ちょっ、無理無理、これ、一人用だからっ!
「……」
狭いんだって、って…………どうした、ミーア?
「……兄さん」
んっ?
「怖かった」
……。
「避難警報が鳴って、避難所に向かってたら、急に、空に凄く大きな光が見えて……」
……縋りつくように俺の横に収まったミーアを、ぎゅっと、片手で抱きしめてやる。
それから、いつかみたいに、背中をポンポンと軽く、リズムよく、断続的に叩いてやる。
……。
心地よい生の鼓動がミーアの胸から伝ってくるのが、よくわかる。
……。
「……あの光で、いっぱい、人が、死んじゃったんだよね?」
……うん、そうだよ。
「……何故?」
戦争だから……。
「……何故、戦争をするの?」
きっと色んな理由があって、複雑に絡んでいるんだろうけど、たぶん、根本には、それぞれが、互いが互いを解り合えないと考えていることがあるんだろうな。
「……それって……悲しいことだよね」
うん……悲しいことだよ。
そんなやり取りをミーアとしていたら、偉いおっさんの演説が佳境に入ったのか、弁舌に熱が篭ってきた。
『……我々は決して、このような暴虐を行った地球連合に決して屈しないことを、先の攻撃で散って逝った我々の同胞達に誓いましょう! そして、我々が住まうプラントが他の何者のものでもなく! ここに、このプラントに住まう我々のものであることを世界に知らしめることこそが、犠牲になった彼らへの何よりの追悼となるでしょう!』
……んなもん、死人に口無し、だよなぁ。
『今日、私、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインはっ! ここに、地球連合への徹底抗戦を宣言しっ! また、我々プラントの、独立をっ、宣言いたしますっ!』
……独立か。
他人にはとても甘く響いているだろうその言葉が、俺にはひどく苦く感じられる。
虐げられてきた者が自立を求めて立ち上がった。
それも大きな悲劇を経ただけに、より美しくより甘い話になっているはずなのに……。
何故だろうか?
コーディネイターとナチュラルの間にある深い溝を感じるためなのだろうか?
互いが互いを人を人と思わない現状に、殺戮が横行するかもしれないことに恐怖を覚えたのか?
結局は殺し合いに過ぎない戦争の現実が美辞麗句で隠れてしまうことに腹を立てているのか?
急に喉の渇きを覚え、ミーアが作ってくれた水割りを乾す。
……おいしくない。
結構、酒を入れたはずなのに?
でも、アルコールのキツサはかわってなかったし……。
……。
……これは、気分的なもんかな?
首を捻りながら、テーブルにグラスを置いて、テレビを消す。
消える寸前のテレビから、なにやら、ミーアの声に似た歌声が聞こえた気がしたが、まぁ、いいや。
こんな鎮魂の場を国威高揚の場に変えるような式典で歌うような人間だ、碌な奴じゃないだろうさ。
それにしても、独立か……。
……。
そもそも、なぜ、独立を……。
けど、話し合いは殴り合いが……。
なら、誰だって現実でもって……。
いや、虐げられれば……。
……。
あ~、いかん、思考が変にトンデきてる。
……。
「……ん~」
見れば、ミーアは俺の胸にしっかりとしがみ付いて、寝入ってしまってる。
「おい、ミーア、寝るなら自分の部屋で……」
「ん~、や~」
……なんか、より一層、強い力でしがみ付いてきた。
苦笑しながら、空いた手でパープルグレーの髪を梳いてやる。
「んぅ~~」
ミーアの口元が気持ち良さそうに弛んでいる。
……。
あ~、もうなんか、この顔見てたら、起こすのめんどくさくなってきたなぁ。
……。
今日は、俺も、このまま、寝るかな。
……ふあぁぁぁぁあ。
ねむ……。
……。
……懐に温かなぬくもりを感じながら、俺は瞳を閉ざし、いつしか、眠りに落ちていった。
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