第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
05 バレンタイン狂騒曲 5
救難艇から救助された人達の艦内への収容が、俺達のジンのエアー残量危険域ギリギリで何とか終わり、大急ぎで格納庫に入った。
出撃した時よりも明るい顔で出迎えてくれたシゲさん達整備班に、機体と犠牲者の遺体を収容したカーゴを預けた後、デファンにレナの様子を見てこいと指示を出してから、ゴートン艦長に任務完了の報告をするために艦橋へと向かう。
格納庫から艦橋へ向かう途上、艦内が慌ただしい雰囲気に包まれているのがよくわかった。とはいっても、それはどちらかといえば、陽性の慌ただしさだ。
沈鬱だったこの二日間を思えば、絶対的にマシだといえよう。
「あの……」
そして、俺も艦内の雰囲気にあてられた上に、過酷な任務を終えた反動も手伝ってか、何となく気分が良くなって、艦橋へと続くメインパッセージを軽やか……重力が無いから当たり前か……、と、とにかく、浮つきながら移動していたら、歳若い御婦人に声をかけられた。
艦内では見たことがない顔だけに、おそらく救助された人だろうと察し、何か不都合でもあったのかと考えて、御婦人の元へと向かう。
……けっして、藍色の髪が綺麗な上に御立派な母性をお持ちの年上のお姉さんっぽい美人だったから、引き寄せられるように釣られた訳ではないことを、誰にでもいいから、俺は強く主張したい。
繰り返すが、決して釣られてなどいない!
真面目に考えた上での決断だ!
当たり前のことを、当たり前にするだけのことなのだっ!
そんなわけで、できるだけ丁寧な声で、鼻の下が伸びないように注意しながら……。
「何か?」
「……」
……あれ?
「……」
え、えーと、なんで、私をマジマジと見つめられるのでしょうか?
「……」
いや、その?
「……」
えーと?
「……」
……。
「……」
……き、気まずいんですが?
「な、何か御用ですか?」
「……あっ、すいません。あの、この船の船長さんは、どちらに?」
「あ~、え~と、何か不都合でしたら、私の方でまずお伺いしますが?」
「いえ、一言、お礼がしたくて……」
おおおっ、お礼をするんですか?
どんな、お礼でせう?
……。
俺は、何を馬鹿なことを考えていたのだろうか?
……。
うん、はしゃいでないで、落ち着いて、ちゃんと対応しないとな。
「やはり、連れて行っては頂けませんか?」
「あ、いえ、別に構いません。ですが、お体の方は大丈夫なのですか?」
「はい。幸い、私は医師の方にも、大丈夫だと診断して頂きました」
「そうですか、それは良かったです。……それでは案内しますので、付いて来て頂けますか?」
「はい、よろしくお願いしますね。アイン君」
……。
……あれ?
「お……私、今、名前をお教えしましたっけ?」
「いえ、教えていただいておりませんよ?」
「……ええっと、それなら、どこかで?」
「……憶えていてくれなかったのね」
え、ええっ!
ちょ、そんな、いきなりの超展開っ!
しかも、ちょっと!
その悲しげな雰囲気は大反則っ!
はぐわっ、俺の繊細すぎる良心が……粉々にブレイクしてしまうぅぅぅ。
っていうか、これくらいの美人さんなら憶えている筈だっ!
思い出せッ! 俺の記憶野ッ!
思い出せっ! 俺の脳細胞ッ!
思い出すんだっ! 俺の魂っっ!
……駄目でした。
「すいません。どうしても、憶えが……」
「……仕方がないのかもしれませんね。お会いしたのは、アイン君のお母さんのお葬式に、一度だけですから」
うん、流石にそれはちょっと……。
いくら俺でも、あの葬式の時は母の死の衝撃が大きすぎて、一見さんを憶えていられなったと思うよ。
でも、一度しか会っていないのに、何故にアイン君なんて、そんなに親しげ?
「アイン君のお母さん、リナさんとは昔からの付き合いで、よく連絡を取り合っていたの」
「……そうだったんですかぁ」
「ええ、それで、アイン君の写真や映像を見せられて、よく自慢されたわ」
「え、ええっと、その……母が大変、御迷惑を……」
俺を具にした母親の恥ずかしい実態を教えられ、もう、悶絶しそうですよ。
「いいえ、あの時のリナさんの幸せそうな顔が逆に羨ましいくらいで……思わず、夫を襲いました」
「……は?」
夫を、襲う?
……。
つまりは、この人、既婚者?
いや、それよりも、襲う?
「はい、あの幸せそうな家庭の雰囲気に憧れて…………夫を襲いました」
「……お、襲ったんですか」
「あ、あらまぁ、私ったら、恥ずかしい話を……」
いやいや、その表情や桃色雰囲気から考えると、十分に惚気に分類されるのでは?
とか何とか思いながら、艦長の元に向かう道中も旦那さんとの、熱々で愛に満ち満ちた日常生活を、それも夜の営みも含めて、赤裸々に開陳されてしまった。
……こんな綺麗なお姉さん系の人を嫁にした旦那に、思いっきり嫉妬した。
◇ ◇ ◇
「艦長、戻りました」
「はいはい、ご苦労さん」
いつもの如く艦長シートに腰掛けたゴートン艦長だったが、声の調子から見るに、少し機嫌が良さそうだった。
やはり、救難艇を救助できたのが嬉しかったのだろう。
「えっと、報告の前に一つ、……艦長に会いたいという方を連れてきたのですが」
「会いたいってことは、救難艇の?」
「はい」
艦長は常の緩い表情を引き締めると立ち上がって、俺に頷いて見せた。
「……わかった。お連れして」
「はい。……えっと、名前、まだ聞いてなかった」
「おや、珍しいポカだねぇ」
「……道中、色々とあったんですよ」
「……そうかい。何やら大変だったみたいだね……」
艦長に気を使われてしまうぐらいに、ナニカが表情に出てしまったらしい。
……いかん、気をつけないと。
でも艦長、その沈痛な表情で察するに、たぶん、あなたは勘違いしていると思います。
「どうぞ、ミズ。ここはハンドベルトが無いのでお手を……」
「あら、ありがとう。アイン君」
柔らかい手……というには、少し硬いような気がするが、とにかく手を握って誘導する。
人妻とはいえ美人である。
うん、これも役得というモノですよ?
「……」
おや、まぁ、艦長、少し、赤くなってませんか?
「……艦長」
「! ……んんっ、失礼。私が当艦エルステッドの艦長、オーリン・ゴートンです。……この度、我々の不手際によって、お住まいだったコロニーを失われ、また、命の危機に晒されたことを深く謝罪します。それと、ご生還されたことを、心からお喜び申し上げます」
「…………その謝罪と祝福をお受けしますわ、ゴートン艦長。そして、私達の救難艇を救助して頂いた事を感謝します」
美人さんが真剣な表情になると、迫力があるね。
「コロニーは……ユニウス・セブンは……破壊されしまったのですね」
「はい、ミズの言われたとおりです。…………ユニウス・セブンは核ミサイルによる攻撃をコロニー構造体中央部に受け、宇宙港と中心基部が破壊された結果、居住空間である構造体両端部が分離しました。そして、コロニー両端部はそれぞれ、L5宙域から離れるということが判明しております」
「……そう」
「……」
「……犠牲者の、数は?」
「おおよそ、20万は超えるかと……」
20万を超える、か。
……多い、な。
暗鬱な気持ちで20万以上の悲劇に思いを馳せそうになったら、御婦人の声で現実に引き戻された。
「……ゴートン艦長、なぜ、こんなことが起きたのでしょう? 私達は、ただ、普通の暮らしを、普通に望んだだけだというのに……」
「これが戦争だからと言ってしまえば、全ての理由になるのでしょう」
理由になっていない理由なのだが、一番、説得力がある。
だが、艦長は、それだけで終わらせず、語を紡いだ。
「……これは私見なのですが、今回、発生した惨劇の根本には、コーディネイターとナチュラルとの間に横たわる蔑視や嫉妬といった感情の軋轢を基とした、相互の不理解が、……互いが互いを人として認めていないことが、あるではないかと考えています。少なくとも、コーディネイターだろうとナチュラルだろうと、同じ人として認識していれば、例え、戦争状態に入ったとしても、核のような大量破壊兵器が、恫喝も通告もなく、使われるような暴挙は為されなかったはずです」
「……そう、ですか」
「……はい」
「…………人から生まれ、必ず死を迎える以上は、コーディネイターもナチュラルも同じ人であることに、変わりはありませんのに……悲しいことですね」
「ええ、仰るとおり、悲しいことです」
二人の会話を聞いて、過去に感じた想いが脳裏に甦ってくる。
それは幼年時代に、子供同士の喧嘩に負けて、見返してやろうと躍起になって、我武者羅に自身の心身を鍛えていた時のことだ。
ある日、突然、俺はふと気が付いたのだ。
例え、身体や頭脳が優れたとしても、それはただ、それだけのことに過ぎない、と。
例え、他人を見返した時に充実感を感じたとしても、それは俺を見下した奴らと同じなのだ、と。
本当に重要なのは、人としての精神性であり、人としての在り方であり、魂とも呼べるものではないか、と。
コーディネイターとナチュラルの関係もこれに類していないだろうか?
両者を隔てるモノに、能力の優劣が大きく存在しているが……それはそんなに重要なものなのだろうか?
本当に大切なものは、能力の優劣ではなく、人が持つ精神性こそが最も重要ではないのか?
そして、そこにはナチュラルもコーディネイターの区別は存在しないはずだ。
それとも、俺の考え方は、何事にも優劣を見出す社会の……現実の前では、ただの奇麗事になってしまうのだろうか?
「……」
「……」
「……」
それぞれが、それぞれの沈黙を抱えたまま、エルステッドは母港へと戻る航路を進み続けた。
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